log11.クエスト受領
四人は古代遺跡の神殿群からミッドガルドへと帰還し、その足でフェンリルへと向かう。
アラーキーの話によれば、ギアシステムを解禁するためのキークエストを発注するためのNPCが、フェンリルの大聖堂にいるのだという。
フェンリルの大聖堂は、シナリオ上においてのプレイヤーの拠点だ。プレイヤーはチュートリアルクエストにおいて、この大聖堂にて祝福を受けて、まずは周辺の遺跡で実地の訓練を積む、という流れを進む。もちろんセードー達のようにチュートリアルをすっ飛ばしても問題はない。イノセント・ワールドのシナリオのスタートは、ギアシステム解放のためのクエストなのだ。
そんな話をしながら、今日も本物の街であるかのような賑わいを見せるミッドガルドの街路を歩く四人。その途中、何かを思い出したようにキキョウは隣を歩くセードーへと声をかけた。
「あの、そう言えば、セードーさんはどのステータスを中心にあげたのですか?」
「ん? 言っていなかったか?」
セードーはキキョウの言葉に、クルソルを操作して自らのステータス欄を表示してみせた。
「俺は、基本的にSTRを中心にあげている。優先順位は、STR、DEX、CONだな」
セードーが提示したステータスは、彼の言うとおりほとんどSTRに特化していた。その次に高いのはDEXで、最後がCON。それ以外のステータスは全て初期値のままであった。
イノセント・ワールドにおけるステータスはSTR・CON・INT・POW・DEX・LUCの計六つ。この六つの能力に、経験値を注いで成長させていくわけである。
セードーが主にあげているSTRは、物理攻撃力に関わるステータスとなる。この数値が高ければ高いほど、モンスターに与えるダメージが上がるほか、モンスターが装備している装甲を破壊しやすくなったり、あるいはクリティカルを発生させやすくなったりする。
「素手だからな。武器の火力を得られん以上、STRを上げて少しでも火力を補強せんとな」
「かなり大切ですよね……」
「そう言うキキョウは……確かDEXを中心にあげているのだったか」
「はい! DEX、CON、STRの順にあげています!」
キキョウはセードーの言葉に嬉しそうに頷いた。
キキョウがあげているDEXは主にすばやさに関わるステータスだ。これを上げれば、その分身軽に振る舞えるようになるほか、細かい作業判定を成功しやすくなると言った器用さを司るステータスでもある。それ以外にも、DEXを上げてもクリティカルを発生させやすくなる。
「まだ体がちょっと重たいっていうのもあるんですけど、DEXを上げれば武器が壊れにくくなるって聞きましたし……」
「キキョウの武器は壊れやすいからな。そこは重要だろう」
「話だけ聞いてると、割と真っ当な会話なのにねぇ~」
二人の話を後ろで聞いていたカネレは歌いながら二人の会話に割り込んでいく。
「今のうちはいいけれど~、そのうちPOWも上げときなよ~? 状態異常の抵抗率に関わってくるからねぇ~」
「はいです」
「まあ、そのうちにな。今はSTRだ」
「何を脳筋宣言してるんだお前は」
一行を先導していたアラーキーは呆れた様子で振り返りながら、セードーとキキョウへ先を促した。
「ほれ。ここが大聖堂だ」
「ん……いつの間にか着いていたんですね」
「あ、すみません!」
アラーキーの言葉に二人が前を見ると、フェンリルの中……そのさらに中心となるであろう場所に、神々しい白亜の聖堂が立っているのが見えた。見上げる視界の中に“フェンリル・大聖堂”と、その建物の名称を示すポップが現れた。
フェンリルも相応に広いが、その中にあって尚、大聖堂は見上げるほどに巨大であった。
だが大きさに反し、威圧的な雰囲気はほとんどない。むしろ見上げる者を優しく包み込むような、温かささえ感じる造形であった。
「ここが、大聖堂……」
「……件のNPCはどこに?」
大聖堂に見取れるキキョウの隣で、セードーは周囲を見回す。
「こん中だよ。さ、入った入った」
そんな彼に、アラーキーは中へと入るように促した。
それを聞き、セードーはやや鼻白んだ。
「……勝手に入ってよろしいので?」
「ああ、かまわんかまわん。というか、必要のない時以外は入れないから気にすんな」
「はぁ。では」
「……あ! 待ってください!」
