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log135.ムスペルヘイムへ

 先導するエタナによれば、シャドーマンに襲われた彼女のフレのフレはムスペルヘイムに拠点を構えるギルドに所属しているらしく、エタナがコンタクトを取ったときにはログインしているらしかった。


「とりあえずギルドハウスにいるらしいので、直接行ってみましょうか!」

「もう来ているがな……。ここがムスペルヘイムか」


 うっすらと霧がかかっている街、ムスペルヘイム。

 伝承に聞く化け物たちが暮らす、異形の街として有名な場所であったが……。


「へいおばちゃん、今日もきれいやな! 大根おまけしたろか!?」

「新御上手なんだカラァン♪ ついでに人参もチョウダイ!」

「へい毎度ー!」


 ゾンビの八百屋にスケルトンのご婦人が、どこでも聞きそうなありふれた会話をする辺り、想像していた以上に平和な街なのだろう。

 街にかかる霧のおかげで太陽の光も平気なのか、青白い顔をしたヴァンパイアの少女が誰かと町の片隅で待ち合わせをしているし、半分くらい獣になりかかった狼少年はバイトに遅刻しそうなのか慌てて路地を駆け抜けていった。もちろん、街の中にはプレイヤーたちも歩いている。他の街と比べると、魔導師系のプレイヤーが多いようだ。隣をミイラ少女が歩いていても、特に気にした様子もなく仲間たちと喋っていた。


「……なんというか、想像していたのと違うな」

「はい。もっと、なんていうかお化け屋敷みたいな町かと思ってました」


 どこにでもある、普通の街を前にして、割と失礼なことを口走るセードーとキキョウ。

 そんな彼女の様子に、エタナは小さく苦笑した。


「町の外は割とお化け屋敷ですけどねー。それじゃ、行きましょうか! 目的地は町のはずれの方です!」

「せやな。おう、ところでサン。足元にでかい蜘蛛がおるぞ」

「んぎゃー!?」


 カサカサ蠢く蜘蛛の姿に思わず震脚をぶちかますサン。その轟音が周りの住人達の注意を引きつけるが、セードー達はいつものこととサンを置いて先へと進んだ。


「……ところでエタナ。シャドーマンの事、もう少し詳しく教えてもらってよいか?」

「え? ええ、もちろん! と言っても、みなさんのギルドで語ったこと以上のことは……」

「うむ、かまわぬよ。もう一度、繰り返し聞いて皆で覚えようではないか」

「そうですね。シャドーマン、私たちが会うこともあるかもしれませんし……」

「はい、わかりました! シャドーマンとはですね――」


 エタナのフレのフレの元へと道すがら、セードー達は改めてシャドーマンに関する噂話を彼女から聞くこととする。

 曰く、出没が確認されたのはおおよそ一週間ほど前。襲われたと言われているプレイヤーたちには関連性は無く、顔見知り同士ということもない。ただ、一人になったところを狙われたという点は共通しているようだ。

 シャドーマンは武器らしいものを持たず、基本的に素手で他のプレイヤーを攻撃するらしい。そのうえ人体急所への一撃必殺を狙うため、大抵のものが一発でHPを0にされてしまうとのことだ。

