log12.クエストに向けて
無事にクエストの受領を終えたセードーとキキョウを連れて、アラーキーはお気に入りの喫茶店へと向かった。
店の中へと入り、席に着くとカネレがつまらなさそうにぼやいた。
「この店苦手なんだよねぇ~。ギター弾いてると、すーぐ憲兵が来ちゃうから~」
「当たり前だドアホ。道端ならともかく、店ん中でギター弾いたら営業妨害だろうが」
アラーキーはカネレに毒づきながら、改めてクエストが書かれた羊皮紙を手にしているセードーとキキョウを見やった。
「さて……二人とも。無事クエストの受領が完了したわけだが、そいつを開く前にギアシステムを解禁するためのクエストの仕様を、軽く説明しておくぞ」
「はい、お願いします」
キキョウがぺこりと頭を下げる。
アラーキーはそれに応じるように一つ頷くと、ゆっくりとクエストの説明を始めた。
「ギアシステムを解禁するクエストは、特定のモンスターを討伐する討伐クエストと言われるものだが、普通の討伐クエストと違い、町の各所に存在するゲートを通って、特定のエリアに行く必要がある。討伐対象と同名のモンスターは、ワールド内に存在するがそっちを倒してもクエストクリアにはならねぇ。……まあ、お前らのレベルじゃ到底太刀打ちできないようなモンスターばっかりが指定されるんだがな」
「なぜそのような仕様になっているのでしょうか? いえ、倒せない地域のモンスターが出てくるのであればもっともかもしれませんが」
セードーの疑問に、アラーキーは軽く頷きながら答える。
「どんなことでも疑問を持つのはいい事さ、うん。……いろいろ言われちゃいるが一番の理由は、レベルを制限するためだろうな。今回のクエストにゃ、俺たちはついていかれねぇ。お前らだけでクリアする必要があるのさ」
「ゲートを通ってそのエリアに行くには~、セードー君たちが受け取ったクエストの受領書が必要になるんだよねぇ~」
「これが通行手形になっている、というわけですか」
「高レベルの人が付いていって、正規受領者に変わってクエストを達成してしまうのを防ぐため……ということでいいんですか?」
「そう言うことだな。どんなに楽しいゲームでも、効率重視で楽したがる奴がいるからな」
アラーキーは肩を竦め、セードー達の方へと軽く身を乗り出した。
「ただまあ、お前らが戦うモンスターに対するアドバイスくらいはしてやれる。ギアシステム解放のためのクエストは、時期によって出てくるモンスターがランダムで決定されるからな」
「さ~セードー君♪ 君たちが乗り越えるべき試練の内容を、僕らにも見せておくれ~♪」
「しからば」
ギターも引かずに歌うカネレの言葉に頷いて、セードーは羊皮紙を巻いている紐を解く。
そして、皆が見えるようにテーブルの上へと羊皮紙を広げて見せた。
「どれどれ……?」
アラーキーにカネレ、そしてキキョウも一緒になって羊皮紙を覗き込んでみると、以下のような文章が羊皮紙には記されていた。
『クエスト名:サイクロプス討伐。
遠方の地、ニダベリルのとある山のふもとにて、サイクロプスの幼体を発見。
サイクロプスは亜人種最強のモンスターである。これが成長しきる前に撃破、殲滅を行わなければならない。
速やかに該当地域へと向かい、サイクロプスを撃破せよ』
サイクロプスとは、一つ目の巨人として有名なモンスター。怪力と巨体を駆使し、作品によっては最大の特徴である目からビームを放ったりもする。
この世界におけるサイクロプスがどのようなモンスターかはわからないが、強大な存在には違いあるまい。
「サイクロプス……ふむ」
「ふぇー……」
自分たちも知っている様な、割とメジャーなモンスターの名前を前に、セードーとキキョウは小さく頷く。
亜人種最強と銘打たれている以上、相応に手ごわいモンスターなのだろう。気を引き締めて当たろう。
「サイクロプスとかマジかよ……」
「わぁーぉ……」
――と、決意を新たにしていたセードーの耳に届く、割と絶望している声。
顔を上げると、やや蒼くなったアラーキーとカネレの表情が見えた。
「……先生?」
