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log124.オーバーフロー

 巨大な光の渦にのまれ、魔界剣士の姿が粉塵の中へと消える。

 必殺の一撃を放ち終えたランスロットは、大きく肩で息をしながら顔を上げた。


「これが……! 僕が受け継いだ力だ……!」

「なんや今の」

「いわゆる切札……という奴ではないか?」


 横から獲物を掻っ攫われた形となってしまったセードーとウォルフは、構えを解きながら粉塵の中を見つめる。

 地面が削れたからか、あるいは魔界剣士が粉と化したか。どちらにせよ、視界の確保がままならないほどに大量の粉塵が舞い上がっている。どれだけ強力だったのか、想像に難くない。

 その奥を見透かそうと目を細めながら、ウォルフは首を傾げた。


「あのガキ、そないなスキル持ってたんか? いまいち信じられへんねんけど」

「いや、固有スキルではないだろう。あれが遺物兵装(アーティファクト)ではないか?」

「ええ、その通り」


 セードーの言葉に頷き、ランスロットは手にした刃を掲げてみせる。


遺物兵装(アーティファクト)王の守護剣(エクスカリバー)……。円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMに受け継がれし、最強の剣です」

「えらい自信やな。今のでホンマに倒せたかどうかも分からへんのに」


 呆れたような様子のウォルフを、小馬鹿にするようにランスロットは鼻を鳴らした。


「フン……無知な人だ。遺物兵装(アーティファクト)には確実にモンスターを倒すことのできるスキル……確殺攻撃というものを備えることができるのですよ」

「確殺攻撃? なんだそれは?」

「確殺攻撃とは――」

「確殺攻撃とは、かつてバグの一つとして存在していたダメージ計算のオーバーフロー……それをゲーム内の仕様として調整、実装した遺物兵装(アーティファクト)固有のスキルの一つだよ」


 セードーの疑問に対する答え、それは粉塵の中から帰ってきた。


「え――」


 聞こえてきた声、それに聞き覚えのあった三人は粉塵の方を見る。

 次の瞬間、粉塵が炎の柱に捲かれ、あっという間に霧散していった。


「バグというのはなかなか面白いものでね。ゲームの起動や実行に影響のあるものは潰しておかないと危険だけれど、そうでなければむしろゲームの個性の一つとして受け入れられることがある……。中にはバグも含めてゲームの一つとして完成している、なんて話もある位だ」


 幾筋も立ち上る炎の柱の一つから、傷一つない綺麗な状態で魔界剣士は悠々と現れた。

 セードー達が減らしたHPはそのままであったが、ランスロットの必殺の一撃は彼にダメージを与えることができなかったようだ。

 ランスロットは魔界剣士の様子に唖然としているが、セードーとウォルフは特に動じた様子もない。


「面白い話だ……それで、確殺攻撃とはどのような仕組みだろうか?」

「確か致死攻撃ってあったやんな? あれとはどう違うのん?」


 むしろ自身の疑問を問いかける始末だ。魔界剣士は魔界剣士で、二人の疑問に答えるように軽く首を傾げた。


「ふむ、良い質問だ。まず致死属性を持った攻撃というのは、基本的に確率計算によって成り立っている。つまり、攻撃が当たった瞬間に死ぬかどうかの判定を行い、死ぬと判定されれば死の状態異常を無理やりプレイヤーやモンスターに押しつける……と考えるとわかりやすいな。残りHPがいくらあろうと、敵を倒すことができるのさ。運が悪ければ、一万回同じ攻撃を打ちこんでも敵は死なないがね」


 これはゲームによくある話だ。ゲームによってはレベルやステータスの数値を参照し、確実に死に至らしめる技もあるが、大抵の致死属性攻撃は確率によって死ぬ死なないを制御するものだろう。

