log144.情報統合
各々の情報収集を終え、一旦ミッドガルドへと集合となった闘者組合+α。
ミッドガルドに来た時にはいつも利用する喫茶店の中のBOX席へと座り、各自の収穫を披露することとなった。
「――まず俺たちだが、カネレに会ってシャドーマンの存在について確認してきた」
口火を切ったセードーに、小首を傾げながらキキョウが問いかける。
「レアエネミーかプレイヤーかってことですよね? わかったんですか?」
「いや……。カネレの奴もはっきりとはわからんらしい」
「ふむ。カネレはこのゲームに潜って相当長いはずであるが、それでもわからぬことはあるか」
髭を撫でながらのタイガーの言葉に、セードーも同意するように頷いた。
「多少なりシャドーマンの存在がはっきりすればと思ったんだがな……ただ、一つはっきりした情報は手に入った」
「どんな情報です?」
「トッププレイヤーである、エイス・ブルー・トワイライトがシャドーマンを追っているらしい。思い当たる節もある。これは事実だろう」
「エイス・ブルー・トワイライトがですか!? あの、レアエネミー殺しの!?」
エイスの名を聞きエタナが戦き、彼女が口にした二つ名を聞いてウォルフが顔をしかめる。
「なんやねんその香ばしい二つ名は」
「せめて物騒っていえよ……。で、どういう意味なんだそれ」
サンは気だるげにウォルフを叩きながら、エタナの言葉の先を促す。
エタナはどこからともなく手帳を取出し、忙しなくそのページをめくり始めた。
「ええっとですね……エイス、エイス・ブルー・トワイライトですが……ああ、これです」
そして目的のページを探り当てると、その内容をゆっくりと読み上げ始めた。
「“一年程前に、ラスボスのソロ撃破を達成し、脚光を浴びるようになった魔法剣士。パーティを作らず、常にソロで活動すること、使用属性が氷であることから“孤独な氷の女王”などとも呼ばれるが、その活動の最たるものはレアエネミーの撃破。特に未発見のレアエネミーの捜索と討伐に血道を上げており、レアエネミーの討伐の際にもソロプレイを重視し、場合によっては決闘によって周りのプレイヤーを撃破しにかかる。ゴア表現をONにしていることもあり、レアエネミーを殺す者とレアエネミーが原因で殺す者の二つの意味を込め、レアエネミー殺しの異名を付けられている”……」
「物騒……というか、そいつもPKの一種なんじゃねぇの?」
エタナの説明を聞き、呆れたように呟くサン。
レアエネミーを撃破することに血道を上げるのも、イノセント・ワールドのプレイの仕方の一つだろう。レアエネミーの全貌が明らかになっていないということもあり、そのプレイの価値は相当に高いはずだ。
とはいえ、それを理由に他のプレイヤーを邪険にしてよいわけがないし、さらにゴアONの決闘で他プレイヤーを殺していいはずもない。サンの言うとおり、エイスもPKと言われても仕方あるまい。
彼女に同意するように、エタナは小さく頷いた。
「まあ、そうなんですが……彼女の場合、積極的に殺しに行くわけではありません。あくまで自分の邪魔をする者がターゲットで、殺されたプレイヤーも、どちらかと言えば素行のよろしくない……もっと言いますとエイスさんのトッププレイヤーの称号を妬んでいる節があるような感じのプレイヤーでして……。あ、もちろん、彼女の行動を擁護する意図はありません」
「それは信じるわ。エイス・ブルー・トワイライト……実力の程はどうなのかしら?」
ミツキの言葉を補足するのは、セードーとタイガーであった。
「少なくとも初見のモンスターを一撃で殺せる程度に腕は立つようです。一度、その戦いを見たことがありますが、サンダーブレスで死ななかったレアエネミーを一撃で粉砕していました」
「うむ。ラスボスソロ撃破は伊達ではない。彼女のLvは現在100であったはずだ。当然限界突破イベントもこなしているので、実際の実力はそれ以上と考えるべきであろう」
「Lv100ですか……」
このゲームにおけるLv100とは、成長限界を超えている証である。通常のLv限界は99であり、これ以上はステータスの上昇が起きず、成長することができない。
