表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/215

log117.パトリオット

 レアエネミー・パトリオット。

 このレアエネミーは、おそらくとくに有名なモンスターの内の一体なのではないだろうか? 何しろ、全てのプレイヤーにとって垂涎の品である、アーティファクトを100%入手することができるのだから。

 掲示板などでも「アーティファクト欲しいんだけど」と質問すれば、必ず上がる名前の一つだ。パトリオットの撃破を経験せず、アーティファクト職人になることはできないなどと言われているのも聞いたことがある。

 さてそんなパトリオットであるが、遭遇するにはある地点をひたすらループし続けなければならない。特定地点を通った瞬間にポップ判定が行われるという、特殊なレアエネミーだからだ。

 ミッドガルド地方をぶらぶらしていると現れるディノレックスが、フェンリル大聖堂に入った瞬間だけポップ判定されるようになるようなものだ。そのためパトリオットに出会うには、出現地点とされている地点をひたすらループする必要がある。元々小数点以下で、広大なエリアをひたすら歩いてようやく出会えるかどうかというレアエネミーの出現地点が極小点に絞られているという事実……それは多くのプレイヤーの心を折る事実だった。

 とりあえず、五十時間ループがパトリオットに出会う最初の儀式と冗談交じりに言われている。

 さてそんな儀式を乗り越えて遭遇したパトリオット、ロボットであることから〈地〉属性の電撃魔法を持っていくのは厳禁である。パトリオットの動力はプラズマドライブなる代物らしいが、これは自身に放たれた雷撃を吸収してエネルギーに変換するというものらしい。雷撃属性のドラゴンブレスでさえあっさり吸収してしまうため、人間の放つ魔法では回路ひとつショートさせることさえ困難だろう。大人しく別属性に頼った方が良い。

 パトリオットを相手取るのに最適な属性は何だろうか、という質問を掲示板で見たことがあるが、それに対する答えは「あ? ねぇよそんなもん」が最も多かったことに吹き出した記憶がある。

 だがこの返答は冗談でもなんでもなく、パトリオットはあらゆるモンスターに対抗するために設計された節がある。全身を何らかの超合金で覆っていることを考慮しても、その耐久性は圧倒的だ。筆者の仲間の一人に〈無〉属性持ちがいるのだが、彼の確殺属性技である「アトムナックル」を受けても平然と立っていた時の絶望感は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 そんなパトリオットの武器は、頭部に搭載されたレーザービーム、両肩に仕込まれたマイクロミサイルポッド、そして両腕のフィンガーバルカンが主な兵装であると考えられる。

 この三つに加え、その時に遭遇したパーティーのレベルや装備をスキャンし、最も最適であると判断された兵装が自動で二、三装着されるようだ。筆者の時は基本装備に加えて垂直射出式核爆雷と自動追尾式殺人電鋸、絶対無敵アルティメットソードなる装備が追加されていた。パトリオットに挑む際のパーティは、本気でない方が対処しやすいかもしれない。

 だがこの追加武装が意外と曲者で、必ずしもパーティーにとって悪い事ばかりとは限らない。なにしろ――(出典:Lv1から歩ける、イノセント・ワールドレアエネミーの旅「著:オーディール、発行:CNカンパニー出版部」)