「ああ、うん、すまん……」
セードーの声に、アラーキーは我を取り戻し、軽く頭を振る。
そして注文したコーヒーを啜り、自分を落ち着けるとゆっくりと口を開いた。
「……サイクロプスってのは、ここに書いてある通り亜人種系モンスターの中で最も強いモンスターの内の一種だ。特殊な能力は持っていねぇが、基本的な能力は中ボス系モンスターの中じゃ群を抜いていやがる。少なくとも、装甲無視系のスキルか特殊能力のついた武器がなきゃ、ソロ討伐は難しいな」
「ちなみに~、推奨討伐レベルは50くらいだよ~。もちろん~、今回は~二人でも討伐できる程度のレベルに下がるけどねぇ~」
「50……それは、相当ですね」
アラーキー達の言葉に、セードーは険しい顔つきになり、キキョウはつばを飲み込んだ。
50レベルなど、ゲームを始めたばかりの二人にとってはまだ見ぬ頂だ。
いくら倒せるレベルに弱体化するとはいえ、倒すには相当苦労することとなるだろう。
セードーはしばし考え、気になったことをアラーキーに問いかけた。
「……先生。今回のクエストは、二人で挑まねばならないのでしょうか?」
「いや、そんなことはないぞ、うん。このクエストは、初心者にとって初めての大型モンスター討伐クエストに相当するからな。ここで初めて他人とパーティを組む奴も結構いるんだ」
「ふむ、そうですか……」
つまり、それだけサイクロプスが手ごわいモンスターである、ということだ。
唸り声を上げるセードーを見て笑いながら、アラーキーは手にしたカップをソーサーに置いた。
「ハハハ。パーティを組むのは誰だって最初は怖いさ。見ず知らずの他人と行動するわけだからな」
「でも~、そうしたところから~思いがけない友情が生まれたりするからねぇ~」
「そ、そうでしょうか……?」
不安そうにつぶやくキキョウに応じるように、カネレは大きな声で歌った。
「もっちろん! 手に手を取って、強敵を打ち倒し、そして芽生える友情……! なんと美しい響き! 新たなる仲間たちに祝福あれぇ~!」
同時に感極まったようにギターをかき鳴らすカネレ。
次の瞬間、彼の背後に警邏NPCがいきなり現れた。
そしてNPCはポン、とカネレの肩を叩く。
「すいません、警邏の者ですが。ちょっと詰所までご同行願えますかね?」
「………………ハッ!? 興奮のあまりつい……! 違うんですおまわりさん!」
カネレは慌ててギターをしまってNPCに抗議するが、NPCは聞く耳持たず、カネレを引きずって店を出ていく。
「……いきなり湧きましたね、警邏NPC」
「この店はそう言う契約なんだろうさ。その分割高らしいんだがな」
今いる喫茶店はNPCが経営している店であるが、中にはPCが経営している店もある。
そう言った店で、先ほどカネレがやったような騒音騒ぎを引き起こすと、警邏NPCが現れる、という契約を交わすことができるとのことだった。
アラーキーは立ち上がる。
「まああんなのでも同じギルドの仲間だからな。ちょっくら回収してくるわ」
「でしたら俺たちも――」
「お前らはもうちょっとゆっくりしていきな。ここは俺が払っておくからよ」
アラーキーはサッと領収書を摘まみあげると、セードー達ににっこりとほほ笑んで見せた。
「さっきはああ言ったが、もちろんお前ら二人だけで倒すことだってできる。時間はかかるだろうが……お前たちの実力なら、十分いけるだろうさ」
「……そうでしょうか」
「そうさ。あとは、お前ら二人でどうするか、決めればいい。それじゃあな」
アラーキーはそれだけ言って、そのまま店を出ていく。
あとに残されたキキョウとセードーは、お互いに顔を見合わせる。
「………」
「………」
しばし、二人の間に沈黙が流れる。
……セードーは気まずそうに後ろ頭を掻き、キキョウはセードーのそんな態度を見て、恥ずかしげに顔を逸らした。
……このゲームを始めて二人っきりになったのはこれが初めてだ。たった二日程度の付き合いであるが、彼らは常にカネレ、アラーキーと共に行動していた。そして行動の指針はアラーキーが決めてくれていた。
