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log134.シャドーマン

「シャドーマンとはここ最近掲示板で話題になってますPKのことなんですよ!」

「掲示板はあまり覗かないからな……」


 改めてエタナを招き入れ、お茶会ついでに彼女の言葉の真意を問いただすセードー。

 タイガー謹製のコーヒーに砂糖とミルクを注ぎながら、エタナは問題の掲示板をクルソルから提示してみせた。


「こちらの掲示板なんですけれどね? 結構話題になっているんですよー」

「どれどれー?」


 空中に投影された掲示板を覗き込むウォルフ。

 “【不意打ちは】シャドーマンにPKされた人が集うスレ第一回目【美学です】”なるタイトルが付けられた掲示板には、結構な数の書き込みが加えられているが分かる。

 文面を見る限りでは、スレタイトルとは名ばかりに決闘に関する話題で盛り上がっているように見えた。


「……単なる新手の決闘スレちゃうんかこれ?」

「あたしが見てもそう見える……」

「いえ、確かにリアルタイムで読むと決闘スレなんですけれど……」


 エタナは一言断り、掲示板を遡り始める。

 そしてスレ番号が一けた台に差し掛かった辺りで、彼女はスレの動きを止めた。


「ここなんですよ、問題は」

「んー?」


 改めてウォルフは掲示板を読む。そこにはこう記されていた。






8:勢いで立ったスレだけどシャドーマンを実際に見た奴なんていんの? そもそもシャドーマンってだれが言い出したのよ?


9:さあ? 一説によると決闘に負けて悔しかった奴がでっち上げたデマって噂が。


10:※この書き込みは浄化されました※


11:相変わらずの対応の速さにワロタw


12:運営は常にすべての掲示板を監視しているとかって噂が……。






「……この部分がなんやのん? なんややらかした奴がおるだけやけど」

「このやらかした部分が問題なんです。こちら、私が取っておいたスクショなんですけど、削除前はこうなってるんですよ」


 そう言ってエタナが取り出したスクショにはこう記されていた。






8:勢いで立ったスレだけどシャドーマンを実際に見た奴なんていんの? そもそもシャドーマンってだれが言い出したのよ?


9:さあ? 一説によると決闘に負けて悔しかった奴がでっち上げたデマって噂が。


10:デマじゃねぇよ。セードーって〈闇〉属性のプレイヤーがイノセント・ワールドのプレイヤーを殺して回ってるんだよ。


11:相変わらずの対応の速さにワロタw


12:運営は常にすべての掲示板を監視しているとかって噂が……。






「……あら、これは……」


 あまりにもストレートな書き込みに、ミツキが眉をしかめる。

 イノセント・ワールドに存在する掲示板において、プレイヤーネームを書き込むのは規律違反となっている。このゲームにおいてはプレイヤーネームが実名の役割を果たすと考えられているからだ。

 そのため、プレイヤーネームを直接書き込むようなことがあればその書き込みは削除対象になるわけだ。


「セードーさんの名前が書かれちゃってますね……」

「ええ、そうなんですよ。今このスレが決闘スレ見たくなってるのも、セードーさんのお名前が挙がったのがきっかけなんです。以前、ミッドガルドで決闘騒ぎ、起こされましたよね?」

「……ウォルフと初めて会った日か」


 セードーとキキョウにとっては忘れられない思い出だ。あの決闘があったからこそ、今の自分たちの居場所があるのだから。

 エタナはセードーの言葉に頷く。


「はい、その通りです。あの時の決闘が記事になったりしたりで、セードーさんのことをご存じだった人がいたんですよね」


 そこまでいって、エタナは誤魔化すように舌を出した。


「……まあ、記事にしたの私なんですけど」

「おどれの仕業かいッ!!」

「じゃあ、あんたが元凶なんじゃねーか!!」


 エタナの告白にウォルフとサンがいきり立り、エタナは慌てて頭を庇った。


「いえだって! あんな真っ当な決闘すごい久しぶりに見たんですもの!? あの感動を忘れないうちにイノセント・ワールドの人々にお伝えしたいと思うのは仕方ないことかとぉー!?」

「ああ、私その記事持ってる……あなたが書いたのね、これ」


 ミツキはそう言いながら、一枚のビラ記事を取り出す。

 号外と銘打たれたその記事には、セードーとウォルフが至近距離で拳を打ち合うスクリーンショット、そしてSさんUさんと書かれているがセードーとウォルフのことが書かれていた。