 雨のように降り注ぎ鋼の銃弾を、リュージは手にした大剣を盾に弾き返す。


「ぬぉぉぉぉぉ! 何のこれしきぃぃぃぃぃ!」


 しばし撃たれるがままとなっていたリュージだが、弾幕に合間に大剣を持ち替え思い切って前進する。

 降り注ぐ銃弾の合間を縫うように駆け抜け、パトリオットの足元に肉薄した。

 そして手にした大剣から火を噴きだし、走り抜けた速度に回転の遠心力も加えてパトリオットのアキレス腱へと叩きつける。


「かぁぁぁぁざぁぁぁんんんんんん!!!」


 〈火〉属性の持ち味である火力をいかんなく発揮し、リュージの一撃はパトリオットのむき出しのパイプを何本かまとめて破壊した。

 周囲に向けてフィンガーバルカンをばら撒いていたパトリオットの動きが、一瞬止まる。


「! リュージがやった!」

「ならば続くぞ!!」


 パトリオットの弾幕が薄くなったのを確認し、コータとソフィアも鋼の巨体へ飛び込んでゆく。

 コータが握りしめた剣から光が溢れだし、ソフィアの全身から鋭い風が放たれる。


「ライトニング・ブレェェェェドッ!!」

「ソニック・セイバァー!!」


 大きく振り上げた光の刃で、コータはパトリオットの体を袈裟に斬り裂き、その逆からソフィアが風と共に飛び上がる。

 胸部を×字に斬り裂かれたパトリオットは一瞬体を傾ぐが、即座に反撃を試みる。

 頭部の眼球型光学兵器を起動し、大きな光球を生み出すパトリオット。破裂寸前の風船のように膨れ上がったそれを、地上に……後方に控えていたマコとレミの方へと向けた。


「何する気……? まあ、光学兵器はうちの反射ミラーが防ぐけど」

「反射ミラーって私のことかな!?」


 マコの言い草にレミは傷ついた様だが、即座に前に出てフォースバリアーを展開する。

 エネルギー系の一切を凌ぐレミのフォースバリアーであれば、あの程度のごんぶとレーザーは防げる……はずだが、そんな彼女の前にサースが立った。


「ぬぅん!」


 そして気合いと共に手にした盾を地面に突き立て、それを支えるように片膝立ちになる。


「え!?」

「ちょっと、何してんの?」

「〈光〉属性スキルは確かに強力! だがパトリオットの特性を忘れるな!!」


 目の前に立ったサースの姿に不審を覚えるマコであったが、次の瞬間パトリオットが放った一撃を見て驚愕する。

 パトリオットの眼前で膨れ上がった光球はやがて臨界点を超え……まるで太陽のごとく爆発したのだ。


「は!? 爆発!?」

「来るぞ!!」


 サースが言うが早いか、彼女たちに爆発の衝撃と熱が押し寄せる。

 サースの構える盾が軋む音が、いやになるほど大きな音で鳴り響き、彼女たちが立っていた背後の壁がことごとくひび割れ砕けてゆく。


「な……なんですか今の!?」

「スーパーノヴァ……! 超新星の爆発のごとき爆発と衝撃を放つ、〈無〉属性物理攻撃だ!!」

「本物の超新星ならあたしら即死だろうけど、んなのありか!? 明らかに炎熱なのに物理とか!!」


 叫びながらマコは片手を差し上げ、氷の塊を生み出す。

 だが、マコの手から生まれた氷はまだ残っていた爆発の熱により溶け、蒸発していった。


「動くな! しばらく続くぞ!」

「しかも残るのかよー! 〈無〉属性っていうか、特異属性ってのはこれだからぁー!」

「効かないかもだけど、ヒートバリアー!!」


 まだ続く超新星爆発を前に、サースは手にした盾で攻撃を防ぎ続ける。

 熱波の届かぬパトリオットの背後に回り込みながら、リュージはその姿を称賛するように口笛を吹いた。


「ヒュー♪ スーパーノヴァと言えば、〈無〉属性系でもかなり強烈な奴だってのに、まだ立ってるよ。円卓の騎士(アーサーナイツ)の総隊長護衛方は伊達じゃないねぇ」

「感心してる場合か! 今のうちに、パトリオットを落とす!」


 ソフィアは言うなりリュージの背中を駆け上がり、パトリオットの頭部を目指す。


「嫁が踏み台にした!? ご褒美ですっ!!」

「言ってる場合じゃないって! とにかく攻撃を逸らさないと!」


 一人悶絶するリュージをよそに、コータもパトリオットの足元を目指す。

