log133.二週間後
多くのプレイヤーやギルド、あるいは同盟が攻略に挑んだ“城砦攻略”のマンスリーイベントが終わって二週間ほど経った。
一部を除き、城砦の最奥に待ち構えているのはイベントボスプレイヤー……すなわち生身の人間であったこのイベント、結果を見れば大成功と言えるだけの好評を得た。
血と意志の通った生身の人間が考え、そして攻略している最中はリアルタイムで調整・対応してきていた今イベント、担当するプレイヤーによっては地獄を見る羽目になった者たちもいたが、そんな者たちも口をそろえて「今回のイベントは面白かった」という。
NPCの思考がAIのみであると、AIの裏を掻く行動や、索敵範囲外の発見などにより、イベントのパターン化が図られてしまう。そうなれば後はパターン通りに城砦を攻略すればよいだけだ。
もちろん、昨今のAIの思考パターンの複雑化や、VRであるが故のリアリティなどにより容易なパターン化はできない。……だが、突き詰めてしまえばAIとの攻城戦は詰碁のようなもの。いかに相手の先手を読み、王手をかけるかが重要になってくる。
だが今回は生身の人間が思考し、城砦に罠やモンスターを配置し、リアルタイムで突破を試みるプレイヤーたちに対応した。
結果として、ただのパズルであったイベント城砦に息が吹き込まれ、まるで生きているかのようにプレイヤーたちへ襲いかかってきたのだ。その歯ごたえは、歴戦のイノセント・ワールドプレイヤーを唸らせるには十分なものであった。
その新鮮さが多くのプレイヤーの胸を打ち、たとえ攻略が遅れても十全な満足感が胸を満たすような、そんな気持ちにさせたのだ。
もちろん、全てのプレイヤーがイベントボスプレイヤーを受け入れたわけではない。中には当然、攻略が遅れたせいで、レアアイテムなどを取逃しそうになったことに文句を言うプレイヤーもいた。
だが、そう言った意見は大概封殺された。何しろ、そうして乗り越えた先にあったのはマンスリーイベントどころかイノセント・ワールド全体で見ても中々にお目にかかれないような、そんなレアアイテムが用意されていたのだ。
遺物兵装のコアはもちろん、期間限定イベントにおいて配布され好評を博していた限定アイテム、さらに先行配信として今後実装される予定のレアアイテムが解放された城砦もあった。
運営側も、生身の人間に城砦を防衛させたことによる難易度上昇は理解していたようだ。その苦労に見合うだけのアイテムは、きちんと用意されていたのだ。
そうしてイベントが終わった今、プレイヤーたちの間で話題となっている二つの事柄があった。
一つはとある大ギルドのことだ。
そのギルドの名は、円卓の騎士。マンスリーイベント中盤になるまで動きのなかったこのギルドが、小規模のギルド同士が身を寄せ合った名もなきギルド同盟に競り負けたというのだ。
円卓の騎士と言えば、一時期はイノセント・ワールド最大にして最強のギルドと称されたこともある、戦闘支援特化型初心者支援ギルド。今となってはハイエナギルドに身を堕してしまっているが、その実力まで錆びついているわけではない。
そんな円卓の騎士が無名のギルド同盟になんぞ負けるはずがない、と話をする一方で、まあそうなるなと納得する者もいた。
かつての円卓の騎士は強かった。だがその強さの一員を担っていたのは、かつてのギルドマスターである、キングアーサー……彼のカリスマによるところが大きかったと言われている。
無論、彼がいなくとも円卓の騎士の者たちは強かった。だが、彼が前線に出て指揮を取ったとき、その強さは単純計算で数倍にさえ跳ね上がったと言われている。
飛び抜けたカリスマと、老獪とさえ呼べるほどの戦術眼を持って大ギルドを引っ張り続けていたキングアーサー。彼の離脱は円卓の騎士にとっては痛恨の一撃と言えるだろうというのが、多くのイノセント・ワールドプレイヤーたちの意見だ。
そんな円卓の騎士であるからこそ、無名の者たちに負けるのも当然だろう。そんな、ある種の諦観にも似た認識が、プレイヤーたちの間に広まっていくのにさして時間はかからなかった。
……そして、もう一つ。プレイヤーたちの間で広がっている、都市伝説にも似た不思議な話があった。
それは影のように現れ、とんでもない技量でもってプレイヤーに襲い掛かる、通り魔のような存在。
まだ年若い少年の姿をし、固めた拳を持ってプレイヤーたちを屠る謎の存在。
長いマフラーを翻すそいつのことは、仮にシャドーマン、と呼ばれているのであった。
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「――からな? って、おい、聞いとんのかいセードー?」
「………。……ん、んん?」
マンスリーイベントが終わって、二週間。
いつもの場所にいつものように集まった闘者組合は、特に何をするでもなくダラダラと過ごしていた。
そもそも闘者組合は何らかの目的をもって集まった集団ではなく、単に武術が好きな者同士が身を寄せ合う寄合のような感じで結成されたギルドだ。誰にも何の目的もなければ、こんなふうにダラダラと過ごすのが常であった。
……だが、そんな中でセードーは特に気が抜けているように周りの者たちには見えた。
なんというか……上の空という感じなのだ。
「……ああ、すまない。で、何の話だったか?」
「……ホンマに聞いてなかったんかい」
