log128.逆転の軌跡
「……ク、フフ」
「?」
そして、そのままの姿勢でウォルフは笑い声をあげた。
腹を串刺しにされ、仲間もばらばら。そんな状態で笑い声が上がることに、アーヘリアは不審を覚える。
今回用意したイベントマップ、アーヘリアの意向により地下十五階で一度戦闘が始まると各ボス区間の行き来が不可能になるようにしてある。理由は単純、戦闘中に増援などの横入りが入らないようにするためだ。上四階のレアエネミー戦に関してはアーヘリアの部屋をロックするついでだ。
戦闘が終了すれば自動で通れるようになっているため、ウォルフとセードー、ついでにランスロットに止めを刺せば上でまごついているであろうプレイヤーたちがなだれ込んでくるが、逆に言うなら今彼らが助かる手段はないに等しい。
……あるいは、軽く気が狂れたのだろうか。VRMMOの都市伝説の一つに、ゲームにのめり込みすぎるせいで、ゲームの中の敗北が原因で発狂する人間がいるというものがある。
現実ではできない体験をすることで精神が圧迫され、結果として発狂した人間がゲームではなくリアルで殺人を犯す……という、よくある作り話だ。
まあリアルすぎるVRゲームをやっていると、時折現実とゲームの区別がつかなくなる人間というのは出てくるが、発狂まで逝ってしまった人間というのはアーヘリアも聞いたことがない。
あるいは腹に双剣が突き刺さっているのが原因か、と考え止めを刺す前に剣を引き抜いてやろうとする。
だが、ウォルフはそんなアーヘリアにも構わず声を上げた。
「……レベルとステータスさえあったら……勝てるんやな……?」
「……まあ、おそらくは。上がったステータスにさえ振り回されなければ、君たちが私に勝つのは不可能ではないよ」
ウォルフのつぶやきにそうアーヘリアが答える。
それを聞き、ウォルフは一際大きな声を張り上げた。
「―――やってセードー!! 勝てるんやと、自分やったらぁ!!」
「……なに?」
その言葉の意味が解らず、アーヘリアは眉を顰める。
勝てるも何も、レベルは不足している。アーヘリアが確認できる限り、セードーのレベルはウォルフにも劣っているはずだ。
だがウォルフはまるで今セードーがアーヘリアに勝てるかのように叫んだ。そんなこと、あるはずが――。
「……待て、確か……」
その時、アーヘリアの脳裏に閃くものがあった。
このゲーム、回復アイテムは割とひとまとめにされることが多いが、強化アイテムは妙に種類が多いことで有名だ。
STRを初めとした各種ステータスの増加、移動速度や攻撃速度などの速度強化、攻撃力や防御力などの戦闘力強化、あるいは錬金術や鍛冶を行う際の判定でレア武器が作りやすくなると言ったものまで、本当にさまざまな種類の強化アイテムが存在する。
その中の一つに、極めて凶悪な効果を発揮するものがある。
HPが三割を切ることが使用条件ではあるが、現在のLv×5倍の強化が施されるという、超常の妙薬、超人薬。
この薬の怖いところは、単純なステータス増加ではなく、本当にLvが5倍になるという点だ。この5倍という数字は比喩や冗談ではない。Lvが1であれば5に、Lvが20であれば100に、本当になってしまうのだ。
ステータスに関しては全てのステータスに平等に振り分けた場合、という想定のもとで増加する。ただそれだけの話なのであるが、それでも実際の強化数値は5倍では済まない。Lv20の時点でも、レベルの隔たりは80にも及ぶ。この差はもはや天と地の差と言ってよいだろう。
(超人薬……! あれがあれば、この瞬間にLv100に到達することは可能か!)
現時点でのセードーのLvは33。計算上はLv165に達する。
プレイヤーが育てられるLvの上限は100であるが、あくまで経験値を使用した場合に限る。超人薬をはじめとした強化アイテムや強化魔法を使用した場合は、その限りではないのだ。
(だが、彼の体はすでに二つに分かれている……! 現状においてまともに戦える手段はない!)
