log110.先を行く苦悩
地下九階へと突入した、ランスロット率いる円卓の騎士。
道中の全てを無視して駆け抜ける彼らの傍に、オーガソルジャーにやられかけているプレイヤーが現れた。
「うわぁ!?」
細身の剣士が、オーガソルジャーの剣に体を弾き飛ばされ無残に地面へと転がるのが、ランスロットの視界に写る。
「――ッ!」
ランスロットは反射的に腰の剣に手を伸ばし、そちらの方へと駆け寄ろうとする。
だが、その体をノースが押し止めた。
「いけません、総隊長」
「しかし、ノース!」
歩みを止めないノースに引きずられてゆくランスロット。
助けに入ろうとした彼の目の前で、細身の剣士の体にオーガソルジャーの剣が叩きつけられ、そのHPを一気に削り取る。
「うわぁ!?」
「あーもー! 見てらんないったら!!」
そんな細身の剣士の仲間らしい、勝ち気な少女が小型の大砲を手に、剣士の傍に駆け寄っていった。
そのままオーガソルジャーを打ち倒すべく砲撃を開始する少女を見て、ノースはランスロットを引きずってゆく。
「――あのように、彼にも仲間はおります。我々が手を出さずとも問題はありませぬ」
「……けれど、ここに来るまで多くの人々を見捨ててきました」
ランスロットはノースの手から離れ、自身の足で歩くようにしながらも、後悔するように目を伏せた。
「ここに来る途中、死に戻る人もいました……。我々は、円卓の騎士は、そう言う者たちを助けるためにあるのではないでしょうか……?」
ランスロットの声には強い迷いが籠っていた。
道中、円卓の騎士はわき目を振ることなく一直線に最前線を目指して突進んだ。
その理由は、このギルド同盟のイベント攻略を手助けするためだ。そのためには、ダンジョン最奥のボスを倒すのが最も手っ取り早い。
そのための少数精鋭であり、道中で苦戦する者たちを手助けするだけの戦力は連れてきていないというのはランスロットにも理解できている。
だがしかし、それでも倒れる誰かを見捨てるという選択は、ランスロットの胸を押しつぶさんばかりに苦しめていた。
そんな彼の苦しみを理解できるとでもいうように、ノースは痛ましげな声を出す。
「……総隊長のお考えも理解できます。しかし、彼らにとって何よりの苦痛は、イベントを攻略しえずに終わることに他なりません……。であれば、たとえ一人を見捨てても、全てのためにこの城砦攻略を完遂すべきなのです」
「……でも」
なおも迷うランスロットであるが、ノースの足も円卓の騎士の進撃も止まらない。もう目の前には地下十階へと通じる階段の姿が現れた。
ノースは進む勢いを止めぬまま、地下十階への階段へ突入する。
「総隊長。敵は悩む時間を与えてはくれません。そうして足を止めている間にも、最前線のプレイヤーたちがやられているとも限らないのです」
「……ええ、そうですね」
ノースの言葉に頷き、ランスロットは地下十階へ進む。
その心に渦巻く迷いは、一向に晴れることはない。
(先に進まなければ、イベントは攻略できない……なら、心を鬼にして、彼らを助けるために進まなければ……)
胸の内でそう考えようとも、迷いは強くなるばかりであった。
だが、状況はランスロットを迷わせてはくれない。
地下十階へと突入した彼らを待ち受けていたのは、大量のモンスターたちと大乱闘を繰り広げるギルド同盟の者たちの姿であった。
「ぬぉぉぉー!! こっから先に行かせはせん! 行かせはせんぞぉぉぉー!!」
「まっくのうち! まっくのうちぃ!!」
「だぁらっしゃぁぁぁ!!」
「こ、これは……!?」
数ばかり増えてゆくモンスターたちに押しつぶされぬよう力と技とスキルを発動するプレイヤーたち。数ではモンスターたちに劣るようだが、戦力は決して劣ることなく大乱闘は奇跡的な均衡を保っているように見えた。
目の前に広がる惨状に思わず慄くランスロットに、近場にいた三人組が声をかけた。
「ぬ!? なんぞこの美少年は!?」
「へいボウヤ! ここは子供の遊び場じゃないぜ!?」
「物見遊山ならゴーホーム! 俺たちゃいまものすごく忙しいんだぜ!」
「も、ものみ……ち、違います!!」
三人組の言葉を慌てて否定し、ランスロットは今度こそ剣を抜き放った。
「我々は円卓の騎士!! これより、あなた達ギルド同盟の支援に入ります!!」
「円卓の騎士? マジかよやべぇ!! さっき連絡があってから十分もたってねぇジャン!?」
「こんなところまでもう着くとか、円卓の騎士は化け物か!?」
「ち、ちくしょう! やらせはせんやらせはせんぞぬぉぉぉ!!」
三人組はランスロットが円卓の騎士であると知るやいなや、大急ぎで周辺にたむろしていたモンスターたちを攻撃し始める。
だが、MPが枯渇しかかっているのか、スキルも魔法も発動する様子がない。武器もコモンかそれに準ずる程度の彼らでは、オーガシリーズを即死させるには至らなかった。
「うぬぁぁぁー!! 敵が固すぎるぅぅぅ!!」
「こんな連中をなんでLv30くらいのセードー君らが一撃死できるのか! これがわからない!」
「俺たちだってLv38なのにぃぃぃー!!」
「あ、あの……我々が、お手伝いを……」
声をかけたのにまともな返事をもらえずに、ランスロットは手持無沙汰に手を差し伸べる。
