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log139.ギルド対策

 ノーチラスの先導により、タイガーたちはCNカンパニーの社長室……もといギルドマスターのために存在するGM室に通される。CNカンパニーのビル最上階、その全てがGM室だとノーチラスは語る。


「まあ、そんなスペースを取る必要がある部屋ではないがね。このギルドが会社を模したものである以上、ある程度は威厳もいるだろう?」

「うむ。我がギルドハウスも、そうした見た目重視である故、あの場所にあるのである」

「お前のは単なる道楽だろう……?」


 軽口を叩き合うタイガーとノーチラス。このゲームで知り合ったにしては、関係が深い気がする。少なくとも、現実でも知り合いなのだろう。

 ウォルフとミツキは、二人の会話を邪魔しないようにしながら、静かにタイガーへと着いてゆく。コハクたちはデート(狩)に行くと言って、そのまま外に出て行った。

 高速と銘打たれたエレベーターに乗り込み数分。小さな鐘の音が鳴り、エレベーターが目的の階についたことを告げる。

 開く扉の向こうを示しながら、ノーチラスはタイガーたちを招き入れる。


「さて、そちらの二人は初めてだな。ようこそ、CNカンパニーへ。歓迎しよう」

「わぁ……」


 ミッドガルドの全てを一望できるほど見晴らしの良い、全展望タイプの部屋だ。奥には社長用のデスクがあり、壁のいくつかは資料を入れておくスツールが並んでいる。

 ゲーム上のデータは基本的にクルソルから取り出せるので、インテリア以上の価値はなさそうであるが……どこまでも、現実的な社長室を想起させる室内だ。

 ノーチラスはまっすぐ部屋の中央に据えられた応接用のソファに向かい、腰かけるとタイガーたちにもそこに座るように促した。


「座りたまえ。立ち話も何だろう?」

「うむ。さあ、二人も」

「ほへーい」

「あ、はい」


 促されるまま、ノーチラスの対面のソファに腰かける三人。

 ノーチラスは三人が座るのを待ってから、クルソルから取り出したスイッチを何度か弄る。

 すると、応接テーブルの上に菓子が乗ったお盆と人数分の淹れたてのコーヒーが現れる。


「手ずから入れた方が雰囲気は出るが、人がいないのでな。不作法は許してくれ」

「フフ……以前のお前であれば粗茶も期待できなんだからな。ありがたくいただくとも」

「フンッ。減らず口め」


 タイガーは嬉しそうに微笑みながら、コーヒーに口を付ける。

 そんな彼の物言いに苦々しげな顔になりながら、ノーチラスもコーヒーを啜った。

 緊張をほぐすようにミツキも遠慮がちではあるがお茶請けの菓子を手に取り、ウォルフは遠慮なくコーヒーに砂糖とミルクを注ぎ始める。

 香ばしいコーヒーの香りを楽しみながらも、本来の目的を果たすべくタイガーは一息ついたノーチラスへと事情を離し始めた。


「実はな、ノーチラス。あるPKの情報を売ってほしくてここまで来たのだがな?」

「フン。シャドーマンか? お前にしてはミーハーじゃないか。珍しい」

「おん? おっちゃん、ワイらのこと知ってん?」


 ウォルフの言葉に、ノーチラスは首を振った。


「知らんな。うちの会社はプレイヤーの情報やギルドの情報は取り扱っていない。個人情報なんて繊細な品、金にはなっても先が続かんのでな」

「……いう割にはさっくりおっさんの聞きたいこと言い当てたやん?」


 胡乱げな眼差しをするウォルフを、ノーチラスは小馬鹿にする視線で返した。


「今掲示板で話題になってるPKなんてシャドーマンくらいのものだ。なら、ある程度予想はつこう。……そして、お前さんの言葉で確信した。こちらを疑うくらいなら、自分が口にする言葉には気を付けることだ」