 魔界剣士の説明を聞き、ウォルフが頷く。


「あと、ボスには効かへんよな。まあ、効いても困るけど」

「ハハハ、違いない。確率で死ぬのだから、運が良ければ致死攻撃だけで攻略が完了してしまうからな。大抵のボスモンスターやレアエネミーには致死耐性がある」


 魔界剣士は笑いながらそう説明し、そこで声のトーンを落とした。


「……だが確殺攻撃を防げるモンスターはイノセント・ワールド内には存在しない。ラスボスでさえ、確殺攻撃を当てられれば一撃で倒すことができてしまうのだよ」

「……それはどういうことだ?」


 穏やかな話ではない。ゲームのボスモンスターというのは、わかりやすい障害である。ボスを倒せばクエストクリア、というのが最もわかりやすいし、どのボスがどんなレアアイテムを落とすというのであれば幾度も同じボスに挑戦する者もいるだろう。

 そんなボスが、パンチ一発で即死するような虚弱体質であったら……おそらくボス狩りは加速するだろうが、イノセント・ワールドから人が離れていくスピードも加速するだろう。

 システムなどにもよるが、怠惰なルーチンワークこそが人を飽きさせる要因の一つなのであるから。


「確殺攻撃が一撃死に直結するというのであれば、ボスなどには効かないようにするのが無難ではないか?」

「御説ごもっとも……だが、さっきも言ったように確殺攻撃というのは本来バグなんだ。ゲームの仕様に存在していなかったものを、調整し仕様に当てはめたんだよ」


 魔界剣士はそう言いながら、どこか遠くを見つめるように顔を上げる。


「このゲームのダメージ計算には、現実の物理学を利用している。使用する武器の攻撃力やキャラのステータスだけではなく、武器を振るう速度やその武器の重量などから衝撃力を計算し、それらをダメージという数字に変換しHPを減らす……とても複雑で、繊細な計算式が使われている」

「ふむ……体に感じる重力なども現実のそれに限りなく近い。なら、それをダメージにも利用するのは自然な話か」

「せやけど、それだけでオーバーフローなんて起きんやろ。オーバーフローてあれやろ? 早い話が風呂桶から水があふれるっちゅーあれやろ」

「おおむねその認識で間違いないよ。ダメージ計算の上限を突破するダメージを与えられた結果、残りHPの量に関わらずボスが即死してしまったというのが、確殺攻撃の始まりだ」


 オーバーフローとは、演算式において表現可能な値の上限を超えてしまうことによって発生してしまうエラーのことである。

 ウォルフが例えたように、風呂桶に溜まった水があふれてしまうように何らかの異常が発生してしまうわけだ。溢れた(数字)がどのような影響を与えるかはゲーム内のプログラムにもよるだろうが、イノセント・ワールドの場合はモンスターが即死するという形で異常が発生したわけである。

 魔界剣士は、説明を続けた。


「先にも言ったように、このゲームのダメージ計算には現実世界の物理演算を利用している。武器を振るう速度や重量もダメージを算出するうえで重要な要素になるわけだ。なら仮に……スキル上ではなく本物の音速を操れる剣士がいたとしたら、どうなると思う?」

「ふむ……。どのような計算式を用いられているかは知らないが、文字通り音速だというのであれば人間程度一発でずたずたになるだろうな」


 人間の体は音速を発揮できるようにできてはいないが、それでも想像は容易だ。拳銃に撃たれた人間がどうなるのかが答えだ。当たり所にもよるだろうが、少なくとも無事ではすむまい。

 だが、イノセント・ワールド内では人間でも音速のスピードを出せる可能性が存在する。故に発生したバグなのだろう。


「そう、それが確殺攻撃なのさ。イノセント・ワールドの仕様の一つに、ステータスがそのまま身体能力に反映されるというのがあるのだけれど、この仕様によって人間を上回る動きができるものが現れたのさ。ちょうど、君たちみたいにね」


