log10.レベリング
イノセント・ワールドにおける最弱のモンスター、ゴブリン。
実はこのゴブリン、ゲームを始めたばかりの初心者には「他のゲームの雑魚より強い」と認識されがちである。
ステータス的には最弱の地位は揺るがない。装備している武器も、後で出てくる亜人系モンスターに比べれば貧弱なものが多い。それでも、時折初心者がゴブリン討伐系のクエストで躓き、死に戻りを繰り返すことがある。
それはいったい何故か。初心者にとってゴブリンが時として壁として立ちはだかる理由……それはその数と、組織力にある。
ゴブリンというモンスターは、イノセント・ワールドにおいて最もステータスが低く設定されている。もちろん上位種も存在するが、それも同じようなモンスター帯の中では弱く設定されている。ゲームを始めたばかりの初心者でも、二、三回攻撃すれば倒すことができるくらいに弱い。
ゴブリンはその弱さを、数による暴力で補うモンスターとして、設定されているのだ。
始まりの森では一人につき一匹しか出てこなかったゴブリンは、続くダンジョンにおいては二匹、さらにその次で三匹と、徐々に登場する数が増えてゆく。そしてレベル10が適正とされるダンジョンを超えるころには一度に十体以上登場し、その中には前衛であるゴブリンソルジャー、後衛であるゴブリンアーチャー、指揮官として機能するゴブリンチーフ……など、それぞれのゴブリンが明確な役割を持ってプレイヤーの前に立ちはだかる。前衛が敵の足を止め、後衛が遠距離攻撃で敵を撃ち、能力の高い指揮官が遊撃手として立ち回る……。使い古されてはいるが、確かに効果的な戦術を、ゴブリンが取るのである。
もちろん、所詮はゴブリンであるためプレイヤーが容易に倒されることはない。だが、数による暴力と、組織的行動の脅威により苦戦を強いられるプレイヤーは多く、ゴブリンはほかのゲームの雑魚より強い、と思われる要因になっているのである。
「……っていうのがこのゲームのゴブリンなんだがなぁー」
ポリポリとピーナッツ菓子を頬張りながら、アラーキーはゴブリンの大群に囲まれるセードーとキキョウの姿を見る。その隣には、同じように菓子を摘まむカネレの姿もある。
二人は丸一日(だいたい四時間前後)をレベル上げに費やしたおかげで、アラーキーが彼らの頭上に見ることができるレベル表示は二人ともLv9となっている。序盤は大体一日くらいかければこのくらいに到達できるものだが、それでも素手&木の棒だけを装備しているプレイヤーとしては驚異的かもしれない。普通なら、モンスターを倒すことすらおぼつかないだろう。
ちなみにアラーキー達の足元には敵避けの結界を展開するためのナイフが刺さっており、二人の姿を覆い尽くしている。この結界の中にいる限り、二人は敵に襲われないという代物だ。その代り、モンスターを攻撃しようとすれば結界の残り持続時間を無視してナイフが砕け散る。使い道としては、今回のように、低レベルキャラの育成に付き合うことくらいか。
現在の場所は、始まりの森とそう変りない距離に存在する「古代遺跡の神殿群」と呼ばれる場所だ。言葉の通り、古い遺跡が多く点在しており、ゴブリンをはじめとする亜人種が根城にしているダンジョンの一つである。
現在セードー達の周囲を囲っているゴブリンの数はざっと十五体程か。ちらほらとクロスボウを持った個体もいるが、大半は短剣と腐りかけの皮の盾を装備した最弱雑魚ゴブリンだ。
だが、その頭上に浮かぶレベルはLv15。その上数も多いし、増援も続々現れる。普通であればレベル差も相まって、袋叩きの目にあってそのまま死に戻ることになるだろう。
……が。
「シッ!!」
斬りかかろうとするゴブリンの先手を取り、セードーがゴブリンの喉に手刀を打ち込む。
喉仏の砕ける嫌な音共に、ゴブリンの体が灰と砕ける。
そのまま近場に立っていたゴブリンの顔面、胴体、下半身と人体急所へと固めた拳を打ちこんでいく。
悲鳴すら上げられず、消えるゴブリンたち。そして味方の敵を討つべく、別のゴブリンがセードーへと斬りかかる。
だが、ゴブリンのその一撃をセードーは片手で捌き、逆に自らの手刀を打ち込む。
セードーの腕は容易くゴブリンの体を貫き、貫通してしまった。
他のゴブリンたちもひるむことなくセードーへと立ち向かい、奥のゴブリンがクロスボウでセードーを狙う。
