log100.三日目終了
攻略可能時間を越え、城砦の存在する空間からはじき出されたセードー達。
昨日までと違い、ウェーブの完全攻略とはならなかった。到達階層は地下六階。序盤も序盤なので致し方あるまい。
ギルド同盟一同は簡単な食事休憩を取った後、三日目の探索にて得た様々なものを持ち寄り精算すべく、アラーキー達、初心者への幸運の面々へと手渡し始める。
これは予めギルド同盟を結成する際に定められた約定の一つで、レアアイテムを除いてイベント内で入手したものは一度一つにまとめ、イベントが完了したのちに各ギルドに再配布するというものだ。
今回のギルド同盟は特定の方向性を持たない……言ってしまえば烏合の衆とも呼べる集まりだ。アラーキー達のような百戦錬磨の玄人もいれば、セードー達のようなイベントダンジョン攻略処女まで加入している。当然、各ギルド間に稼ぎ量の格差が生まれてしまう。そうした格差を少しでも埋めるための約定が、回収からの再配布になるのだ。
もちろん、安易に収穫されたものを平均化し再配布するのではない。同盟内におけるイベントへの貢献度を収穫物の量によって測り、それを元に各ギルドへの再配布量を決定するのだ。
運によっては容易くドロップするレアアイテムが回収されないのは、なるたけ貢献度の過剰な変動を防ぐためだ。レアアイテム自体が貢献度を大きく稼ぐのみならず、そのレアアイテムを入手するために過剰な稼ぎに走るギルドが生まれてしまう可能性もある。思想も考え方もばらばらのギルド同盟であったが「ゲームは楽しく遊ぶもの」という一点においては意見の一致を見ることができたため、この約定に関しては比較的スムーズに可決されることとなった。
初心者への幸運の面々が回収係として選ばれている理由は、ゲーム歴が長いというのもあるが、初心者への幸運というギルドに所属しているというのが大体の理由だ。初心者支援という目的を持つが故、その名を騙り悪事を働く者も後は絶えずその活動を人気取りと揶揄するものも少なくはないが、それに負けることなく日々ゲームに迷う初心者のために活動を行う姿は、ある意味運営よりもプレイヤーたちの信頼を勝ち得ているのだ。
「おらー。今日からは前に決めてたように俺がマップ回収係になるぞー。マップ記録係は俺んところにマップデータ持ってきてくれー。完全に集まったら、改めてみんなに配布するからなー」
そんな初心者への幸運の一人であるアラーキーは、クルソルを掲げ上げながらマッピング班の者たちに声をかける。
ギルド同盟のイベント貢献度を測るものの一つはマッピング率だ。各ギルドのマップ係が記録したマッピング度には%で小数点以下二桁まで表すことができる。目に見える数字で測れるので、一番貢献度を分かりやすく測ることができるだろう。
その隣では宝箱を前においたエイミーが、アイテムを手にしたプレイヤーたちを呼び寄せる。
「ドロップアイテムの回収場所はここだよー。拾ったアイテムをこの箱に入れてね! もちろん、レアアイテムは自分のものだよー!」
エイミーの呼びかけに集まってきたプレイヤーたちはダンジョン内で拾ったアイテムを宝箱の中へと放り込んでゆく。
アイテムの回収は、そのアイテムのNPCへの売却価格によって貢献度を測る。これも明確な数字として測ることはできるが、イノセント・ワールド内における売却価格はNPCが相手でも変動する。同じアイテムを販売し続ければそのアイテムの価値は下がり、あまり値が付かなくなってしまう。つまり、誰もが拾うようなアイテムでは、貢献度を稼ぐことはできないわけだ。
アイテムによる貢献度は、エイミーがアイテムを回収した時点での価格で測るのでこのダンジョンで拾ったアイテムが皆同じものであっても貢献度が下がるというようなことはないが、やはりいろんなアイテムを拾った方が有利ではあるだろう。
