log127.串刺し
「おおおっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ウォルフが猛ると彼が身に纏う風が逆巻き、竜巻と化す。
彼を中心に風の渦が立ち上り、辺りの全てを吹き飛ばすほどの暴威となった。
アーヘリアは愉快そうに笑いながら、大剣を双剣へと変化させる。
「フフフ、〈風〉属性……。君との戦いもまた楽しそうだ!」
「ほざけやぁぁぁぁぁぁ!!!」
怒りの声を上げ、竜巻を突き抜け、ウォルフは一直線にアーヘリアへと飛び掛かる。
引いた拳をまっすぐに突き込もうとする彼に、アーヘリアは双剣の一撃を見舞おうとする。
「ハッ!!」
完全にタイミングを合わせた一撃。ウォルフの拳よりアーヘリアの双剣の方が、僅かにリーチが長い。
ウォルフの胴体を狙った一撃は、紛うことなく彼の腹を斬り裂く……。
と、見えた瞬間。ボッ!という空気の爆ぜる音とともにウォルフの姿が掻き消え、一瞬でアーヘリアの背後へと回り込んでいた。
「シャァァァ!!」
「ハッハァ!!」
鋭い右ストレートの一撃を、アーヘリアは背中に回した双剣の片翼で受け止める。
さすがに受け切ることが叶わず、アーヘリアは前に向かって飛ぶことでウォルフの一撃を回避する。
そのままウォルフの方へと向き直り、アーヘリアは双剣を構え直した。
「速いな! そしてそれを制御しきる……やるじゃないか!」
「シャラァァァァ!!」
ウォルフはアーヘリアへと答えることなく、再び突撃する。
また空気の爆ぜる音が響き渡り、ウォルフの姿が霞む。
瞬間移動としか表現の仕様のない速度でアーヘリアに迫ったウォルフは左ストレートを放った。
「おっと!」
アーヘリアは危なげなくその一撃を躱し、返す刀でウォルフの首を跳ねようとする。
だが空気の爆ぜる音がしてウォルフの姿が消え、少し離れた場所に現れた。
手の中で双剣を弄びながら、アーヘリアは感嘆のため息をついた。
「まったく凄まじいな……。ソニックボディの上位系……マッハボディか」
イノセント・ワールドに存在するスキルの中には、チャージを行うことで上位系スキルに発展するものが存在する。そのうちの一つがソニックボディであり、マッハボディだ。本来マッハボディはキャラLv50、ソニックボディのスキルレベルMAXで解禁されるスキルである。
このシステムはチャージシステムと呼ばれる。イメージとしては一般的なチャージショットと同じで、特定の下位スキル使用時にチャージ行動をとることでその上位スキルを使用できるようになる、というシステムである。
このシステム、SPを節約できるうえLvが低いうちから使用できるようになるという利点が存在するものの、下位スキルとキャラLvが低いとチャージタイムが反比例的に伸びるうえ、どれだけLvを上げても1分程度のチャージタイムが最低限保証されているため、ソロプレイ時に使用できるようなシステムではないし、発動するスキルのLvは1で固定であるため、主力として使うつもりであればスキル解禁を待った方が良い。
使いどころとしては、今回のようにパーティでイベントに挑み、上位レベルのモンスターと相対した際に一時的に火力を急増させたいときなどだろう。
「普通はその速度に振り回されてしまうものだが、それを制御できるのはさすがだね」
「シャラァァァァ!!」
プレイヤーの動きを補助し素早さを増加させるソニックボディの発展形である、マッハボディ。もはや普通の人間には見切ることなどできないほどの速度で動くことができるようになるスキルであるが、普通の人間ではその速度を制御できないという欠点を持つ。そのためその速度を利用した体当たり攻撃などに使用するのが普通なのだが、ウォルフはその速度を完全に制御しきっていた。
複数の破裂音がアーヘリアの周囲で鳴る。
アーヘリアは音のするに視線を向けることなく、ただ意識を集中する。
「シャァァァァ!!」
「――フッ!!」
横から殴りぬけに来るウォルフの拳を、双剣で捌く。
一瞬で通り抜け、そしてそのまま姿を消すウォルフ。
アーヘリアはそれを無理に追わず、ゆるりと双剣を握り直す。
「難しいな……。下手な武器を取り出せば、それだけで止めを刺されてしまいそうだ」
先ほどからアーヘリアの周囲を駆け回り、小刻みに攻撃を仕掛けてくるウォルフ。
彼の狙いを、アーヘリアは薄々察していた。
こうした素早い敵を打ち倒す場合、普通の最適解は攻撃面積の広いスキルや広範囲を攻撃可能な武器を使用することだ。どれだけ素早かろうとも、避けられない一撃は存在するはずだ。
ただそれはAIで制御されたモンスターに適応されることで、こうした速度を制御している人間に対してこの戦術が有効かどうかははなはだ疑問である。
人の目に写らないほどの速度を制御できるということは、その速度を見切ることができるということでもある。それだけの速度で動く人間の視界もまた、人の目に写らないほどの速度で動いているのだから。