「ぬぅんっ!」
セードーは腕に刺さったゴブリンを抜き、そのままゴブリンたちの間を駆け抜ける。
その際固めた拳を振るい、ゴブリンたちの首の骨をへし折ってゆく。
クロスボウを持ったゴブリンは突っ込んでくるセードーの姿にも怯まず、セードーに狙いを定める。
「ギッ!」
そして狙い澄ました矢が、セードーへ向かって放たれる。
が、狙い澄ましたはずの矢はセードーの耳元を掠めて後ろへと飛んでいく。
ゴブリンは次弾を装填しようとするが、それよりも先にセードーの拳がゴブリンの体を粉砕した。
それを遠くから眺めていたカネレは、ぽろんとギターを弾き、そして呆れたように呟いた。
「あんな至近距離から撃たれた矢を寸前で回避するかな、普通? あそこは距離を取るとこだよね?」
「まあ、できないことはないんじゃないか? 実際、今セードーがやって見せたし」
素手で次々とゴブリンを屠ってゆくセードーの異様な姿を、どこか遠くを見る眼差しで見つめるアラーキー。
だが、異様さという意味では、キキョウも負けていない。
「ハァッ!!」
鋭く呼気を吐くのと同時に、大きく振るわれる、彼女が手にした木の棒。
大きくしなり、唸りを上げたそれは、彼女の前に立っていたゴブリンの首筋を強く打ち据える。
……と同時に彼女の後ろから斬りかかろうとしていたゴブリンの首もへし折る。
そのまま棒を振り抜き、キキョウは手の中で棒を回転させる。
石突は彼女の手を中心に大きく回転し、彼女に群がろうとしていたゴブリンの短剣のみならず、殺到していた木の矢も弾き飛ばしてしまう。
そして彼女はゴブリンの脇に棒をひっかけ。
「ハァァッ……たぁっ!!」
勢いよく、その体を投げ飛ばす。
小柄なゴブリンの体は勢いよく空を水平に飛んでゆき、キキョウを狙っていたクロスボウ持ちのゴブリンたちの体を打ち据える。
ゴブリンの態勢が崩れたのを見て、キキョウは助走をつけ、地面に突き立てる。
そしてそのまま、棒高跳びの要領で自らの体を飛ばし、クロスボウを持ったゴブリンの頭を木の棒で貫いた。
そのまま体が砕け散るゴブリンから離れ、近づいてきたゴブリンたちの体を、棒を軽く廻しながら捌いていく。
大きくしなる木の棒の耐久力など、たかが知れているはずなのに、彼女の操るそれはまるで折れる様子を見せず、唸りを上げてゴブリンを殴殺していった。
「キキョウちゃんも、大概チートだよねぇ~」
「あの棒って確か、カテゴリ的には武器じゃなくて素材とかそっちだったよなぁ……」
キキョウが振るう素のままの木の棒を見て、アラーキーは小さく呟く。
ちなみに、竿状武器のカテゴリにはキキョウが振るっている様な棒も武器として存在しているが、三節棍であったり装飾に見せかけて刃が付いていたりする。その作成に際して芯として使用するのが、今キキョウが振るっている木の棒だったりするのである。
そのため、彼女が装備している木の棒の攻撃力は素手よりマシ、というレベルだったりするのだが……。
キキョウは何の過不足なくレベルが上のゴブリンを屠っている。クリティカルが出ているおかげであるが、もしそうでなければ棒一本でゴブリン一匹倒せるかどうかという、極めて効率の低い戦い方を強要されることとなるだろう。
実際キキョウも今のレベルになるまでの間に、三本ほど装備していた木の棒を使い潰している。……もっとも、レベル9になるまでに三本しか使い潰していない、という言い方もできるわけだが。
次々群がるゴブリンたちを屠っていく二人。そんな二人を見て引いていた、一匹だけ立派な鎧を着たゴブリン……ゴブリン一党の首領であるゴブリンチーフは、二人から逃げ出そうと体を翻す。
そんなゴブリンの体を、野太い足が踏み砕いた。
ゴブリンの悲痛な悲鳴が、辺りに響き渡った。
「ん?」
セードーが振り返ると、遺跡の影からのっそりと、大柄な亜人種モンスターが姿を現した。頭上に浮かぶ名前は“オークLv15”となっている。ゴブリンより一回り二回り大きなの巨躯を誇り、全身余すことなくみっちりと筋肉がつまっている。そしてその手には、小さなハンマーが握られていた。
……いや、オークの巨体に対して、小さく見えるだけだ。オークの手に持ったハンマーの頭は、人間の頭ほどもある。あれで叩かれては、一たまりもあるまい。
「……ッ!」
