log120.魔弾
連弩からいくつも発射された弓矢は姿を隠したイレイザーの元へと飛翔する。
ウェースの持つスキル、レギオンアーチェリーにより飛翔する弓矢は鋭い嘴をもった小型の怪鳥へと変ずる。
剃刀のように鋭い羽根を纏い、ナイフさながらの嘴をとがらせ怪鳥の群れがイレイザーの元へと殺到してゆく。
そして一瞬ののちには全身を斬り刻まれ、無様に逃げようとするイレイザーの姿を感知できる……はずだった。
だが、それは叶わなかった。何故なら、怪鳥が襲い掛かるべきであったイレイザーの姿はそこにはなく、まるで横殴りに容赦なく殴られたかのように吹き飛んでいたからだ。
「なっ……!?」
虚しく攻撃予定地点を通り過ぎてゆく怪鳥の群れ。無駄に矢だけを消費した形のウェースは愕然とする。
今の一撃、完全にイレイザーの虚を突いた形だったはずだ。イレイザーは完全に姿を隠すことができる反面、本体の知覚は全盲と言ってよいほどに低い。積極的に仕掛けてくる分身に比べて本体が攻撃を仕掛けてくる頻度が低いのは分身に戦闘を任せているのではなく、本体がプレイヤーを捉えられていないからなのだ。
故に、基本的にイレイザーとの戦闘はいかにイレイザーの位置を捉えるかにかかっている。全盲ではあるが、イレイザーはそれゆえによく動く。プレイヤーを捉えるべくひたすら動き回るイレイザーの動きをいかに捉え、そこに必殺の一撃を撃ちこめるかがイレイザー討伐の鍵なのだ。
今、ウェースはイレイザーが待機した瞬間を狙い攻撃を仕掛けた。イレイザーの知覚では接近してくる怪鳥の動きを捉えることなどできるはずがないのだ。
ウェースは慌てて連弩の矢を交換しながら、考える。
(なぜ……避けられた……!? 一体、何があったのだ……!?)
イレイザーの回避行動はさながら攻撃を受けたかのようであった。それもただの一撃ではない。必殺と呼んで差支えないほど強烈な一撃だ。その証拠に、壁に叩きつけられたイレイザーは痛みにまだもんどりを打っている。
だが、そんな一撃を放てるような位置にプレイヤーの姿はない。
軍曹は相変わらず笑いながら辺りの分身を撃ち砕いているし、サラもショットガンでホークアイに群がる分身を蹴散らしている。
そしてホークアイは相変わらず明後日の方向を見ながらライジングブルーを構えている。まっすぐ一点を睨みつけながら、ホークアイは再び引き金を引いた。
轟音と共に銃口が弾け、ライジングブルーを構えているホークアイの腕が跳ね上がった。
瞬間、イレイザーの体が再び弾き飛ばされた。横殴りに容赦なく。
「っ!?」
転がってゆくイレイザーの体を感知しながら、ウェースはホークアイの方に視線を向ける。
ホークアイはイレイザーに目を向けることさえしない。まるでそんな必要ないとでも言わんばかりに、まっすぐに一点だけを見据えている。
周りに群がるイレイザーの分身に動じることさえなく、ただライジングブルーの引き金を引く。
また、イレイザーの体が吹き飛んだ。
もはや疑う余地はない。イレイザーが攻撃を避けたのではない。ウェースより先に、ホークアイが撃ったのだ。イレイザーの体を。
「き、きさま……!? 一体何を見ている!!??」
ウェースは叫びながら、連弩をホークアイの方へと向ける。
ダメージを与えられるわけではない。だが、武器を向けられればたいていの人間は怯むものだ。
しかしホークアイはウェースの方を見ているわけではない。視界に入らないようでは、脅しにもならない。
だが、武器を向けられたことは察したのだろう。ホークアイは小さく呟いた。
「なんだよ……。俺との早撃ち勝負に勝つ自信があったんだろう?」
「ぬ、ぐ……!?」
小馬鹿にするような調子のホークアイの言葉に、ウェースは声を詰まらせた。
ホークアイは笑い声を上げながら、もう一発ギガマグナム弾をイレイザーへとぶち込んだ。
「ハハハ……。やっぱり口だけか。まあ、鼻から期待なんてしていなかったさ」
「ぐ、ぐ……!! 貴様ぁ……!!」
ホークアイの口からこぼれる侮辱に、ウェースは歯ぎしりし、そして連弩の狙いをホークアイの頭につける。
その引き金が今にも引かれそうなのを察し、ホークアイは冷めた声を出した。
「……何をする気だい? そんな震える指先で」
「黙れ……! なに、気にすることは無かろう……! どうせ、ダメージなどはいらないのだ……!」
ウェースはそう言って、連弩に矢を込めてゆく。
(そう、ダメージは入らないのだ……! ダメージは……!)