セードーは掻く場所を後ろ頭から頬に変えつつ、キキョウへと語りかける。
「……さて、どうしようか」
ゆっくりと、言葉を選びながら、話を続けた。
「先生の言によれば、サイクロプスはかなり凶悪なモンスターに分類されるのだろう。先生は俺たち二人でも倒せるかもしれない、と言っていたがあまり鵜呑みにしない方がいいだろうな」
「……はい、そうですね」
キキョウはセードーの言葉に頷きながら、ゆっくりと自分の考えを口にした。
「サイクロプスは、伝承によれば山ほども大きな巨人です……。これには幼体、と書かれていますけれど、それでもさっき倒したオークなんかは比べ物にならないほど大きいはずです。そんなモンスターに、私たちのように火力で劣るものが二人だけで挑むのは厳しいと思います……」
「オークはまだギリギリ、急所狙いのクリティカルを発生させられたが、サイクロプスでそれは狙えないだろうしな」
山のように巨大なモンスターの急所を突いて一撃必殺……なんていうのはもっとレベルが上がってからの話だろう。
現実的に考えれば、蟻の一突きが人を殺しきることはできない。毒でも歯根であれば、別の話だろうが。
……だが、とある種の蟻は一度に大勢獲物に飛び掛かることで、自身よりもはるかに体格で勝る生き物を殺すことさえあると聞く。
「……このクエスト、他のパーティと共に、挑戦しようか」
セードーは、窺うようにキキョウを見る。
「俺たち二人だけでは、現実的ではない。であれば、見ず知らずとはいえ、同じ目的を持った者たちと共に協力して当たるのが筋だろう。……キキョウは、それでいいか?」
「私は……」
キキョウは不安そうに瞳を揺らしながらも、セードーを見上げて小さく頷いた。
「……私も、それでいいと思います。一人や二人で出来ることには、限りがあります。頼ることができるのであれば、頼るべきだと思います……」
キキョウはそう言いながら。
「で、でも……」
キュッ、とセードーの服の裾を握りしめた。
「ひ、一人だとやっぱり不安です……だから……一緒に……」
セードーを見上げる瞳は、不安に揺れたままだ。
掴まれている裾から、彼女の不安が伝わってくるようだ。
セードーは、そっと彼女の手を握る。
「……ああ、もちろんだ」
そして微笑みながら頷くセードー。
「……はい! ありがとうございます!」
キキョウはそんなセードーに、満面の笑みを返すのだった。
「ったく……興奮したからって、あの店でギター鳴らす奴があるかよ」
「うぅー。だからあのお店は苦手なんだよ~♪」
留置場から解放されたカネレは、先ほどまでほとんどギターに触れられなかった憂さ晴らしをするように、ギターをやかましくかき鳴らす。
そんなカネレの様子に呆れながらも、アラーキーは心配そうにセードー達がいるである方向へと視線を向ける。
「にしても……大丈夫かねぇ? 二人でも行けるとは言ったが、相当無理ゲーだからな、サイクロプスは……」
「七体いるギアクエストモンスターの中じゃ、最強だからねぇ~♪」
カネレはそう言いながら、ギターをかき鳴らす。
だが、その表情には二人を心配する色はない。
「でもま、心配はいらないでしょ~♪ セードー君は冷静だし~、キキョウちゃんだって謙虚だし~♪」
「だといいがな……はぁ」
アラーキーはカネレの言葉にため息を突く。
リアルでの彼を知っているだけに、その心配も一入なのだ。
「……どうにもセードーの奴は、他人との交流が苦手っぽいからなぁ……」
「それが~イコールで人と協力しない、ってことじゃないでしょ~?」
「まあ、そうだが」
「リラックス~リラックス~♪ 待つ側が慌てたって、しょうがないでしょ~?♪」
「お前は気を抜きすぎだろう……」
肩を落としながら先を行くアラーキーの背中を見ながら、カネレはふと、表情を引き締める。
「……けど、そうして心配してあげられるのは……羨ましいけどね……」
どこか空虚なその表情でつぶやかれた言葉は、アラーキーの耳に届くことはなかった。
なお、喫茶店内で一時的にブラックが激甘になる事例が発生した模様。




