log114.共闘
混迷を極める地下十階。ギルド同盟と円卓の騎士の親衛隊、そしてイベント雑魚モンスターの三勢力が入り乱れ、火花を散らせていた。
それぞれのプレイヤーたちが獲物を争いどちらが先に仕留めるか勝負するのはもとより、プレイヤー同士の決闘すら発生する有様であった。
「前からお高く留まってたテメェらが気に入らなかったんだ! ここらで決着つけてやる!」
「言い掛かりもいいところですが、決闘であればお受けしましょう!」
また一組、周りにモンスターがいるというのに決闘場を展開し始めるプレイヤーが現れる。
元々の円卓の騎士の評価、そして自分が大ギルドに選ばれているという自負を持つプレイヤー……様々な要因はあったが、そこから生まれた摩擦が軋轢を生み、小規模な争いへと発展するのはある意味必然であったかもしれない。
初心者への幸運であるアラーキーはそれを危惧し、他の二人を入り口に置いて地下十階へと駆け込んだが、すでに彼一人では止まらないほどに場の空気は熱く熟してしまっていた。
「っちゃー、しまった……。こうなるってわかってたし、もっと人連れてくるんだったな……」
繰り広げられる大乱戦の最中、決闘を始めるプレイヤーたちの姿を見て、アラーキーは後悔するようにため息をついた。
決闘はモンスターとの戦闘に影響を与えないし、決闘者の数もそう多いものではない。ある程度は放っておいても問題はないだろう。
だが、突然決闘を始められた周りの者はたまったものではない。いくら互いに干渉しないとはいえ、半透明の人間が突然目の前を通り抜けたり、自分の方に向けて攻撃スキルを放ったりするのだ。
「って、え!? ちょ、おわ!」
突然飛んできた火の玉を躱すべく、一人の少年がその場を飛び退く。だが、飛んできたのは決闘者の一人が放った攻撃で、彼にダメージを与えられる攻撃ではなかった。
「な、なんだよ……驚かせやがって……」
そうして胸を撫で下ろすのもつかの間、彼の頭上にはプチタイタンの振り上げた棍棒の姿があった。
「!? やば――!!
その呟きが、危うく彼の最期の言葉になるところであった。
プチタイタンの一撃よりも一瞬早く、アラーキーの投げナイフがプチタイタンの頭部を吹き飛ばし、即死させたのだ。
ぐらりと傾くプチタイタンの体は倒れ切る前に消滅し、少年は今度こそ胸を撫で下ろした。
「あ、ああ……助かった……」
「無事で何よりだ、うん! だがまだ敵はいるから、油断すんなよ?」
アラーキーは少年に回復ポーションを投げてやりながら、戦場を慎重に見まわす。
先の少年のように、決闘の流れ弾によって体勢を崩されたり視界を塞がれたりしてしまい、危ういことになっている者がちらほら見受けられた。
そう言ったものがいるたび、近くにいる同盟の仲間や円卓の騎士の騎士たちがカバーに入り難を逃れているようだが、このまま決闘者の数が増えるとまずいかもしれない。
(ハイエナ行為だけじゃなくて、こう言う面でも問題が生まれるんだなー。初めて知ったわ、うん)
まるで他人事のように考えながらアラーキーは投げナイフを取り出す。
この決闘に関して言えば、突っかかってゆく血の気の多めな同盟の仲間たちにも問題ありではあるが、今それを咎めている場合ではない。何とかセードー達がイベントをクリアするか、少なくとも今日という日が終わるまではこの戦線を維持し続ける必要がある。
先に進んだのが一番の手練れたちであるならば救援に向かうべきかもしれないが、ここを放置して先に進めるほどアラーキーは鬼ではなかった。
(このまま円卓の騎士との争いが激化して戦争……なんてことになっちゃかなわんしな、うん。できることは少ないが、先生頑張りますか)
幸いなことにモンスターは無限にポップし続けるようで、その対処に追われる形で決闘者の数が増えるようなことはなさそうだ。
アラーキーは仲間たちを援護すべく投げナイフを目についたモンスターたちに投げつけはじめると、その頭上に影が差す。
「ホーミングアロォー!!」
その叫びの通り、無数の矢が紫電を纏い、数多のモンスターたちの頭部を撃ち抜いてゆく。
アラーキーの頭上を宙返りで通り越したハンターの少女は、華麗に着地し片手に無数の矢を握りしめる。
「アラーキー、遅いって! もうちょっと早く来てくれよな!」
「そう言われても困るぜ、カレン! 途中階層の様子も見ながらだったんだ!」
マシンガンもかくやという速度で短弓を弾き、十体以上の的を射ぬくカレンの背中で、アラーキーはワイヤードナイフを振り回す。
近づいてくるオーガやゴブリンの首が中空に舞い上がり、鮮血が噴き出る。
これでなにかが汚れることはないが、モンスターやプレイヤーの視界を塞ぐ目隠しにはなる。
その目隠しを掻い潜るように、親衛隊の一人がショートソードを二本手に、駆け抜けてくる。
「っと!?」
一瞬警戒してしまうアラーキーであったが、騎士は手にしたショートソードを素早く振るい、アラーキーに忍び寄っていたアサシンを斬り刻んでしまう。
華美ではあるが過度ではないマントに全身鎧、さらに視界の制限されるフルフェイスヘルメットを装備しての軽やかな動きを見て、思わずアラーキーは舌を巻く。
「なんとまあ……。いい動きだなぁ、うん。親衛隊は伊達じゃないってか?」
「親衛隊など、名ばかりさ。今の私は……臆病者だ……」
騎士の仮面の奥から聞こえてきたのは、年若い少女の声だ。
アラーキーが目を丸くしていると、そちらの方に目を向けぬまま、カレンはその騎士の名を呼んだ。