そしてエイミーの隣では、バスケットボールほどの大きさの水晶球を前においたジャッキーが戦闘班の者たちに呼びかけを行っていた。
ジャッキーの前においてある水晶球に一人の戦士が手をかざすと、何かが水晶球へと吸収されてゆく。
「経験値が溜まっている者は、こちらに並んでほしい。無論、約定通り経験値の回収は任意となっている。貢献度も低めなので、無理に並ぶようなことはしないように」
ジャッキーは呼びかけてはいるが、戦闘班のほとんどがジャッキーの前の列に並んでゆく。
そう、彼らが提出しているのは“経験値”。戦闘で得た経験値を、ジャッキーが前においている“Expオーブ”に注ぎ込んでいるのだ。
これはイノセント・ワールド独自ともいえるシステムで、戦闘などで得た経験値をExpオーブに注ぐことで他人へと手渡すことができるようになっている。
イノセント・ワールドの成長システムは、経験値を消費してステータスを上げるというもの。つまり、溜めただけでは消費はされないため、このような利用法が存在しているのである。
無論、このオーブに溜まった経験値をすべて吸収できるわけではない。オーブに注いだ際に10%、オーブから吸収する際に10%、計20%の経験値が失われる計算となる。つまり、他のプレイヤーに経験値を手渡す場合は、二割引きになるわけだ。さらにこの経験値吸収システム、利用できるようになるのは属性解放ができるようになるLv30からとなる。
そのため初心者を支援するためのシステムではなく、だれてしまいがちな後半のレベル上げ補助のためのシステムというわけである。
こうしたイベントは大体戦闘することが前提であるが、全ての人間が十分に戦えるわけではない。異界探検隊のレミなどの補助を得意とするプレイヤーは、敵への止めが少なくなるし、サンシターのようなまったく戦闘ができないプレイヤーというのも稀に存在する。今回は、そんなプレイヤーたちにも多少なり経験値が入るよう、経験値もイベント貢献度を測るものとして利用することとなったのだ。
経験値の譲渡は貢献度を測るためのものとしてはおまけのようなもので、増える貢献度も三つの中では最も低い。だが、少しでも貢献度の足しになればと多くの者が経験値をオーブの中へと注ぎ込んでいった。
そうして経験値を提出する列の中には、セードー達の姿もあった。
列に並ぶセードーとサンの後ろに、しょんぼりと俯いたキキョウとウォルフたちも並んでいる。
「セードーさんたちがやられちゃうなんて……」
「めずらしいわねぇ。何かあった?」
「サンはともかくセードーはなぁ。調子悪いんか?」
「あたしはともかくってなんだよ」
ウォルフの言葉にむすっと頬を膨らませるサンだが、それ以上何か言うことはなくそっぽを向いてしまう。いつもであれば、さらにウォルフを罵倒するように声を荒げそうなものだが。
どこか大人しいサンにおやっとウォルフが首を傾げると、セードーは静かに息を吐きながらその理由を説明し始めた。
「……実は戦闘中に、サンが地雷を踏み抜いてな。その爆風に、俺とホークアイが巻き込まれたんだ」
「地雷って……」
キキョウがサンの方を見ると、サンはさらに顔を背ける。
「まあ、地雷自体の威力は死ぬほどではなかったのだが、部位欠損の状態異常が発生してな。まともに動けないうちに周りを囲まれ、そのままとどめだ」
「ありゃ、見事な踏み抜きっぷりだったぜ。攻撃するときの、なんつったか? 震脚? あれで踏み抜いたんで、威力が上がったんじゃないかと疑ったほどだよ」
セードー達の前を行くホークアイが肩を竦めながらそう皮肉を口にする。
サンは何かを言い返そうと口を開きかけるが、思い直したように口を閉じ、もごもごと言葉を口の中で噛み潰す。おそらくリスポンした後散々何か言われたのだろう。
サンの失敗談を聞き、ウォルフはふすーと気の抜ける笑い声を上げる。
