log141.出現ポイント
適当なところでアルフヘイム観光を切り上げた三人は、牧歌的なテントが立ち並ぶ町中で数少ない商業ビル施設となっているイノセントタイムズ出版社のギルドハウスへと向かった。
周りに立ち並ぶテントの様相を完全に無視して立っている二階建てビルのギルドハウスを見て、サンがいわく言い難い表情になった。
「……なんつー雰囲気ぶち壊しな」
「いやまあ、私も初めにそれは思いましたけど。やっぱりテントよりはビルの方がいろいろ便利なんですよ……」
サンの正直な感想に顔をひきつらせながらも、エタナは二人をギルドハウスへと招き入れる。
「さあどうぞどうぞ! 今、私が許可しましたんでお二人とも入ってください!」
「はーい」
「許可ねーと入れねータイプのギルドハウスなのね」
エタナの招きにより中へと入るキキョウとサン。
情報記事を発刊するタイプのギルドハウスと聞き、どれだけ中でプレイヤーたちが忙しなく動いているかと、少し期待していたものだが……。
「あら、エタナさん。お帰りなさい」
「ん。おかえり」
「はい、ただ今戻りましたよ、アリスさん! ローワーちゃん!」
「二人だけ……なんですか?」
「いやもっといるだろフツー。みんな出払ってんじゃね?」
エタナがあいさつを交わした仲間は二人。あとには人がおらず、ひどくガランとしたギルドハウスが何とも言えず物寂しい。
……いや、全てのギルドメンバーが各自に情報を得るべく動いていると考えれば、この状態は当然なのかもしれない。
「御忙しいんですね……」
「あとはただ単にログインしてないかだろ。みんながみんな、ゲームできる環境ってわけでもないだろうし」
割とリアルなので忘れがちになるが、イノセント・ワールドはゲームなのだ。誰もが常にログインしているわけでもあるまい。
まあそんなリアルの事情はともかく、仲間との挨拶を終えたエタナがキキョウたちを紹介してくれた。
「――それで、こちらが闘者組合のキキョウさんと、サンさんです! シャドーマンの取材に協力していただけるということで、ここにお招きしました!」
「どうも、キキョウです!」
「ん。サン・シーリンだ」
キキョウはぺこりと頭を下げ、サンは鷹揚に片手を上げる。
どこか対照的な二人の様子を愉快そうに眺めながら、アリスと呼ばれた少女が小さく頭を下げる。
「ご丁寧に……アリスと言います。エタナとは、ギルド内でパーティを組んでる仲なんですよ」
「私はF・ローワー……ローワーでいい。エタナのパーティ仲。よろしく」
アリスの隣では、仏頂面のローワーが小さく鼻を鳴らしながら挨拶をする。こちらはこちらで、なんとなく対照的なコンビだ。
と、アリスがキキョウを意味ありげな視線で眺める。
「それで……あなたがキキョウさんね?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
アリスの視線に、キキョウは小首を傾げながら質問を返す。
そんなキキョウに軽く手を振りながら、アリスは今度はエタナに意味ありげな視線を投げかけた。
「いえいえ、なんでもないのよ? ……この子がエタナのライバル、って訳なのね?」
「えっ!? いやいやいや、そんなそんなそんな!」
何か含みのありそうなアリスの言葉に、慌てて両手を振って否定する。
「私とキキョウさんがライバルだなんてそんな! 前にも言いましたけど、私なんかじゃとても彼女の相手なんて務まりませんってば!」
「あらあら……そんなの、やってみなければわからないじゃない?」
「エタナらしくない。いつも通り、突っ込んで果てれば?」
「自滅確定!?」
「そうですよ、エタナさん! 何事も、やってみないとわからないです!」
アリスとローワーに追い詰められるエタナの背中を押すように、キキョウが棍を取りながら勇ましく叫んだ。
「私なら、いつでも決闘に応じられます! エタナさんの実力にも興味ありますし、さあ!」
