log123.王の守護剣
「先に進めない?」
《はい……》
先へと進んだミツキから、クルソルを通じて連絡が入ったアラーキーは周辺の敵の掃討をアンナに任せて話を聞くことにした。
彼女が言うことには先へ進んだギルド同盟のメンバーたちは円卓の騎士の妨害や横入りに負けることなく、無事レアエネミー達を掃討し、レアアイテムを入手することができたという。
レアエネミーと聞いた時は肝を冷やしたものだが、円卓の騎士の上位プレイヤーたちに勝利することができたと聞いて胸を撫で下ろすことができた。
こちらを侮り、一人一人分散してくれたのが大きかったのかもしれない。
さらに無事に合流することができたと聞き喜んだのもつかの間、どうやら地下十四階から先に進めないようになっているらしかった。
「進めないって具体的には? どうなってるんですかね、うん」
《セードーさんたちが先に進むまでは階段が開いていたのですが……無事にケイオス・テンタクルを倒し、地下まで来てくださった皆さんと合流した段階で見たときには……バリアのようなものが張られていまして》
「バリア……」
ミツキの言葉に、アラーキーは心当たりがあった。
バリアは通行不能を表す表示であり、そこから先に進むには何らかの条件を満たす必要があるのだ。
《可能な限り先に進み、セードーさんたちを援護したかったのですが……これでは先に進めません。いかがしましょうか?》
「ふーむ、こっちは人数足りてるし、可能であれば何とか先に進んでもらいたいけど……」
「ちょいなー!!」
「ハートのジャックに続けぇー!」
華麗に立ち回るアンナと、彼女を中心に武器を振るう円卓の騎士の者たち。
アンナは元円卓の騎士なので、おそらく当時の部下か仲間たちなのだろう。
彼らを眺めつつ、アラーキーは意外そうな声を出した。
「しかし意外でしたね。てっきり、セードー達の戦いには横入りできない!……とか言っちゃいそうな雰囲気だって聞いてましたのに、うん」
闘者組合は武人の集まりと聞く。そして一対一の決闘には決して手出しをしない決まりがあると、セードーから聞いていた。
故のアラーキーのセリフであったが、ミツキはやや心外そうに返してきた。
《アラーキーさん? 私たちを頭でっかちの武術バカだと思っていませんか?》
「いやぁ。まあ、その、セードーから聞いてた話と印象が違ったもんでしてね、うん」
ミツキの言葉にアラーキーは慌てて誤魔化す。
ミツキは納得しなかったようだが、すぐにため息をついて答えを返してくれた。
《……これが闘者組合の戦いであれば、手出しはしませんが……これはギルド同盟、皆の戦い。であれば優先すべきは勝利です。私たちの小さな意地で、みなさんに迷惑をかけるわけにはいかないでしょう?》
「そりゃあ、そうか。うん」
ミツキの言葉に、アラーキーは頷く。
言われてみれば、その通りだろう。アラーキーは己の浅はかさを呪いながら、ミツキに詫びる。
「申し訳ないね、ミツキさん。考えてみりゃわかる話だよな、うん」
《――いえ、もし敵が人間で、一人で出てくるようであれば私も手を出すのをためらうと思いますし》
アラーキーの謝罪をうけ、ミツキもまた微かに謝罪の念を言葉に載せる。
ミツキの様子から怒っていないことを察し、アラーキーはそこでその会話を終了する。
「――まあ、なんにせよまずは先に進めるかどうかですわな」
《ええ。こちらでも、努力してみます。そちらの方、よろしくお願いしますね》
「もちろん」
ミツキとのチャットを終了したアラーキーは、ワイヤードナイフを手に立ち上がる。
「さて、下の階は概ね片付いてんだ……」
にやりと笑い、目につくモンスターの首を跳ね飛ばし声高に叫ぶ。
「このまま、全部倒しちまいますかねぇ、うん!!」
アラーキーの気合いに応じるように、彼の周りのモンスターたちが咆哮を上げた。
「はぁぁぁ!!」
「ちぃ!」
体を回し、遠心力を乗せた右手肘打ちが魔界剣士に襲い掛かる。
上段に大剣を構えていた魔界剣士は素早く片手を剣から放し、襲い掛かるセードーの肘を受け止める。
甲高い音を立てて止まるセードーの肘。魔界剣士はそのままセードーを叩き斬ろうとするが。
「――ッ!」
半身になったからだの影に隠すように、セードーが左拳を引いているのに気が付いた。
そのまま正拳突きで懐に飛び込まれると考え、魔界剣士は振り下ろそうとしていた大剣の柄を素早く下し、正拳突きの予測進路に据える。
セードーは正拳突きを放つ。ただし、魔界剣士の狙いとは別の場所に。
「――外法式無銘空手」
固められた左の拳は、同じように固められた右の拳を狙い澄ます。
