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log116.鋼鉄騎士の一撃

「アクアトルネードォ!!」


 イースが呪文を開放するのと同時に、マグレックスの足元から渦潮が生まれ、それはすぐさま竜巻と化しマグレックスの体を包み込んでゆく。

 すると、マグレックスの体を覆っていた白熱溶岩が冷え固まり、美しい白金色の金属に変化してゆくのが見えた。


(神鉄オリハルコン……! あとはマグレックスに止めを刺せば……!)


 イースはにやける頬をそのままに、呪文に更なるMPを注ぎ込む。

 流水の竜巻はさらに勢いを増し、マグレックスを飲み込んでゆく。

 マグレックスは自らの体を冷やし固められてゆく感覚に痛みを覚えるかのように天を仰ぎ見る――。


「スノードール……ッ!!」


 その鼻面に巨大な雪だるまが降り注いだのは、その瞬間であった。

 頭にバケツ、鼻に人参、両手は枯れ枝。どこからどう見ても雪だるまであった。マグレックスさえ踏みつぶすほどに異様な巨体を誇ることさえ除けば、であるが。

 巨大な雪だるまはマグレックスの体を押しつぶすように落下し、下から噴き上げる流水の竜巻すら叩き潰そうとする。

 雪だるまによって押しつぶされた部位が、激しく蒸気を吹き上げ白金の金属と化してゆく。


「なんっ……!?」


 イースは仰天する間に、雪だるまと竜巻がぶつかり合い、互いに拮抗する。

 だがそれはわずかの間の出来事であり、次の瞬間には雪だるまは砕け散り、流水竜巻は行き場をなくして消滅する。

 激しい水蒸気が収まると、その下から現れたのは全身に白金の鎧を纏ったマグレックスであった。

 マグレックスは残り二割に減ってしまったHPを誤魔化すように二、三回頭を振り、それから重たくなった全身を必死に支えながら咆哮を上げる。

 この状態と化したマグレックスに止めを刺すことができれば、レア鉱石である神鉄オリハルコンを入手することができるのだが……。


(い、今何が起きた……? 奴ら、何をした……!?)


 思いもしなかった展開に唖然とするイースの耳に、いやに冷静なスティールの声が聞こえてきた。


「――おや、驚いたな。まさか同じことを考えている(・・・・・・・・・・)とは」

「っ!?」


 イースが勢いよくそちらを向くと、冷然と腕を組むスティールと目があった。

 その後ろでは敵意むき出しの着ぐるみ少女が、イースを睨みつけている。


「イース。こちらの相談なしに〈水〉属性魔法を使うとはな……」

「そ……それはこちらのセリフだ!!」


 イースは動揺を隠すように大声を上げながら、剣杖の切っ先をスティールへと突きつける。


「貴様らこそ、マグレックスの特性を知っていたのだろう!? ど、どうするつもりだ、これでは攻略に時間が――!」

「時間はかかるかもしれんが、その分の見返りがあるのだろう? 例えば、特定条件でドロップするタイプのレアアイテムを落とすとか」

「ッ……!」


 スティールの言葉に、イースは声を詰まらせる。

 その反応から大体察したのか、スティールは一つ頷いた。


「やはりか」

「な……ど……!!??」

「そう驚くほどのことか? こちとらLv40越え……。相応にこのゲームの経験を積んでいる」


 スティールは小さく肩を竦めながら、マグレックスの方を見やる。

 動きが明らかに鈍り、ノッシノッシと轟音を立てながらこちらに近づいてくるマグレックス。

 その全身を覆う金属は、溶岩が冷え固まっただけにしては異常と言えるほどに美しかった。


「特定条件ドロップ……一定の条件を満たすことによって必ずレアアイテムを入手できるシステム。ボスクラスに実装されていることが多く、特にレアエネミーには必ず実装されていると言われている」


 美しく輝くマグレックスの鎧を眺め、スティールは拳を固める。


「特定条件ドロップは、大体プレイヤーが不利になることで条件を満たすことができる。マグレックスに遭遇したことはないので、その条件は分からんが……まあ、大体想像はついたな」

「くっ……!」


 イースは悔しげに歯ぎしりし、それから素早く剣杖を別の武器に持ちかえる。

 どこか禍々しい丁装を施された、分厚い本だ。イースは適当なページを開きそれを片手で構えると、マグレックスへと向ける。


「射抜け、空牙よっ!!」


 イースがそう叫んだ瞬間、目に見えない槍が現れマグレックスの体を貫く。

 音も光も衝撃もなく、しかし何かがマグレックスを貫いたのだけははっきりとわかる……そんな一撃だ。

 マグレックスは何かが突き抜けた痛みに悲鳴を上げ、たたらを踏み、足を止める。

 イースは開き直るように笑い声をあげ、スティールを睨みつけた。


「ハッ! ハッハァ! そうだ、その通りだよ! マグレックスはHPを半分切った時点で白熱化するが、その段階で〈水〉属性を使って攻撃することであの通り“神鉄オリハルコン”を身に纏う!」