「地雷を踏み抜く……! お前らしい話やんかぁ? いっつも足元みんと四股ふんどるから、そないなぁ目にあうんやでぇ?」
「あら、ウォルフ君がそれ言えるのかしら?」
「……ろーりんぐすとーん……」
「~♪ ~♪」
キキョウがぼそりとその単語を呟くと、ウォルフは素早く横を向いて口笛を吹き始める。
その意味が解らないセードー達は首を傾げるが、彼らが経験値を注ぎ込む番が回ってきた。
「さて、次の……ん、君たちか」
「おっと……すいませんね」
ホークアイは一言謝ると、オーブに手を付けて経験値を注ぎ込む。
ジャッキーはホークアイ、その後ろに並ぶセードーたちを見て、小さく首を傾げた。
「君たちはレベルもまだ30前後だというのに……いいのかね? イベントで稼げる経験値は、普段のダンジョンなどの比ではないだろう?」
「ええ、正直驚いていますが、問題はありませんよ」
ホークアイがオーブから手を放し、次にセードーがオーブに手を触れる。
「どうにも我々、ドロップ運がないようでして……経験値はクリティカル狙いで稼ぎます。やってやれないこともありません」
「つーか、あたしらの場合クリ狙ってかねーと火力出しきれねーだろ。スキル火力は結構あるけど、MP足りてねぇから、いつもカツカツだし」
そう口にしながら、サンもセードーに続いてオーブに手を触れる。
セードー、そしてサンが注ぎ込んだ経験値の量を見て、ジャッキーは目を向いた。
「な……ちょっと待て、尋常じゃないぞこの量……。他のプレイヤーの二倍はないか? どうやって……」
「いや、だからクリ狙いだって。一発で倒せば経験値がっぽりじゃん?」
当たり前のように口にするサンであるが、ジャッキーは信じられないような眼差しで彼女とセードーを見比べる。
「ずいぶん容易に言うが……そうそう狙えるものではないぞ?」
「技術と知識、そして少々の胆力があれば問題なく。相手が人型であればなおよしです」
「まあ、武術とは元々対人戦闘を考慮されたものですからね」
ミツキは微笑みながら、ジャッキーの疑問に答える。
「技を極め、力を極め……それが、武術家のあるべき姿ですので」
誇らしげにそう答えるミツキであったが、残念なことにジャッキーから理解を得られることはなかった。
「……私も、居合道を修めてはいるが、クリティカルなど狙って出せたらいい方だぞ……?」
むしろ引かれていた。それも全力で。
ひきつった顔でそう呟くジャッキーを見て、サンは小さく鼻を鳴らした。
「功夫がたんねーんだよ、功夫が。もっと鍛えろおっさん」
「……うむ、精進しよう」
ジャッキーはサンの言葉に頷きつつ、次に並んだ者に声をかける。
列から離れながらセードーはアラーキーに声をかける。
「すみません、先生。なんと言いますか、面倒事を押し付けてしまっている様な」
「ん? おお、気にすんなセードー」
マップの回収を終え、そのデータをギルド同盟全員に送信してやりながらアラーキーはセードーに答えた。
「職業柄、こう言うのは慣れてるからな。いつまでたっても宿題提出しない奴なんて、いつの時代もいるもんだしな!」
「本当にご面倒をおかけしています……」
以前、宿題の提出が遅れたことを思い出し、セードーは深々と頭を下げる。
そんな彼の様子に、アラーキーは笑い声を上げる。
「ハハハ! だから気にすんなって……ッと、エイミーたちの方も終わったみたいだな、うん」
エイミーが宝箱のふたを閉め、ジャッキーがオーブをしまうのを確認して、アラーキーは大きく頷く。
「そんじゃ、ここで解散だ! また明日……地下七階から攻略開始するぞ!」
アラーキーの音頭に、その場にいたプレイヤーたちが声を張り上げる。
そうして、彼らのマンスリーイベント三日目が過ぎてゆくのであった。
なお、オーブからオーブへの経験値の移動は無消費の模様。