「えっ!? いや、さあではなく!!」
やる気満々のキキョウを見て、今度は慄いた様子でエタナは両手を振り回した。
「そっちなんかもっと勝ち目がありません! 私後方支援型の魔導師なんです! キキョウさんの攻撃を受け止めきれる自信ゼロです! 堪忍してください!」
「そんなことないですよ! エタナさん、私よりLv高いじゃないですか!」
「高いっても10ちょっとじゃないですか!? キキョウさんの技量の前に哀れに爆散するLvです!!」
にじりにじりと詰め寄ってくるキキョウから逃げるように、自身も後ずさりするエタナ。
そんな二人の様子をボーっと眺めていたサンの傍に、アリスとローワーが近づいてきた。
「……なんていうか、思ってたのと違う展開になっちゃったんですけど……」
「エタナのこと、どれだけ知ってる? というより、どれだけ言った?」
「あん? エタナの?」
サンは二人の言葉を少し咀嚼し、さらに先ほどの意味ありげなやりとりも噛み砕き、それから答えを返す。
「セードーのファン、ってのは言ってたな」
「ああ、それは言ったんですね」
「それしか言ってない、とも言える」
さあ戦おういえ戦わない、と押し問答を繰り返す二人を眺めつつ、サンは胡乱げに二人へと問いかける。
「……つーことは、エタナはファン以上になりてーって思ってんのか? セードーと」
「と、私たちは思ってますよ? そもそも決闘日和なんて記事書き始めたのはセードーさん……っていうんですね。ともかく、空手家の殿方にお会いしてからですし」
「そもそも、記事も六、七割はセードーのこと。だいたい、彼を探してうろついてる」
「えー……マジかそれ。全然気が付かなかった……」
二人の言葉に、サンは少しショックを受ける。
気が付かない間に、周りを誰かがうろついていたということだ。いくら害意の内、記者の視線とはいえ少し気分が悪くなってくる。
「ってことは、この間のマンスリーイベントの時も?」
「ええ、そうですね。彼女、セードーさんがイベントボスを撃破した決定的瞬間を見られなくて、ものすごく悔しがってましたから」
「一応、同盟メンバーとして個人的に参加していたはず。名簿とか、確認してない?」
「そういうのはミツキさんの役目だったし……うわ、マジ気付かなかった」
サン自身、物覚えは良くない方だが、それでもエタナの顔に見覚えはなかった。
ギルド同盟の全員の顔と名前が一致するわけではないので、仕方ないと言えば仕方ないが……。
「……っていうか同盟員にまでなってんだったら、それを機会にもっと近づいてくりゃいいじゃん……ストーカーもどきになってないで」
じりじりと壁際にまで追い詰められていくエタナを見て呟くサンに、アリスとローワーが同意する。
「私たちも同じこと言ったんですけどね……」
「“そんな、きっかけもないのに声なんてかけられませんから!”って……」
「御近づきになるきっかけなんてなんでもいいじゃん……。シャドーマンなんてPKもどきの話題じゃなくてもさ……」
「さあさあ! ぜひ決闘しましょう! 私と!」
「いえいえ私は遠慮させていただきますってばホント勘弁してくださいー!」
今まさにライバル(?)に追い詰められているエタナを眺めつつ、三人は心を一つにして呆れのため息を一つついた。
その後、何とか興奮するキキョウを宥め、五人はギルドハウスへの二階へと向かう。そちらが資料室となっているようで、基本的に集めてきたデータを電子化して取っておく場所とのことだ。
ライバルという言葉に思わず興奮してしまったキキョウはすっかりしょげかえり、恥ずかしそうに列の最後尾にくっついて歩いていた。
「ホントすみません……。私ったら、あんなにはしゃいじゃって……」
「いえいえ、こちらこそなんかすいません……ひたすら断っちゃって」