「―――!?」

「神鉄オリハルコンだとぉ!? ちょ、待て、あれ全部がそうか!?」


 神鉄オリハルコンの名を聞き、着ぐるみ少女は飛び上がり、スティールはマグレックスを二度見した。

 大き目の原石一つあれば優に三つは優れた武具を生み出すとされる、イノセント・ワールドにおいても最上位鉱石の一つとして名高い、神鉄オリハルコン。

 武器として作れば万物を斬り裂く攻撃力を、防具として作れば万難を弾き返す防御力を、そして装飾品として作れば万幸を招く特殊能力を授かるとされている。

 マグレックスとの遭遇を想定しない場合の神鉄オリハルコンの入手方法は、通常のオリハルコンを精製した際に生まれるオリハルコンの塵をかき集め、それを溶かし合わせて一つの原石に変え、そこからもう一度オリハルコンを精製する必要がある。この際、アスガルドより持ち帰ることができる特殊な薬品を使用することでオリハルコンになるはずの原石が特殊変化を起こし、神鉄オリハルコンになるのである。

 塵を一つの原石に戻すまでに途方もない数のオリハルコンを精製する必要があり、なおかつ特殊変化を引き起こすための薬品はめったに侵入できないアスガルドに存在するということもあり、神鉄オリハルコン装備はほぼ廃人様御用達の装備と言われている。ギルド市場で入手しようにも、豪華なギルドハウスが普通に買えるクラスの金額でやりとりされているため、個人で購入するには相当な荒稼ぎが必要になってしまう。

 そんな最高クラスのレアアイテムが目の前にあると知り、スティールはつばを飲み込んだ。


「……奴を倒せば神鉄オリハルコンが手に入る、のか……!」

「その通り! と言っても、大きな原石が一つ入手できるだけだがな!!」


 そのまま見えない槍を連発しながら、イースは勝ち誇ったように叫んだ。


「貴様らもマグレックスの鉄化を狙った以上、何らかの装甲無視の手段を持つのだろうが、我が空牙は無属性魔法! あらゆる全てを無視する我が愛槍よりも優れてはおるまい! 今回は、俺が神鉄オリハルコンを頂こう!!」


 叫ぶやいなや、大きく魔本を振るい、一斉に空牙を放つイース。

 無数の槍はマグレックスの体を貫き、確実にダメージを与えてゆく。


「フフ、ハハ、ハハハハハ!! 神鉄オリハルコンの原石一つあれば、他のアイテムなど霞んで見える! それを使って、鎧を新調するのもよいなぁ! クフハハハハハ!!」

「化けの皮がはがれたか……」


 もはや隠そうともせず下卑た笑い声を上げるイースを見れ、スティールは呆れたようなため息をつく。

 そしてじりじりとHPの減ってゆくマグレックスを眺めながら、スティールは拳と拳を打ちあわせた。


「――フンッ!!」


 金属が爆ぜるような轟音が響き渡り、イースは一瞬肩をすくめて動きを止める。


「っ!?」

「――この程度で一々怯えていては、この先の我が一撃に耐えられんぞ?」

「――っ!?」


 傍にいてもろに音撃を喰らった着ぐるみ少女もふらふらと頭を回すが、スティールはそれに構わずゆっくりとマグレックスへと近づいてゆく。


「……元来、フルプレートギアは防御主体のスキルが集う。属性解放を待たねば、攻撃系のスキルが解放されないほどだ」

「ん、がぁ……!?」

「その堅牢さは城砦にも例えられるほどだ。タンクを目指すのであれば、迷うことなくフルプレートを取れという言葉もある」


 耳鳴りを押さえるイースの横を通り抜け、痛みから立ち直ろうとするマグレックスに向かうスティール。


「それゆえにフルプレートは補助ギアとして取ることを推奨されている……。これ単体では戦闘もままならないからな……」

<GYAOOOOOOOO!!!>


 咆哮を上げ重たい体に鞭を打ち、スティールを踏みつぶそうとするマグレックス。

 だがその鋼よりもはるかに固い足が振り下ろされるより早く、スティールは一つのスキルを開放する。


「だが、フルプレートにも攻撃スキルはある! 己の防御を捨て、全てを攻撃に転ずる禁じ手が!!」

「何……!? まさか!」


 スティールの言葉に、イースは一つ思い当たるスキルがあった。

 攻撃倍率10000%というバカげた数字。あらゆる防御を無視し貫通する攻撃特性。味方さえ巻き込みかねない超広範囲の、自爆スキル(・・・・・)


「ま、まてぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

「ギィィィガァァァ!! クラッシュゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 スティールがその名を叫ぶのと同時に、辺りに閃光と爆音、そして衝撃が解き放たれた。

 マグレックスどころか地下十一階のフロア全体を巻き込みかねないその一撃を前に、イースは両手で顔を覆い閃光を防御した。


「う、うぉあぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 フレンドリーファイアによるダメージがないとはいえ、これだけの音と光と衝撃を殺しきることは不可能だ。

 後ろへと吹き飛ばされないように踏ん張りながら、イースは心中で悪態をついていた。


(ギ、ギガクラッシュ……! なんてふざけた技を、こいつは!?)


