log107.好きに遊ぶ
アラーキーがギルド同盟の全員へと一斉にチャットを送る数分前。
初心者への幸運所属の三人は、ダンジョン入口である城砦の頂上で円卓の騎士を待ち構えていた。
アラーキーが助力の提言を受けて以降、彼らからの接触はなかったが、だからと言って諦めたとは思えない。そもそも、返答をしないという拒絶程度で諦めてくれるようであれば、彼らはハイエナギルドなどと悪しざまに呼ばれるようなことはなかっただろう。
無言で頂上に立つ三人は、自分たちが今立っている世界にギルド同盟の者たちではない何者かが侵入したことを知る。
「来たな」
「うん」
ジャッキーとエイミーが言葉を交わすのと同時に、三人の目の前に五十人からなる騎士隊が現れた。
全員が全員、似た意匠の鎧を身に纏い、一糸乱れぬ姿勢でアラーキー達の方を向いている。
ニダベリル特産のベリル金という特殊合金で作られた、円卓の騎士の所属であることを示す金色の鎧は曇天から差し込む日の光に照らされて鈍く輝く。
五十人の騎士隊の戦闘に立つのは四人の騎士。そのさらに前に立つ一人の少年騎士が一歩前に出て、アラーキーに向けて小さくお辞儀をした。
「アラーキーさん、こんにちは」
「はい、こんにちは」
アラーキーは少年騎士……ランスロットに向けて挨拶を返し、彼をまっすぐに見つめ返す。
「……で、何しに来たのかね? まだ返事は返してなかったと思うんだがね」
「はい」
ランスロットは顔を上げ、アラーキーの目を見つめ返しながら言葉を返す。
「お返事は頂けませんでしたが、皆さまのお手伝いに参りました」
「ふぅん。お手伝いね」
アラーキーはランスロットの言葉に小さく頷き、後ろに立つ騎士たちを見やる。
微動だにせず姿勢を正す騎士たちは、アラーキー達には目もくれない。よく訓練された、良い騎士たちだと言えるだろう。
対し、ランスロットの背後に控えている四人の騎士……その眼差しはいささか怪しい。まるでアラーキー達を値踏みするように、嬲るかの如き視線を向けている。
ランスロットのものとも後ろに立ち並ぶ騎士たちのものとも微妙に意匠の異なる鎧を身に纏っているのを見るに、円卓の騎士の中でも高位なのだろう。ひょっとしたら、ランスロットの側近なのかもしれない。
(……ひょっとしたらハイエナの原因様が自らおいでなさったのかね?)
アラーキーは平静を装いつつも、ランスロットの背後に立つ四人の騎士たちをマークし、その名前を頭の中へと叩き込んでゆく。
四人の動向に注意しつつ、アラーキーはわざと鬱陶しそうな表情を作り、ランスロットから視線を外す。
「助力を願った覚えもなく勝手に来られて手伝いと言われてもねぇ。生憎、今は同盟の末席にも空きはないんだなぁ、うん」
「同盟を組めずとも、そちらの手助けはできます」
あからさまに追い出しにかかろうとしているアラーキーを見てもランスロットはめげることなく助力を申し出ようとする。
そんなランスロットに、冷めた眼差しをしたエイミーの言葉が突き刺さる。
「手助けって、なんか上から目線だねー。大ギルドって呼ばれてるからって調子に乗ってないー?」
「そんなことはありません! 我々の力は、力なき人たちのためにあるんです!」
冷たいと言える声色のエイミーに、自らの熱意を届けようとするかのようにランスロットは大きな声を上げる。
「力なき、か。押しつけの善意に勝手な決めつけ……はた迷惑だな。聖人君子を目指すなら、よそにいってもらおうか」
「……っ!」
蔑むような視線を向けるジャッキーと目を合わせ――ランスロットは声を飲み込む。
ジャッキーの瞳の込められた悪意のような何かを見つめてしまい、声を詰まらせてしまったのだ。
唇を震わせ、微かに瞳には涙も浮かんでいる。張りつめた心が今にも弾けてしまいそうであった。
それを真っ向から見据えるジャッキーの視界の端……ウィスプと表示された枠の中に、ものすごい勢いで文字が流れ始めた。
《っていうか、打たれ弱いなこいつ……。あっという間に涙腺決壊しそうだぞ、うん》
《良心が刺激されるよー! 言い過ぎちゃったー!?》
《落ち着けエイミーこれはあくまで向こうの真意を探るための演技であって》