「ぐぬぬ……」


 ノーチラスの辛辣な物言いに、ウォルフは悔しそうに彼を睨みつける。

 短い時間であっさりウォルフに優位に立ってみせるノーチラス。ウォルフがわかりやすく若いというのもあるだろうが、それでも彼の実力は本物だろう。

 タイガーは悔しそうなウォルフの様子に苦笑しながら、ノーチラスとの商談を始めた。


「うむ。知っておるなら話が早い。実はシャドーマンの容姿が我がギルドの仲間の一人に似ているようでな……。早急に何とか対策を取りたいと考えておるのだ」

「ふん、なるほど……。で? 具体的に何を望む?」

「現時点で、そちらが知り得るシャドーマンの情報全て」

「では金額はこの程度か」

「……!? え、こんなに!?」


 言葉と共にノーチラスが提示した金額は、遺物兵装(アーティファクト)とは言わずとも、レアアイテムが二つ三つは買えるほどの金額であった。

 正体不明、かつ出没するようになってからそう日が経っていないPKの情報としては暴利もいいところだ。

 それに驚いたミツキが抗議しようと立ち上がるが、彼女が口にするより先に、タイガーはノーチラスにクルソル越しで料金を支払ってしまった。


「では支払いはこれで」

「うむ、確かに」

「ちょ……ミスター!」


 さっさと会計を済ませ、ノーチラスから受け取った情報に目を通すタイガー。

 受け取った情報から目を上げずに、タイガーは憤るミツキを宥める。


「落ち着きたまえ、ミツキ君。今回の情報量は吾輩の個人的な資金で賄うとも。闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの金庫には一切手を付けておらんよ」

「そういうことを言っているのでは……! シャドーマンがいるのは間違いないでしょうが、それでも精度が不確かな情報に払っていい額じゃないですよ!?」


 タイガーは、ノーチラスから手渡される情報の確度……それを確認せずに金を払った。

 もしこれで、ノーチラスが手渡した情報がシャドーマンに何の関係もない情報であるならば……今払った金は完全なムダ金になってしまうのだ。

 これが現実であればクーリングオフなどの制度で金を取り戻すことも可能かもしれないが、これはゲームだ。法整備はいまだ完全ではない。しかもゲーム内通貨では、損失を明らかにすることも難しいだろう。

 つまり、最悪の場合泣き寝入りするしかないのだ。タイガーの行動は、迂闊すぎる。

 そんな彼女の言葉に同意を返したのは、意外なことにノーチラスであった。


「その御嬢さんの言うとおりだよ、タイガー。お前さん、いつも隙だらけ過ぎる。よくそれで、州知事なんて仕事が務まるものだな?」

「なんの。確かに吾輩は迂闊極まる人間であるが、我が友は皆優秀だよ。吾輩、人を見る目と人を信じる心は胸を張って誇ることができるよ」

「……まったく。その信頼に応える方にもなってみろ」


 ノーチラスはタイガーの言葉に思わずといった様子で、顔を隠す。

 顔が隠れる一瞬前、ノーチラスの顔が微笑んでいたのはミツキの気のせいだろうか?

 なんとなく二人のやり取りに毒気を抜かれたミツキは、タイガーの見ている情報へと意識を向けた。


「あの……それで、シャドーマンの情報はどうですか?」

「多くの部分においては、吾輩たちが掴んでいるものと大差はないな」


 タイガーは慎重に文面を目で追いながら、ミツキに説明する。


「シャドーマンが確認され始めたのは一週間前。襲われた人物、場所に関連性は無し。襲撃に共通しているのは「一人になっていたこと」。方法は素手による一撃必殺。見た目に関してもっとも信憑性が高い装束は「マフラー」。逃走手段は影に潜ること」

「……やっぱり、お金を払う必要はなかったのでは……?」


 タイガーが口にしているのは、すべてエタナから聞いた話だ。これだけであれば、別に金を払う必要はなかった。

 だがタイガーは決して気落ちすることはなく、情報を追ってゆく。

 そして、とある項目にたどり着くと、タイガーははっきりと笑みを浮かべた。


「……だが、吾輩が知りたい情報はあったな」

「え?」

「シャドーマンに対する、各ギルドの対応方針……これが知りたかったのだよ」


 シャドーマンに対する各ギルドの対応方針、そう書かれた項目をタイガーは一身に読み始める。

 その項目に書かれているギルドは、いわゆる大ギルドと呼ばれるギルドたちだ。千はくだらないと言われる程にギルドが存在するイノセント・ワールド、当然大ギルドの数も百は優に超える。そしてその大ギルドの行動方針に対する調査結果が、事細かにその資料には記載されていたのだ。

