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log137.何者なのか

 その後、狩りに向かうと迎えに来た仲間とともにギルドハウスを離れたSKたちに別れを告げ、セードー達はムスペルヘイムにあるカフェへとやってきていた。

 皆思い思いに飲み物や軽食を注文し終え、軽く霧のかかるムスペルヘイムでの団欒を楽しんでいた。


「……にしても、結局シャドーマンの正体はわからずじまいやったな」


 いつものようにコーラと油っこいものを頼んだウォルフのつぶやきに、サンも同意する。


「だよなー。戦い方とか見た目はセードーと一緒らしいけど、なんでそんな姿してんのか意味不明だし」

「確か、ドッペルゲンガーというモンスターはいるはずであるが、そこまで精巧にプレイヤーを模倣できなかったはずである」


 優雅にコーヒーの香りを楽しむタイガー。その隣でお茶を啜りながら、ミツキが小さく頷いた。


「そうですね……。ドッペルゲンガーはあくまで似姿を取るだけですし、素手でプレイヤーを即死させるとなると、相応の技量が必要なはずですけれど……」

「そもそもシャドーマンはなにが目的なんでしょうか? PK行為って、何か良いことがありましたっけ……?」

「いえ……経験値も実入りも普通に決闘するのと大差ありませんし、いいとこ悪評が集まる程度しか思いつきませんけど……」


 キキョウが団子を頬張りながら不安そうに口にすると、エタナはそう呟く。

 セードーは小さく頭を振って答えた。


「……人を殺すという行為に誰かが思うような利があるとは思えん。得られるものなど、せいぜい自己満足程度だろう」


 セードーの言葉に、皆一様に沈黙する。

 殺すというのはおそらくただの比喩だったのだろうが……だが、その言葉の裏に込められた重さのようなものに気圧されたのだ。

 正面から彼の瞳を覗くこととなったウォルフは、その奥の薄暗さに眉を顰める。


「……セードー?」


 思わず彼に声をかけ、どうしたのかと問おうとしたが、それは別の声によって遮られた。


「……こんなところで何をしているんだ、セードー?」

「ん……スティールか」


 セードーが顔を上げると、そこには全身鎧(フルプレート)を纏った戦士、スティールが立っていた。

 いつものように彼の背後には着ぐるみ少女が立っている。

 不思議そうにこちらを見ているスティールに、セードーは小首を傾げながら逆に問いかける。


「いや、少しな……。そちらこそ、ここで何を? お前の装備類なら、ニダベリルの方が色々と都合がつくのではないか?」

「ああ……まあ、腕の良い鍛冶師はニダベリルの方が多いが、単純に装備を回復させるだけならこちらの方が都合がよいのだ」


 そう言って、スティールは一本の薬瓶を取り出してみせる。

 水銀のように銀色に輝く液体が瓶の中で揺れ、怪しくきらめいている。


「このアイテムは“武装銀”と呼ばれるもので、武器に使用することでその武器の耐久力を回復させることができるのだよ」

「(必要な素材は集めにくいですけど、これ一本で耐久力を完全回復できるから、すごい便利なんですよー)」

「そんなものがあるのか……。勉強になるな」


 他にもこの街には回復系を初めとする各種ポーションや、ブースト系のアイテム、さらには一時的に特定の魔法が使えるようになるポーションまであるのだという。

 喫茶店でのお茶会にスティールたちも加えつつ、セードー達はムスペルヘイムへと訪れた理由……シャドーマンと呼ばれるPKの存在を伝える。

 スティールは難しい表情でセードー達の話を聞き、そして首を傾げて見せた。


「うーむ……? シャドーマン……というよりPKがセードーに似ている……?」

「おう。まあ、掲示板じゃほぼ無視されとるけど、実際シャドーマンにおうた連中によると、見た目はそっくりらしいで?」

「(そっくりなんですか?)」

「ああ……。少なくとも、一人はそう断定していた」


 セードーはSKの言葉を思い出し、小さく頷く。

 彼はセードーの姿がシャドーマンに生き写しだと口にした。

 その後のDDのとりなしがなければ、おそらくウォルフとSKで決闘が行われていただろう。少なくとも、彼がセードーに対してよい感情を抱いていなかったのは確かだ。

 それを聞き、スティールは首を横に振って見せる。


「俄かには信じがたいな……」

「ワイらも半信半疑や。まあ、実物を見てみんと何とも言われへんわな」

「今はまだ、さほど襲われたという話を聞きませんけど、人数が増えてゆくとセードーさんが狙われてしまう可能性も高いです。そうなる前にシャドーマンを何とかしませんと」


 少し落ち込んだ表情でエタナは呟く。

 今は実害がないが、SKの態度を考えるにそう遠くない未来でセードーが誰かに襲い掛かられることになるかもしれない。それを考えれば、心穏やかではいられまい。

 スティールも同じ気持ちなのか、小さく唸りながらセードーの心配をしてくれた。


「最悪は運営に申告するしかないだろうが……。何らかの情報があれば、探してみよう」

「すまない」


 セードーは短く礼を言い、お茶を啜った。

 スティールもコーヒーを啜り、それから不思議そうに問いかけた。


