log101.死に戻り
イベントも三日目を終え、直接的な収入はないに等しいが、セードー達の胸の内は十分すぎる満足感で満たされていた。
大型イベントにまともに参加したのが初めてだというのもあるだろうが、見ず知らずの人間と共闘し、共に障害を乗り越え、その喜びを分かち合う……。それがこれほどまでに喜ばしいものとは思ってもいなかった。
「ダンジョン攻略は地下6階まで……終了時までに、どこまで伸ばせるか、だな」
「どこまでもに決まっとるやろうが! どこまでも駆け抜けるんや!」
「いいわねぇ。これが若さ……って、言ってて悲しくなってくるわぁー」
同盟の者たちと別れ、セードー達闘者組合の面々は高揚感もそのままにミッドガルドの繁華街へとやってきていた。
他のプレイヤーたちも今参加しているマンスリーイベントのことで頭がいっぱいのようで、ただ道を歩いているだけでも興奮した様子のプレイヤー同士の会話が耳の中へと飛び込んでくる。まるで祭りの中にいるかのように、空気が熱を持って漂っているようにも感じられる。
「みんなすごく楽しそうです……。イベントって、すごいんですね……」
「この間の妖精竜の時は、すぐに島を出てしまったからな……。すみません、冷やしほうじ茶に氷ぜんざいを一つ」
「どっちもあっためたもんやないんか……? コーラにフライドポテト!」
「あたしはフライドチキンにオレンジジュース!」
「じゃあ私はアイスコーヒーを。キキョウちゃんは?」
「あ、私はパンケーキとミルクで!」
「かしこまりましたー!」
そのまま五人は行きつけのカフェまで向かい、いつものテラス席へと腰かけ、思い思いの注文を行う。
NPC……ではなくPCのウェイトレスは元気な返事を返し、そのまま店の中へと注文を伝えに行く。ちなみにここはPCではなくNPCの経営するカフェだ。彼女のようにゲーム内でアルバイトに励むPCというのは、結構珍しいかもしれない。
まあそれはともかく、本日分のイベントを終え一息ついたセードーの耳に、サンのふてくされたような声が聞こえてきた。
「――にしてもあの感覚どうにも好きになれねーんだよなー」
「え? 何が?」
そちらに視線をやると隣に座っているキキョウが不思議そうな声を上げ、サンを見つめている。
サンは小さく首を振りながら、体をテーブルに突っ伏した。
「いや、死に戻り……リスポン待ちにはいる瞬間だけどさ。あたし、あの感覚がどうも好きになれないんだよなぁ」
「死ぬんが好きや言う奴はおらんと思うぞ普通……」
ウォルフはサンの言葉に呆れる。
このゲームではHPが0になれば死に戻り……いわゆるリスポン待ちに突入する。MPが0になるだけであれば気絶であれば、HPが0になると問答無用で死亡扱いになるわけだ。
その際のペナルティは、五分間の半ログアウト状態となる。他のゲームのように経験値が半分になったり、所持金が0になったり、あるいは持っているアイテムが全ロストしたりということはない。計算上、ログイン時間が2%ほど無駄になるわけだが、そう考えると割とバカにはできない数字だ。40回ほど死ねばと一度のログイン時間がほとんど無駄になるわけである。
このような仕様である理由は、なるたけプレイヤーにストレスを与えない処置を模索した結果と言われている。
例えば一回死んだら持っているアイテム全ロストという仕様があったとしよう。もし仮に、心血注いで入手したレアアイテムを死亡によって失ったとしたら……それがきっかけてプレイヤーが一人引退し、二度とイノセント・ワールドには戻ってこなくなるかもしれない。
経験値や所持金も、程度の差はあれ似たようなことになるかもしれない。どちらも倉庫に溜めておけば死亡時の減少を防げるだろう。だが、ログイン時間ぎりぎりまで稼いでおいて、最後に死に戻ろうものならそのプレイヤーのやる気は恐ろしく減衰するだろう。
そうならないように考えられたのが“時間に制限を掛ける”という選択肢だ。もちろんプレイ時間の削減が諸手を上げて受け入れられた仕様というわけではないが、アイテムや所持金などが減るよりはましだろう、というのが今のイノセント・ワールドプレイヤーたちの意見である。
今の時代に氾濫するVRMMOの中には、死亡時のペナルティが存在しないゲームもあるが、それでは緊張感がない。かといってあまりに厳しいペナルティを課せば、それが原因でプレイヤーが離れてしまう。
ある意味、そんな運営側の葛藤を反映したのが、時間制限なのだろう。ちなみに余談であるが、僧侶を初期職業に選択しておくと、このペナルティを1分ほど短くすることができる“蘇生処置”というスキルを取得することができる。リスポンポイントをダンジョンやフィールド内の特定の場所に設定できる“救護テント”というスキルと合わせて、救護兵プレイには必須スキルと言われている。
そんな死に戻り……より正確には半ログアウトに突入する寸前の感覚について言及しているらしいサンは、少し顔をしかめてぶつぶつつぶやき始めた。
「こっちのHPが減って視界が真っ赤になって……アッと思った次の瞬間にはあの半ログアウト空間なんだぜ? もうちょっとこう、死ぬ直前の走馬灯が見えるとか、少しずつ視界が悪くなるとか……いろいろあるもんじゃねぇの?」
「いや、そーまとーて。ゲームにそないなこと求められてもなぁ」
揚げたてフライドポテトを頬張りながら、ウォルフはブー垂れるサンを見下ろす。