「ああ、その記事です! 読んでくださったんですか!? 嬉しいです!!」

「よろこんどる場合かい!」

「反省しろよてめー!」

「ひにゃー!?」


 ミツキが記事を持っていることにエタナは喜ぶが、その頭を両脇からウォルフとサンがぺしぺし叩き始める。

 悲鳴を上げるエタナに苦笑しながら、ミツキはテーブルの上にセードー達の記事を置いた。


「あの時、セードー君は聞かれたら自分の名前答えていたわよね? この記事と合わせて、覚えている人が結構いたんじゃないかしら?」

「……黙っているべきでしたか……」

「ふむ。まあ、こうなるとはだれも予想できなかったであろう。そもそも、記事を持っていていようとも、セードー少年の名を覚えているものがこのスレを覗いている確率など、そう高くはないだろう」


 顎鬚を撫でながらタイガーはそう呟く。

 イノセント・ワールドには、常時百万、あるいはそれを下回る程度の人数の人間がログインしている。その中で、ゲームをプレイしながら掲示板を覗き込む人間は……さほど多くはないだろう。少なくとも、ギルドメンバーや以前パーティを組んだことがある人間以外で、セードーのことを知っている人間が掲示板を覗き、なおかつ“【不意打ちは】シャドーマンにPKされた人が集うスレ第一回目【美学です】”のスレを覗きこんでいる確率は早々高くはあるまい。

 だがまあ、現実で起こってしまったことは仕方があるまい。今は確率論を論じるよりは、起こってしまった事態にどう対処するか考えるべきだろう。


「とりあえず、今に目を向けるとしよう。エタナ君。君が来たということは、セードー少年がシャドーマンであるという噂は広まっていると考えるべきかね?」

「イタイイタイもう勘弁してください! ……あ、いえいえ! まだまだ広まっているとかそういうレベルではありませんよ!」


 ウォルフたちのぺしぺし地獄から抜け出したエタナは、タイガーの問いを慌てて否定する。


「このスレを見ていただければわかるように、シャドーマンに関する関心はさほど高くないんです。あくまで、噂。それも、シャドーマンが存在しているかどうか疑われている様な、そんなレベルの話なんです」

「なんや驚かしよって」

「要するに、どっかの馬鹿が話題作りにセードーの名前出したってことかよ」

「よかった……」


 エタナの言葉に、小さく安堵の息を突くキキョウ。ウォルフとサンは悪態をつきながら椅子に座った。つまりセードー=シャドーマン説自体が、一スレで消滅してしまうようなレベルの話であるということだ。なら、これ以上気にかける必要もないだろう。


「……けど、ですね?」


 しかしエタナは申し訳なさそうな顔で、自らのクルソルを掲げ上げる。


「実はー……私の知り合いにシャドーマンに出会ったって人がいまして? まあ、フレのフレってくらいの関係なんですけど」

「……であれば、俺よりもそちらに行くべきでは? 話からするに、君は記者だろう? 記事の種があるのであれば、そちらにかかるべきだろう」

「ええ、まあ……そうなんですが」


 セードーの言葉に、エタナはわずかに言葉を詰まらせる。

 それからわずかに逡巡し、意を決したように自らが聞いた話を口にした。


「――そのシャドーマン、影から出てきて、素手で相手を打ち伏せる、マフラー巻いた忍者装束の若い少年だったそうで」

「「「「「…………」」」」」


 エタナの言葉に、全員が沈黙する。

 セードーの格好は、イノセント・ワールドプレイ開始当時から変わることなく、一貫してマフラーに軽装の忍者装束だ。日ごとに色を変えてみたりもするが、大きくここからはずれない。

 その上素手で相手を打ち伏せ、なおかつ〈闇〉属性のプレイヤーだ。エタナの話だけを聞けば、おそらく闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの皆はセードーを想像するだろう。


「……セードー? 最近の悩みってこれか?」


 先ほどまでのセードーを思い出し、ウォルフは慎重に問いかける。

 セードーは唖然となっていたが、すぐに自分を取り戻しゆっくりと首を振った。


「……いや、違う。シャドーマンの様相など、そもそも聞いたこともなかった……」


 そしてセードーは小さな唸り声を上げる。身も知らぬ噂の正体が自分などと、決して気持ちのいい話ではない。しかもそれがPKなどと……。

 イノセント・ワールドにおけるPK行為は、基本的に不可能である。決闘以外で、プレイヤーがプレイヤーのHPを0にする方法などないのだから。

 だがどんなものにも裏道、抜け道はある。このゲームの決闘には、ゴア表現のONOFFをコントロールするスイッチがあるのだ。

 ゴア表現をONにすれば、プレイヤーでも同じプレイヤーの肉体を決闘限定ではあるがバラバラにできる。さらに、HPを0にすれば死に戻り……つまりリスポン待ちに追いやることができるのだ。