初めて見るモンスターの姿に、キキョウは緊張感を露わにした。今まで相手にしてきたのは、ゴブリンのような小型の亜人種だけだ。今現れたオークのような大型の亜人は初めて見る。
突如現れたオークの姿と、踏みつぶされた自分たちの指揮官の姿を見て、セードー達に群がっていたゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
そんなゴブリンたちの様子には構わず、オークは一声叫ぶとそのままセードー達へと向かって駆け出した。
セードー達は逃げるゴブリンを追わず、向かってくるオークに向けて拳を構えた。
オークの吠え声と共に、両手のハンマーがセードーへと振り下ろされる。
「コォォォ……!」
セードーは呼気を吐きながら、腕を回す。振り下ろされたオークのハンマーは、セードーの回し受けによって明後日の方向へと流された。オークのハンマーが虚しく地面を打ち砕く。
オークが盛大に空ぶっている隙に、キキョウはオークの背後へと回りこんだ。
「ハッ!」
そして、狙い澄ました動きでオークの膝裏を打ち据える。
鋭い衝撃の走ったオークの足は、オークの意志とは関係なく曲がり、そして自らの体の重さに負けてオークは無様に膝をつく。
オークが膝をついたのを見て、セードーは飛び上がり、キキョウは背後からオークの後ろ頭を狙い澄ます。
「「ハァッ!!」」
そして、オークの頭をセードーの手掌とキキョウの棒が挟みつぶした。
大きな破裂音を残して砕け散るオークの頭。
そして次の瞬間には、残ったからだも砕け散り、後には何も――。
ガシャンッ!
「ん?」
いや、オークが手にしていた巨大なハンマーがごろりと地面に転がった。
基本的に、モンスターからのドロップ品はこのような形で残る。亜人種であれば装備していたものが、動物系であれば肉体の一部が、モンスターが最後に立っていた場所に一つだけ落ちる。
このドロップアイテムは全員が取得することができる。自分が手に取って消えても、他のプレイヤーもきちんと取得できるようになっている。
セードーは試しにオークのハンマーを手に取ってみた。
「“鋼の大槌”……そのままだな」
セードーは小さく呟くと、そのままインベントリへと仕舞い込む。
今までにもいくつかアイテムを拾っているが、セードーにとっては全て不要なものだ。なので、インベントリを圧迫してしまうようなアイテムは全て適当な値で売り払っていた。
見てみれば、キキョウも何かのアイテムを拾っているようだった。
「キキョウは何を拾った?」
「私は“戦士のベルト”でした。でも、特殊な効果はなかったです……」
「それは残念」
キキョウの言葉に首を振り、それからセードーはアラーキー達の方へと振り返った。
「先生。あらかた終わりました」
「おーぅ」
アラーキーは足元のナイフを回収し、セードー達へと近づいていく。
セードーはクルソルを取出し、ステータス画面を呼び出す。経験値バーの横には20ちょっとの数字が刻まれていた。
「ふむ……これなら、今回のステータスアップでレベル10に到達できそうだな」
「私もです! やりました!」
キキョウもどうやら目標としていただけの経験値まで溜まったらしく、嬉しそうに飛び跳ねる。
セードーはそんなキキョウの様子に軽く微笑んだ。
「これで、二人ともギアシステムとやらが解禁されるわけだな」
「はいです!」
「フフフ、気合十分だな二人とも」
喜ぶ二人を見てアラーキーはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「だが残念、レベルを上げただけではギアシステムは解禁されないのだ!」
「ええっ!? そうなんですか!?」
「そうだよ~。ギアシステム解放のための条件は、レベル10と特定のクエストのクリアなんだよねぇ~」
アラーキーの言葉に、キキョウは驚いたような大声を上げる。そしてカネレが続けて補足した。
「フッフッフッ……。では、ギアシステムを解禁するために、レベルを上げてミッドガルドへと戻るとするぞ!」
「はい、わかりました」
「お、おー」
意気揚々と叫ぶアラーキーに合わせ、セードーとキキョウは頷いたり手を上げたりする。
一行はそのままの足で、まっすぐにミッドガルドへと向かった。
なお、オークは腰巻一枚の紳士スタイルだった模様。