セードーはアラーキーの言葉のままに扉に手をかける。
キキョウもセードーの様子に気が付いて慌ててその背中についていく。
セードーはゆっくりと、木で出来た巨大な扉を押し開ける。
蝶番の軋む音を立てながら、観音開きの扉が片方開いてゆく。
セードーは中を覗きこんでみる。
中はかなり広い。五百人は収まりそうだ。ずらりと並ぶ横長椅子は、おそらく礼拝のためのものだろう。
正面天井に採光のために取り付けられたであろうステンドグラスは、穏やかな微笑みを湛える女神か聖母の姿をはめ込まれている。
そして、礼拝の際に司祭が立つであろう、主祭壇の前に一人の少女が立っていた。
「――ようこそ。新たなシーカーたちよ」
年の位は、おそらくセードー達より少し年下であろう。顔つきにもあどけなさが残るが、こちらを見る眼差しは、年不相応の落ち着きを湛えている。
着ている衣服は高位の司祭が着るような、祭礼衣装だ。頭に頂いている山高帽も、金の縁取りで飾られた、自らが高位の司祭であることを示すものだ。
そして、セードー達の視界に写るNPCの名称は“大聖堂司祭長・エール”と表示されている。……どうやら見た目の反してもっとも偉い司祭様のようであった。
「し、司祭長様が出てきましたよセードーさん……」
「……まあ、創作であるしな。よくあるよくある」
まさかの大物登場の気配に完全に腰が引けているキキョウに、セードーは適当な慰めの言葉をかける。
おそらくキキョウは、もっとシナリオが進んでから彼女のような立場のあるNPCが出てくると思っていたのだろう。
セードーも似たような思いであったが、それよりも頭の中で別の何かが引っ掛かる。
主祭壇の前で立つエールの姿を見て、その引っ掛かりを思い出そうとするが思い出すことができない。
「――如何しました?」
「……ん、いや。申し訳ない」
不思議そうに首を傾げるエールの言葉に、セードーは頭の中で引っかかった違和感を、首を振って余所にやる。
同じく不思議そうに見上げてきたキキョウに小さく頷いてみせながら、セードーはエールへと近づいていった。
しばらく歩くと、大聖堂の扉が閉まる音がした。振り返ってみると、アラーキーとカネレが扉の付近に立っているのが見える。
アラーキーは笑って手を振り、カネレも笑顔でギターを奏でる。
いつもと変わらぬ二人の様子に肩を竦めながら、セードーはエールへと向き直った。
「突然の来訪申し訳ない、司祭長」
「とんでもありません。この大聖堂の扉はいついかなる時でも、全ての者に開かれています。そして私は、どのようなものでも受け入れる準備があります」
エールはたおやかに微笑み、それからゆっくりと二人を受け入れるように手を広げた。
「改めて……ようこそ、新たなるシーカーたちよ。我々は、貴方たちを歓迎いたします」
「は、はい。ありがとうございます、司祭長様」
キキョウは、エールの言葉に丁寧に頭を下げた。
セードーは、しげしげと微笑みを絶やさないエールの姿を観察した。
こうしてNPCとまともに相対するのはこれが初めてだが、実によくできている。まるで、本物の人間を目の前にしているようだ。
こちらの言葉にしっかりと反応を返すばかりではない。目の前に立っている少女の、存在感も本物のそれとそん色ないと、セードーは感じている。
と、観察し続けるセードーの前で、エールは不意に申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「――ですが、我々はまだ貴方たちをシーカーとして認めるわけにはいかないのです」
「え、ええぇっ!? それはどういうことですか!?」
エールの言葉に、キキョウがショックを受けたように顔を振り上げた。
――シーカーとは、このゲームにおけるプレイヤーの存在を言う。世界を救う術を探索する者……という意味が込められているらしい。まあ、プレイヤー間ではあまり使用されず、もっぱらNPCがプレイヤーという存在を指し示す際に使用される程度の言葉であるのだが。
ともあれ、プレイヤーであればシーカーと呼ばれる存在であるはずだが、エールはセードー達をシーカーと認めることはできないという。
「……それはどういうことか、司祭長よ」
セードーはスッと目を細めて、その理由を問う。
