log106.地下十階
イベント城砦への三度目の突入を果たしたセードー達ギルド同盟。
一気呵成に攻め込んだゆえほとんどマップを埋められていない攻略済み九階分へと百名の同盟員を送り込み、残りの五十名にて地下十階へと降り立った。
「ふむ……。いきなりモンスターたちの歓迎を受けるかと思ったが……」
地下十階。平坦な床を踏みしめながら、セードーはぐるりと辺りを見回す。
地下十階はドーム状に広がる部屋らしく、セードー達はちょうど部屋の端に降り立っているようだった。
辺りにはエンタシスの石柱が等間隔に並び、かがり火となる松明がゆらゆらと揺らめき辺りを照らしている。
部屋の中に壁はなく、ほぼ全体を見渡すことができた。そして部屋の最奥にぽつりと階段が開いているのも確認できた。
しかし……。
「敵影はなし、か」
「なんや、拍子抜けやなぁ」
ウォルフの言うとおり、不気味なほどに辺りは静まり返っていた。
上階であればサーチ系のスキルや魔法を持っていなくてもわかるほどにモンスターがひしめいていたというのに、この階にはネズミ一匹の気配さえ感じられなかった。
辺りを片目で睥睨しながらホークアイが一歩前に出る。
「……隠れてる感じもしない。いきなりポップするかもしれないな」
「はっはっはっ! そうなったら、そうなったときに撃ち抜けばいいさ!」
豪快に笑う軍曹であるが、その前に奇襲を受けてダウンしてしまっては話にもならないだろう。
油断なく構えながら、コータが前進し始める。
「じゃあ、皆注意しながら進もうか……。何が出てもいいように、皆で固まりながら」
「五十人が固まって動くと動きづらいっつーの。ギルドごとでいいだろ。散れ、散れぃ」
リュージはそう言いながらソフィアの隣に立とうとする。
さりげない動作であったが、ソフィアも慣れたもので間にサンシターを挟むことで対処した。
そんないつも通りの異界探検隊たちの様子をよそに、ギルド同盟の一行はそれぞれのギルド同士で固まりながら慎重に前へと進み始める。
その先頭に立つのは、セードー達闘者組合であった。
「……何もないのが逆に不気味です……」
「あれじゃね? ここまで結構きつかったから、ボーナスステージとか……」
「貴重な時間を使うイベントで、何もないのはむしろはずれじゃないかしら……」
周囲を警戒しながら進む一行はやがて、地下十階の中心辺りまでやってくる。
遠くにいるときは気が付かなかったが、よく見れば中心には何やら悪魔的な意匠の紋様が描かれていた。
「お、なんや?」
ウォルフは興味津々で紋章を覗き込もうとするが、それに構わずセードーは一歩前に出る。
と、その時。紋章が怪しい輝きを放ち始めた。
「セードーっ!」
「チッ」
鋭い指摘はホークアイのもの。セードーは舌打ちを打ち、後ろへと飛び退く。
怪しい輝きは紋章を満たし、スポットライトか何かのように天井へと伸びてゆく。
その光の中に、禍々しい鎧兜を身に纏った、見るからに魔界剣士と呼べそうな様相の大男だ。
フルフェイスマスクに隠されて表情は窺いないが、ゆらりと幽鬼の輝きを放つ瞳がセードー達を捉える。
〈――ようこそ、世界が生み出したシーカー諸君。遅まきながら、私は君たちを歓迎しよう〉
「……忘れとったけど、この城砦てラスボスの手のもんが建てたんやっけか?」
今更ながらにこのイベントのストーリーを思い出すウォルフ。
そんな彼のメタな呟きは一切気にせず、魔界剣士は両手を広げた。
〈いかがであったかな? 我が君より賜りし“ルリド城砦”、諸君らを退屈させぬよう、趣向を凝らさせていただいたつもりなのだが――〉
「あー。なんつーか、凡庸な城砦だったな」
魔界剣士に答えたのは、緋色の大剣を肩に担いだリュージだ。
大剣で軽く肩を叩きながら、リュージは半目で魔界剣士を見上げる。