 それを読みふけるタイガーを横目に、ミツキはノーチラスへと問いかけた。


「ギルドの情報は取り扱っていないのでは?」

「ギルドの構成員や、ギルド内情の情報はな。大ギルドの行動方針というのは、秘匿されるべき個人情報からは外れるよ」


 ノーチラスはそう言いながら、コーヒーの二杯目を口にする。


「それによく売れるのだよ、大ギルドの行動方針は。同じ大ギルドであれば狩場の独占や競合を避けるのに使ったり、大ギルドへの合流を目論むギルドであれば、先んじて大ギルドへの土産を作るために使ったり……。比較的安くしても需要が尽きない商品の一つだよ」

「……そうですか」


 淡々と事実だけを告げるようなノーチラスを見て、ミツキは少しため息をついた。

 なんというか、骨の髄まで商人という感じの人間だ。頭の中は金儲けで一杯なのだろう。

 そんな気持ちが、つい口を突いて出て行ってしまう。


「……ゲームの中でまで、お金儲けなんて楽しいんですか? その、御社を利用している身の上でこんなことを言うのもおかしいですが」

「その疑問も当然だろう。私自身、どうかしていると思うよ」


 しかしノーチラスはミツキの言葉に気分を害した様子もなく一つ頷く。

 そしてコーヒーを啜りながら、彼女の言葉に答えて見せた。


「だがまあ、この歳になってしまうと生活習慣というのは抜けないようでな。寝ても覚めても金儲けのことばかり考えてしまう。もうこれは息をするのと同じ感覚だな」

「はあ、そうですか……」

「そしたらひとつ教えてほしいことがあんねんけどええか?」


 今まで大人しくお菓子を貪っていたウォルフが、唐突に手を上げて問いかける。


「何かね?」

「おっちゃんにとって息をするのと同じ感覚の金儲けって、どうしたらええのん? 羨ましいやん、こんなでかいビルまで持って」

「ちょっと、ウォルフ君……?」


 金儲けの方法を教えてほしいと口にするウォルフを、ミツキは咎めるように睨みつける。

 いくらイノセント・ワールド内でも有数の金持ちを前にしているとはいえ、正直すぎる物言いだ。そもそも聞いたところで、その方法が実行できるわけもないだろう。

 そんなミツキの考えを知ってか知らずか、ノーチラスはなんということもなくウォルフへと返答した。


「金儲け? ならば、金をどんどん使うことだ。下手にため込もうとする者のところに、金は舞い降りては来ないよ」

「……そういうもんなん? なんというか、そういうのってどんだけ損を少なくして益を上げるかってもんやと思うけど?」


 ノーチラスの言葉に、ウォルフは眉をしかめる。

 だが、ノーチラスはウォルフに対してはっきりと告げた。


「利を上げるのであれば必ずどこかに損は生ずる。ならば考えることは損を恐れるのではなく、いかに利率を上げるかだろう? 大抵の人間は損を恐れるあまり、利を上げるための損失さえ行わない。そんなことだから金は儲からないんだよ」

「ほーん、そんなもんなん?」

「そうとも。金は天下の回りもの、とも言うのだろう? ならばどんどん回すべきだ。ため込んだところで、腐るだけというものだよ」

「……そんなもんかいなー」


 ノーチラスの返答に、つまらなさそうに呟くウォルフ。

 金持ちには金持ちならではの、何かびっくりするようなアイデアがあると思ったのだろうか。

 期待外れと言わんばかりの少年を前にして、ノーチラスは老獪な、意地の悪そうな笑みを浮かべるばかりであった。




なお、ノーチラスさんは英国の大企業の社長が表の顔の模様。

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