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log136.セードーVSDD

 どこか遠くで烏が鳴いている。

 微かに刺激臭のする風が辺りをふんわりと吹き、がさがさと奇怪な樹木の枝葉が囀り声を上げる。

 突然現れた新種の人間を前にした微動だにせず、新種の人間――DDもまた微動だにしない。

 ポーズを決めたまま、一心にセードーを見つめている。

 魂消た表情のセードーはしばらく固まっていたが、視界の隅に“決闘を申し込まれています!”なる表示が現れたのを見て、ようやく我を取り戻したセードーが呟く。


「決……闘……? 今の、決闘宣言(コール)だったのか……?」

「……ああ、うむ。このゲーム、いわゆる“スイッチ”を入れれば話が進行するという類のものではないからなぁ……」


 セードーの声を聞き同じように我を取り戻したタイガーが、軽く筋肉を脈動させながらセードーの言葉に答えた。


「セードー少年にも覚えがあろう。スキル一つとっても、同じスキルが違う名前というのがよくあるだろう。ゲーム内のスキルの名前を自由に設定できるためだが、これはスキルだけではなくゲーム内のあらゆるものに適応される」


 ダブルバイセスのポーズになるタイガー。途端、何らかの自己強化スキルが発動し、彼の体に強化を示すオーラが現れた。


「名前だけではない……こうした一挙手一投足にさえ、スキルの効果発動トリガーを持たすことが可能だ。そうしてイノセント・ワールドのプレイヤーたちは、己の個性を表すのである」

「ああ、そうですね。俺も剛体法(アーマー)練気法(ブースト)は動作をトリガーキーに指定しています。ようはあれですか」


 セードーは己のスキルを思い出し、ようやく納得する。

 このゲーム、運営が用意したスキル名やイベントスイッチ以外にも、プレイヤー側がそれらを指定してゲームプレイをすることができる。

 スキルや魔法であればある程度の長さ、決闘システムなどのゲームシステムであれば何らかの関連性のある語句が必要となるが、多くのプレイヤーが口にし、そして他のプレイヤーの耳に入ることになるスキルなどは、特にそのプレイヤーの個性が現れる部分だ。

 中にはロールプレイを重視しすぎて、色々と聞くに堪えないことになってしまうプレイヤーもいたりするわけだが……どうやらDDもそういうタイプのプレイヤーのようだ。

 じっと地蔵のごとく動かずセードーを見つめるDD。タイガーは、いつまでも待ち続ける彼を不憫に思い、セードーの背中を後押しした。


「セードー少年よ……挑まれた以上、何らかの形で返礼せねば、礼を逸してしまうぞ?」

「……ミスターがそう言うのであれば」


 セードーはいささか不安を抱きつつ、DDの決闘宣言(コール)に答えてみる。


「えーっと……プレイヤー・セードーは、プレイヤー・DDの決闘を受ける」


 特に思いつかなかったので、いつも通り儀礼的な返礼を返すセードー。

 瞬間、セードーとDDを中心に展開される決闘場(バトルドーム)


「え!? 今の決闘宣言(コール)だったのかよ!?」

「いや、凝りすぎやろ!? 反逆て!」

「DDって、そういう子ですから……」

「今こそ汚名挽回の時!! 行くぞぉぉぉぉ!!!」


 セードーの背後で何やらわめきたてる半透明の人間たちの戯言を無視し、DDは勇ましく叫び、一気に飛び上がる!


ユクゾコレガワガオウgセイクウセイケンヅキ!バキッバシバシチェリャァー!バキッチェストー!ヒショウラセンヅキッバキッヒジウチウラケンセイケン!シットリャァ!バキッマテンセイクウドガッキィーンゴタイブソウヤミゴロモ・キョクゲンラセンッ!!(パーフェクト)