そんな人間に広範囲攻撃を不意打ちで放ったところで、その足で攻撃範囲外に離脱されるだけだろう。広範囲攻撃は雑魚殲滅には必須と言えるスキルだが、前後の隙が大きい。攻撃を避けられた後どうなるかなど、考えるまでもあるまい。
ウォルフは細かく攻め続けることでアーヘリアを焦らし、広範囲スキルを使わせるつもりなのだろう。アーヘリアを確実に仕留めるために。
「今の君のスピードであれば、こちらの防具を突き抜ける攻撃も可能だろうに、慎重なことだ」
アーヘリアは小さく笑う。仲間を打ち倒されたことに怒りを覚えている人間とは思えない冷静さだ。激情家に見えて、彼もまた戦いに身を置くものということなのだろうか。
……とはいえこの戦い方、長くは続くまい。マッハボディは〈風〉属性のボディ系スキル最上位であるが、Lv1の時点での持続時間などたかが知れている。
アーヘリアはただ待つだけでよい。それだけで優位に傾くわけだ。……音速で迫るウォルフの拳を躱しつづける必要はあるが。
「――。――――」
「――! ―――ッ!!」
「む……?」
遠くの方で声がする。
アーヘリアがそちらの方を見やると、ランスロットがセードーの手足を抱えて倒れている彼の方へと駆けよっているところだった。
セードーは残った左手をふらふらと上げ、ランスロットを手招いている。どうやら気が付いた様だ。
「ふむ……回復スキルを持っているようには見えなかったが、気絶くらいはどうにかできるか」
「シャァァァァ!!」
よそ見をしている隙を突き、ウォルフの拳が迫りくる。
アーヘリアは双剣で捌き切れず、小手でそのストレートを弾こうとする。
だが音速を持った拳は、アーヘリアのステータスをもってしても弾き切れなかった。
「ぐ……っ!」
甲高い音とともに双剣ごと腕が弾かれ、体勢を崩すアーヘリア。
僅かではあるが、確かにこじ開けられたアーヘリアの隙。
それを逃すまいと、ウォルフは地面を蹴る。
「もらったぞ、凡王ゥゥゥゥゥ!!」
空気の爆ぜる音と鎧へ拳がぶち当たる音が同時に鳴り響く。
一撃だけではない、さらに一撃、もう一撃。
「シャァァァラァァァァァァァ!!!!」
四方八方から袋叩きにするように、ウォルフの姿が現れ、そして消える。
隙を見せたアーヘリアを逃がさぬように、鳥籠さながらにウォルフの拳がアーヘリアを囲い続ける。
アーヘリアは致命的な一撃を受けぬよう、何とか腕で顔を庇い、ウォルフの攻撃を耐え続ける。
「お、おおお……!!」
「シャァァァァァ!!」
まるでドラムを叩くように断続的に金属音が鳴り響く。
耐えるアーヘリアに、打ち続けるウォルフ。一方的なように見えるが、流れはいまだにアーヘリアにある。
どれだけ音速で拳を叩き据えようととも、アーヘリアの鎧を完全に貫くほどの威力を出すことはウォルフにはできていない。アーヘリアの頭上に浮かぶHPバーがじりじりとしか動いていないのがその証拠だ。
故に狙うは、一撃必殺……。
「シャァァ!!」
ウォルフが背後からアーヘリアを殴り抜ける。
ひどく低い体位から放たれるショートアッパーは、アーヘリアの膝を殴り抜けた。
ボクシングであれば違反を取られる一撃……ローブロー。試合であれば使われないそれは、しかしアーヘリアの体勢を確実に崩す。
「うぉ!?」
今まで上半身を狙うように攻撃してきたウォルフの、不意を打つような一撃。それを受けて、アーヘリアはバランスを崩し、腕を振り回し、顔を晒す。
瞬間、ウォルフの姿がアーヘリアの眼前に現れた。
「とどめじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
渦巻く風を纏い、大きく振り上げられた右腕。
渾身の右ストレートが、アーヘリアの顔面を貫かんと打ち放たれる。
「―――ッ!」
声もなく驚愕するアーヘリア。
音速の一撃……体勢を崩してしまった今、避けられるようなタイミングではない。
迫るウォルフの一撃を前に、アーヘリアは驚愕し――。
「―――フフ」
「!?」
そして、笑った。小さく、しかしウォルフにも見えるほどにはっきりと。
その笑みの意味が解らず、ウォルフは混乱する。
今この瞬間、刹那にも等しいタイミングで笑う意味が解らない。この攻撃を避けねば、アーヘリアは即死……はいかずとも深手を負うだろう。そうなれば後はマッハボディなしでも彼を打ち倒すことは不可能ではなくなる可能性が出てくる。
それをわからぬアーヘリアでもないだろう。それが何故、笑うのか――。
ウォルフには理解できなかった。その瞬間は。
だが、次の瞬間。
「――ぐ、ごっ!?」
腹部を鋭い何かが貫く感触が、ウォルフを襲う。
それでも放った右ストレートは止まらないが、アーヘリアの顔を打ち抜くことはできなかった。
何故ならアーヘリアは、ウォルフの腹を貫いた双剣ごと腕をまっすぐ伸ばし、ウォルフの腕の間合いから逃れていたからだ。
