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log14.サイクロプス

「あの……かっこよく黄昏てる場合じゃ……私たちも、サイクロプスを倒しに行かないと」


 静かに立っているだけのセードーのマフラーを引っ張りながら、キキョウはサイクロプスの巨体を見上げる。

 身長はざっと二十メートル前後。足元に群がるプレイヤーたちは、足の指や踵に攻撃するのがせいぜいといったところだ。

 ホークアイを初めとする遠距離攻撃の心得があるものは、なるべく近づかないように腹や腰辺りへと攻撃していた。

 そんな光景を遠目に眺めつつ、セードーはゆっくりと首を振った。


「そうは言うがな、キキョウ。あれを見てくれ」

「あれ?」


 セードーが指差すのはサイクロプスの腹より上……具体的にはその頭上に浮かぶ名前とHPバーだ。

 先ほどから結構な人数の攻撃を喰らっているはずなのに、HPバーはほとんど変動していないように見えた。いや、少しずつ減ってはいるのだが、目に見えてはっきりとわかるほど動いていないのだ。


「……ほとんどHP減ってません……」

「うむ。武器持ちの者たちの攻撃があれでは、素手同然の我々の攻撃などそれこそ蚊が刺すほども通用すまい」

「ううぅ……」


 セードーの言葉に、キキョウは唸り声を上げる。

 今まで彼らがモンスターを倒してきたのは、急所狙いのクリティカルを狙ってきたからだ。

 小型の亜人……ゴブリン辺りはそれを狙うことができたが、さすがにこのサイクロプスの巨体に同じことができるとは思えない。


「……で、でも、このまま何もしないのもダメだと思うんですけど……」

「まあな」


 どこか罪悪感に押しつぶされそうなキキョウの言葉に、セードーは頷く。

 このまま待っていれば、そのうちクエストクリアもできそうであるが、それではだめだろう。最悪、ただの寄生とみなされる可能性もある。

 セードーは同じように寄生予備軍と化しそうなサンシターへと視線を向けた。


「……うわ、ほとんど赤いでありますよ……あれ普通に倒せるでありますか……?」


 サンシターはモノクルを片手に、何やらサイクロプスを見上げてぶつぶつと呟いていた。


「……サンシター、何をしているのだ?」

「あ、申し訳ないであります」


 サンシターはセードーの呼びかけにそう言い、それから手にしたモノクルを示してみせた。


「ええっと、このモノクルは食材の見極め(クッキングサイト)というスキルアイテムで、モンスターの肉質や装甲を見ることができるというアイテムなのであります」

「ほう、スキルアイテムとな」


 スキルアイテムとは、特定のスキルを開放することで自動的に取得できるアイテムだ。これを使用すれば、スキル名を口にせずとも特定のスキルを使用できるようになる、という便利なものである。

 便利ではあるが、こう言ったスキルアイテムは何らかのスキルレベルをMAXまで上げたときに入手できる、というパターンが多いため、この段階で持っているものは稀である。


「ちなみに、料理スキルをレベルMAXで解禁されたであります」

「それは割とどうでもよいが……肉質が見えると、何か良いことがあるのか?」

「はいであります。肉質によって、ダメージの通りが異なるのでありますよ」


 サンシターは食材の見極め(クッキングサイト)で再びサイクロプスを見上げながら、各部位の説明を始める。


「あのサイクロプスの場合、ほぼ全身が固くダメージが通りづらいのであります。具体的には、ダメージ減衰率90%であります」

「固ッ!? めちゃくちゃ固いですそれ!」

「はいであります。一応、お腹周辺は肉質がやや柔らかく、減衰率80%ほどのようでありますが……」

「全身くまなく固いのか。とはいえ、柔らかい部分は狙うべきだろうな」


 サンシターの言葉を一団に伝えるべく、セードーはその暫定リーダーらしい少年へと声を張り上げた。


「そこのリーダー! どうやらサイクロプスは足より腹回りの方がダメージの通りが良いようだぞ! ここの料理人がそう言ってる!」

「そうなのかい!? わかった!」


 セードーの言葉に、少年は特に疑うそぶりは見せずに頷き、それから皆に伝えるように声を張り上げた。


「みんな! できるならお腹を狙うんだ! そっちの方が柔らかい!」

「「「「「おうっ!」」」」」


 途端、何人かが地面を蹴って空へと飛びあがる。

 そして遠距離攻撃ができる者は腹へと集中攻撃を始めた。


「ずおりゃぁっ!!」


 飛び上がった男が、手にした大剣を振るってサイクロプスの腹を斬りつける。

 鋭い斬撃音と同時に、男が斬りつけた後に赤いエフェクトが走る。

 同時にサイクロプスがうめき声をあげる。先ほどまで足を攻撃しても、ほとんど反応を見せ無かったサイクロプスが。

 見上げれば、HPバーの方もちびりとではあるがハッキリと減少する。


「いよっしゃぁ! もう一度!」


 手ごたえを感じ、男はもう一度跳躍する。

 周りの者がそうするように、腹まで一気に飛び上がる。


 ズバァンッ!!


