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102/215

log102.出現率

 マンスリーイベント開始から四日目。イベント期間も折り返しとなった。

 イベント攻略最速を誇るギルド、RGSもついにラストウェーブへと突入していた。


「まったく……くじ運が悪かったなぁ……」


 そうぼやいたのはRGSのギルドマスターであるバッツだ。長身痩躯、頬がこけた伊達男で、俊足を武器とする軽装戦士(ライトファイター)である。

 彼が率いるRGSが攻略に挑んでいるのはごく一般的な形の城砦であり、彼の視界の端では今も忙しくゴブリンたちが砲丸を大砲へと詰め込もうとしているところであった。狙いは城壁の外。特に誰かいるわけではないので、演出の一種だろうか。

 バッツは地面を蹴ると同時に砲手ゴブリンの背後へと回り込み、その首に蹴りを叩き込む。

 軽快な音とともにクリティカルが発生し、ゴブリンを一撃で撃破してしまう。

 そんな自らの戦果を誇るでもなく、バッツは小さくため息をついた。


「ランダムで引ける城砦のタイプが変わるイベントで、よもやもっともでかくもっとも強烈な場所を引き当てるなんざなぁ……」

「んっん~♪ それでも四日でラストウェーブまで突入しちゃう辺り~、君たち最速ギルドだよね~♪」

「………」


 そんなバッツの後について歩くのは、カネレにエイス。このゲームでも最も有名であろう、トッププレイヤーの二人であった。

 バッツは二人の方へと振り返りながら、胡乱げな眼差しを向ける。


「……んで? お二人さんは目的のものは見っけたのかよ?」

「んん~?♪ いいや~?♪」


 バッツに首を振りながら、カネレはいつものようにギターをかき鳴らす。


「僕らの探し人は今いずこ~♪ 僕らの探し人はどこにいる~♪」

「……うるさい」

「あだだだだ!!」


 ふざけた調子で歌い始めるカネレの耳をエイスは容赦なく捩じり上げる。

 痛みにたまらず悲鳴を上げるカネレを見ながら、バッツはまた一つため息をついた。

 カネレとエイスがRGSのバッツと共に行動するようになったのは、今回のマンスリーイベントが始まってからだ。

 彼がいつものようにイベント開始前にギルドのメンバーを鼓舞しているところへ彼らがやってきて、一つ頼みごとをしてきたのである。

 彼らの目的を達成するために、今回のイベント攻略に協力しても構わないだろうか?と。いわゆる同盟結成の誘いだ。

 当初こそ、ギルドメンバーの反対もあってカネレ達の参戦を拒んでいたバッツであったが、人の話を聞かないカネレと人と話をしようとしないエイスの二人が勝手にくっ付いてきてしまったため、やむなく以前作ってしまっていた借り一つ帳消しと代わりに二人の同行を許可した。

 勝手についてきて好き放題されるよりは、条件をある程度飲んで行動を監視する方がまだ安全であると考えたからだ。

 イノセント・ワールドの仕様上こうしたイベントの際に、基本的にイベントダンジョンへの進入に制限などがかかることはない。好きなギルドの手助けにも行けるし、好きな城砦の攻略に臨むこともできるのだ。世界に境界などなく、イベントダンジョンだからと鍵がかかるようになるのは不自然だという理由かららしいが、そのせいでハイエナ行為などが行えるようになっているので早急に何とかしてほしいとバッツは思っていたりする。

 とはいえ文句を言っていれば仕様が変わるわけではない。運営へ仕様変更嘆願のメールを送ることを決意しつつ、バッツはカネレとエイスを自らのパーティとして扱い、連れまわすこととしたのである。