ウォルフは自分に問いを返すセードーの様子を呆れたように眺めつつ、小さく肩をすくめた。
「遺物兵装のことや。あれ、基本は武器っちゅー扱いやけど、鎧やら装身具にもできるらしいて聞いてな」
「んでー。もし遺物兵装を手に入れたらどんな形にしようかって話をしてたんだよ」
椅子の背中に顎を乗せながら、サンはバーの天井を見上げて呟く。
「あたしだったらどうすっかなー……。別にアクセも間に合ってるんだよなー」
「ワイやったらネックレスやな! こう、髑髏がついててぎらぎらしとるような奴!」
「え、まだ何かつけるんですか……?」
すでに全身にシルバーのアクセ満載のウォルフを見て、キキョウは信じられないような顔つきになる。
アクセサリーには重さはないが、あれだけ吊るして動きづらくないのだろうか、と彼女の顔には書いてあった。
今日は珍しくイノセント・ワールドにログインしているアレックス・タイガーは、普段客が来ないバーのカウンターを磨きながら、湯が沸くのを待っているミツキに問いかける。
「ふぅむ。吾輩もそう言えば遺物兵装は持っておらなんだな……。ミツキ君。君なら何を作るかね?」
「そうですね……。やはり、指輪なんか憧れますね……」
そう言ってミツキは左手を上げ、一本の指をじっと見つめる。
「……特に、左手薬指に填めますものが……ウフフ、ウフフフフフフ……」
「……うむ、そうか」
不穏な気配を身に纏うミツキに頷き、タイガーはそれ以上突っ込むのを止める。
藪をつついてヤマタノオロチが出てこられても敵わない。そのまま、キキョウへと問いかけた。
「では、キキョウ君? 君はどうかね?」
「私は……やっぱり棍でしょうか?」
そう言いながら、キキョウは手にした棍をそっと撫でる。
コハクより購入した銘なしの逸品であるが、やはり望みは尽きないものだ。
「今の棍に文句があるわけではありませんが……いいものを手にしてしまうと、やはりもっといいものを……って思っちゃいます」
「キキョウがそんなこと言うなんて珍しーじゃん?」
「うん……自分でもそう思う」
サンの言葉に小さく微笑みながら、キキョウはセードーに問いかけた。
「それで、セードーさんは……?」
「―――」
キキョウはセードーを見て、でかけた言葉を飲み込む。
微かに視線を地面に下し、じっと一点を見つめるセードー。
その眼差しはなにを考えているのか測れず、わかったのは彼の心がここにないということだけだ。
「……あの、セードーさん?」
キキョウは恐る恐るといった様子で、セードーの肩に手を置く。
セードーの瞳に光が宿り、ゆっくりとキキョウの顔を見上げた。
「……キキョウ?」
「はい……どうかしたんですか?」
セードーの尋常ではない様子を前に、キキョウは不安そうに問いかける。
「なんていうか……イベントが終わってから、変です。ずっと、何かを考えてるみたいに見えて……」
「上の空、という感じよね? ずっと、思い悩んでるみたいに見えるわ」
キキョウの言葉を補足するように、ミツキも言葉を添える。
湧いたお湯でお茶を注ぎながら、ミツキは言葉を続けた。
「何か、気になることでもあったの?」
「……いえ……」
「いえってことはねーじゃん? ずーっと同じ調子なのによ」
サンもセードーの様子が気になっていたのか、少し不満そうな表情で口を開く。
「昨日も、あたしが声かけてもほとんどまともに返事しなかったじゃん? ひでーぜ、セードー」
「……そうだったのか。すまん、サン」
「まあ、このチンチクリンがうっとうしんはワイにもわかるし、無視も当然やろうけど」
「なんだとコノヤロウ」
横暴なウォルフの物言いに、サンは座っていた椅子を振りかぶる。
ウォルフは素早くサンの射程範囲外に逃れつつ、セードーの方を見る。
「まあ、それはそれとしてここんとこ妙やで? なんや、リアルで問題ありかいな?」
「…………いや」
セードーはウォルフの言葉に小さく頭を振る。そして、そのまま黙り込んでしまった。
「………?」
「………」
いつもであれば、快活と言わずともはっきりとした物言いをするセードーらしからぬ姿に、キキョウたちも不審な様子で互いを窺う。
なんと声を掛ければ、彼のこの様子の理由を探れるか……。そう、迷っていると。
「―――んどもー! こんにちわー!!」
元気な少女の声がうら寂れたバーの中に響き渡り、そして扉を元気に明けた少女はずかずかと中へと入ってくる。
突然のことに硬直する一同に構わず、少女はセードーの傍にまで近寄ってきて闘者組合の面々をぐるりと見回し、ぺこりと頭を下げた。
「私の名前はエタナと申します! 実は皆々様に折り入ってお伺いしたことがありまして、こうして足を運ばせていただきました!」
「ふむ? 我々に聞きたいこととな?」
快活少女エタナの出現にいち早く立ち直ったらしいタイガーが、彼女に問いかける。
「それはなにかな? 元気な御嬢さん」
「はい! それはですね!」
エタナは元気よく手にしたペンをマイクに見立て、セードーの方へと向けた。
「ズバリ! 最近話題になっているPK“シャドーマン”の正体は、こちらにいらっしゃいますセードーさんで間違いないのでしょうか? ということなのです!」
「………いったい、何のことだ………?」
エタナのその質問に、セードーは胡乱げな眼差しを向けるばかりであった。
なお、店としても機能するギルドハウスは許可なしにギルドメンバー以外が出入りできる模様。