しかしアスガルドで発生する特殊イベントをクリアすることでステータスの成長限界を撤廃し、Lv100となることができるようになる。Lv100以上になることはできないが、ステータスには成長の限界がなく、経験値が稼げる限り、それこそ無限に成長することが可能になるのだ。
とはいえステータスを1上げるのにLvを99にするのと同等の経験値が必要という途方もない作業を強いられるため、Lv100以上のステータスというのは完全廃人様御用達の領域と言えるだろう。
エイスの実力を聞いたエタナは小さく震える。
「我々にしてみれば天上人ですね……。かち合っても、素直に逃げましょう……」
「なにいうとんねん。なんもせんと逃げてたまるかいな。少なくとも背中は見せへんぞ」
「何を見栄這ってるの……。もう」
ミツキは小さくため息をつき、それからタイガーの方を見やる。
その視線の意味を汲み取り、タイガーはインベントリからCNカンパニーより購入した情報を取り出した。
「吾輩たちもセードー少年が得た情報に似ているな。こちらの情報は、大ギルドの動向である」
「新手のPKシャドーマン……その動向を気にしている大ギルドは多いようなの」
ミツキは手早く情報を選別し、必要な部分だけをセードー達に見えるように提示する。
「いくつかの自警団ギルドは率先してシャドーマンを捜索しているようで、活動の活発化が見られているわ。それ以外で目立った動きをしているのは、初心者への幸運ね。こちらは逆にPK狩りに対して注意を喚起しているようで、無用なPKの狩りだしを抑制しようとしているようだわ」
「先生のギルドがですか……」
セードーは恩師の活動するギルドの名を聞き、小さく目を見開く。
初心者への幸運は初心者支援特化型ギルドと聞いている。そんなギルドが、PK狩りの抑制に回っているとは。
「PK狩り抑制……って、ええのん? 初心者への幸運は支援ギルドやろ? むしろ初心者がPKに会わんよう、狩り出すとは言わんでもその支援には回ったりせぇへんのん?」
「そこは難しいところであるのだが、初心者への幸運の目的はPK狩りそのものへの干渉ではなく、PK狩りを装った初心者狩りの阻止であるな。どんな時代、場所、時間でもそう言った火事場泥棒が絶えぬものである」
タイガーが憤慨したように荒く鼻息を吐く。
実際、PKが出没し、その名が知れ渡る頃に問題となるのはPK本人ではなく、その存在による二次災害であったりするのだ。
PK狩りを称した、初心者や全く無縁のプレイヤーを狩り出そうとする動きや、あるいはPKを討ち取ることで名を上げようと、他のギルドのPK狩りを阻止しようとする裏工作……。言い出せばきりがないが、PKの存在がイノセント・ワールド内の治安低下を招くのは間違いないのだ。
初心者への幸運を初めとする支援型ギルドは、そう言った二次災害を防ぐべく動き回っているわけだが、そうした動きとPK狩りの動きが摩擦を起こし別の問題が生まれてしまうことも間々ある。人間の意志が絡む騒動というものは、まこと思うようにならないものだ。
そしてウォルフは初心者狩りと聞き、小さく眉を上げる。そうした行動に定評のあるギルドと、先日勝手に一戦交えたところだ。
「……初心者狩りねぇ? そーいえば、無垢な初心者狩りに定評のある腹黒ギルドが一つあったよなぁ?」
「……あーそーいえば……」
ウォルフの言葉に、サンもそのギルドのことを思い出し、胡乱げな眼差しでミツキの方を見る。
「……あのギルドって今どう動いてんの?」
「……円卓の騎士のことよね?」
「「そう、それ」」
「……サンはともかく、あなたはあの場にいたでしょう、ウォルフ君……」
まるで今思い出したかのような動きでミツキを指差すウォルフとサン。
わざとらしい二人の行動にため息をつきながら、ミツキは円卓の騎士に関する資料を手に取る。
「……その円卓の騎士だけれど……今現在目立った動きが無いようなのよ」
「……どういうことん? あそこ、戦闘特化型支援ギルドやろ?」
ミツキの言葉に、不審そうに首を傾げるウォルフ。
戦闘特化型……苦戦する初心者を手助けすることに特化していた円卓の騎士が、こんな絶好の力の振るい場を見逃すはずもあるまい。特に今の円卓の騎士はハイエナギルド筆頭。こんなエビで鯛がつれそうなイベント(PK)を見逃すとも思えないのだが……。
そんなウォルフの言外の言葉を察したのかどうか、ミツキは小さく首を横に振った。
