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log130.二重螺旋

 アーヘリアの呼び声に応えるように、覇王大剣はその姿を変える。

 掲げ上げられたその巨大な刀身は二つに分かれ、そして捻じれてゆく。

 姿を変えた覇王大剣は、DNAのような二重螺旋をその身で描き、鋭い刃で天を突く。

 アーヘリアはそのまま覇王大剣を掲げ上げ、さらなる言葉を紡ぐ。


「世界を……! 我が意のままに、欲し、蝕む……!」


 アーヘリアが掲げ上げた覇王大剣を中心に、陽炎のような揺らめきが現れる。

 同時に響く聞いたこともない異音。さながら、ガラスを無理やり引き伸ばしたかのような不快な音だ。


「………」


 遠間でアーヘリアを見つめるセードーは、直感的にその音は空間が歪む音だと考えた。

 実際に空間が歪んだところを見たことがあるわけではない。

 だが、覇王大剣を中心に渦を巻くような揺らめきが現れ、肥大化してゆく様を見れば、そう想像するのは容易かった。


「蹂躙……三千大世界……!!」


 アーヘリアは覇王大剣を引き、腰溜めに構える。

 歪んだ空間を引きずり、己の身に纏う覇王大剣はさながら巨大な馬上槍のようにも見える。

 微かに降りた切っ先が地面に触れたとき、触れた部分は音もなく抉り削られた。


「……この技は遺物兵装(アーティファクト)覇王大剣(アーヘリア)に備わった機能の一つ、“属性拡大”」


 アーヘリアは空間の歪んだ槍を構えたまま、セードーをまっすぐに見据えてゆっくりと語り始める。


「プレイヤーの持ちうる属性を最大限まで拡大し、極限まで威力を上げる技……。確殺属性こそ持たないが、その威力は必殺に相応しい……!」

「触れるだけで消えてしまいそうだ……。確殺ではないというのが信じられんな……」


 間合いを離しているというのに、アーヘリアが構える必殺の槍が放つ威圧感はセードーの元まで届いている。

 おそらく触れればセードーなど一撃で消滅しえるだろう。そもそも今のセードーは超人薬(ブーストアンプル)のおかげでLv150超ではあるが、減ったHPは回復していない。何を喰らっても即死だろう。


「さあ、セードー……! この技を正面から受ける気概、汝に有りや……!?」


 アーヘリアは問いかける。セードーを試すかのように。

 効率で言うのであれば、こんな技を正面から受ける理由がない。そんなことせずとも、今のセードーであればアーヘリアの背後を取って一方的に嬲ることもできるだろう。それだけの技量差が、今のセードーとアーヘリアにはあった。