 セードー達はお互いの顔を見合わせた。

 彼らは自身のことを異常だと感じてはいないのだろうが、普通の人間は壁を蹴っても真横にはすっ飛んではいかない。ましてその勢いを利用して大剣を弾いたりなどできない。

 魔界剣士は苦笑を誤魔化すように咳払いする。


「……人間、自分のできる以上のことはなかなかできないものだけど、想像力の豊かな人間や、体をコントロールすることに長けた人間……本物の武術家や剣術家といった人間は容易に人の壁を越え……そして仕様の壁も乗り越えてしまった」

「その辺り、想定はされてへんかったんか?」

「ある程度までは想定されていたのさ。けれど、人間の想像力って奴は存外無茶苦茶でね。その想定さえあっさり超えて、オーバーフローを意図的に発生させる方法さえ研究されるようになってしまったんだよ」


 そもそも想定しえなかったから発生するのがバグだ。オーバーフローは想定されていなかったのではなく、想定の域を越えられたというべきだろうが、どちらにせよ開発陣にとっては想像の外だったのだろう。

 その当時の状況を想像し、セードーは首を横に振る。


「その手段、誰もがあっさり実行可能というのであれば……あまり面白い事態になりそうにないな」

「まあ、ゲームの中が世紀末化するやんな。誰もが核爆弾抱え取るようなもんやし」


 ウォルフの例えは言い得て妙だ。バグである以上、モンスターに限らずプレイヤーにもオーバーフローはプレイヤーの決闘にも適用されてしまったはずだ。

 そうなれば、オーバーフローを知るか知らないか、実行できるか実行できないかでバランスも著しく崩れてしまうことだろう。

 魔界剣士はその当時を思い起こすかのように、懐かしそうな声を出した。


「君が言うように、誰もがそれを恐れた。戦闘ダメージのインフレ化、一撃死……そんなものが付きまとうようになれば、誰も戦うことができなくなってしまう。けれど、その一方でオーバーフローがなくなるのも恐れられていた。戦うのが危険だが周回する必要があるボスなどを倒すのに、そういう仕様があってもいいのではないか、なんて声もあったね」


 オーバーフローという仕様が自身に向けられるのは恐怖だろうが、自身が使用する分には恩恵だろう。少なくとも、このバグによってイノセント・ワールドが急に落ちるといったような弊害もなかったようだし。

 ならば残してほしいという声があるのもない話ではあるまい。そして運営も、そんなプレイヤーたちの声に真摯に耳を傾けていたようだ。


「運営もオーバーフローが蔓延するのは避けたかったが、その存在自体を否定はしなかった。プレイヤーが方法を発見し、確立したのであればそれは仕様だろう、というのが社長……イノセント・ワールドのプロデューサーである如月純也の言葉だ」

「なるほど。オーバーフローを仕様として残し、なおかつ蔓延させないための手段……それが遺物兵装(アーティファクト)ということか」

「その通り。オーバーフロー対策の調整を施すのと同時に、わざとオーバーフローを起こせる手段を残す……これがイノセント・ワールドの運営達の選択だったのさ」


 プレイヤーが創造した手段を完全否定するのではなく、一部肯定し形として遺す……。これが必ずしも正しいとは限らない。だが、これによってイノセント・ワールド内に新たな魅力が生まれたのも確かだ。

 全ての遺物兵装(アーティファクト)が確殺攻撃を持つわけではないが、一撃必殺の切札を選び、持ちうることができるというのは、戦いに身を置く者であれば誰もが憧れるものだろう。一種のロマンである。


「確殺攻撃をスキルとして遺物兵装(アーティファクト)に習得させるには相応の労力こそいるが……条件を満たすことで確実にモンスターを倒すことができるスキルの存在は諸手を上げて受け入れられたよ。遺物兵装(アーティファクト)実装当時は、皆が確殺攻撃を求めて遺物兵装(アーティファクト)堀に勤しんだものさ」