そんなランスロットの手を握ったのは、ノースであった。
「総隊長、気を落とさずに」
「ノース……」
ノースはランスロットを安心させるように頷くと、背後に控えている総勢五十名の騎士たちに命を下した。
「選ばれし親衛隊諸君! 貴君らはこの場に留まり、ギルド同盟を援護せよ!」
「「「「「応!!」」」」」
ノースの言葉に答え、親衛隊と呼ばれた騎士たちは抜刀し、散り散りに散りギルド同盟の援護を開始し始めた。
ノースの命を聞き、ランスロットが驚いたように目を見開いた。
「ノース、何故です!? 皆をここに留めては、先に進んでいる方々の援護が……!」
「おそらくここが、最も激しい戦地。死者も相応に出ましょう」
ノースはランスロットに答えながら、何かを探すように視線を巡らせる。。
「であれば我々の主戦力たる親衛隊を解き放つべきはここです。一人でも多くの死者を出さぬため、彼らには奮戦してもらうとしましょう」
「ノース……」
ランスロットは微かに目を見開き、それから頷いてみせた。
「……そう、その通りですね。ここが激戦区であれば、彼らはここで戦うべきですね!」
「その通りです。……しかしどうやら、先に進んでいる者もいるようですね」
ノースは先に進むための階段を見つけ、うっそりと目を細めた。
「え? 何故わかるのです?」
「この同盟に所属しているギルドは把握しておりますが……二つ三つ、見えない顔ぶれがいるようです。階段も開いているということは、その少数が先に進んでいるということでしょう」
ノースの的確な推測に、三人組が慌てたように声を上げた。
「NO! そんなことアリマセンヨ!?」
「この先にラスボスと四体の前座しかいなさそうだからって、手練れを先に進ませたなんてことはナイサー!!」
「だから先に行っちゃダメ! ここでミーたちとホットにモンスターについてトーキン!!」
何とも怪しげな声色の三人組を前に、ノースは確信を深めたようだ。
「やはり先に進んでいますか……。総隊長。ここは我々が援護に向かうこととしましょう」
「ええ、そうですね……!」
「「「NOー!」」」
ランスロットの力強い決断を聞き、三人組は慌てて押し止めようとするが、その隙をモンスターたちは見逃してくれない。
いきなり無防備になった三人組に、プチタイタンの振り回す巨大な棍棒がぶち当たった。
「ひっ!」
「でっ!」
「ぶっ!」
仲良く悲鳴を上げた三人組はそのまま吹き飛び、壁のシミの一部へと変化してしまった。
目の前で死亡者が出てしまい、ランスロットは慌ててそちらに駆け寄ろうとする。
「い、今そちらに……!」
「いけません、総隊長! 我らは先に進むべきです!」
ノースは大振りに棍棒を振り抜いたプチタイタンの首を落としながら、ランスロットの手を引いて先へ進んでゆく。
「の、ノース何故です!?」
「彼らは救護班によって既にテントへと飛びました! 我々にできることはありません!」
ノースの言うとおり、すでに壁のシミは消えてしまっている。おそらくリスポン待ちの半ログアウトに突入したのだろう。
「そ、そうですね……」
「頭を冷やしてください! 我々が歩みを止めれば、先に進んだものの危機が増えます! 我らは、力なき者のために存在するギルドなのです!」
ノースは叫びながら、先へと進む。
「先へ進み、彼らを救い、イベントをクリアする! それが、我々の為すべきことなのです!」
「……そ、そうですね……」
ランスロットは頭を振り、ノースの言うとおりに先へと進み始める。
「私が、浅はかでした……。さあ、先へ! 彼らを救うべく、進んでゆきましょう!」
「その意気です、総隊長……!」
ランスロットの言葉を頼もしそうに受け止め、ノースは残った三人の仲間たちと共に先へと進んでゆく。
……そうして地下十階を通り過ぎて行った円卓の騎士の者たちを眺めながら、一人のハンターの少女が呟いた。
「……何とも怪しげな連中だねぇ……」
短弓に番えた矢に<地>属性の稲光を宿しながら、少女は近づくオーガガンナーの胸板に穴をあける。
「あのちびっこは何か自分に酔ってる風だし、それにつき従う近衛騎士の方は目つきがなんか怪しーし。ありゃ、噂は本当なのかね?」
「……返す言葉もない」
地下十階の乱闘を援護すべく立ち回る、ショートソード二刀流の騎士が、少女の言葉に首を垂れる。
「……かつてのマスターである、キング・アーサーが引退されてからは、ずっとあの調子……。もう、かつての円卓の騎士は存在しないのかもしれない……」
素早い動作で二体のモンスターの首を跳ねる騎士の背中をカバーしながら、少女ははっきり言ってやる。
「そんな風に思ってんなら、抜ければいいんじゃないかい?」
「……そう簡単に捨てられないんだ。私にとっては、古巣なんだ……」
少女の言葉に、騎士は苦痛をこらえるように言葉を絞り出す。
苦しみながらも動きの緩まぬ騎士を見て、少女は小さく肩をすくめた。
「わかんなくはないね。……邪魔さえしなけりゃ、何でもいいさ!」
少女は叫び、矢を放つ。
三体まとめて葬り、少女は大きな喝采を上げた。
なお、三人組は今日だけで二度目のリスポンの模様。