目の前で止まったウォルフの拳を見つめながら、彼を労わるようにアーヘリアは優しく微笑んだ。
「……残念だったね」
「な、なんでや……!?」
状況についていき切れずに、ウォルフは腹に刺さった双剣を握る。
刺さった刃の数は二つ。いつの間にか弾いた分の双剣もアーヘリアの手元に戻ってきていた。
双剣の片割が戻ってきたのは、まあ、納得できよう。プレイヤーの手を離れても自動で戻ってくる武器は結構存在する。遺物兵装である覇王大剣にその機能がないとは考えにくい。
だが、今の一撃を躱すどころか迎撃されたのは納得できない。
仮にも音速の一撃。刹那を認識することはできても、人間が動くことなどできようはずもない……。
ウォルフの疑問に答えるように、アーヘリアは微笑んだ。
「……彼には話したが、私にもあるんだよ。君たちの技術に対抗するための……いわばずる賢いやり方が」
「どういうことや……」
今の状況から抜け出す手段は、おそらくない。HPもほとんど削られ、残り一発でリスポン待ちになるだろう。
全てをあきらめ、ウォルフはアーヘリアの言葉に耳を傾ける。
「ズルゆうても、ギアスキルと違うやろ……これも遺物兵装の能力かいな……?」
「いや、違う。私が持つこのスキルは、君の仲間が持っているものと同じ……特異属性のスキルだよ」
その言葉に、ウォルフは目を見張る。
「特異……? なんやそれ、そんなん、あるんかいな」
「あるのさ。特異属性〈無〉……。一般的には範囲攻撃が得意であると認知されているが、〈無〉属性は空間、そして時間を操るものさ」
時間、と言われてウォルフは気が付く。
今までの、圧倒的とさえいえる反射速度に、今この瞬間での超反撃。
時間を操るというのであれば……これらも容易くなるのではないだろうか?
ウォルフの確信を察し、アーヘリアは頷いて見せる。
「私が最も得意とするスキルは“時間停止”に“超加速”。時間停止は静止しているかのように感じる時間の流れを遅くし、超加速はそんな時間の中でも普通に動けるほどに加速するスキル……。この二つを使って、私は今までの勝利を築き上げてきたのさ」
ことごとくチートぞろいと言われる特異属性……その中でもこれらのスキルは極め付けだろう。
何しろ止まった時の中を自由に動けるわけだ。PvPにおいて、これほど有用なスキルはまたとない。つまり、止まった相手を一方的に叩き伏せることができるわけだ。
「もちろん、弱点は存在する。これらのスキルは持続時間は体感で5秒前後だし、時間停止はあくまで時間の流れを遅くするだけで、超加速に至っては単体での使用目的は皆無に等しい。時間停止なしにこの速度を制御できる人間はいないだろうからね」
「それでも、大したもんやんか……。その二つあったら、無敵やろ、自分」
がっくりとうなだれるウォルフ。時間を操る相手など、逆立ちしても勝てるはずがない。
だが、アーヘリアは彼に対して首を振った。
「いや……おそらく君たちのような人間ならば私にも勝てるだろう。レベルとステータスさえあれば、ね」
「慰めはいらんわ……みじめになるだけやし」
「慰めではないよ。事実だ。実際、この二つのスキルを持っていても、勝てない相手に出会ったことがある」
アーヘリアは何かを思い出すように、瞳を閉じる。
「彼もまた、今の私のようにイベントボスプレイヤーとして現れた……。けれど私のようなボスステータスを持たず、あくまでプレイヤーと同じ条件で戦ったんだ。Lvこそ100であったけどね」
「そのキャラに勝たれへんかったと?」
「ああ。時間停止は0.01秒を5秒に感じるようになるスキル……。そんな中で、彼は私を打ち据えたのさ」
Lv100のプレイヤーが、チートスキルを打ち破る。俄かには信じがたい話だ。
「……自分、そいつには勝たれへんかったんか?」
「ああ、そうだ。私どころか、誰も勝てなかったよ、彼には。最終的に、戦闘の意志がある全イノセント・ワールドプレイヤーが彼の討伐のために集結し、一人のプレイヤーが止めを刺した……。後に円卓の騎士を率いることとなった、キングアーサーその人だよ」
「はぁん……。あのボケギルドの元GMが、ねぇ……」
ウォルフは円卓の騎士の名を聞き、少しだけつまらなさそうに鼻を鳴らすが、すぐにアーヘリアへと問いかけた。
「……なんでワイも自分に勝たれる思た? 参考に聞かしてくれや」
「マッハボディを制御していたからさ。マッハボディ使用中は、時間停止を使っていても、動いているように見える。かなり、スピードは遅いけどね。君や彼であれば……Lv100ステータスの状態も十全に生かせるだろう。その時に、もう一度戦いたいものだよ」
「さよけ……はぁ」
ウォルフはアーヘリアの言葉に、ため息をつきながら天井を見上げた。
なお、話の中に出たイベントボスプレイヤー、遺物兵装実装イベント時に現れた模様。