 その最中、バッツは何とか二人がなにを目的にこちらへの協力を申し出たのかを尋ねたのだが……。


「……しかしあんたらの目的ってのは、要するにレアエネミーだろう? そんなの、結局運次第だろうに、わざわざRGSに協力する必要なんてないんじゃなかったのか?」


 無言で耳を捩じり上げられるカネレを呆れたような眼差しで見つめるバッツ。

 無駄に話の長いカネレの話を要約すると、カネレとエイスはあるレアエネミーを探しているのだという。

 レアエネミーの性質上、一度遭遇すればそのプレイヤーの周辺に頻繁に出現するようになるはずなのだが、彼らの出会ったレアエネミーは一度の遭遇の後、その姿をぷっつり見なくなってしまったのだとか。

 それを何とか発見すべく、カネレは目撃者の捜索を、エイスはダンジョンやフィールドでの捜索をそれぞれ担当し、ここ一ヶ月ほどをレアエネミー捜索に費やしてきたのだという。

 そこまでは長い長いカネレの話の中で理解することができたが、それと今回のイベントにわざわざ参加する関連性がバッツには理解できなかった。

 バッツの不審に対し、カネレはいつものようにニヘラと笑って答える。


「それが意外とそうでもなくってね~♪ レアエネミーの出現法則って、覚えてるかい?♪」

「ん? えーっと確か――」


 左脇から襲いかかってきた暗殺者(アサシン)を華麗に蹴り砕きながら、バッツはその問いに答える。


「連続ログイン時間に比例して、遭遇率が増加する、だったか?」

「いぐざくとりぃ♪」


 ギターを鳴らし、弦を弾いて生んだ衝撃波でゴブリンを打ち倒しながらカネレは頷いた。

 レアエネミー。あらゆる場所に出現し、どこまでも執拗にプレイヤーを追ってくる、強力なモンスター。

 極めて低確率で出現すると言われているレアエネミーであるが、実はその出現率を上昇させる方法があったりするのである。

 それが、連続ログイン時間。ログインしている時間が長く、かつログアウト時間が短ければ短いほど、レアエネミーが出現する確率が上昇するようになるのだ。

 出現率の最大上昇数値はおおよそ20%ほどと言われている。元々の数字が小数点以下六桁ほどだと考えられているので、恐ろしい増加率と言えるだろう。

 もっとも、これほどの数字を維持するにはログイン限界時間4時間+ログアウト最低時間1時間+連続ログイン日数7日間を維持する必要がある。限界を超えた廃人……いわばスーパー廃人様のみが到達できる領域と言えるだろう。

 目の前の、そのスーパー廃人様の領域に片足どころか頭まで沈み込んでいるであろうトッププレイヤーを胡乱げな眼差しで見つめてやるバッツ。


「で? それがどうかしたのかよ? あんたなら、とっくの昔に20%の大台に突入してるんだろ?」

「自慢じゃないけれどねぇん♪」


 くねくねと気色悪い動きをして見せるカネレだが、すぐに腰の動きを止め指を一本建てて見せた。


「……で、その出現率の上昇にどうももう一つ条件があるっぽいことがわかってきててね?」

「もう一つ? 今更?」


 カネレの言葉を聞きさらに顔をしかめるバッツ。サービス開始から5年。さすがに基本的な仕様に関してはアップデート分まで含めて解析されていたと思っていたのだが。

 そんなバッツの胸の内を表情で読み取ったのか、カネレは小さく頷いた。


「うん。僕もまさかと思ってたんだけどね? つい最近のイベント……妖精竜(フェアリードラゴン)のイベントの時、こっそりアップデートされてたみたいでね?」

「あの時か……。そう言えば、先行配信の妖精竜(フェアリードラゴン)はいつ正式配信されるのかなー……」


 妖精竜(フェアリードラゴン)のふわもこボディを思い出してしまらない顔になるバッツを見て、カネレは苦笑する。


「もうちょっと先かなー? まあそれは置いておいて、どうもあのイベントのアプデの時に、一度に行動する人数によって適宜出現率が増加する、って内容があったらしくてね?」

「人数?」


 要するに、多人数パーティで行動するとレアエネミーの出現率が増えるということなのだろうか?