《というかジャッキーがガチすぎるんだよ! 叩き上げ警部がホシを追い詰めるときの眼力をマジで発揮するなよ! たまには鏡を見ろ!》
《やかましいわ! そう言うお前こそ、現役教師が子供に対して辛辣にあたるとは何事だ!!》
《二人とも落ち着こうよー! どっちもひどいし怖いから喧嘩両成敗ってことで》
《《やかましいわリアル声優! お前の声色が一番ひどいしムカつく!!》》
《ひどーい!?》
冷然とランスロットを睨みつける三人の目の前に滝のように流れてゆくチャット文。他人から見えないウィスプチャットで、円卓の騎士にはわからないように会話をしているのだ。
円卓の騎士からは見えないように隠れた手の先では、クルソルを弄る指が忙しなく動いている。
彼らの役目はこうしてダンジョンへと侵入を図ろうとする者たちの見張り、そしてその者たちの真意を測ることである。
助力を申し出たのは円卓の騎士のみではあるが、こうしたイベントダンジョンへの侵入は比較的容易だ。その気になればこっそり忍び込み、先に入っているギルドや同盟の者たちに気が付かれぬうちにアイテムをかすめ取ることとてできないわけではない。
当然、プレイヤーが侵入すれば先にダンジョンに入っている者たちにはそれがわかるし、ギルドや同盟の者以外が近づいてもそうだとわかる。見知らぬ人たちが先に入っているダンジョンへと進入する際は、一言挨拶がゲームのマナーである。そうでなければコソ泥のそしりを受けても文句は言えない。
それはともかく、こうして侵入を図ろうとしたものを見張り、その者たちがなにを目的にやってきたのかを問うのが三人の目的となる。
単なる初心者が思い切って飛び込んできたというのであれば喜んで迎えるし、入ってくる場所を間違えたあわてんぼうがやって来たなら笑ってからかう。そして、円卓の騎士のようなハイエナギルドが入ってきたのであれば……。
「わ、我々は…我々は……!」
「こちらの物言いに我慢ならんというなら、回れ右だ」
「こんなところで泣かれても困るんだよねー」
「まったくだ。人の迷惑を省みろ」
わざと辛辣な物言いをして、その反応を窺う。
無論、せっかく手助けを申し出てくれた相手にこんなことを言うのはマナー違反以前に人間性を疑われる行為だ。掲示板に晒された挙句叩きまわされても文句は言えない。
だが、ここで助力を受け、侵入されてしまった先でこちらのプレイを引っ掻き回されては元も子もない。ランスロットや整列する下位騎士たちはともかく、ランスロットの後ろに並び立つ四人のレベルは60前後。ゲーム内においてはかなりのものだ。
対しギルド同盟の平均レベルは40前後。アラーキー達三人は80を超えているが、セードー達がようやく30を超えたあたりであり、他に高くとも40、Lv50を上回るものはほとんどいない。まともな獲物の取り合いとなれば向こうが有利だろう。
であればまずはお引き取りを願うのが先決。こうした物言いに名目上の指導者であるランスロットが耐えられずに踵を返せばよいのだが――。
「――貴公らが、我々を疑うのも道理。今、この世界には我々を貶めようという流言飛語が飛び交っているのは事実だ」
そうは問屋が卸さない、と言わんばかりに四人の騎士の一人が口を開く。フルフェイスヘルメットなので、唇が動くのが見えるわけではないが。
「その警戒心は賞賛するに値する。真摯に疑うことは、愚鈍に信ずることよりも尊いだろう」
「されども、我らの長に二心はない。その人柄はイノセント・ワールドにおいても稀な気質と言える」
「必要以上に貶めるというのであれば、我々が相手となるぞ?」
四人は口々に声をだし、同時に腰のサーベルの鯉口を斬る。
それぞれ色の違うサーベルは属性も違うものらしい。どうやら魔法の武器でありレア度も性能もよいもののようだ。
四人の騎士が戦いの火蓋を切ろうとするのを、アラーキーは肩をすくめて止める。
「ああ、ああ、悪かったよ……そう怒るな、うん。噂は噂だが、それでも怖いもんだ……特にうちの同盟は初心者が多いんでね」
そう言って首を横に振るアラーキー。そんな彼の言葉を聞いてか、四騎士のうち一人の目が怪しく光った。
極めて微妙な変化だが、ジャッキーはそれを見逃さなかった。
《どうやらどこからか目を付けられていたようだな。今、何らかの確信を持ったようだぞ》