 そしてサイクロプスの手のひらによって、虫か何かを叩くように潰されてしまった。


「なっ……」


 その光景を見て、リーダーが絶句する。

 さっきまでほとんど動かなかったサイクロプスの攻撃に驚いているのか、あるいはサイクロプスのスピードにか。

 サイクロプスは唸り声を上げながら、そのまま自身の腹回りに飛び上がってくるプレイヤーを、手のひらを使って叩き落としてゆく。

 遠目には実にゆっくりとした動きのように見えるが。


「うげぇ!?」

「ぎゃぁ!」


 飛び上がっていた者たちは一瞬にして叩き落され、地面に打ち据えられていく。そして、そのダメージのまま死に戻っていった。

 そしてサイクロプスは足を振り上げ、自身の足元にまとわりつくプレイヤーたちにようやく攻撃を開始し始めた。


「まずい! 逃げろ!」


 プレイヤー―達は慌てて退散し、その後サイクロプスの足が地面を踏み砕く。

 その衝撃で地面が隆起し、鋭い岩の杭となって逃げ惑うプレイヤーたちへと襲い掛かった。


「うわぁぁぁぁ!?」


 予想もしない攻撃によってプレイヤーたちはダメージを喰らい、吹き飛ぶ。

 サイクロプスは再び足を上げ、地面へとその足を叩き付ける。

 そしてプレイヤーたちは岩の杭による攻撃を避けるべく、地面を駆けて行った。


「はわわ……!」

「ふむ。あれがサイクロプスの攻撃か」


 腕による素早い一撃と、足による地面を利用した攻撃。

 どちらもかなりの威力を誇るようだ。腕は言うまでもなく一撃必殺だし、岩の杭による攻撃も二撃目を喰らって死に戻るものが散見される。

 今まで反応らしい反応を見せ無かったサイクロプスが攻撃に転じた驚きもあってか、先ほどまでは威勢が良かったプレイヤーたちも、今はサイクロプスへ近づくことさえしなかった。


「いかんな、陣形が崩れたか」

「ど、どうしましょう!?」

「というか、見てないでお前たちも戦え!!」


 どこかのんびりとした空気さえ醸し出すセードーを見て、リーダーを守る一人の騎士風の男が怒鳴り声を上げる。

 セードーの隣に立つキキョウはその怒鳴り声に飛び上がるが、セードーは冷ややかな眼差しでその男を見る。


「そう言う貴様は戦わんのか?」

「俺にはリーダーを守るという仕事がある!」


 男はそう叫び、輪の中心に立つ少年を示す。

 少年はサイクロプスの行動をじっと見つめ、それが途切れた瞬間。


「みんな、いまだ! 攻撃を再開するんだ」


 鋭く指示の声を上げた。

 男はそんな少年の姿を誇るように、声を上げる。


「俺たち円卓の騎士(アーサーナイツ)のリーダーを守るという大役を、俺は果たさなきゃならない!」

「……そうか、頑張れ」


 そんな男のどこか情けないともいえる姿にため息を突きつつ、セードーは首を鳴らした。


「とはいえいい加減、動くべきだろうな」

「そ、そうですよ! さあ、行きましょうセードーさん!」


 ようやく動く気配を見せたセードーの手を引いて、キキョウはサイクロプスへと近づこうとする。


「まあ、待てキキョウ」


 セードーは逆にその手を引いて止めつつ、サンシターの方へと顔を向けた。


「サンシター、一ついいか?」

「あわわ……! あ、はい!? なんでありますか!」


 声をかけられたサンシターは慌てて姿勢を正しながら振り返った。


「先ほどのモノクルで、目を見てほしい」

「え? 目でありますか?」

「そう、目だ」


 セードーの言葉にサンシターは首を傾げつつも、サンシターはモノクルを通してサイクロプスの目を見る。


「ええっと……」


 瞬間、サイクロプスと目が合うサンシター。

 ぎょろりと充血した眼に一瞬体をすくませるが、すぐに結果をセードーへと知らせる。


「に、肉質は普通であります! 減衰率0%!」

「ふむ。狙うなら、あそこか」

「え、えぇ!?」


 セードーの言葉に、キキョウは素っ頓狂な声を上げる。


「そんな、無理ですよ! サイクロプスの頭まで飛ばないといけないんですよ!? そんなスキル、持ってませんよぅ……」


 キキョウは言いながら、サイクロプスの方を見る。


「とりゃぁー!」


 何人かの戦士が、地面を蹴って飛び上がる。

 そしてサイクロプスの腹辺りで己の武器を振り上げ、叩きつけようとするが――。


 ビュォウ!