エールは申し訳なさそうな表情のまま、セードーの問いに答えた。
「いまだあなたたちは、唯人の身にあります……。貴方たちは、シーカーをシーカーたらしめる証である、“ギア”をその身に宿さねばなりません」
「ギア……ですか……あ、そうですよね……」
エールの言葉に、キキョウはここに来た目的を思い出して呆けたような声を出した。
ちょっとボケているキキョウの目を覚ますように、その肩を叩きながらセードーはエールを見る。
「ギアとは何か。我々はあそこに見える――」
セードーは扉の方でこちらを見ているアラーキー達を指し示し、それからエールへと向き直った。
「――この道の先人の導きでここまで来た。大聖堂に仕える、然るべき人間から教育は受けていない。差支えなければ、教えてもらいたい」
「かまいません。そのために、私はここにいるのですから」
セードーに微笑み、そしてエールはゆっくりと説明を始めた。
「……ギアとは、新たなる力の解放。人々が持つスキルブックに、新たなるページを生み出すための回路なのです」
「スキルブックに新たなるページを?」
「というか、普通の人でもスキルブック持ってるんですね……」
キキョウの驚いたような言葉に、エールはコクリと頷いた。
「はい、その通りです。この世界に生を受けたものは皆、スキルブックを持ち、自らの技術を磨きます。ですが……それだけではモンスターに対抗しうることはできないのです」
エールのこの言葉に、セードーは納得したように頷いた。
「……つまり、ギアはモンスターに対抗するために必要なもの、ということか」
ゲーム的には新しいスキルを解禁するためのものだが、世界観的には世に跳梁跋扈するモンスターたちに対抗するために編み出された技術、というわけだ。
まあ、そうでもなければスキルブックを持つ一般人が頑張れば、シーカーが世界を旅せずとも世界は平和だろう。
一人納得するセードーを置いて、エールは説明を続けた。
「はい。ギアによって得られたスキルは、唯のスキルブックから得られるよりも、もっと強力なものが多いのです。ですが……」
エールはそこで言葉を切り、瞑目する。
「……ギアとは、新たな力を開放するもの。戦いに身を置かぬ、強い体と心を持たないものでは、その身も魂も絶えることができず、時として身の破滅さえ引き起こす危険な力でもあります」
「そ、そうなのですか……!」
キキョウはごくりとつばを飲み込む。案外、のめり込むタイプのようだ。
セードーはキキョウの様子を若干覚めた眼差しで見つつ、エールの言葉の先を促した。
「つまりは……一定以上のレベルを持たねば取得することはできない、ということでよいのだろう」
「そのとおりです。そして、そのレベルに到達したことを証明するために、大聖堂が用意するクエストをクリアしていただく必要があります」
エールはそう口にして、どこからともなく一枚の羊皮紙を取り出した。
クルリと巻かれた羊皮紙は中身を窺うことはできないが、視界に写るアイコンが、それがクエストを受領するためのアイテムであることを告げている。
これを受け取ると、クエストが開始されるようだ。
「これはあなたたちに与える試練です。この試練を乗り越えたとき、貴方たちをシーカーであると認め、ギアを授けることをお約束しましょう」
「了解した。この試練、乗り越えて見せようじゃないか」
セードーはそう言って、エールから羊皮紙を受け取る。
「私も……頑張ります! 頑張って、この試練をクリアしてみせます!」
キキョウも一拍遅れながらも、エールから羊皮紙を受け取った。
セードーとキキョウ、二人のシーカー見習いが試練を受領したのを見届け、エールは優しく微笑んだ。
「それでは私は、ここであなたたちが試練を乗り越え、戻ってくるのを待ちましょう。どうか、貴方たちの旅路に神の御加護を――」
そう言って、祈りを捧げるエール。
セードーはそれを見届けると、そのままエールに背中を向けて歩き出す。
「あ……えっと」
キキョウは若干迷ったが、すぐにエールに頭を下げた。
「あの、ありがとうございました司祭長様! 必ずまた戻ってきますね!」
そうエールに告げ、キキョウはセードーの背中を追う。
エールは祈りを捧げたまま、顔を上げることはなかった。
なお、カネレとアラーキーはこの後どこへ行くかでもめている模様。