 ほぼ一撃必殺を狙うせいで、その姿に関する情報はさほど多くはないが、エタナの友人曰く「首にマフラー、軽装の忍者装束」がシャドーマンの姿だったという。

 エタナの友人は出現した瞬間は見ていないが、シャドーマンに襲われた別の人間は影の中から這い出すように出てくるのを見たらしい、ということがわかっている。

 ……以上が、エタナの持つシャドーマンに関する情報であった。

 それを踏まえ、ウォルフは首を傾げながらセードーに問いかけた。


「シャドーマンて影から出てきよるらしいが、セードーはそういう技は使えんのん?」

「いや、使えない。というよりは選択できないというべきか」


 セードーは呟きながら、スキルブックを取り出す。


「特異属性はスキル取得に関しても基本属性と異なり、一番最初に選択したスキルによってその後取得できるスキルが異なる……。これをライン方式と呼ぶらしい」


 セードーの説明を聞き、エタナがぴょんと手を上げる。


「あ、それ私も聞いたことがあります! っていうか見たことが! 〈無〉属性のフレがいるんですけど、彼女もそうでした!」

「人脈広いな……。で、具体的にどう違うんだ?」


 エタナの人脈に驚きながら、サンはセードーを窺いみる。

 セードーは一つ頷き、スキルブックを開いてみせた。


「さっき言った通りだ。初めに選択したスキルの系列のスキルしか取得できなくなる。俺であれば五体武装・闇衣を基点に、派生や発展したスキルしか取得できない」


 彼の言うとおり、彼の〈闇〉属性スキルはほぼ一本化しているようだ。五体武装・闇衣を初めとし、どれもこれも五体武装・闇衣が発動している状態で使用する技のようだ。

 彼が取得しているスキルの隣にも同じようにスキルが存在したが、そちらの方は灰色で表示されており取得する条件が整っていないことを示していた。よく見れば一番初めに存在するスキルを取得することが条件に盛り込まれているようだ。

 キキョウもセードーの意見を裏付けるように、自分のスキルブックを開いてみせる。


「私でしたら光陰流舞が基本になります。いろんな人に聞いたんですけど、〈闇〉と〈光〉は2つ、〈無〉で3つのラインが構成されてるそうですよ?」

「私のフレは広範囲爆撃系ばっかりでした。一緒に狩りに行くと、経験値はたまりませんが楽でいいですよー」

「ほーん、なんや不便に見えるけど、考え方はこっちと一緒かいな」


 ウォルフは一つ呟きながら、自分のスキルブックを開いてみせる。

 彼は基本属性である〈風〉使いであり、そのスキルの広がりも樹木の枝はを思わせるようは末広がりであったが、彼が取得しているスキルはボディ系スキルに集中しているようだった。


「いろんなスキルが取れるんもええんやろが、やっぱLv50くらいになるまではなんか一本に絞った方が威力は出るからなー」

「SPに関しちゃギアと同じだもんなー。属性とギアとで使えるSPは分けて欲しいってのはわがままかなー」

「うむぅ。サービス開始当初よりその手の要望は多いと聞く。吾輩としては、属性もギアも同じスキルである故、同じポイントを使用するのは当然と思うのであるがなぁ」

「………」


 古参プレイヤーの一人であるタイガーの言葉にサンは思わず耳を塞ぐ。

 一応運営もサンが口にした要望をなるたけ実現できるよう、Lv50を超えたあたりからのSPの取得量を増やしたり、あるいはSPを入手できるようなクエストなどを用意はしている。

 しかしまあ、Lvも50を超えるとなるとイノセント・ワールドにおける玄人プレイヤーと考えてもいいほどだ。そのレベルともなるとスキルに関しても主力となるものの育成も完了している頃合いだろう。その頃にSPをたくさんもらっても……という意見もあるのかもしれない。


「まあ、Lvが低いうちはその不便を楽しむものである。足りぬポイントをやりくりしながら、自身にとっての最適を探すのもまた、正道と思わんかね?」

「うー……ゲームくらい楽に生きたいんだけどなー……」

「ダメよサン。そうして楽を覚えちゃうと、後で苦労するんだからね」


 ミツキはサンに小言を言うようにそう言いながらも、何故か影を背負う。


「そう……苦労するのよ……。“今はたくさん言い寄ってくれる人がいるから、後でも大丈夫♪”なんて考えてると……ホント、苦労するのよ……」


 目を付けてた人みんなコブ付になったり~などとぼそぼそ呟き始めるミツキから若干距離を離しつつ、セードーは歪んだ話の軌道修正を試みる。


「……ともあれ、俺が取得しているのは闇衣……いや、波動系と呼ばれるスキルだ。〈闇〉を身に纏うことで攻撃や防御を行うスキルだが、影に潜るようなスキルは得られない。そちらは影道系と呼ばれるスキルだな。こちらはキキョウの光陰流舞に近く、先に上がった影から影へと移動するようなスキルが取得できるらしい」