ダメージが入らないからと言って、何をしてもよいわけではない。
プレイヤーに対して明確な攻撃意志を持って武器を使うのは、立派なマナー違反だ。ダメージが入らないだけであり、衝撃はしっかりと受けるし、その一撃を受けて痛みを感じるものだっている。
だが、ウェースはその一線を越える気のようだ。尋常ではない様子のウェースを見て、サラが慌てたような声を上げる。
「ちょ……! やめなさい! ホークに攻撃するっていうなら、運営に報告するわよ!?」
明確な攻撃意志を持って武器を扱おうとするウェースを制止しようと、サラは運営の名を出す。
だがそれを押しとどめたのはホークアイだった。
「やめとけよサラ。どうせ言ったって聞きゃしないんだ」
「けど、ホーク!」
サラはわざわざウェースの好きにさせようとするホークアイを非難する。
だが、ホークアイはそんなサラの様子さえ意に介した様子もなかった。
「こういう手合いは、痛い目を見るよりわからせた方がいいのさ……。己の身の程って奴を」
「身の程を弁えるのは……!!」
攻撃の準備を整えたウェースが、連弩の引き金を引いた。
「貴様の方だろうがァァァァァァァァ!!」
「ッ!!」
連弩の先から飛び出した大量の矢を撃ち落すべくサラがショットガンを構える。
だが矢は姿を変え、巨大な肉食怪鳥へと変じた。
「えっ!?」
サラは反射的に引き金を引くが、ショットガンの一発を受けても肉食怪鳥は怯むことなくホークアイへと突き進む。
「くははははは!! 心配するな、ダメージは入らんよ! ダメージはなぁ!!」
ウェースは次の瞬間起こるであろう惨劇を想像し、高笑いを上げる。
巨大な肉食怪鳥の渾身の体当たり。そんなものを受けて、ダメージを受けないと言っても無事ではすむまい。
だが。
「遺物兵装・ホークアイ」
ホークアイは小さな呟きと共に、引き金を引いた。
空間を弾く轟音。裂き砕かれる肉体。
果たして、全身を引き裂かれ地に倒れ伏していたのは肉食怪鳥の方であった。
「――――は」
ウェースの笑い声が、虚しく響き渡る。
弱々しい鳴き声を上げ、怪鳥は全身血まみれと化し、そのまま消滅していった。
ホークアイはウェースの方を見ることなく、軽く肩をすくめた。
「……あんたの言った通りだな。確かに、ダメージも入らなかった」
「……は、は? は……」
目の前の出来事を前に、ウェースはバラバラになってしまった思考を何とかまとめようとする。
(な、なぜおれの攻撃が捌かれた? いや、そもそもなんだこれは? どうして俺はこんなに追い詰められている? いや、イレイザーを倒さねばならない、けど、どうやって? どうやって、逃げ回るイレイザーを倒さなければならない? だが、そもそも俺はなにをして誰が俺で何を何時にどこへ何故――)
だが、混乱した感情が思考を掻き廻し、とても落ち着くことなどできなかった。
混乱のあまり完全に動きが止まったウェースを見て、軍曹が声を張り上げた。
「はっはっはぁー! ……疑問なのだが、どうしてこんな男が総隊長護衛方なのだろうな? 情緒不安定にもほどがあるぞ?」
「レベルとスキルじゃないかね。ボーガンギアと召喚魔法の合わせ技……。思いついても、実行しようって根気のあるやつはいないだろうさ」
ホークアイはそう言いながら、逃げ回り始めたイレイザーの足を止めるべく引き金を引く。
