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log118.遺物兵装

 人の身の丈ほどもある大きさの核弾頭が破裂する。

 リュージがいた場所を中心に、真っ赤な炎が膨れ上がり、全てを焼き尽くす核熱が辺りに撒き散らされる。

 リュージに襲い掛かった核爆発の熱は、遠く離れていたソフィアたちの元にまで届くほどのものだった。


「―――ッ!」


 ソフィアが声なき悲鳴を上げる。

 彼女は見ていた。リュージが核熱の炎の中に飲み込まれるのを。

 そのまま駆け出そうとする彼女の手を、マコが掴む。


「っ!? マコ!」

「今行ってどうなんのよ」


リュージが飲まれた炎の中に特攻しかけるソフィアを止めたマコは、冷たい眼差しでその炎の中から飛び出した影を睨みつける。

 核熱に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がってきたのはサースだ。


「ご、が、はぁっ!?」


 手にした盾は罅だらけであり、あの核熱の炎がどれだけの破壊力を持っているのかを物語っている。

 ご自慢の盾での防御もむなしく、HPも死亡寸前まで減ったサースはうつ伏せに倒れ、荒々しく咳き込んだ。


「がっ! はぁ、はぁ……!」

「貴様ぁ!!」


 そのまま手を突き立ち上がろうとするサースの襟元を掴み、ソフィアは無理やり立ち上がらせる。


「ぬぉ!?」

「何故リュージを見捨てたぁ!! 貴様、やはり先の言葉は偽りだったかぁ!!」


 激高し容赦なくサースの体を前後に揺らすソフィア。

 嚇怒を宿したその瞳を覗きこみ、サースは体を震わせる。


「無、無理だったのだ!! 彼に手を伸ばし、その背を掴もうとした……! だが、彼はバランスを崩し、倒れたのだ! おそらく、慌てて止まろうとして足がもつれたんだ! あれを掴もうとすれば、俺も巻き込まれていた!」

「嘘乙。あの馬鹿が、あの程度で倒れるわけないでしょう」


 マコはサースの言葉をそう言って斬り捨てるが、サースは首を横に振って反論した。


「そう思いたい気持ちはわかるが、事実彼は倒れた! 俺はそれを見たんだ!!」

「リュージが倒れるなんて……今まで見たことないな……」

「そもそもリュージ君、転んだりするのかな……?」


 コータとレミもサースの言葉に懐疑的であった。だがそれはそう考えたくない、というよりは何らかの確信をもって疑っていると言った様子だ。

 ソフィア以外は、リュージが核熱の炎に飲まれても冷静さを失っていない。それどころかサースの言葉に疑問を持ち、疑ってすらいる様子だ。

 目の前で仲間を失っても冷静さを失わない三人を見て、サースは思い通りにいかないことに対する苛立ちを覚える。


(なんなんだこいつら!? 普通、目の前で最も信頼する奴が死に戻ったら、この女のように取り乱すだろう!? それとも心の中ではあの男にいなくなってほしかったのか!?)


 ソフィアに首を締め上げられながら、サースは注意深くマコをはじめとする三人を観察する。

 マコは始めからサースを疑ってかかっているのか、その眼差しはどこまでも冷徹だ。あるいは、サースのやったことも見抜いているのだろうか。距離はあったから、見えてはいないと思うが。

 コータとレミは、サースのことよりもリュージが転んだことに対して疑いを持っているようだ。どうしても腑に落ちないようで、ひたすら首を傾げている。


(く……仲間を失い統制が崩れた隙を突くつもりだったというのに……! これでは、アーティファクトをかすめ取れん……!)