 重要なのは、このイベントに勝つことだ。アーヘリアと戦う前にも、そう口にした。

 今、アーヘリアは動かずにいる。今、この瞬間を襲えば確実に勝てるだろう……。今のアーヘリアのHP量であれば、一瞬で刈り取れる。

 だがセードーは、そうしない。アーヘリアの背後を取る代わりに、己のスキルを発動する。


「五体武装・闇衣――」


 全身に闇の波動を纏う。Lv150の闇の波動は、もはや闇の炎と呼んで差し支えないほど巨大で、天を覆いかねないほどに立ち上る。

 セードーは闇の波動を纏ったまま右手を手刀に構え、大きく右へと払う。


「暗技――」


 そして全身に纏った闇の波動を右腕へと集中してゆく。

 セードーの体をさながら蛇のように這い、闇の波動が形を変えてゆく。

 セードーの腕を中心に、渦を巻き、相手を抉るかのような、螺旋の三角錐……。


「極限・螺旋……!」


 大きな大きなドリルを持って、セードーは天高く右腕を突き上げた。

 セードーの闇の波動はゆらりと蠢き、回転を始める。

 セードーが作り上げた武器を見て、アーヘリアは小さく笑った。


「見事だね……。君のスキルは変幻自在か……」

「使ったのは初めてだ……。このLvだとこうなるのだな……」


 自身でも驚いているらしく、セードーは感嘆の息を突く。

 そして右手のドリルを引いて、セードーは構えた。

 アーヘリアと相対し、己の技をぶつけられるよう。渾身の一撃を放てるよう。

 アーヘリアもまた、構え続ける。己の必殺の一撃を放てるよう。


「………」

「………」


 しばし両者の間に沈黙が舞い降りる。

 響くのはアーヘリアの持つ捻じれた槍が立てる不快な音だけ。双方微動だにせず、張りつめたような緊張感だけが場を満たしてゆく。

 何かを待っているようにも見えるし、ただ力を蓄えているだけのように見える。






 ――先代GMから受け継いだ剣しか持たないランスロットには、二人が動かない理由は分からなかった。


「ぁ、ぁ……!」


 分からなかった。だが、感じていた。

 仮に今、自分があそこに割って入るようなことがあれば……おそらく何も起こらない。

 そう、起こりえない。何故なら、ランスロットは彼らのいる場所には決して立てないから。

 あの場はさながら断崖絶壁……。誰も触れえないはるか高みに、目の前で戦う戦士たちは立っているのだと、ランスロットは感じた。


「ぁ、ぅ……」


 己の武器さえもてあます、自身では決して立つことのできない場所に立つ二人を前に、ランスロットは膝を折る。

 勝てない。勝つことなど、許されない。


「ぅぅ……ぁぁ……!」


 ランスロットは今更恥じる。何故ここに来てしまったのかと。

 何故、今ここにいるのが自分なのかと。

 何故……先代ではなく、自分が立っているのかと。


「ぅぁぁ……!!」


 ランスロットは涙を流す。

 イノセント・ワールドにはプレイヤーが感じる情動に応じてリアルにアバターが反応するという機能が存在する。

 瞳から塩辛い水も流すことのできるこの機能が、今のランスロットには疎ましかった。






 どれほどの時間が経っただろうか。いや、現実的には秒針さえ一回りを終えていないかもしれない。

 音が爆ぜるのは同時。二人は一斉に飛び出す。


「―――ッ!!」

「―――!!!」


 咆哮を上げる。裂帛の気合いは音を越え、両者の意志だけを空間に叩きつけた。

 渦を描く双方の武器が、一切の狂いを許さず叩きつけられる。

 音が歪み、空間が裂ける。

 二つの螺旋がぶつかり合い、激しい火花を上げ、お互いを貪り合う。

 歪む空間と闇の波動。白と黒の螺旋が、一歩も譲らず唸りを上げた。

 拮抗が、生まれる。


「――!」

「――ッ!」


 白と黒の螺旋は双方を喰らい合い、アーヘリアとセードーは体が揺るがぬように全身に力を込める。

 少しでも気を緩めれば、それだけで弾き飛ばされそうなほどの力が、互いの衝突によって生まれる。


「――!!」


 一歩。その均衡を崩すべく、アーヘリアが一歩前に出る。

 白い螺旋が黒い螺旋を飲み込むように肥大化し、その頭を微かに飲み込む。

 黒い螺旋は微かに歪み、ひび割れ、少しずつ削れて行く。

 その勢いのまま、一気呵成に白い螺旋は黒い螺旋を飲み込まんと前へと進もうとする。


「――ッ」


 だが、セードーは歯を食いしばり、その場で腕を突き入れる。

 足で踏みしめ、腰を回し、反対の腕を引き肩を突きだし、拳を捻る。

 空手の門を叩けば誰もが学ぶ基本技、正拳突き。

 全身の筋肉を爆ぜさせるようにはなったその技が、黒い螺旋をわずかに加速させる。

 その動きを、回転力を。セードーの技を受け、黒い螺旋が加速する。

 瞬間、白い螺旋が黒い螺旋の渦にのむ込まれる。


「―――」


 アーヘリアが驚いた時には、黒い螺旋が白い螺旋を……アーヘリアの蹂躙・三千大世界を飲み込んでいた。

 打ち砕かれた白い螺旋は無残に散り、消えてゆく。

 驚き顔のアーヘリアは防御の構えを取る間もなく、黒い螺旋の一撃をその身に受けた。






 抉りこむように打ち込まれた一撃が、身に纏う鎧を砕く。

 渦巻く闇の波動が刃を剥き、アーヘリアの体を削る。

 セードーは力強い踏み込みでもって、さらに暗技・極限螺旋を押し込む。

 螺旋の回転とセードーの突進。この二つでもって上空に弾き飛ばされたアーヘリアの胸を満たすのは敗北してしまった寂寥感ではなかった。

 むしろ、その胸を満たすのは晴れがましいほどの、満足感であった。


(舞い戻ってみるものだ……。もう二度とまみえることはないと思っていた、真の強者……)