 とどめの一撃を受け、木の葉のように舞い上がるDD。

 螺旋となった闇の波動を振り抜きながら、セードーはいわく言い難い顔で皆の元へと戻っていった。


「何ともやりきれない気持ちだ……」

「おう、お疲れ……。まるで格ゲーのワンコンボキルだったぜ……」

「壁際でもないけれど、相手の子、まったく反応出来てなかったわね……」

「おう、愛しのセードーの戦いやぞ? 喜べ自分ら」

「相手がサンドバックでは味も素っ気もありません……」

「むしろ相手が可哀そうです……」


 瞬殺されたDDへの憐みを隠そうともしない一同。肝心の憐れまれているDDは顔面から落着し、逆エビ反りの格好で細かく痙攣していた。

 と、そんな愉快な格好のDDの傍に一人の青年が近寄っていった。


「やあ、DD。見事なやられっぷりだね。君はサポートガンナーなのだから、近距離戦闘は避けるべきだといつも言っているんだけどねぇ」


 ズルリとした導師服に、サングラスのように黒いレンズのモノクルを嵌めたオールバックの青年はDDの体を仰向けに倒してやりながら、セードー達の方へと振り返った。


「いやはやすまない! このDD、決して悪い人間ではないのだが、いささか妄想の気と負けん気が強くてね。リベンジせずにはいられないと吼え猛っていたところ、エタナ君がそちらのセードー君とお知り合いだったということで、連れてきてもらったのだよ」


 モノクルの青年は扇子を広げ、それから大仰に頭を下げる。


「ご足労いただき、誠に申し訳なかった。そちらにとってはいらぬ手間だったろう?」

「いや……」


 セードーは小さく頭を振り、それから頭を下げていた青年に手を差し伸べる。


「セードーという。所属は闘者組合ギルド・オブ・ファイターズだ」

「ああ、ご丁寧にどうも」


 青年はセードーの手を取り、軽く握手を交わす。


「僕はSK。ギルド・錬金学園のGMを務めさせてもらっているよ」

「……さっきから気になってんのやけど」


 双方のあいさつが終わるタイミングを待ち、ウォルフが片目を眇めながらSKへと問いかけた。


「そっちのDDにしろ、自分のSKにしろ、イニシャルみたいやな。身ばれが怖いんちゃうか?」

「はっはっはっ、その心配はないよ。うちは身内系ギルドだし、このイニシャルもそもそも実名じゃないよ。あだ名の延長線上さ」


 SKは快活に笑う。そんな彼の言葉に、エタナがぼそりと補足する。


「ちなみにSKは生徒会長の略です。彼、基本的に会長としか呼ばれませんから」

「あぁん。エタナ君、ひどいこと言うじゃないか」


 エタナの言葉に、SKが気味悪くシナを作る。


「これでも身を粉にして学校に青春を捧げているというのに……皆にはちっとも理解されない。シクシク」

「基本的な学校行事以外は、学園に関わる全てを自分のおもちゃにしている人の言うことですか、まったく」


 エタナはため息をつきながらも、セードーへと向き直る。


「というわけで……申し訳なかったです、セードーさん。DDにお付き合いさせてしまいまして……」

「気にしないでほしい。謂れがないとはいえ、狙われてしまうのも困る。であれば、こちらから足を運んだ方が早いだろう」


 セードーはエタナの言葉にそう答えながら、まだ起き上がらないDDの方へ視線を向ける。


「それで……そちらのDDがシャドーマンに遭遇したのか」

「ああ、そうだね。姿だけであれば、僕も拝見したが」

「ふぅむ? そうなのであるか」


 タイガーはSKの言葉を聞き、軽く首を傾げた。


「だとするのであれば、貴公も襲われたのであるか?」

「いえいえ。僕が駆け付けた時にはDDがすでにシャドーマンに負けていましたが、シャドーマンは自分の手を見下ろして不思議そうに首を傾げつつ、そのまま影の中へと消えていきましたよ。なんというか、腑に落ちないという感じでしたね」