「とりあえず、CNカンパニーの情報では円卓の騎士の動きは“静観”となっているの。この騒動に首を挟むつもりがないのか、あるいは別の理由があるのかどうかはわからないけれど……」
「この間のことが原因で、ギルドとして動けないくらいガタガタになってたりして」
「いやぁー、さすがにそれはないのでは?」
サンの言葉に、エタナが小さく手を振って否定する。
さすがに中小ギルドとのイベントクリア争奪戦に敗北した程度で行動不能に陥るほど柔なギルドではないだろう。そんな紙装甲では、いたいけな初心者からのハイエナ行為なんてことやっていられないだろうし。
「そもそもCNカンパニーの情報が正しいとも限らないし……まあ、向こうから接触してこない限りはこっちから手を出す必要もないでしょう?」
「それはそうですね。無用な戦いは、避けるべきです」
ややそれはじめた話を纏めるミツキに同意しつつ、最後にキキョウが一枚の地図を取り出した。
「それで私たちの集めた情報ですが……」
「私たち、シャドーマンの出現場所、時間などから次の出現場所を推定しようとしてみたんですよ」
キキョウが広げて見せた地図はイノセント・ワールドの地図……特にヴァル大陸を拡大したものだ。
ミッドガルドを中心に、光点が一つの輪を描くように無数に穿たれているのが分かった。
それを覗き込みながら、キキョウが申し訳なさそうに項垂れる。
「……けれど、ごめんなさい。はっきりとした場所を推定することができませんでした……」
「出現場所を記した地図からわかったことは、現状キリ大陸には出現しない、ミッドガルド周辺にも出現しない、それ以外の場所には割とまんべんなく出没する、ってことくらいでした……」
「なんつーの、行動に一貫性がないんだよ。昨日ニダベリルにいたかと思ったら、またニダベリル……と思わせて数時間後にはアルフヘイムに移動してるんだぜ? 何考えてんのかさっぱりわかんねぇ」
試しにサンが一つの光点を始点にシャドーマンの行動を追ってみる。
ムスペルヘイムを二、三度行き来していたかと思えば、唐突にアルフヘイムへ向かい、さらにヴァナヘイムを経由してまたムスペルヘイムへと戻っていった。
「パッと見ブーメラン行動とってるだけに見えるが……」
「うぅむ。ダイスでも振って決めているかのような行動であるな」
セードーとタイガーも光点に記される日付を追いながら、小さく唸る。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりするかと思えば、数日間同じ場所に留まったりしている。
なんとも言い難いシャドーマンの行動を見ながら、キキョウがポツリとつぶやいた。
「……けど、この行動図を見ていて……なんていうかその、子供みたいだと思いました」
「……子供?」
「はい」
タイガーの返しに小さく頷き、キキョウは光点をそっと撫でる。
「なんでしょう……。その時の気分であちらへ行ったりこちらへ行ったりして……行く先々で己の力を振るって遊ぶ……子供みたいだなって……そう思ったんです」
少しだけ悩むように俯き、それからその考えを振り払うようにキキョウは頭を振った。
「……すいません。そんなはず、ないのに。変なこと言って、ごめんなさい」
キキョウはそう言って、皆に頭を下げた。
彼女自身の言うとおり、PKであるシャドーマンが子供であることはないだろう。
プレイヤーの中に子供もいることにはいるが、イノセント・ワールドのようなVRMMOではその実力を発揮しづらい。手足は短く、経験も技術も浅い。そんな彼らが活躍するにはランスロットのように特殊かつ強力なアイテムに頼る位しかないだろう。
多くのプレイヤーがゴアON決闘で殺されている……だからこそのPKだ。あるいは無邪気ともいえるだけの数の被害者を出しているので、その点では子供的思考と言えるかもしれないが。
……自らの考えを恥じるように俯くキキョウを見つめ、セードーはポツリとつぶやいた。
「……いや、案外そうなのかもしれんぞ」
「……セードー?」
大人しく会議を拝聴していたスティールが、セードーのつぶやきを捉える。
彼はセードーへと視線を向けるが、無表情なセードーが裏で何を考えているのかを見透かすことは、できなかった。
なお、BOX席は自動チームチャットのような機能がある模様。