 ギガクラッシュ。その名の通り、メガクラッシュの上位系スキルに当たり、その倍率はメガクラッシュの10倍、範囲も信じられないほどに拡大。これだけでも凄まじいというのに、ギガクラッシュには相手の装甲値を無視する貫通属性まで付加される。この特性のおかげで、全てのボスに通用する、数少ないスキルの一つであるのだ。

 だがその欠点は凄まじい。まず、このスキルはメガクラッシュと違い基本スキルではなく、フルプレートギアによって解禁される。上位系ではあるのだが、直系というわけではないのだ。フルプレートギア自体は補助スキルを揃えるギアとしては非常に優秀だが、これを主力にするものはまずいない。そもそも攻撃スキルがほとんどないのだ。これで戦うのはある意味マッシブギアを選択するより苦悶の道だろう。

 そしてスキルLv。ギガクラッシュは解禁と同時にLvMAXとなる。消費SPこそ20とLv1上げるにしては破格だが、それ以上上げなくて済むのは朗報……ではない。問題となるのは次の点だ。

 ギガクラッシュに使用するのは当然全身鎧(フルプレート)になるわけだが……その破損率は何と驚き100%である。メガクラッシュはLvの上昇により破損率を30%にまで抑えられるが、Lv1しかないギガクラッシュにはそれがない。使えば必ず装備している全身鎧(フルプレート)が壊れてしまうのである。

 装備できる武具全体で見ても、全身鎧(フルプレート)は高価な部類に入る。それを使い捨ててスキルを使用するのは、贅沢というレベルの話ではないだろう。とても常用できるようなスキルではない。

 こういう場面でなければ、おそらく使い道は無かろう。

 凄まじい衝撃波に吹き飛ばされそうになりながら、イースは目を凝らす。


(ぐ……! だ、だが……!!)


 光の向こうに見える、マグレックス。完全にギガクラッシュの衝撃にはりつけにされ、吹き飛ばされることさえままならないそのHPは一割を切っている……だが、それ以上減る気配はない。

 ギガクラッシュをもってしても、一撃でマグレックスを落としきれなかったのだ。

 イースはそこに勝機を見出す。


(一発で落としきれなかったのは、ミスだったなぁ! 我が愛槍でもって、マグレックスに止めを刺してやる!!)


 今のでスティールの装備していた全身鎧(フルプレート)は壊れている。次のスキルを使おうにも、彼にはその武器がないのだ。

 そう考え、イースはギガクラッシュの衝撃波が過ぎ去った瞬間を狙い、空牙を発動しようとする。

 だが、スティールが再び立ち上がった時、その身に全身鎧(フルプレート)が装着されていた。


「なにぃ!!??」

「奥義ィィィ!! 二連・ギガクラッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 再び発動されるギガクラッシュ。

 その爆風に吹き飛ばされながら、イースはもう一つ失念していたことを思い出した。

 瞬時装着(アーマースイッチ)……一瞬で、全身鎧(フルプレート)だろうが、搭乗式巨大ロボットだろうが、セットした装備を装着できるスキルがあることに………。






 丸まることでギガクラッシュの衝撃波をやり過ごしていた着ぐるみ少女は全てが終わった後、手足を伸ばしてゆっくりと立ちあがった。


「―――」


 そして緩やかに辺りを見回す。

 先ほどまでそこに立っていたイースの姿はなく、ずいぶん遠くの方で転がっているのが見える。今のスティールの技でHPが減ったわけではないだろうが、ピクリとも動かない。衝撃波に全身を揺らして気絶してしまったのかもしれない。このゲームでも、そういうバーチャル酔いはある。


「―――」


 そしてマグレックスの方へと、少女は視線を向ける。

 全ての暴威が過ぎ去ったあと、その身に纏った神鉄オリハルコンさえボロボロにされたマグレックスが大きな音を立てて地面に横たわる。

 倒れた瞬間、神鉄オリハルコンがバラバラに剥離し地面に転がる。

 その中で、一際大きく、そして美しい原石に一人の男が近づいてゆく。


「―――!」


 フルフェイスヘルメットを被り、鍛え抜かれた裸身を惜しげもなくさらす男は、ゆっくりと足元の原石……神鉄オリハルコンの大きな原石を手に取り、しっかりと掲げ上げた。


「神鉄オリハルコン……とったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「―――! ―――!!」


 室内の明かりに照らされ燦然と輝く神鉄オリハルコン。

 それを手にするスティールの姿を見て、着ぐるみ少女は嬉しそうに飛び跳ねた。




なお、スティールの下着は漢の赤い六尺ふんどしの模様。

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