近接型ではないとはいえ、決闘の誘いを断ることしかできなかったエタナは申し訳なさそうに頭を下げる。それから、不思議そうにキキョウへと問いかけた。
「でも、ライバルというならサンさんがいるのでは? お二人も、決闘はするでしょう?」
「まあ、するけど。けど、あたしとキキョウってタイプ違うじゃん?」
言いながら、サンは軽く崩拳を放ってみせる。
「ホッ! ……セードーとウォルフみたいに、うまく噛み合わないんだよなぁ。あいつら共通点があるから割と噛み合うんだけど、あたしとキキョウだとどうもうまくいかないんだよな」
「一撃必殺は共通してるんですけど、重い打撃と武器を利用した決殺ですから……なんていうか、性質が違うんですよね」
狭い室内でも軽く棍を振って見せるキキョウ。優れた武技だが、それを披露する彼女の顔はあまりすぐれない。
「なんて言いますか……ライバルって競い合うっていう感じがするので……サンちゃんは違う気がするんです」
「あたしも同意見。難しいよな、ライバルって」
「はあ……」
二人の武道家の意見に、エタナは何とも言えない顔になる。
ライバルというのは競い合えるものというのは理解できるが、二人の場合さらに望むものがあるようだ。それがなんなのかは、いまいち理解しかねるが。
「……まあ、ライバル談義は置いておきましょう。そういうことなら、私なんてもっと適役ではないでしょうし」
「まあ、そうですね。エタナも警棒振り回せるけど、それじゃ不足でしょうし」
「警棒ですか!?」
「ちょ、アリスさん!?」
警棒と聞き、キキョウの瞳が何やら輝きだす。
キキョウの様子にエタナが慌て、そんな様子を見てアリスはくすくす笑いながら資料を取出し羊皮紙状にしてテーブルの上に広げた。
「まあ、そんな彼女の腕前は今度披露してもらうとして……これがエタナの言っていた、シャドーマンの出現分布図です」
「ほぉん。これがか……」
アリスが広げて見せたもの……それはイノセント・ワールドの世界地図だ。
今サンたちがいるヴァル大陸……そしてそれよりも一回りほど小さいキリ大陸の二つが羊皮紙上に描かれ、さらにその中にシャドーマンの出現したポイントを示す光点が無数に穿たれていた。
「結構な人数襲われてんな……。つか、これ全部調べたのか?」
「いいえ。いくつかは掲示板上からの伝聞。実際に話として聞けたのは、この半分くらい」
「シャドーマンの出没自体が日の浅い出来事ですからね……。実際は、もっと襲われていると考えてもいいかもしれません」
軽く数えても、三ケタに届きそうな光点を前に、キキョウたちは難しい顔になる。
少なくとも、この地図上に穿たれた光点の数は間違いなくシャドーマンが出現している。さらに調べ切れていないものも数えるとなると、一週間ほどでシャドーマンはどれだけ行動していることになるのだろうか……。
「……んで、シャドーマンに襲われる側に共通点はないけれど……」
「襲う側……つまりシャドーマンの行動には何らかの法則性があるかもしれないんですよね?」
「ええ、そうですね。私たちは今のところ被害者側に意識を向けていましたが……加害者側から見てみれば、次の行動が予測できるかもしれません」
エタナが提案したのは、シャドーマンの行動予測。
今までシャドーマンが出没したポイントから、何らかの法則性が見いだせるのではないかというのが、彼女の考えだった。
「私たち三人だけでは何もわかりませんでしたが……お二人も加われば、ひょっとして何か掴めるかもしれませんし」
「んだな。三人寄れば姦しいだっけ?」
「文殊の知恵だよ、サンちゃん……」
わざとらしいサンのボケにツッコミを入れつつも、キキョウはじっと光点の瞬く地図を見つめる。
(シャドーマン……早く、見つけないと……)
もっとも親しい、イノセント・ワールドの友人の汚名を、早く晴らすべく。
キキョウはシャドーマンの足跡をゆっくりとなぞり始めた。
なお、エタナの武器は電磁警棒というものの模様。