「アスカ、ナイス!」
「それほどでも」
カレンからの賛辞に対し、アスカはそっけなく返すがまんざらでもなさそうだ。
そのまま少女二人が共闘し、周囲の敵を殲滅し始める。
ギルド同盟と円卓の騎士の二名が共に戦う姿を見て、アラーキーは少しだけ安堵した。
(円卓の騎士の看板があっても、仲良くなれる奴は仲良くなれる……よな)
ギルドの噂は、そのままそのギルドに所属するプレイヤーを評価する指標となる。
つまり、ハイエナギルドに所属するものは、全てハイエナ行為を行うマナー違反者と見られてしまうのだ。
だが真正のハイエナギルドならともかく、円卓の騎士は元々初心者支援を行っていたギルド。かつてのイノセント・ワールドを支えていた栄光は、未だ腐りきっていない。そこにいるすべての人間が、ハイエナプレイヤーではないのだ。
それこそが円卓の騎士への糾弾をためらわせる楔であるのだが、それでもアラーキーは期待せずにはいられない。そんな者たちが円卓の騎士にかつての栄光を取り戻してはくれやしないかと。
(ジャッキー辺りは夢を見過ぎだっていうもんだけどな、うん。過干渉は初心者への幸運の規則違反だが、何とかしたいねぇ)
その場をカレンとアスカに任せ、アラーキーは他の者を援護すべく動き始める。
そんな彼の視界の中に真っ先に飛び込んできたのは、戦場のど真ん中で倒れているサンシターの姿であった。
「って、おい!? サンシター、無事か!?」
アラーキーは思わず駆け寄り、サンシターを抱き上げる。
ぐったりと倒れていた彼の頭上に浮かび上がっているHPバーは透明になっており、今にもリスポンしてしまいそうだ。
慌ててアラーキーが回復ポーションを取り出して口にあてがおうとすると、ふるふると力なく震えるサンシターの手が、グッと親指を立てながら上がった。
「し…………死んだふりがなかったら、即死でありました……」
「死んだふりなんかとってんのお前!?」
思わず全力で突っ込むアラーキー。
死んだふりとは基本スキルの一つで、HPが0になるようなダメージを受けた際に確率で発動。HPを1だけ残して生き残るというスキルである。
いわゆる食いしばりの一種であるが、死んだふりだけに一度発動すると他のプレイヤーに回復してもらうまで一切の行動をとることができない。
発動すればモンスターからターゲットされることもなく、あらゆる攻撃を無効化できるため緊急回避の一手としては優秀なのであるが、確実に発動するにはLvMAXまで取得する必要がある。
そこに至るまで結構な量のSPを消費するため、それより防御や攻撃系のスキルにSP振った方が効率は段違いだろう、というのが今のイノセント・ワールドプレイヤーたちの認識である。死んだふりという何とも情けないネーミングも、取得を敬遠する一因かもしれない。
ともあれサンシターを回復しようとするアラーキーであるが、当のサンシターはか細い声でそれを拒否した。
「あ、自分、戦闘用スキル一切持ってないので、回復は遠慮させていただくであります……立ち上がっても、デコイにすらならないでありますので……」
「じゃあなんでついてきたのお前……」
もっともな意見を口にしながらため息をつくアラーキーの頭上に、大きな影が差す。
くわっと目を見開いたサンシターが、アラーキーに注意を促す。
「う……うしろー……!」
「もっと気合い入れろよ!」
アラーキーはワイヤードナイフを片手に振り返り、オーガソルジャーを逆袈裟に斬り裂こうとする。
「断ち斬りあそばせっ!!」
だがそれよりも先に凛とした声が響き渡り、立ち上った旋風がオーガソルジャーの肉体を一瞬でバラバラにしてしまった。
目の前で発生した旋風、そして今の声に覚えのあったアラーキーは、やや顔をひきつらせながら声のした方に顔を向ける。
「……やあ、アンナ。ご機嫌いかがかな」
「いいわけないでしょうがぁー!」
口を開くなりアラーキーの顔面にドロップキックをぶちかますアンナ。
ゴシックドレスの裾を翻しながら、倒れてピクピク震えるアラーキーにビシリと扇を突き付けて声高に叫ぶ。
「ワタクシ言いましたわよね!? 円卓の騎士の手なんか借りるなって!! どうして誰もワタクシの言うこと聞いてくれないんですのー!!」
「い、いや一応共闘じゃないし……たぶん」
言い訳を口にしながらも何とか立ち上がったアラーキーは、アンナの傍に寄ってきたオーガシールダーの頭を投げナイフでぶち抜く。
「向こうもこっちも好き勝手やるってことで合意は得てるんで……そもそも、言って止まるような相手でもなさそうだし」
「だからと言って、自分たちの狩場に敵を招いてどうしますですの! あっという間にすべてを掻っ攫われてしまいますわよ!?」
アラーキーとは違う方向を睨みながら、アンナは扇を開き、一閃する。
途端に逆巻く旋風が複数現れ、その辺りにいるゴブリンスカウトたちの体を斬り裂いて回り始める。
投げナイフとワイヤードナイフを投げるアラーキーは、背中のアンナに言い訳を続けた。
「まあ、あっちはこっちを格下だと思ってるから、付け入る隙はあるだろ。百戦錬磨の太った豚じゃ、足元はおぼつかないもんだ」
「豚って案外気性の荒い生き物ってご存知!?」
「そんなツッコミ入れられましても。まあ、こっちにも切札の一枚二枚はあるもんだ」
背中合わせに戦いながら、アラーキーは小さく笑った。
「窮鼠猫を噛む……さ。鼠の牙にゃ、案外猛毒が仕込んであるんだぜ?」
なお、作者はスターシステムの導入に躊躇はない模様。