ウォルフの強きを振り払うように、アーヘリアはそう考える。
セードーのように、手足が捥げるなどの状態に陥ることを、損傷系状態異常と呼ぶ。
これを回復するためには手足の生える魔法や、外科手術が可能となるスキルが必要となる。病症系のように、何らかの薬品接種で回復することはまずないと言っていい。
そしてアーヘリアが見るにランスロットに外科手術を可能とするようなスキルはないだろう。彼は純粋な騎士としてスキルを振っているように見える。もちろん、そう見せかけてと言う可能性はあるだろうが、ランスロットがそんな玄人には見えなかった。
(セードー君が回復する方法はないはず……! だが、しかし……)
そう、セードーが立ち上がる方法はないはずなのだ。そもそも、損傷系から立ち直る際にはHPも回復する。そうなれば超人薬の使用条件から外れてしまい、Lvを上げることもできなくなる。
それをウォルフもわかっているはずだ。あるいは、そう仕向けることでアーヘリアに最後の一撃を打ちこむつもりなのかもしれない。
ならば気にすることはない、これでウォルフに止めを刺して終わりだ――。
「あ、ああ……!?」
……だが、ランスロットの慄く声により、アーヘリアはセードーの声を見ざるを得なくなる。
尋常な様子ではない。何かに怯えているようにすら聞こえる。
ウォルフから意識を外さぬまま、アーヘリアはそちらの方に目を向ける。
「―――ッ!?」
彼の視線の先に、セードーが、立っていた。
斬り裂いたはずの腰、跳んでいった左足に右手。それらが繋がり、十全な人の形となって、セードーはその場に立っていた。
斬り裂いた部分からは黒い靄のようなものが上がり、彼の体を繋いでいるように見える。
セードーは俯いたまま、無事だった左手で何らかのアンプルを取出し、口を開いてその中身を呷る。
次の瞬間、彼の全身に紅いオーラが現れた。超人薬によるレベル強化を示す、紅いオーラが。
「なんだと……!?」
「夜影竜の紋章……部位損傷だけを治す、レアアクセサリー……ホンマ、特異属性に関わるもんはチートやで……クク」
ウォルフは小さく笑い、セードーに向けて声を張る。
「ぶちかませ、セードォー!! 小さな御山の上の、この凡王になぁ!!」
「くっ!!」
アーヘリアはウォルフに突き刺していた双剣を勢いよく斬り開く。
残っていたウォルフのHPはその一撃によって完全に刈り取られ、そのまま彼の姿も消失する。
そしてアーヘリアは素早くセードーの方に向き直る。時間停止を使用し、彼がどう動くのか確認しようとする。
「交叉――」
だがそれは叶わない。限りなく制止した時間の中でアーヘリアへと詰め寄ったセードーは、目にもとまらぬ素早さで正拳突きを放つ。
「三連突きぃ!!」
「!?!?!?」
顔、胸、腹。三か所の急所を打ち据えるセードーの正拳が、アーヘリアに襲い掛かる。
あまりの速度と威力のせいで、アーヘリアの体は吹き飛ばずに衝撃だけが突きぬけてゆく。
「が、は……!」
膝をつくアーヘリア。
セードーは拳を握りしめ、アーヘリアへと振り返らぬままに彼へと呟く。
「生き残れるかどうかは賭けだったが……手足が付くまではウォルフが時間を稼いでくれた」
「まさか……ここまでが仕込みか……!?」
自身の体が斬り裂かれるのも、ウォルフがアーヘリアに敗北されるのも。
全てはこの瞬間のための――。
「貴様に一朝一夕で勝てるはずもない。……正々堂々と不意を、打たせてもらうぞ」
「フフ……」
自身がセードーへと告げた言葉を返され、アーヘリアは苦笑する。
アーヘリアは立ち上がり、大剣を構える。
背中合わせに立つ二人の戦士は、ゆっくりと口を開く。
「あくまで勝てるかもしれない、という話だ。……そこに賭けるかい?」
「もはやこれは賭けではない……。勝つか否か。それだけだ」
二人はそう口々に言い合い。
「「――ッ!!」」
弾けるように武器を振るう。
セードーは拳を。アーヘリアは大剣を。
唸りを上げる互いの武器は、轟音と共にお互いを弾き合った。
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「――おそらく、これが一番確実だろう」
「超人薬による強化……それを利用して、ボスを倒す、ね……」
セードーが用意した超人薬を前に、ミツキが唸り声を上げる。
三日目が終了したマンスリーイベント。順調に行けばそろそろイベントボスにぶつかる頃合いだろう。