 内心激しく歯ぎしりをするサースの耳に、固く重たい金属音が響いてくる。

 音のする方に視線を向けると、いつの間にか立ち上がったパトリオットが、もう一発核弾頭を発射しようとこちらに向かっているところだった。


「み、見ろ! パトリオットがこちらを攻撃しようとしている! 早くしなければ……!」

「貴様、戯言を……! たとえこの場で死に戻ろうとも、貴様だけは許さんぞ!!」


 サースに激しい憎悪の炎を滾らせるソフィア。

 そんな彼女の手を、リュージが優しく抑え込んだ。


「まーまー落ち着けってソフィたん。さっきも言ったけど、このメイン盾の糾弾よりパトリオットをどうにかする方が今は先決っしょ?」

「そ、そうだ! 彼の言うとお――!?」

「お前は黙ってろ! この男、初めから――!?」


 サースとソフィアはリュージの言葉に返そうとし、誰が発言してるのか気が付いてギョッとした表情でそちらの方を向いた。


「リュージ!?」

「うん? そうですよ?」


 驚きのあまりぽかんとなるソフィアを見て、リュージはいたずらの成功した子供のような表情を浮かべる。

 そんな彼を見て、マコ以下三名はなんということもないように頷いた。


「まあ、リュージだしね」

「リュージ君だしね」

「リュージだからね」

「お前らはもう少し仲間に対する労わりを覚えたらどうなのでしょうか」


 全く心配していなかった風情の三人の言葉に、リュージはいわく言い難い表情に変わる。

 死んだと思っていたプレイヤーがあっさり復帰したことに、言葉を失うサースであったが何とか気力を振り絞り声を張り上げた。


「な……なぜ生きている!!?? この俺でさえ死にかけたあの爆発の中で、貴様如きが生きていられるはずが……!!」

「ヒデェ言い振りじゃないか、メイン盾。人の背中を突き飛ばしておいて」


 リュージは藪睨みの眼差しでサースを見据え、そう口にする。

 彼の言葉にある程度予想はついていたサースは、一瞬だけ押し黙りすぐに平静を装って口を開いた。


「……何のことだ?」

「白を切るかい? まあいいや、はっきりとした証拠がない以上、やったやらないの口論に終わりなんかねぇしな」


 リュージは背負った大剣に手をかけ、ゆっくりと背中から引き抜く。


「出るとこ出る前に、ケリだけつけるかい? なぁ、メイン盾よ……?」

「………ッ!」


 リュージの言葉に、サースは予備装備の小さなバックラーを背中から取出し、構える。

 一瞬即発の空気になりかける両者の間を、レミの悲鳴が駆け抜けた。


「ま、待ってリュージ君! それよりも、あれ、あれ!」


 叫んで彼女が指差す先には、核弾頭の発射準備が終わったパトリオットの姿があった。

 人の大きさもある巨大な弾頭は尻から火を吹き上げ、今にも突っ込んできそうだった。

 サースはそれを見て、慌てて盾を構える。


「く!? 二撃目は厳しい……!」


 そう呟きながらちらりとリュージ達、異界探検隊の方を見やる。

 ちょうどいい具合に固まっている彼らを巻き込むには、あの核弾頭はちょうどいいかもしれない。


(なぜこの男が生きているかは知らんが、次こそは……!)


 そう決意を固めるサースだが、大剣を抜き払ったリュージは落ち着いた様子で皆に告げる。


「おうお前ら。とりあえず俺の後ろに回りなさい」

「なんとかなんの? それで?」


 不信そうな声を上げながらも、まだショックから立ち直りきらないソフィアを連れてリュージの背中につくマコ。

 そちらを向かず、リュージは頷いた。


「うむ。まあ、見てなさい。リュージ様の奥の手を見せてやんよ」

(奥の手? なんだか知らんが……!)


 コータとレミも同じようにリュージの背中につくのを確認してから、サースは盾の影から小さなボトルを取出す。

 リュージ達には見られないようにしながら、サースはそれを彼らの前に落ちるように投げつけた。


(スタングレネードッ! さっきので駄目ならこれで直撃するがいい……!)