「ほーん。ちゅうことは、シャドーマンとセードーは別人と、早くも証明できてしもうたわけかいな」

「しかし、イノセント・ワールドのプレイヤー全員が、ウォルフさんのように物わかりが良いわけではありませんから……」


 シャドーマンはPKと呼ばれている。であれば、その行為が相手に与える心象は最悪の部類だろう。

 これはゲームだと割り切れれば痛くもかゆくもないかもしれないが、中にはゲーム内での評価や決闘の勝敗数を過剰なまでに気にする人間も当然存在する。

 そう言った人間から逆恨みされようものならば「スキルが使えない」などという意見は封殺されてしまうかもしれない。特異属性の取得者が少ないことを理由に「スキルが使えないという嘘をついている」などと言い出しかねない。

 もちろん、スキルブックを提示すればセードーの言っていることが事実だという証明はできるだろうが、それで引き下がるようであれば逆恨みは生まれないだろう。


「1つでも、セードーさんの正当性を訴える材料が多い方がいいと思います。もちろん、一番いいのはセードーさんがシャドーマンの正体を暴くことですけれど……」

「……お前さぁ。ひょっとして、その展開を望んでんじゃねーの?」

「………えへ☆」


 サンの案外鋭い指摘に、エタナは誤魔化すように笑顔を浮かべる。

 しばらく沈黙が舞い降りるが、自身に突き刺さる視線に耐え切れず、エタナは顔を覆う。


「だってだって……! 見てみたいじゃないですか! 謎のPKVS新鋭の武術家の対戦とか……! 私も間近でセードーさんの戦い見てみたいですし!」

「見ていて面白いものなのだろうか……」

「勉強になります!!」


 エタナの言葉にセードーは小首をかしげるが、輝く笑顔でキキョウが力強くガッツポーズを取る。

 そんな三人のやり取りに若干辟易したように舌を出しながら、ウォルフは周りを見回す。


「へぇへぇごちそうさん。……それはそれとして、まだつかへんのかいな」

「あ。それでしたらもうすぐですよ。そちらに見えます、錬金学術塔の一角が目的地です」


 そう言ってエタナが指差すのは、大小どころか形さえ異なる建物が乱立し群れを成す住宅群……。そこを注視してみると、彼女の言うとおり錬金学術塔なる名前が浮かび上がった。ミッドガルドのアパート群、ヴァナヘイムの高級住宅街などと同じ、ギルドハウス用の区画なのだろう。


「錬金……学術ということは、学者か?」

「アハハー。そういうロールプレイにこだわる人もいますが、普通のプレイヤーですよー。……まあ、今回会う人は普通とは程遠いですが」

「あん? どないな意味や、それ」


 ウォルフがエタナへその言葉の真意を問おうとした瞬間、彼らの前に立ちふさがる人物がいた。


「来たか……」


 黒のロングコートに柄物のシャツと黒いズボンを穿いた少年は、手にした二丁拳銃を見せつけるように腕を交差し、斜めになった十字架を思わせるポーズを取った。


「先の敗戦は決して死ではない……。死とは惨滅の後にのみ訪れるもの……。ならばこそ、今宵、我が手によって死を演じて見せよう……!」


 少年は大きく腕を振り回し、再び腕を十字に交差させる。


「さあ! 今ここで! DDはセードーへの反逆(リベリオン)を企てようッ!!」

「「「「「……………」」」」」


 ―――その時、少年の前には木枯らしが通り過ぎて行った。




なお、この少年は割と素の模様。

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