 ……そう考えたバッツの答えを否定するようにカネレは言葉を続ける。


「しかも、パーティだけじゃなく、ギルド、さらに同盟単位まで人数を増やせばそれだけ出現率が上がるって話なんだよね……」

「……え、それって本当か?」


 カネレの言葉に、バッツは思わず目を見開いてしまう。

 イノセント・ワールドにおいて、プレイヤーが同時に活動できる単位はパーティ、ギルド、同盟の順で拡大してゆく。

 パーティは言うまでもなく一度にパーティを組める人数であり、ギルドは文字通りギルド内で組めるパーティ人数の最大である。ギルドメンバーでパーティを組むと、最大50人でダンジョンに挑めるようになるのだ。そして同盟はそれらのパーティ人数制限を取り払うためのシステムとなっているわけだが……。

 カネレの話が本当であれば、より多くの人が集中するであろうイベント開催中は、人が集まれば集まるほどにレアエネミーが出現するようになるというわけである。

 ……だが、そうなると出てくる疑問も当然あった。


「……ってことはわざわざ俺たちのとこに来る必要はないわけだよな? なんでこっちに来たんだよ?」


 RGSを構成するプレイヤーの人数は20人前後。普通の同盟の構成人数が150~200人であることを考えると、平均の10分の1ほどしか人間が集まっていないことになる。わざわざRGSを選んで寄生する必要はないはずだ。

 そんなバッツの言葉に、カネレは苦笑する。


「いや、ほら。エイスが、ね?」

「………」


 カネレの言葉を聞いていたのか、エイスが視線を横に逸らす。

 どうやら余計な一言を口にして不要なトラブルを招いてしまったらしい。

 その結果、貧乏くじを引くことになってしまったRGSはいい迷惑である。

 カネレの言葉にため息を一つつくと、不意にエイスが前に出た。


「……来るわよ。構えなさい」

「あ? 来るって……」


 エイスの言葉にバッツが前を向くと、ガラスが砕けるような音とともに目の前に暗殺者(アサシン)が一人現れた。

 その暗殺者(アサシン)はどす黒い赤色の衣を身に纏い、尋常ではないくらい血走った眼をぎょろりとこちらに向けた。

 手に持つ武器はなく、這うようにこちらを窺っているが、その頭上には名前もHPもLvも表示されていなかった。

 全ての表示がアンノウン。すなわち……。


「レアエネミー……マジか!?」


 バッツは素早く構え、目の前のレアエネミーの攻撃に備える。

 レアエネミーはダンジョンのレベルに依存せず、プレイヤーのレベルによって強さが決まる。この場には二人も超レベルのトッププレイヤーがいる以上、目の前のレアエネミーも相応の――。


「邪魔よ」


 瞬間放たれたのは零度の詠唱。

 たった一言に込められた言霊は、一撃でレアエネミーであるはずの暗殺者(アサシン)を氷の棺へと閉じ込める。

 だが、それでもなお暗殺者(アサシン)はぎょろりと瞳を動かし、エイスを捉え――。


「イィッツショォォタァァァイムゥゥゥゥゥ!!」


 そして次の瞬間には爆散した。深く腰を落とし、肩にギターを担いだカネレの手によって。

 カネレが愛用するそのギターの胴体部分は縦に二つに割れ、尻の方にぽっかりと穴が開いていた。どうやらそこから鉄鋼榴弾か何かが射出されたようだ。

 一瞬で目の前のレアエネミーを撃破されてしまい、拍子抜けしてしまったバッツは振り返ることなく毒づく。


「……お前ら人のイベント城砦で好き勝手するなよ」

「ごめーん☆」


 ぺろりと舌を出すカネレの顔面に、とりあえずバッツは拳を叩き込んでおいた。




なお、レアエネミーはバッツ一人では歯が立たないレベルで強かった模様。

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