「ん?」


 リュージは目の前の転がってきた小さな物体を不思議そうに見る。

 そのタイミングを計らったわけではないが、スタングレネードはその瞬間に破裂する。

 凄まじい光が辺りを包み、リュージとその後ろに立っていた異界探検隊のメンバーの目を焼いた。


「目が! 目がぁ~!?」

「うわ!?」

「ちょ、もう少し隠さない!?」

「きゃぁぁあ!?」

「レミちゃん……! くそぉ!」


 目を潰されて悲鳴を上げる異界探検隊たちの様子にほくそ笑みながら、サースは核弾頭の射程範囲外まで逃げ出す。


(フハハハハ!! もうどうにでもなれだ!! アーティファクトさえ手に入れば、貴様ら弱小ギルドの始末なんぞ、どうとでもなる!)


 心の中で高笑いを上げるサースの目の前で、パトリオットから無慈悲な核弾頭が射出される。

 まっすぐに狙いを定められた核弾頭は、固まっている五人……その先頭に立つリュージめがけて飛翔する。

 今度こそリュージが死に戻ることを確信し、サースは笑う。

 だがリュージは目を閉じながらも、落ち着いた様子で大剣を飛んでくるミサイルへと突きつけた。

 今更ミサイルを斬り落とそうというのだろうか? 愚行としか思えないリュージの行動にサースの笑みは止まらないが……。


「喰らえ、焔王」


 リュージは静かにそう唱えた。

 瞬間、緋色の大剣が一瞬だけ、巨大な龍の咢を模したような形に変化する。


「な……!?」


 それに見覚えのあったサースは驚きの声を上げるが、目の前の光景に喉元まで出かかった叫びさえ失う。

 リュージの眼前で炸裂した核弾頭……その中から噴き出した核の炎はリュージ達を飲み込もうと広がったが、それは叶わなかった。

 何故なら、リュージの突きつけた大剣の中に、飲みこまれるように吸収されていったからだ。

 それでもなお核の炎は燃え上がろうとするが、その猛々しささえリュージの手にした大剣は飲み込んでしまう。

 そして最後に小さな破裂音だけ残し、核の炎は完全に消滅せしめてしまったのだ。


「な……な……!?」

「……なるほど。それであんた生きてたわけね」


 リュージが核の炎を防ぎきるのを見ていたらしいマコが、痛む目を擦りながらそう呟く。

 リュージは目を閉じたまま大剣を担ぎ、声のした方を向いた。


「おう。この俺の焔王、炎とあらば核だろうが闇だろうが、どんなもんだって喰らい尽くせる便利アイテムなのよ」

「だったらマグレックスも楽勝じゃない?」

「あいにく飲めるの炎だけなの……マグマはNG」

「あっそう。微妙に役に立たないわね」

「な、何故だ……!」


 のんきな会話を続けるマコとリュージに、サースがふらふらと近づいてゆく。


「何故だ……! 何故……!」

「何故って、種明かしは今このバカが……」


 マコはサースに呆れたようにそう言うが、彼はそうではないと言わんばかりに声高く叫んだ。


「何故貴様がそれを持っている!!?? その剣は、その武器は……! もう引退したはずの竜斬兵アサルト・ストライカーが持っていた、遺物兵装(アーティファクト)ではないかぁぁぁぁぁぁ!!」

「え。何その恥ずかしい二つ名」

「やめて……古傷を抉らないで……」


 サースが叫んだ名を聞き、マコは聞いてはいけないことを聞いた顔になり、リュージは思わず両手で顔を隠す。

 遺物兵装(アーティファクト)……それはギアシステム、属性解放に続く、第三の成長要素と言われるアイテム。

 遺物兵装(アーティファクト)自体は固有の形、あるいは形式を持たないアイテムである。入手したばかりではただのオーブであり、何らかの特殊能力を持つものではない。遺物兵装(アーティファクト)の真価は、プレイヤーが想像することで発揮される。