「まあ、あいつ相手にすりゃ誰でもそうなるよな……」

「うんうん。彼と戦うとみんなそう言うからねぇ


 未だ起き上がらないDDを眺めつつ、サンがそう呟く。

 SKも力強く同意しつつ、黒いモノクルを白く光らせる。


「……実際に戦った僕ではないけれど、それでも君は例のシャドーマンにそっくりだねぇ」

「………」

「マントに衣装もそうだけれど……背丈とか顔の輪郭、骨格とかもそうだね。ひょっとしたら生き写しかもしれないと想像させる程度には、雰囲気が似ているよ」


 軽く扇子を仰ぐSK。

 彼の言葉は、その場を沈黙させるには十分な威力を持っていた。

 鋭角のサングラスを同じように光らせながら、ウォルフがSKへと詰め寄ってゆく。

 下からねめつけるように睨みながら、彼は口を開いた。


「雰囲気が似てるて、どういう意味やねん」

「そのままの意味さ。言葉で説明するのは難しいが……セードー君の初見での印象はシャドーマンのそれとよく似ていたよ」


 SKはウォルフの恫喝にひるむことなく、鷹揚に扇子で自分を仰ぐ。

 正面から視線を結び、彼は言葉を続けた。


「もちろん、似ているだけで別人だろう。わざわざ一度勝った相手にもう一度会いに来るとも思えないしね。逆に言えば、そうすることで疑いの目を自分から逸らそうという意図もありえるかもしれないねぇ」

「……おう、吐いた唾はのまんとけよワレ……」


 凄みを増すウォルフの言葉。

 狼のように喉の奥から唸り声を上げ始める彼の言葉を止めたのは、意外なことに倒れていたDDであった。


「……否。その者はシャドーマンではない」

「あ?」

「DD? というか、起きていたのかい?」


 DDはゆっくりと体を起こし、片膝を立て、黄昏るようなポーズを取る。

 そしてどこか遠くを見つめながら、言葉の先を続けた。


「確かに似てはいた……だが、決定的に違う」

「違う……なにが、でしょうか?」


 キキョウの問いに、DDはセードーを見つめ、はっきりと告げる。


「その顔だ」

「……顔?」

「ああ、そうだ。シャドーマン……奴と貴様とでの決定的な乖離がある……」


 DDは微かに溜める。

 そして頭を振り、シャドーマンの表情を告げた。


「……奴は、笑んでいた。さながら酷薄に。奴はただ笑っていたのだ」

「―――」


 セードーが微かに目を細める。

 だがその変化に誰も気が付かぬまま、DDは続ける。


「まるで戦うことが……いや、何かを殺すことが楽しいとでも言わんばかりに。我は何もできぬままに、殺されたよ……」

「……実際、DDはリスポン待ちに入っていた。けれど、セードー君は決闘時のゴア表現を切っているようだね。こうしてDDが起きたのが何よりの証拠だ」


 SKが扇子を閉じてそう呟く。

 セードーは決闘に臨む際、ゴア表現はOFFにしている。というよりはその辺りの、ゲーム設定は全く弄っていない。

 ゴア表現の設定はクルソルから開けるゲーム設定メニューの中でも、R指定に関わるようなかなり深い位置に存在する。未成年のセードーでもこの設定を弄ることは可能であるが、わざわざそこまでして弄りたい設定でもない。

 SKは申し訳なさそうに微笑み、また頭を下げた。


「いや、申し訳ない……我ながら、DDをやられてしまい気が立っていたようだ。今までの僕の言動で不快な思いをしただろう。全て、謝罪させてもらうよ。本当に、申し訳なかった」

「……いや、ええんや。ワイもらしくなく、熱ぅなってまった」


 ウォルフは頭を下げるSKを見ながら、気まずそうに頬を掻いた。


「センセにも言われとるんやけどなぁ……ワイの悪い癖や……。自分のこと、ダチのことになってまうと、すぐカッカすんの、どうにかしたいんやけどなぁ」

「感情の高ぶり……心が猛るのは必然。何一つ恥じることはない。その心のまま、熱く、高く、激しく……!」

「とりあえずこいつを手本にしてみたらいいんじゃね? ある意味チョー冷静だぞ?」

「ごめんこうむる」


 何やらカッコイイポーズを取り始めるDDを指差すサンに、ウォルフは激しく首を振る。

 DDの開き直りにも似たロールプレイはある意味参考になるだろうが、決してマネしたいようなものでもないだろう。そもそもウォルフが目指すものとは違うだろうし。

 頭を上げたSKはセードーに微笑む。


「セードー君。君は良い仲間に恵まれたね」

「……ええ、本当に」


 サンとそのまま漫才を始めるウォルフを眺めながら、セードーは小さく頷いた。




なお、DDはそもそも戦闘要員ではない模様。

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