「しかし掲示板に話題が上るのが早すぎないだろうか? シャドーマン自体の目撃情報は一週間前からなのだろう?」

「話題の端に上るようになったのがそうですから、実際の出現はもっと早い可能性もあります!」


 スティールの問いに、エタナはクルソルからメモ帳を取出し、丁寧にめくりながら答え始める。


「私がシャドーマンに興味を持ったのは該当する掲示板を覗いたからですけれど……そこでセードーさんの名前が挙がったので、本格的な調査を開始したんです」

「セードーの名が? どういうことだ?」

「どうもこうも、自分の発言消される覚悟でセードーの名前を出しやがったんだよ。まあ、速攻消されてるからセードーの名前を見た連中はいないと思うけど」


 サンの言葉に、着ぐるみ少女が看板をひっくり返す。


「(名前ですか? セードーさんがシャドーマンにそっくりっていうのは聞きましたけれど……その書き込みをした人がセードーさんを知っていたのはびっくりですね)」

「言われてみりゃそうだな……。ギルド同盟 とか組んで、それなりにフレも増えたんだろうけど、セードーを知ってる奴なんてそんなにいねぇよな?」


 あるいは失礼とも言えそうなサンの言葉に、セードーは小さく頷いた。


「ああ、そうだな……。エタナの書いてくれた記事も一時的なものだし、そんなに名が知られているとは思えないんだが」

「記事のことは忘れてくださいってばー!」

「記事?」


 スティールは記事のことがなんなのかわからず、首を傾げた。

 そんな彼に、ミツキが一枚のビラ記事を取り出してみせる。


「ほら、これのことよ」

「失礼」


 一言断り、スティールはビラに目を落とす。


「……この記事は」

「ええ、ミッドガルドの路上でね」

「私がセードーさんのことを知りました、記念すべき日のことです!」


 ミツキとエタナが口々に語るが、スティールは聞いていないかのように記事を見つめている。

 そんなパートナーの態度に、着ぐるみ少女が不思議そうに肩を叩いた。

 スティールはしばらく彼女の行動にもしばらく気が付かなかったが、ポンポンがバシバシに変わる頃にようやく気が付き、着ぐるみ少女の方へと向き直る。


「……う、うお!? な、なんだ、どうした!?」

「(どうしたはこっちのセリフ! その記事がどうかしたの?)」


 着ぐるみ少女の看板を見て、スティールは微かに首を振る。


「い、いや……」


 そしてしばらく黙りこむが、何かを振り切るように首を振り、顔を上げた。


「……掲示板はともかく、シャドーマンの正体がつかめないのが怖いな。単なる未発見のレアエネミーだというのであればまだしも……これがプレイヤーによる故意のPKであるならば、セードーに対して何らかの恨みを持つ可能性が高い。シャドーマン出現から一週間程度で掲示板上にセードーの名前が上がる点を考えても……」


 イノセント・ワールドに存在するレアエネミー……実のところ、完全にその存在が解明されているわけではない。今現在、百前後のレアエネミーが確認されているが、時折未発見のレアエネミーが発見されることがある。

 レアエネミーはその出現率や出現条件の関係上、未だにプレイヤーの目に留まることなくゆらりとイノセント・ワールド内を闊歩している個体もいるわけだ。……サービス開始から五年前後経っているというのに信じがたい事ではあるが。

 通常のモンスターにドッペルゲンガーというのもいるので、ひょっとしたらセードーの姿をコピーしたレアエネミーのドッペルゲンガーかもしれないが……そうなれば当然どこで?という疑問が出てくる。

 ここ二週間ほどは狩りに出ることもなく、セードーは仲間たちと共にぼんやりと過ごしていた。レアエネミーと遭遇するようなタイミングはなかったように思われる。

 そう考えるとスティールが口にしたセードーに恨みを持つ者、という説が極めて濃厚なように思える。少なくとも、未発見のレアエネミーであると考えるよりは現実的だろう。

 そうなればだれが?という話になるわけだが……。


「なんやセードー、人の恨みを買うようなことしたっけか?」

「心当たりがない」

「ふぅむ。逆恨みというのであれば、セードー少年に心当たりはないであろうなぁ」


 顎鬚を撫でるタイガーの言葉ももっともだ。恨まれる側に非も利もないからこその逆恨みなのだから。


「としますと……掲示板でセードーさんの名を挙げた人を探すのが最も手っ取り早いですかねぇ?」

「そうね……。掲示板でそんなことを言う位であれば、日常的に口にしていないなんてことはないでしょうしね」


 エタナとミツキがそう口にし、タイガーは決まりとばかりに大きく頷いた。


「ふむ。しからば、まずは巷でのセードー少年の噂でも探ってみるとしようか。少年の名が上がるようなことがあれば、その付近が怪しかろうし」

「そうですね……。とりあえず、手分けしてみましょうか」


 セードーは一つ頷き、お茶を飲み干す。

 とにもかくにも、行動しなければ。




 なお、ムスペルヘイムではデザートがおいしい模様。

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