「金槌ッ!!」
鳴り響いたのは甲高い金属音。闇の波動を纏い、鋼のような硬さを得た拳同士がぶつかり合い、魔界剣士が支える肘を釘のように押し込む。
それに合わせるかのように、さらに全身で踏み込むセードー。
予期しない攻撃を受けた魔界剣士は、肘を受け止めた左手ごと弾き飛ばされた。
「ぐぅっ!?」
「まだ終わらんぞぉ!」
体勢が崩れる魔界剣士の隙を突くように、ソニックボディを発動したウォルフが一気に接近する。
魔界剣士は素早く体勢を取り戻すが、懐に飛び込まれたウォルフを止める手立てがない。
「シャァラァァァァァァァ!!」
ウォルフは素早く拳を振るい、魔界剣士の全身を叩いてゆく。
軽い金属音がまるでマシンガンのように断続的に鳴り響く。
だが素人でもわかる。ウォルフの一撃は魔界剣士の体の内にはでは届いていないと。
「ツッ! ……それではこちらに届かんぞ!?」
その身に受けた魔界剣士がそのことを一番よく理解していた。
大剣を横薙ぎに振るい、ウォルフを蹴散らす。
バク転でそれを回避したウォルフは、挑発するように指を揺らし、舌打ちを繰り返す。
「チッチッチッ……。慌てたらあかん。今のは単なる準備や」
「準備……?」
魔界剣士はウォルフの言葉に不審を覚え……そして体の節々、特に関節部分が淡く緑色に輝いていることに気が付いた。
「これは……!」
「シャァァァァァ!!」
息を呑む魔界剣士。ウォルフはその瞬間を突き、一気に踏み込む。
「ハウンドォォォォォ!! ナッコォォォォォォォォ!!」
「クッ!」
近づくウォルフに向けて大剣を振り下ろす魔界剣士。
その一撃を回避し、ウォルフは右拳を叩きつける。
魔界剣士の胴体にぶつかった拳を中心に、風が弾けるかのごとき衝撃が生まれ魔界剣士を包み込む。
そして、それを待っていたかのように魔界戦士の全身の緑色の点が弾け、その身に余すことなく衝撃を伝えてゆく。
「そのまま、逝き晒せぇぇぇぇぇ!!」
「おおおぉぉぉぉぉ!!??」
風属性のスキルの一つ、ハウリングボム。これ単体ではダメージを与えることができず、何らかの<風>属性スキルを併用することで大ダメージを与えることができる、〈風〉属性の切札の一つだ。
全身を襲う衝撃を受け、魔界剣士は逃げるように後ろへと跳び退った。
「ぬぐぅ……! まだまだぁ!」
「当然。こちらの攻勢も終わらない……!!」
だが、跳んだ先に待ち構えていたのはセードー。
彼は右足に全身の波動を集中し、魔界剣士を迎え撃つ。
「ぬぅ!?」
「おおおぉぉぉぉ!!」
裂帛の気合いと共に飛び上がり、左足で空を蹴り、向かってくる魔界剣士に闇の波動ごと蹴りを叩きつけた。
「真空斬空脚ぅぅぅぅぅぅ!!」
「えぇいっ!!」
魔界剣士は不十分な体勢から大剣を振るい、セードーの足を斬り飛ばそうとする。
だが力の入りきらない斬撃はセードーの一撃を弾くことさえ叶わず、逆に弾かれてしまう。
セードーの必殺の蹴りが、交叉気味に魔界剣士の首筋に決まる。
「がふっ……!」
「チェェェイリャァァァァ!!!」
セードーはそのまま二の太刀とばかりに空を蹴り、魔界剣士を蹴り飛ばす。
轟音と共に吹き飛ぶ魔界剣士は、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
着地するセードーに駆け寄るウォルフ。
「どうや?」
「さてな」
ウォルフの言葉に、セードーは小さく応える。
先ほどの攻防において、二人は己の一撃が魔界剣士を捉えていたことを確信している。
攻撃を喰らうこともなく、ほぼ一方的に叩き伏せることができたと感じている。
……だが、それでも。
「っはぁ!!」
魔界剣士は気合と共に立ち上がり、楽しそうに笑い声を上げる。
「ッハハハハハ! いいぞ、その調子だ!! 確実にダメージは入っているぞ!?」
そう言ってどこかに吹き飛んでいた大剣を手元に呼び寄せる。
大振りに大剣を振るう魔界剣士……その頭上に浮かぶHPは今八割を切るところであった。
「チッ。やはり鎧が厚過ぎるか……」
「クリティカル、一回も入ってへんもんな……。かなんわぁ」
言いながらも拳を構えるセードー達。
さすがにマンスリーイベントのラストを飾るボスのことだけはある。Lv30前後のプレイヤーの一撃では、その装甲を貫通してダメージを与えることは至難であった。
ハウリングボムも闇の波動を纏った渾身の蹴りも、装甲を抜くには十分な威力であったが、魔界剣士を倒しきるには不十分すぎるようだ。
「ハウリングボムで一割も削れてへんぞ……。どんだけHPあんねん……」
「せめて装甲だけでも破壊できればな……」