そう考えた闘者組合の面々は、一旦自分たちだけで作戦会議を開くことにした。議題は「いかにしてイベントボスを撃破するか」である。
もちろん同盟という形で攻略するマンスリーイベント、必ずしも闘者組合でイベントボスを撃破する必要はない。
しかしこうしたイベントに参加する以上、自分たちの手で止めを刺したいと思うのもまた道理。いざという時のためにこうした準備をするのは無駄にはならないだろう。無理なら他のギルドに譲ればいいだけの話だ。
だが、そのための問題はイベントボスに闘者組合の面々が太刀打ちできるのか?ということであった。こうしたイベントにおけるボスというのは普通のボスと比べても相応に強化されているのが常だ。イベントに参加したはいいが、イベントボスにダメージを与えられなくて泣く泣く撤退……などという話も掲示板で見るほどだ。
闘者組合の平均レベルは現在35。これがイベントボス撃破に相応しいのかどうかはわからないが……足りないと考えて行動すべきだろう。ギルド同盟の中にはLv40超えている者もいる。アラーキー達は除外するとしても、セードー達は同盟中でも中堅程度のレベルしか備えていない。
そんな状況を打開するべくセードーが取り出した超人薬を見て、ウォルフは呆れたようなため息をついた。
「超人薬とはなぁ……。ようこんな薬もっとるな、自分」
「確かこれって、レアアイテムを調合して作るんだよな……。セードーって意外と金持ち?」
「いや、以前友人に譲ってもらったものが残っていたのでな」
サンにそう答えながら、今日もどこかでギターを鳴らしてはたき倒されているであろう友人の姿を思い浮かべるセードー。
同じことを考えたのか、キキョウは小さく苦笑しながら首を傾げる。
「けど……使えますかね? 多分、私たち、何を喰らっても即死すると思うんですけど」
「問題はそこね……。私たち、鎧は装備しないから、防御の面がねぇ」
キキョウの言うとおり、闘者組合に鎧装備は存在しない。「当たらなければどうということはない」の精神で、日々モンスターとの戦いに精を出すギルドなのだ、ここは。
超人薬の使用条件はHP30%以下。この条件を満たすための微妙なHP調整ができるのかどうかが問題になるわけだが……。
残念なことに相手の攻撃を受け止める装甲を、彼らは基本的に持っていない。プレイヤーの攻撃がプレイヤーにダメージを与えられるのであれば、微調整も可能だろうがそれもできない。
こうなると偶然に期待するくらいしかできないわけだが、そんな中でセードーは手を上げた。
「いや、俺の闇衣と剛体法を使えばかなりダメージを抑えられる……。致死性の一撃を喰らい部位欠損しても夜影竜の紋章を使えば治せるしな」
「ああ、あれ。部位欠損しても自動修復しよるもんな……」
「闇の波動が伸びてセードーさんの腕を引っ張ってきたときは何事かと思いました……」
セードーが持つレアアイテム、夜影竜の紋章。その効果は部位損傷系の状態異常を自己修復するというものだ。遠くに体の部位が離れて飛ばされても、闇の波動がそれを追いかけ引きずり、勝手に体にくっつくという効果である。
あくまで状態異常を修復するのでHPは回復しないものの、魔法にもスキルにも頼らず損傷系の状態異常から立ち直れるのはかなり有効だろう。
「つーことはセードーが使えば解決ってことじゃね?」
「うむ。それに俺でなくともかろうじて生き残る場合もあるだろう。そういう時は、遠慮なく使えばよい。誰が使ってもLv150を超えるのだ」
「それはなんというか、想像つきません……」
「何しろトッププレイヤーをあっさり超えるわけだものね……」
ミツキは慄きながら、セードーが出した超人薬を彼に手渡す。
「とりあえず、セードー君が持っていなさいな。あとは状況を見て、使う人を決めましょう」
「ええ、わかりました」
セードーは超人薬をインベントリに仕舞い込む。
そして闘者組合はお互いの顔を見合わせる。
「……私たちにとっては初めてのイベント。必ずクリアしましょう」
「そうですね!」
「あったりまえじゃん! 勝って帰ろうぜ!」
「ワイらがおって、勝たれへん訳ないやろ!」
「慢心はいかんだろう。だが……勝つさ」
セードー達はそれぞれの思いを口にし、互いの手を重ね合う。
「それじゃ……闘者組合! ファイト!」
「「「「オー!!」」」」
そしてミツキの音頭で掛け声をあげ、気合を入れ直す。
イベント終了まであと四日……。ここからが、正念場であった。
なお、ここまで極端にLvが上がるアイテムは超人薬以外に存在しない模様。