 一足飛びにパトリオットの頭部へ飛び上がったソフィアは、その身に風を纏いその場で大きく回転し始める。


「ハァァァァァ!!」


 手にしたレイピアは空を裂き、甲高い音を立てながらソフィアは小さな竜巻と化す。


「トルネード・ファング!!」


 竜巻となったソフィアはそのままパトリオットの頭めがけて体当たりを敢行。その巨大な頭部を風の刃でもって斬り刻まんとした。

 だがさすがに一撃でバラバラになってくれるほどパトリオットも甘くない。鋼の裂ける嫌な音は響き渡るが、パトリオットの頭は微動だにしてくれない。


「ライトニング・ストーム・ソォード!!」


 さらにコータも続くが、パトリオットの体は小揺るぎもしない。

 パトリオットの眼前の超新星は時間が経って勢いが弱まるどころか、さらに輝きを増していく。

 ひときわ強い熱波が、マコとレミ、そして二人を守るサースの盾に降り注ぐ。

 片膝をついて盾を支えているサースが、その一撃に大きく体を震わせた。


「ぐ……!! このままでは、持たんか!?」

「ここで死に戻り、かぁ……!」

「そんなぁ!」


 念願のパトリオットを前にしての死に戻りに、マコが悔しそうに歯を食いしばり、レミが涙目で叫ぶ。

 パトリオットは眼前の敵を撃破できそうな気配に、さらに超新星に力を籠めようとする。


「押してダメなら掘ってみろ! クマさん印の掘削炸薬!」


 どこか間の抜けた掛け声とともに、少し離れた位置で片膝立ちになりリュージはスイッチを構えていた。なんとなく、ツッコミ待ちの雰囲気がある。

 そんな余裕はなかったが、マコはリュージを一応構ってやることにする。


「……そのスイッチは押していいスイッチよね?」

「そこは“スイッチを押させるなぁ!”だろうが。ポチッとな」


 マコの言葉にぶーたれながらも、リュージはスイッチを押した。

 ぼむん!と小さな爆音がパトリオットの足元で鳴り響き――。


 ゴ、ギャン!!


 ととんでもない音を立てながら、パトリオットの足元が陥没した。


「えええぇぇぇぇぇ!!?? 何今の爆発!?」

「なんで地面がへこむ!? 一体何をした!!」

「ぬはははは! 〈地〉属性錬金術の応用の一つ! 爆発した周囲の地面を表面数ミリ残して刳り貫く爆弾「フェイクホール」だ! 爆風は〈地〉属性由来のものにしか影響を与えない、クリーンな兵器です」


 驚き叫ぶコータの目の前で、バランスを崩したパトリオットの体が仰向けに倒れていった。

 倒れてくるパトリオットから逃げながら、ソフィアがリュージに問いかけた。


「いつの間にそんな珍妙なものを……!」

「未来の義弟からもらった! ホントはトラップ作成用に作ったらしいんだけど、音を完全に消せないせいで実戦には使えなかったんだとさ」

「誰なの義弟って……?」


 コータの素朴な疑問を無視し、リュージはマコたちに合流する。


「おう、二人とも無事な? そっちのメイン盾も」

「一応無事だよ……。回復しますね」

「ありがたいな」

「いちいち回復させてやらなくても、自前で何とかするでしょ……」


 サースを回復させてやるレミの頭を叩きながら、マコはパトリオットを睨みつける。

 仰向けに倒れ込んだパトリオット……そのHPは気が付けば半分程度まで削れているように見えた。


「……発狂に入ったわけね。次は何が来るやら」

「パトリオットの怖いとこだわなー。基本兵装のほかに、三つは特殊兵装がくっ付いてきやがる。まあ、その一つ一つがアーティファクトの元なんだがな」

「三つくっ付いて来れば、三つのアーティファクトが手に入る、か。手間取る前に撃破しきりたいものだが……」

「難しいね……。パトリオットの装甲を抜いてダメージを与える方法が、こっちにはないし……」


 メイン火力となっているリュージ達は難しい顔でパトリオットを睨みつける。

 合間合間に攻撃スキルを叩き込み、着実にHPを削ってきた異界探検隊+1。パトリオットの装甲のダメージ判定が遮断式ではなく軽減式であったのが幸いした。

 ただこれは同時にパトリオットに十全なダメージを与えることができないということを意味する。単純な話、パトリオットは身に鎧を纏っていないのだ。体に何もつけていないなら、鎧を壊すも何もない。