闘者組合の面々は、全員何らかの形で死に戻ったことがある。強力なモンスターの一撃であったり、今回のセードー達のように罠が原因であったりとさまざまであるが、どんな死に様を体験したとしても、半ログアウトへの突入手順は皆一緒だ。サンはどうやらその突入の際の演出が気に入らないらしい。
何を細かいことを気にしているのか、と言わんばかりの表情でウォルフがコーラを啜っていると、セードーがポツリとつぶやいた。
「――いや、あんなものだろう」
氷ぜんざいの白玉を掬い、口の中に運びながらセードーはゆっくりと呟く。
「死は……いつだって唐突に訪れる。それは老衰で死ぬ老人でも、病魔に苦しむ子供でも同じだ」
ほうじ茶をゆっくりと啜るセードーの表情は、どこか懐かしそうに遠くを見つめているものだ。
「結局のところ、死んでしまえば皆肉の塊になるだけだ。そう考えれば、淡白な演出の方がらしいと俺は思うがな」
「言うことがエグイやんか、自分……」
あまりにも直球なセードーの言葉に顔をひきつらせながら、ウォルフはサンの方へと向き直る。
「まあ、そうやな……せやったら、自分、どないな演出がええねん。言うてみいな、言うだけは只やで?」
「……そう聞かれると思いつかない……」
しかしサンは顔をしかめながら骨ごとフライドチキンをかみ砕くばかり。
どうやら本当に気分的に半ログアウト演出が嫌いなだけのようだ。
ウォルフは呆れたように肩を竦め、そしてサンの隣に座っているキキョウの表情がすぐれないことに気が付いた。
「――キキョウ? どないした?」
「――あ、はい?」
ウォルフの呼びかけにキキョウはハッとなり、すぐに顔を上げた。
「ええっと、何のお話でしたっけ?」
「いや、半ログアウト……それはそれとして大丈夫かいな?」
ウォルフが心配そうに声をかける。
彼女は大好きなパンケーキを前にしても、一枚もそれを食べていなかった。
手にしたナイフがパンケーキを切り分けている途中で止まっているのを見るに、食欲がないわけではなさそうだが。
そんな彼女の様子にようやく気が付いたらしいミツキが、コーヒーに砂糖とミルクを入れる作業を中断し声をかける。
「キキョウちゃん? どうしたの? 気分が悪いようなら……」
「あ、いえ、大丈夫です。すいません、ちょっとボーっとしてて」
申し訳なさそうに微笑んだキキョウは、すぐにパンケーキを切り、甘い蜂蜜のたっぷりかかったそれを口の中へと運ぶ。
いつもなら嬉しそうに顔を綻ばせるのだが、今日の彼女はどこか機械的にパンケーキを食べていくばかりであった。
セードーとサンもキキョウの様子に気が付いて、食事の手を止めて彼女の方を見る。
「……キキョウ? 大丈夫かよ?」
「何か、気に障ることを言っただろうか? もしそうなら……」
「い、いえ、ホント……!」
皆が自らを心配し始め、キキョウは申し訳なさそうな顔で手を振り、それからパンケーキを食べる手を止めて俯いてしまう。
四人は何となく自分たちも食事の手を止めてキキョウの様子を見守る。
しばらくして、キキョウはポツリとつぶやいた。
「……その……きらい、なんです……死ぬ、とか、死後の、世界とか……そう言う、話し……」
キキョウの声はいつもよりも低く、そして暗い。
その声の中に込められた感情は、ドロドロとした情念のようなものが微かに感じられた。
四人は微かに視線をかわす。どうやら先ほどの話題が、キキョウの触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。
「……まあ、誰かて、死ぬだなんだて聞きたないわな?」
真っ先に口を開いたのはウォルフだ。
いつもの軽い調子でそう言って、残ったコーラを一気に煽り、汚らしくゲップを吐く。
その音に顔をしかめつつ、サンはフライドチキンを今一度骨ごと噛み砕く。
「ん、うまー。……そりゃそうだろ。あたしらは生きてんだし。死ぬなんてまだまだ先の話じゃん?」
能天気ににっかり笑うサンの言葉に頷き、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを啜るミツキ。
「そうね……サンの言う通り。確かにゲームでは死に戻りなんて言われるけど、本当に死んでいるわけじゃないもの。ね?」
ミツキに笑顔を向けられ、セードーは瞑目し頷き、そして口を開く。
「キキョウ。死を嫌い、恐れることは正しいことだ。気やすく口に出してよい話題ではなかった。すまない」
そうして頭を下げるセードー。
そんなセードーの行為に、キキョウは慌てて手を振った。
「い、いえ、そんな……! セードーさんは悪くありません! 悪く、なんて……!」
しかしキキョウはすぐに手を降ろし、俯く。
そしてナイフとフォークをテーブルの上に置くと、そのまま立ち上がった。
「……すいません。少し、頭を冷やしてきますね……」
「キキョウ……」
「キキョウちゃん」
サンとミツキがその名を呼ぶが、キキョウは振り返ることなくカフェを後にする。
セードーは下げていた頭を上げ、彼女の背中を見つめる。
「キキョウ、大丈夫だろうか……」
「ちぃと過敏すぎる気ぃもするけど……まあ、明日にはもどっとるやろ」
不安そうなセードーに、心配するなというウォルフ。
ゆっくりと歩くキキョウの背中は、いつもよりも小さく見えた。
なお、ミツキは砂糖とミルクを五杯ずつ入れて飲む派の模様