「どこにでもありそうなトラップに、特に変化のないモンスター……。地下九階まで突っ走ってきたが、あれがそのまま続くようじゃ、このまま帰ろうかって相談してたところだ」
〈そうか……それは失礼した。諸君ら人間は、変化なき凡庸な日々こそ愛おしいと感じていたのだがな〉
ガチャリと音を立てて魔界剣士の首が傾ぐ。
そんな魔界剣士に向けて、コータは剣の切っ先を向けた。
「それは違う! 変化が欲しくないんじゃない……。僕たちは明日が欲しいんだ! 平和に生きていける、明日が!」
「……相変わらずロールプレイ大好きね、コータ」
「半分くらい素のような気がするがな」
熱くイノセント・ワールドでの己を演じているであろうコータを、マコとソフィアはどこか冷めた眼差しを向けている。
コータの隣に立っているレミも、その言葉に同意するように小さく頷いた。
魔界剣士はそんなコータの言葉に小さく笑ったようだ。小さな金属音が鳴り響く。
〈クックックッ……。明日が欲しい、か……。悪くない言葉だ〉
「何がおかしい!」
〈いいや、何もおかしくはない……クク〉
マスクの奥の目を細め、魔界剣士はセードー達を見下ろす。
〈さて、シーカー諸君よ……。凡庸な変化なき日々を厭うというのであれば、このような趣向はいかがかな?〉
そう魔界剣士が口にした瞬間、彼の背後に四体のモンスターの影が現れる。
巨大な怪獣。硬い肉体を持つゴーレム。ナイフを手にした暗殺者。触手をもつ肉植物獣。
背後にそびえる四体のモンスターを差し、魔界剣士はセードー達に言葉を投げかける。
〈この階より下の階には、私が選び抜いた強力なモンスターが一体ずつ控えている。このモンスターたちを倒すことができれば、私が蓄えている財宝の一部を君たちへと進呈しようじゃないか〉
「へぇ……気前がいいじゃないか」
何か裏があるのだろう? そう疑うように皮肉げな笑みを浮かべるホークアイ。
魔界剣士はゆらりと指を立て、彼の思考を否定するように横に振った。
〈なに。勤勉な努力に対しては相応の報酬があってしかるべき……と、私は考えているのでね。財宝などまた奪えばよい。重要なのは生きる実感……そうではないかね?〉
「……まあ、否定はしないさ」
軽く腕を組みながらセードーは魔界剣士を睨みつける。
「ならば、死する覚悟はあるな、魔界剣士よ? 生の実感……それはすなわち死の感得を意味する」
〈………〉
魔界剣士はセードーの言葉には応えず、うっそりと目を細める。
それに続くように、キキョウは棍を握りしめる。
「……人はみんな生きています。死を意識する人なんていません」
そして顔を上げ、キキョウは声を上げる。
「生きる実感なんて、感じる必要はないんです……! だって、みんな生きているんですから……!」
「あかん、まだ引きずってるぽい?」
「みたいじゃね? っていうかセードーもマジになりすぎだろ……」
「二人とも、生死感に関しては厳しいのねぇ」
あまりにも真剣な二人の後ろで、ウォルフたちがぼそぼそとどうしようかと相談し始める。
この二人、どうやら生死に関しては独特の美学というか、心の琴線のようなものがあるようだ。その辺りはリアルの経験や嗜好なんかが関わっているのだろうが……。
さっきから魔界剣士は黙りっぱなしだが、注意深く見てみるとどう反応したらいいのかわからず困っているように見えたかもしれない。何とも言えず、気まずげな様子で二人を見下ろしているのがわかるだろう。
そんな魔界剣士の様子にリュージが何かに気が付いたように眉を上げるが、それを口にするより先に魔界剣士が咳払いをした。
〈……ま、まあ、よかろう。ともあれ、これより先、生半な覚悟で進めるとは思わんことだ。用意した財宝に見合うだけの、手練れを用意したのでね……〉
そう呟きながら、魔界剣士は四つの影と共に消える。
そして魔界剣士は消える瞬間、セードー達に見えるように指を弾いて鳴らした。