 現状のリュージ達のLvでは、パトリオットを瞬殺することはできない。それを聞き、サースが一歩前に出た。


「……であれば、俺が前に出ようか」

「おん?」

「……どういう意味だ?」


 前に出たサースを、ソフィアが鋭い視線で射抜く。

 その視線を受けながらも、サースはゆっくり盾を構えた。


「なに……スーパーノヴァ以上の瞬間火力が出なければ、俺は耐えることができる。であれば、俺が前に出て、攻撃を塞げば君らは攻撃に専念できよう」

「ほう……」


 サースの言葉に、ソフィアは静かに視線を険しくした。

 相手の攻撃が不明である以上、サースの申し出はありがたい。自分から犠牲になりに行くと言っている様なものだ。だからこそ、怪しいのだが。

 そうしてサースを危ぶむソフィアであるが、そんな彼女の様子にも構わずリュージが一歩前に出る。


「おっしゃ、頼もうじゃんか。倒れてる今の内が、攻撃の絶好のチャンスだしな」

「受けてくれるか!」

「リュージッ!!」


 リュージの言葉にサースは喜びを見せ、ソフィアは怒りを見せる。

 迂闊なことを言う彼を諌めようとソフィアは前に出ようとするが、それをリュージは制した。


「まあ、落ち着けよソフィア。何より重要なのはこいつを村八分にすることじゃなくて、パトリオットの撃破だろ? なら、提案に乗るのはありだろ。それだけで損するわけじゃなし」

「だが……! こいつは!」


 穏やかとさえいえるリュージの言葉にソフィアは激高するが、リュージは優しくそんな彼女の頭を撫でる。


「大丈夫だよ、ソフィア。今まで、俺が嘘ついたことあった?」

「……ホントのことを言わないことが多かった……」


 頭を撫でられたソフィアは、一瞬くすぐったそうに顔を緩めるが、すぐに不機嫌そうに顔をしかめた。だが、この場を彼に任せることにしたのか、それ以上何かを言うことはなかった。

 そんな彼女の百面相に苦笑しつつ、リュージは名残を振り払うように大剣を振るい、肩に担ぐ。


「そんじゃ、これ以上後ろ髪引かれないうちに……サースとやら。メイン盾、よろしくな?」

「うむ、任せろ」


 サースは力強く頷きながら、心の中で悪態をつく。


(ちっ、リア充が……見せつけてくれやがって)


 リュージと共に駆け出しながら、サースは眼前のパトリオットを睨みつける。


(今に見てろ……きっちりMPKして、この場を俺が抑えてやるぜ……)


 ゆっくりと体を起こし上げるパトリオットを注意深く睨みつけながら、二人の戦士が攻撃を加えるべく駆け寄ってゆく。

 と、その時パトリオットの小さな胴体が開き、その中から冗談のような大きさの核弾頭が顔を覗かせた。


「なっ!?」

「んげぇ!」


 サースとリュージはうめき声をあげ、慌てて回避行動を取ろうとする。

 その瞬間、サースは一つのスキルを発動した。


「スローモーッ……!」


 リュージには聞こえないよう、しかしスキルが発動するよう、ギリギリに絞った声量で一つのスキルを唱えると、途端に世界の動きが遅くなる。

 飛び出しかけていた核弾頭はゆるゆるとパトリオットの胸を這いだし、サースと共に走っていたリュージの動きはほぼ停止する。

 〈無〉属性スキルの一つ、スローモー。その名のごとく、知覚範囲内の時間の流れを、遅くするスキルだ。遅くなる対象は自身の体も含まれてしまうが、それでも周囲の状況確認と緊急回避に使うことのできる優秀なスキルだ。

 そうして遅くなった時間の中で、サースはリュージの背中をわずかに押す。


(ククク……! 転げろ……!)


 ほんの僅か。せいぜい、2,3cm程度、リュージの背中を押す。

 バランスを崩し、前のめりになる程度……。


「――お?」


 サースの世界が時間を取り戻すのと同時に、リュージの間の抜けた声が聞こえる。

 微かに前につんのめったリュージ。そんな彼の頭上に、パトリオットの核弾頭が迫る。


「くっ……!!」


 サースは零れ出そうになる笑いを歯を食いしばって耐え、自身の盾を構えて核爆発に備える。

 ソフィアが叫ぶ暇もあればこそ……次の瞬間にはリュージの姿が核の炎に包まれた。




なお、〈無〉属性は核属性の各種範囲攻撃と時間空間に作用するスキルを習得できる模様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