「フフフ、確実に装甲も削れているとも」
鎧をわざとらしく揺らしながら、魔界剣士はセードー達に近づいてゆく。
セードー達は一歩下がった。
少なくとも、二人で飛び込めば魔界剣士の接近戦を上回ることは容易だ。
だが、十全にダメージを与える手段が不足しているのが痛い。
「ウォルフ、どうする?」
「まあ、待てや。ワイにも切札くらいある。それでなんとか――」
小さく会話を交わす二人を見て、魔界剣士は小さな笑い声を上げる。
そんな彼らの間に、割って入る者がいた。
「――なら、僕が貴様を倒す!」
「あん?」
勇ましくも幼い声を張り上げたのは、ランスロットと呼ばれる少年騎士だ。
セードー達から見て、彼は魔界剣士の横に立っている。いや、初めに立っていた位置から動いていないのでセードー達が戻ってきたとでもいうべきだろうか。
手にした刃を構え、魔界剣士を睨みつける彼を見て、ウォルフはめんどくさそうに呟いた。
「まだおったんかい、ルーキー。はよ帰って、布団被って寝てろや」
「僕はルーキーじゃない!! 円卓の騎士総隊長……ランスロットだ!!」
ウォルフの言葉に、体を震わせながらランスロットは怒鳴り声を上げる。
だがすぐに魔界剣士を睨み、手にした剣をかざす。
「さあ、覚悟しろ! 貴様程度、一撃で葬ってやる」
威風堂々とはまさにこのことだろうか。絶対の確信を持ってランスロットは魔界剣士を睨みつけている。
「勇ましいのは、評価してやりたいのだがな」
対する魔界剣士は、ランスロットの言葉に困惑しているようだ。
何かを誤魔化すようにヘルメットの上から頬を掻き、己、そしてセードー達を示してみせた。
「先の攻防の中で、君がなにをできたかね? 彼らであればつけよう隙を見て、君は動いたのかね?」
「………」
魔界剣士の言葉に、ランスロットは答えない。
そんな彼を見て、魔界剣士は小さくため息をついた。
「何もしなかったというのであれば策の一つとして考慮しよう。だが、何もできなかったというのであれば……君は実力不足だ。大人しく、下がっていなさい」
「……なぁ、セードー? あの魔界剣士、妙ちゃうか?」
「……なにがだ?」
魔界剣士の言葉を聞きながら、ウォルフが困惑した様子でセードーへと問いかける。
「いや、なんちゅーの? 違和感あるっちゅーか? まあ、そんなん?」
「……その違和感の正体は――」
セードーがウォルフの問いに答える間に、事態が動く。
「……確かに、僕自身の実力不足は認めよう」
「ほう?」
てっきり威勢よく反骨芯をむき出しにされると考えていた魔界剣士は、そのランスロットの言葉に意外そうな声を出す。
「僕は、弱い。先の攻防に攻め入ることができないほどに、僕は弱いんだ……」
「……それを理解しているのであれば、何故立ち上がる? 何故立ち向かう? 大人しくしていれば、少しは情けを貰えるかもしれないのに」
憐れむような魔界剣士の言葉を聞き、ランスロットは牙を剥く。
己のではない……己が手にした剣という名の牙を。
「だが! 先代が……キングアーサーが鍛えたこの刃に、敗北はない!!」
「キング……?」
魔界剣士は不審そうにランスロットの剣を見やり、それから何かに気が付いたように大剣を構え直した。
「もしや、その剣……!」
「そうだ!! これは、貴様らを滅ぼす必勝の剣!!」
ランスロットは剣を掲げ上げ、その名を叫ぶ。
「遺物兵装・王の守護剣ァー!!」
必勝を約束された、伝説の剣の名。
それを唱えると同時に、ランスロットが手にした剣が、神々しい光に包まれ始めた。
「そうか……かのキングアーサー引退後、その剣は貴様が……!」
「今更気が付いても、もう遅いんだぁぁぁぁぁぁ!!」
ランスロットは剣を振りかぶり、魔界剣士に狙いを定める。
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ランスロットが剣を振り下ろすと同時に、凄まじい光の斬撃が一瞬で魔界剣士の元へと伸びる。
「―――ッ!!」
魔界剣士は何かを叫んだが、轟音を響かせる斬撃に掻き消されてしまい。
そのまま、魔界剣士は、光の中へと飲まれていった。
遺物兵装・王の守護剣
「キングアーサーというプレイヤーが生み出した遺物兵装であり、遺物兵装実装後一番早く生み出された、イノセント・ワールド内最古の遺物兵装でもある。刀身に光を纏い、その斬撃を持って敵を確殺する、最も強力な確殺兵器のうちの一つ。欠点として長いチャージタイムと、チャージタイム中動けなくなるが、キングアーサーは頼れる仲間とともに戦地に立つことでその欠点をカバーしていたという」