再びギガマグナム弾に吹き飛ばされるイレイザーの様子をなんとなく察しながら、サラは呆れたように呟いた。
「相変わらず反則臭いよね……ホークの遺物兵装」
「一度認識さえできれば、どこまで逃げても確実に敵を撃ち抜ける、絶対必中のスキル持ちだ! うらやましいなぁ、はっはっはっ!」
「何しろ福引の景品ですから。胡散臭さには定評があります」
サラや軍曹の言葉におどけたように答えるホークアイ。
楽しそうに笑う彼の様子に反応するように、今まで閉じていた左目の眼球が淡く輝く。
おそらく、見るものが見れば気が付けるだろう。ホークアイの左目は、精巧に作られた義眼だということに。
軽く左目を撫でながら、ホークアイは不敵に笑った。
「けれど、運も実力の内さ。我が魔弾の閃光からは、いかなるものも逃げられない……ってね」
「代わりにあんた動けなくなるし、体の向きも替えられなくなるじゃない」
「はっはっはっ! 仲間を守るのも任務の内だろう?」
弾倉の中に残った最後の一発をイレイザーに叩き込むべく、ホークアイは腕をまっすぐに上げる。
イレイザーの分身たちはホークアイの攻撃を察し、彼を止めるべく群がった。
サラと軍曹は近づく分身たちを撃ち抜き、砕き、ホークアイの身を守る。
「ったく! スナイパーが敵陣のど真ん中で立つなんて、おかしいと思わないの!?」
「思わないねぇ。前衛的な突撃戦術ってことで勘弁してくれ」
「突スナって奴だな! はっはっはっ!」
「私が勝つには負けるには私のんぎゃぁ!?」
ぶつぶつとウェースは壊れたように呟いていたが、ホークアイに接近する分身たちに打ち伏せられ、サラに踏みつぶされてゆく。
哀れなウェースの姿に肩を竦めながら、ホークアイは逃げ回るイレイザーの姿を、義眼にて捉える。
「どれだけ逃げようが無駄さ。……鷹の目は、獲物を決して逃がさない」
ライジングブルーが淡い緑色の光を帯び始め、〈風〉が舞い始める。
辺りに銃声が満ち、分身たちの攻勢が止まぬ中、ホークアイは引き金を引いた。
「鷹の目の魔弾」
小さく唱えられたスキル。ギガマグナム弾は鋭い風を纏い、螺旋を描き、空を裂く。
途上に存在するあらゆるものを引き裂いて、小さな弾丸は見えないイレイザーを追い詰める。
イレイザーは迫る弾丸から逃れるために必死に動くが、魔弾は回避を許さない。
小さな竜巻と共にイレイザーを捉え魔弾は、その残されたわずかなHPさえ引き裂いて、イレイザーに止めを刺した。
何かが弾ける音と共に姿を現し、消えて行く分身たち。
本体がいたらしい場所にアイテムがドロップされるのを確認し、サラと軍曹は胸を撫で下ろした。
ホークアイは自らの遺物兵装を停止し、まだ紫煙の冷めやらぬライジングブルーの銃口に息を吹きかけた。
「……何かで自分を固める前に、自分がどこにいるかを確認すべきだったな、ウェース」
今はここにいないものにそう告げ、ホークアイは静かに瞳を閉じるのであった。
遺物兵装・ホークアイ
「ホークアイが己の名を冠した遺物兵装。彼が左目の代わりに埋め込んでいる義眼の形をしており、その能力は絶対必中。いかなる標的に対しても必ず弾丸が命中するだけでなく、ホークアイが脳内でシュミレートした通りに弾道がねじ曲がるという、スナイパー垂涎のスキル。必ず敵を捕らえるには何らかの方法でホークアイがその敵を認識する必要がある」