 プレイヤーは自らの遺物兵装(アーティファクト)の姿を想像することで、世界に二つとない唯一無二のオリジナルアイテムを創造することが出来るのである。

 プレイヤーの想像力がそのまま発揮されるシステムは、イノセント・ワールドにしか存在せず、このゲームが長く愛される理由の一つであるとさえ言われている。

 そして有名なプレイヤーの遺物兵装(アーティファクト)は、そのプレイヤー自身を指し示す標識としても機能する。ちょうど、サースが今叫んで見せたように。


「何故貴様がそれを持って、使っている!? 竜斬兵アサルト・ストライカーが引退した時に散らばっていった装備品……その中で唯一見つからなかった、その剣を!?」

「やめろ叫ぶな離れろチクショウ!! 俺の武器を俺が持っていることの何がおかしい!!」


 リュージは叫び、サースを蹴り倒す。

 あえなく倒れたサースは、リュージの言葉にさらに驚愕する。


「おれ、の……? まさか、貴様!!」

「えぇい、これ以上恥ずかしい黒歴史を叫ばれる前に、ケリつけちゃる!!」


 リュージはそう叫び、大剣を両手で構える。

 そして炎を吸い込み脈動を繰り返す大剣を熾す、呪文(トリガー)()いだ


「イグニッションッ!!」


 リュージのその言葉に呼応するように、大剣は先ほど変化した龍の咢のような姿へと変じ、さらにリュージの全身に炎のようなオーラが発現する。

 幾度となく垣間見たその姿を見て、サースは戦慄し、叫んだ。


「やはり……! 貴様、今まで我々の邪魔をしてきた、あの――!!」

「おーっと手が豪快に滑り倒したぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 それ以上サースが何かを言う隙を与えないよう、一気に近づいたリュージはその体を遠慮無用で思いっきり投げ飛ばす。


「ぬわぁぁぁぁぁぁ!?」


 狙ったのはパトリオットの頭部。

 重い鎧さえないかのように軽々吹っ飛ぶサースの接近を感知したのか、パトリオットは目からビームを発射する。

 防御する間さえ与えられず、瀕死に陥っていたサースは声も上げられず灰に還り、死に戻ってしまった。

 サースが完全に消え去ったのを確認し、リュージはグッとガッツポーズを取った。


「これで良し」

「よかぁないと思うけど……まあいいや」


 今のリュージの行動は立派なMPKであり、最悪運営がリュージのアバターを消去する可能性さえあったが……とりあえずリュージがBANされる気配がないのを確認して、マコは一息つく。


「一回だけなら誤射の範囲でしょ。邪魔者もいなくなったし……」

「のんきにしてないで二人とも手伝ってー!!」


 パトリオットから連射されるレーザーをフォースバリアーで防ぐレミ。

 コータは激しい攻撃を掻い潜り何とかパトリオットに攻撃を当て続け、ソフィアはサースがいなくなったせいでぶつける先のなくなった怒りをひたすらパトリオットに叩きつけていた。


「くそぉぉぉぉぉぉ!!! くのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「ソフィアさん落ち着いて!? リュージ、早くソフィアさんのカバーに!」


 一人荒れるソフィアを必死にフォローするコータ。

 リュージはソフィアの姿を見て、小さく笑った。


「フフ。ああして荒れるソフィたんもまたよし!」

「荒れさせた原因。さっさとなんとかなさい」

「さーいえっさー」


 絶対零度の声に命じられ、リュージは姿を変えた大剣……焔王を肩に担ぎ、地面を蹴ってパトリオットに立ち向かう。


「こうなったからにゃ、止まれねぇぞ……。覚悟しな、ブリキ野郎!!」


 その顔に力強い笑みを浮かべながら、リュージは焔王を振り上げた。




遺物兵装(アーティファクト)・焔王カグツチノタチ

「かつて竜斬兵アサルト・ストライカーと呼ばれたソロプレイヤーが使用していた遺物兵装(アーティファクト)。属性吸収、自己強化、確殺攻撃といった遺物兵装(アーティファクト)スキルと呼ぶべき特殊効果をバランスよく揃えている器用万能型の大剣。竜斬兵アサルト・ストライカーが引退したと噂された際、多くの者が血眼になってこの武器を求めたが、結局誰も見つけることができなかったという」

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