 かつて、PvPにおいて王者として君臨し、覇王と呼ばれたアーヘリア。

 だが彼とて初めから覇王と呼ばれたわけではない。ゲームを始めたばかりの頃は負けてばかりであったし、その日のうちに一勝できればいい方だった。

 スキル発生後の硬直を嫌うプレイヤーだった彼には火力が足りず、強力なスキルを持つプレイヤーにごり押しで負ける日々だった。

 だが生来負けず嫌いであったアーヘリアは、何度負けても立ち上がった。

 PvPでの勝利をあきらめず、スキルの火力に負けない立ち回りを覚え、多くの戦況に対応するための数多の武器の扱いを学んだ。

 α版の頃には負け越しであった戦績は、β版の頃には白星が黒星を上回るようになり、正式版にアップグレードすると、七割がたは勝てるようになっていた。

 そうして勝利を重ねる中で、アーヘリアはただ勝つことに満足することができなくなっていった。

 MMORPGであるイノセント・ワールド……その戦術は基本的にスキルによって成り立つ。

 武器の火力も当然重要になるが、何よりどれだけ強力なスキルを適切なタイミングで放てるかが、重要視されるようになっていたのだ。遺物兵装(アーティファクト)のない時代においては、スキルこそすべてだった。

 であれば当然敵の攻めは単調になりがちだし、回数を重ねればスキルの範囲や発動タイミングは体で覚えられる。

 いつしかアーヘリアにとって、PvPは勝利の味を味わうための儀式ではなく、勝利回数を重ねるだけの作業となっていたのだ。

 だが、遺物兵装(アーティファクト)実装のためのイベントとして用意された、イベントボスプレイヤーという存在……突如現れ、無手ですべてのプレイヤーを屠って見せた、名前も知らない彼の存在が、アーヘリアの胸を躍らせた。

 人の技術が、あらゆるものを上回って見せる……。無限に存在する可能性、そのうち一つの極地を体現したかのような存在に、アーヘリアは一瞬で魅せられた。


(ただの一度とわかっていたイベント……。だからこそ全力で挑んだ……)


 アーヘリア一人では勝てなかった。アーヘリアが止めを刺すことも叶わなかった。

 だがそれでも……イベントボスプレイヤーとの戦いは、アーヘリアがなによりも望んでいた形だった。血沸き肉躍る、本物の戦い……彼が心の底から望んだものが、そこにあったのだ。


(二度目がないと知っていたから……それまでの全てが色あせた……)


 そうして燃え尽きたイベントののち……アーヘリアはイノセント・ワールドを去った。

 もう、己の臨む戦いが行えないとわかっていたから。覇王の称号欲しさに、戦いを挑んでくる者たちと、虚しく戦う日々に飽きてしまったのだ。

 だがそうして一度は離れた世界、早々忘れることもできなかった。

 時折かつての想い出を振り返り、小さくため息をつく彼を、かつての仲間が誘ってくれた。

 マンスリーイベントの一環に、イベントダンジョンを大量に用意することとなった。そのイベントのボスプレイヤーとして、参加してくれないか――と。

 アーヘリアは微かに興味を持った。イノセント・ワールドから去って四年。今、あの世界はどうなっているのか……と。


(フフ……もっと、早く、戻っていれば……)


 そして出会った二人の少年は、かつて出会った彼ほどの実力はなかっただろう。

 だが、その技術は本物だった。

 磨き抜かれた鋭い拳は、まるで刃のようで。こちらの一撃を躱す動きは、まさに舞うようで。

 かつて焦がれた……本物の戦いを演じることのできる彼らは、アーヘリアにとっては奇跡のような存在であった。


(彼らと、もっとたくさん戦えたのに、なぁ)


 アーヘリアは満足感の中に、少しの後悔を織り交ぜながら。

 そのまま、イノセント・ワールドをログアウトした。

 それはそのまま……セードーの勝利を、意味していた。




なお、属性拡大は次に放つ通常攻撃が一回、プレイヤーのレベルに応じた倍率分強化されるというスキルの模様。

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