《っちゃー、目を付けられてたんじゃ、帰ってくれなさそうだな……》
《どうするのー?》
ジャッキーからのウィスプを受け、アラーキーは心の中で一つ頷く。
《よし、ならプランBだ》
一つのチャット文を打ち終え、アラーキーはランスロットたちの進路から一歩退く。
「……まあ、入りたいってんなら別にいいさ。好きにしろよ」
「え……?」
アラーキーの行動の意味が解らず、こっそり涙を拭っていたランスロットは一瞬呆ける。
そんな彼に、エイミーはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「助力はいらないけどー、私たちは入りたいっていう人たちを止める気はないよー?」
「イベントの性質上、独占が推奨されているかのようだが……生憎ダンジョンを独占する気は毛頭ないのでな」
アラーキーに続きながら、ジャッキーとエイミーも円卓の騎士の進路から退く。
三人の行動に戸惑いながら、ランスロットは問いかける。
「助力はいらない……というのは……?」
「同盟は組まず、手助けも無用……不干渉を貫こうじゃないか。うちもお宅らも、好きに中で遊べばいい。それでいいだろう?」
アラーキーの言葉に、ランスロットは目を白黒させる。
用は互いに邪魔せずダンジョンを攻略しようという申し出なわけだ。
これでは自分たちの目的を達成できない、と迷う彼の後ろから騎士が声を上げる。
「好きに遊ぶ……か。それは、我々も好きなように動いて構わないということでよろしいのかね?」
「もちろん。モンスターを殺すなり、アイテムを掘るなり好きにしてくれよ」
「あとから来た者たちとは不干渉を貫け……これは我が同盟で徹底されるべき事柄の一つだ」
「初心者の子たちに、いきなりやってきた連中とつるめってのも無理でしょー?」
エイミーはわざと初心者、という言葉を強調してみせる。言うまでもないことだと言わんばかりに。
それを聞いて、四人の騎士が笑みを深めたような気配を感じるジャッキー。
《……ちょっと露骨だったー?》
《釣り針は大きかったが、食いついたようだぞ》
《悪食にもほどがあるだろ、うん》
ウィスプチャットで会話する三人の様子を気にした風でもなく、騎士が一人、ランスロットへと進言する。
「総隊長。ここは彼らの好意に甘えましょう」
「好意」
「ええ、そうです」
「彼らは言いました。好きに遊べと」
「では、好きに遊びましょう。我らの思うままに、好きなように……」
アラーキーの言葉尻を捉え、ランスロットに好きに遊ぶよう進言する四人。
ランスロットはその真意をしばらく測りかねていたようだが、やがて彼らの言いたいことに気が付くとパッと顔を明るくし、気丈な表情を作ってアラーキーに向き直る。
「……それでは、我々もダンジョンで遊ばせていただこうと思います。よろしいですね?」
「ああ。好きにしろよ、うん」
アラーキーは頷くと、ランスロットはそれに答えるように頷き歩み始める。
「ありがとうございます。――総員、前進!」
「「「「「オー!!」」」」」
ランスロットの号令に従い、騎士たちが咆哮し、彼の背中に続く。
ダンジョンの入り口に侵入する際、何名かの騎士たちはアラーキー達を睨みつけるが、彼らは素知らぬ顔でそれを受け流す。
そして円卓の騎士の姿が完全にダンジョンに消えたのを確認し、アラーキーはクルソルを取り出す。
「さて、円卓の騎士は招いた」
「彼らは好きに遊ぶだろうな……それこそ好き放題に」
ジャッキーは小さなため息をつく。
好きに遊べとアラーキーは言った。そして円卓の騎士の騎士はそれをことさら強調した。
おそらく、向こうは不干渉という部分を無視するだろう。好きに遊べと言ったのはアラーキーだ、とでも言い張って。
エイミーはいささか不安そうにダンジョンの入り口を見やり、すぐに不安を振り切るようにアラーキーの方を向く。
「じゃあ、みんなに伝えないとね」
「おう」
アラーキーは一つ頷き、同盟のものたち全員とチャットを繋ぐ。
そして、招かれざる者たちの来訪を仲間たちの告げた。
「――こちらダンジョン出入り口の初心者への幸運!」
なお、私服警官ならぬVRMMO警官はあまり珍しくない模様。