 鋭く振るわれるサイクロプスの剛腕によって、地面へと叩き落されていく。

 サイクロプスも中々のスピードだが、それ以上に空中で静止する時間があるのが問題だろう。サイクロプスの腹は十メートル前後ほどの位置にあるわけだが、そこまで飛び上がると結構な滞空時間が存在する。そして、普通の戦士では空中での制動を制御する術を持たない。魔法使いなら浮遊(レヴィテーション)というスキルを習得することも可能だと小耳に挟んだが、どうやらこの場に浮遊(レヴィテーション)を持っている魔法使いはいないようだ。

 そしてこの世界ではプレイヤーは、十分なSTRとDEXがあっても十メートル以上飛び上がれない。それ以上になると、何らかのスキルが必要になる。

 あるいはサイクロプスの体を登っていけば届くかもしれないが、サイクロプスの体には登攀に適していそうな突起物は見当たらなかった。


「どうやってあそこまで行くんですか……?」


 胡乱げなキキョウの眼差しを受けながら、セードーは自信満々に頷いてみせる。


「それはだな――」


 セードーは自らの策を告げる。

 それを聞き、キキョウは目を丸くする。


「……できるんですか?」

「いけるだろう。これにはキキョウの協力が必要不可欠になる」

「私の……」


 キキョウはセードーの言葉にわずかに迷いを見せた。


「やって、くれるか?」


 キキョウの様子に、セードーは微かに不安げな様子を見せる。

 彼の言葉に、キキョウはすぐに迷いを振り払って強く頷いた。


「……わかりました。キキョウ、やります!」

「ありがとう」


 セードーはキキョウの言葉にかすかに笑み、それからサイクロプスを見る。

 サイクロプスは吠え声を上げながら、地面を走り回るプレイヤーたちに向けて拳を振り回し始める。

 地面を砕くのではなく、地面を走るプレイヤーたちを薙ぎ払うかのように振るわれる拳は、纏う風と諸共にプレイヤーたちを打ち砕いていった。

 セードーはサイクロプスの攻撃が止むのを待ってから、キキョウへと呼びかけた。


「……では、行こうか」

「はい!」


 キキョウはセードーの言葉に答え、棒を……己の武器を取り出した。

 そして二人は、サイクロプスに向けて素早く駆けだしていった。






 空を裂く矢が、サイクロプスの腹に突き刺さる。

 だが矢は深く刺さることなく、鏃の先が少し埋まる程度で止まる。

 そして腹の肉に押されるように飛び出し、最後には地面へと落下していった。

 サイクロプスは腹に矢が刺さったことなど気が付かなかったかのように、足を振り上げた。


「チッ。何べんやってもうまく刺さらねぇ」


 矢を放ったホークアイは舌打ちしながら、サイクロプスの踏み下ろした足を避けるために駆け出す。

 振り下ろされた足は大地を割り、刺々しい岩の杭を生み出す。

 ホークアイはそれを危なげなく避けながら、新しい矢を取り出した。


「ったく。こんな調子でホントに倒せるのか? ほとんどダメージ通ってねぇ気がするぞ……」


 苛立たしげにつぶやきながら、次の矢を放つために弓の弦を弾く。

 と、その時。


 ズドォン!!


「うぉ!?」


 何かが爆ぜるような音を聞き、慌てて音源を見る。

 その視線の先には、地面を踏み砕きながら跳躍したセードーの姿があった。


「あいつ……!」


 ほぼ一瞬でサイクロプスの腹辺りまで飛び上がったセードーの姿を見て、ホークアイは一瞬混乱する。

 いくらあそこまで飛び上がれようとも、武器を持たないセードーでは十分なダメージが与えられないのは分かっているはずだ。

 それに、飛び上がっただけではだめだ。サイクロプスの手のひらを避ける手段を、彼は持っているのだろうか。

 ホークアイの心配していた通り、サイクロプスは飛び上がったセードーに反応し腕を振るう。

 巨大な掌が、ほとんど防具を装備していないセードーの体へと迫り――。


 パァン!


 セードーの体が一瞬でサイクロプスの顔面辺りまで飛び上がったため、虚しく空ぶった。


「は?」


 一瞬何が起こったかホークアイには理解できなかったが、サイクロプスの手のひらの下をギリギリ通過しているキキョウの体を見て理解した。

 あとから飛び上がった彼女が、セードーの体を蹴り上げたのだ。


「マジかよ、オイ……」


 思ってもみなかった方法でサイクロプスの顔面へと飛び上がったセードー。

 サイクロプスが驚きに手を振るうよりも早く。


「チェイリャァァァァァッ!!!」


 ホークアイにも聞こえるような裂帛の気合いと共に、己の拳をサイクロプスの目玉へと打ち込んだ。




なお、サンシターさんは料理でしか経験値を得たことがない模様。

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