その瞬間、サーチ系スキルを持っている者は自分たちの周りに相当数のモンスターが現れたのを感じる。
「セードー!」
真っ先に反応したのはホークアイだ。彼は背負っていたライフルを構え、近づく気配に向けて引き金を引く。
「フンッ!!」
その注意喚起の声にセードーは鋭い手刀を近場の柱へと叩き込む。
石を砕き中身を裂き、セードーは石柱の中から現れようとしていたモンスターをずるりと引き抜いた。
影の中から現れたリザートセイバーはキキョウへと斬りかかるが、キキョウは棍でその刃を捌き首筋を強かに打ち据えた。
「ハァッ! ……急にモンスターが――!」
「完全に囲まれたでありますよ!?」
サンシターの悲鳴に目をやれば、全周囲にモンスターが湧きだし完全に逃げ場がなくなっている。
「だったらまずこいつらを片付ければいいんじゃね?」
「単純だが、それが一番か!」
大剣を握り直すリュージの提案に、ソフィアがうれしそうに乗りかかる。
他のギルドの者たちもそれに賛同し、プレイヤーたちが臨戦態勢に入る――。
と、その時。皆のクルソルが一斉に鳴り響いた。
『――こちらダンジョン出入り口の初心者への幸運! いよいよ円卓の騎士の連中がやって来たぞ!』
「……ついに来たか」
聞こえてきたアラーキーの声に、セードーは小さく呟く。
円卓の騎士から助力の提言があった時点で、強制的に介入してくることは分かっていたので、初心者への幸運の面々にダンジョン出入り口で見張りをしてもらっていたのだ。
円卓の騎士の者たちがこのダンジョンへとやってくるようなことがあれば、同盟の者たちに一斉に知らせ――。
『作戦通り、ダンジョン内に招き入れる! あとはうまくやれよ!』
そして、円卓の騎士をダンジョン内へと通す。それが、セードー達があらかじめ決めておいた、円卓の騎士への対応だ。
アラーキーの報告を聞きながら、近づいてきたオーガソルジャーを弾き飛ばすキキョウが、不安げな表情になる。
「うまく、いくでしょうか?」
「うまくいくかどうか、それはこれから決まることだ」
前蹴りでオーガシールダーを蹴り飛ばし、セードーは声を張り上げる。
「――先へ進む! 援護してくれ!」
「自信のない奴はここに残って乱戦してくれ! 円卓の騎士の連中の足止めにもなるからな!」
「何名か死に戻っているようだな……」
一撃でプチタイタンを斬り倒すリュージ。彼はまだ余裕に対応しているが、ソフィアの言うとおりすでに何名かが死に戻ってしまっている。
それを見て肩を竦めながら、ホークアイは魔導師の魔法を回避する。
「じゃ、いける奴は一気にいくかい? このままどこまで進めるか、試してみようじゃないか」
「あのモンスターを倒すまで進めない……とかなら?」
ショットガンの引き金を引きながら呟くサラの言葉に答えたのは、ウォルフだった。
「そんなら倒して進むだけ! さあ、行くでぇ!」
「オラオラー! 闘者組合のお通りだぁ!!」
威勢の良い啖呵を切りながら、ウォルフとサンが階段に向けて猛進し始める。
それを追い、ミツキとセードー、キキョウがウォルフたちの切り開いた道を駆け抜ける。
その後に異界探検隊、銃火団、スティールと着ぐるみ少女他数名が続く。
そして残ったプレイヤーたちは突如現れ、そして尽きることなくポップし続けるモンスターたちを倒し、地下十階での乱戦を開始し始める。
次々に階段を下りてゆく仲間たちをよそに、セードーは一度立ち止まり振り返る。
そしてモンスターたちと戦い続ける仲間たちに向けて、声を張り上げた。
「……すまない、後を頼む!」
そのセードーの声に答えるように、何名かが親指を立てる。彼らは危なげなく近づいてくるモンスターたちを屠っていった。
それを見届けてから、セードーは階段を下りて行った。
なお、残った場合はレアドロップ率の急上昇が狙える模様。