 初期設定ではこのゴア表現はOFFになっているため、意図的にONにしない限りはプレイヤー同士の戦いでリスポン待ちは起きない。そもそも、ゲームとはいえ相手を死に追いやるというのは今でもタブー視されているため、ゴア表現はOFFにしておくのが暗黙の了解だ。

 だが、まれにゴア表現をONにして決闘に臨む者がいる。相手の四肢を傷つけ、動けなくなったところを嬲り、そして止めを刺す……。そんな存在も、イノセント・ワールドにはいるのだ。そしてそういうものを、人はPKと……プレイヤーキラーと呼ぶのだ。

 つまりシャドーマンはそういう類の存在ということだ。

 唸りを上げるセードーを見て、ウォルフはエタナを睨みつける。


「……んで? 自分はここに何をしに来たんや?」

「……私は」

「シャドーマンの正体を暴きに来たんやろ? んで? 暴いてどうする? 面白おかしく書きたてるか? それとも記事をつこて糾弾するんか? PKは褒められた行為やないしなぁ」


 目の前の同い年くらいに見える少女に高圧的に接するウォルフ。隣に座るサンも、エタナのことを険の籠る眼差しで見つめる。

 唐突に現れ、シャドーマンの話をし、謎の存在に友人が襲われた記者……。そうなれば、セードーを訪ねた目的が何らかの報復であると彼らが考えるのもやむを得ないのかもしれない。

 キキョウはエタナを疑う二人を止めようとするが言葉が見つからずおろおろするばかりであり、大人二人は静かにウォルフたちの動向を見守っている。

 俯くセードーの唸り声も次第に低くなり、張りつめるような緊張感が場を満たす。

 そんな中で、エタナがゆっくり口を開いた。


「私は……セードーさんのファンなんですよ!」

「……はぁ?」


 思ってもみなかった返事を前に、ウォルフは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 途端、堰を切ったようにエタナは捲し立て始めた。


「私あんな戦い方初めて見たんです! 親も記者で、いろんな場所を歩いて回って、その中に格闘技とかもあったんですけど、今まで見てきた中で一番かっこいい戦いでした! 見せるための戦いでも勝つための戦いでもなく、まるで、まるで生きる……そう生きる! セードーさんの戦いはまるで生きるための戦いだったんですよ! 野生動物のハンティングを写真に収めたときのような、そんな感じがスクリーンショットからも伝わってくるんですよ!? あ、格闘技が特別好きなんじゃないんです、私はセードーさんの戦い方が好きなんです! あんな素敵な戦いをする人が、シャドーマンなんかじゃないって、私証明したいんです! セードーさんシャドーマン説が噂になる前に、私シャドーマンの正体を暴いて記事にしてやるんです!!」


 そこまで一気に捲し立て、エタナはコーヒーを一気に呷る。

 ウォルフは毒気を抜かれたようにぽかんとし、サンはあんぐり口を開けている。

 タイガーは何らかのポージングを決めはじめ、ミツキはあらあらと楽しそうに微笑んだ。

 キキョウはしばらく驚いていたが、すぐに満面の笑みになりエタナの手を握りしめた。


「わかります!? セードーさんの戦い……空手の技ってまるで生きてるみたいですよね!」

「はい! なんでしょう、魅せるんじゃなくて、魅せられてしまう、そんな魅力がありますよね!」

「はい、はい! そうなんですよ! 特に――!」


 何故かセードーの空手談議で盛り上がり始める少女たちを前に、ウォルフはセードーの背中を慰めるように叩いた。


「なんや、その……頑張れ」

「何を頑張れと言うのだ」


 恋愛などに縁もゆかりもないセードーであるが、さすがに思わずにはおれない。なんで空手の技なんだ君たち、と。

 だが、とりあえずエタナが悪意でもって接近してきたわけではないのが分かった。それだけで良しとしよう。


「とりあえず……やるべきことがあるか」

「ん? なんだよ?」

「シャドーマンに出会ったという、エタナの友人に会ってみよう。そうすれば、シャドーマンとやらに近づけるだろうしな」


 思わぬところから浮かび上がった奇妙な噂話であるが、セードーは重たい腰を上げシャドーマンの捜索に乗り出すこととする。


「それに、気分転換にはちょうどいいだろうしな……」

「……せやな」


 セードーの小さな呟きを耳にしたウォルフはそれ以上何も言わず、盛り上がる女子たちに声をかけるべく息を吸い込んだ。




なお、ウォルフの戦い方は特に魅力的ではない模様。

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