「……だが、遺物兵装(アーティファクト)……いや、確殺攻撃が必ずしも万能ではない。おそらく、確殺攻撃が効かない存在もいるのではないか?」


 一拍置き、セードーは指摘する。


「例えば、プレイヤーとか」

「そう、君の言うとおりだ。確殺攻撃は、プレイヤーには効かない。プレイヤーIDを持つキャラには、オーバーフロー対策が二重三重に施されているのさ」

「プレイ、ヤー?」


 その言葉に、今まで呆然としていたランスロットが悲鳴を上げる。


「どういうことです! そこに……そこに立っているのは、敵で、魔王軍で、モンスターじゃ……!!」

「今までの会話で察しろや、ルーキー。ゲームの仕様にこんだけ詳しいNPCがおるかいな」


 いよいよ馬鹿を見る眼差しでランスロットを見やるウォルフ。

 基本的にこのゲームのNPCは仕様を口にするような、いわゆるメタな発言はしない。あくまでイノセント・ワールドに住む一住人として、こちらに接してくれる。だが、魔界剣士はゲーム内の深い仕様にも言及してきた。これが示すのはすなわち――。

 セードーは憐れむ眼差しをランスロットに向けながら、改めて魔界剣士に向き直る。


「そう言えば、名を聞いていなかったな」

「フフ、名乗らせてももらえなかったけどね」


 魔界剣士は微笑みを溢しながら、フルフェイスマスクに手をかけ、さらにヘルメットも外す。

 仰々しいマスクが外れると、その下から出てきたのは存外若い男の顔だった。

 ちょうど、ミツキと同世代くらいだろうか。男はヘルメットに収まっていた髪をほぐすようにかき回し、軽く整えてからマスクをインベントリに仕舞い込む。

 すると、今まで表示されなかったプレイヤー名がセードー達の目にも映るようになった。


「改めて、自己紹介させてもらおう。魔王軍ルリド城城主、エクスルチタティオ……というのがこのイベントにおける名前だが、以前ゲームをプレイしていた際はアーヘリアと名乗らせてもらっていた」

「以前? 今はプレイしていないのか?」

「ああ、そうだね……私生活の方も、忙しくなってしまったからね。こうしてアバターを残してもらってはいるが、今はほとんどプレイしていないよ」


 そう言ってエクスルチタティオ……いや、アーヘリアは己の体を、身に纏っている鎧を撫でる。


「懐かしいよ……もう、三年以上前の話だ。まだ自キャラが残っているとは思わなかったよ」

「そんな長い事放置しとったら、キャラロストしてそうなもんやのになぁ」

「そういうのには明るくないが、消さずともよいなら運営も無理には触れないのではないか? いつ戻ってくるとも限らないだろうし」

「そうだね。社長も、同じことを言っていたよ」


 アーヘリアは軽く微笑むと、改めて大剣をセードー達へと構え直した。


「さて……まだ質問があるなら聞いてあげたいけれど……あまり時間もない。続きを始めようじゃないか?」

「ふむ。存外長く語ってしまったか」


 アーヘリアの言うように、気が付けばダンジョンに侵入して40分ほど経っている。あと二十分で、今日のイベント攻略が終わってしまう。

 セードー達は拳を構え、アーヘリアと相対する。


「プレイヤーが相手でも、HPがお化けや。二対一でかまへんな?」

「もちろん。こう見えて、現役時代では三対一の状況も凌いだことがあるよ」

「それは重畳」


 ウォルフ、アーヘリア、セードー。

 三者はまったく同じように笑みをこぼす。

 ……目の前に、極上の獲物が現れたときに肉食獣が浮かべるのと、同じ種類の笑みを。

 三者は無言のままに互いを睨み合い。


「「「―――ッ!!」」」


 示し合わせたわけでもなく、同時に駆け出していった。




なお、オーバーフローを初めて発生させたのは、名もなきテストプレイヤーだったとか。

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