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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第三章-宵闇の水面-
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第三章 ー23ー

「それで、我が愛し子よ。この茶番はいつまで続けるつもりかな?」


 泉滝は身動きひとつしない王から視線を海斗に動かすと、眉一つ動かさずにいた表情を崩し、からからと愉快そうに笑いながらそう告げたその瞬間。

 茶番、とようやく訝しげに、しかしようやく聞き取れるかどうかというような小さく弱々しい声を出した王のその一言すら、恐らく殆どの人間が聞き取れなかっただろう。

 大広間にいた宰相派の人間達は皆残らず地に伏し、尻餅をついていた宰相は何故か後ろ手に縛り上げられていた。

 縛られていた筈の和真は宰相の背中を足で踏みつけその顔を地面に擦り付けさせていたし、私はその一連の様子を煉華の腕に抱き締められながら、いつの間にか全開になった襖の向こうをただ呆然と眺めていた。彼女は心配していたとか、常和一人で大丈夫だったのか、私にも夕月にも怪我はないかなどと私に仕切りに話かけてくれていたが、何が起こっているのが理解できていない私では一言返答するという頭さえ働かず、ただ彼女の抱擁を黙って受けているだけで、視線はずっと奥に向けたまま動かせない。

 

「俺も夕澄も怪我ひとつないですよ、煉華さん」

「お前、本当に失礼な奴だな。それならお前もこっちに来れば良かっただろう」


 先程の緊張感が幻だったのかと思わせるほど普段通りの夕月の声と、呆れと若干機嫌が悪そうに低くなった常和の声、そしてそれに和真さん一人じゃあからさまでしょうがと返す煉華。ようやく思考が少しずつ戻ってきた私があれ、と零した声に応えたのは、やはりいつの間にか縄から解放され、心底おかしそうに笑いを堪えながら近づいてきた海斗だった。


「夕澄、それから夕月。怖い思いをさせて悪かったな。とはいえ夕澄はともかく夕月はこの状況にすらあまり動じてなさそうだが」

「まあ優秀だと名高いらしい清宝の妖浄士の方々がそんな簡単にやられるわけないと思っていましたからね、夕澄から話も聞いていましたし」

「ふうん。まあそういうことにしておくか」


 海斗はいよいよ堪えきれないというように一度大きな声をあげて笑うとすぐに収め、口角を上げてニヤニヤしたまま煉華と常和、そして和真の順で体ごと視線を動かす。


「和真殿、煉華殿。それから常和殿。協力に感謝する」


 海斗に名前を呼ばれた誰一人、返事は返さなかった。代わりに、小さく笑う声が常和と煉華から上がる。和真がそんな二人を呆れたように諫めるが、二人は謝罪をするものの、口角は上がったままだった。

 事態を把握できていないのは私と、宰相側の人間達、王、そして説明は後で聞きますと溜息をついて海斗に告げた汐、それから呆然と海斗を見つめる汐音だけのようだった。


「汐音」


 短く、しかし鋭く呼ばれた名前に汐音の身体がびくりと跳ねる。

 彼女の表情には怯えが混じったが、海斗は最初の一言の厳しさが嘘のように優しく表情を綻ばせ彼女の髪を撫で付けると、お前とはあとでちゃんと話をしないといけないな、と頬に手を当てて言った。そして後ろについていた汐を振り返ると、お前もなと苦々しく笑う。汐も、一度それに頷いてから同じような笑みを浮かべた。


「とはいえ、それは今のこの騒ぎをどうにかしてからだ」


海斗はにやけながら黙って様子を見ていた泉滝の方へ歩いていくと、膝をついて頭を下げる。


「泉滝様、ご協力感謝致します。人間の事情に巻き込んでしまい申し訳ありません」

「いや、我は結構楽しんでいたぞ。我を捕らえていたと思い込んでいた奴の間抜け面も拝めたことだしな。まあしかし、不用意にその身を危険に晒したことは咎めなければなるまいな。其方は能力者であり我が愛し子であるということの自覚が相変わらず足りない」


 泉滝の言葉に海斗は頭を上げて苦笑いで返した。泉滝は海斗に立ち上がるように言ってから宰相に向き直ると蔑んだ目で見下ろしながら鼻で笑う。宰相は先程まで地面に擦り付けられていた顔を僅かに持ち上げ、こちらからはかろうじて見える目で海斗と泉滝を憎悪のままに睨みつけていた。泉滝はそれを意に介することもなく、海斗に後でまた会いにくることを告げて水に溶けるように姿を消した。

 それまでの一部始終を王はただ声もなく、身動き一つもなく眺めているだけだったが、ここに至ってようやく我に返って泉滝の名を呟くと、部屋の入り口にいた私たちを数秒眺め、一人残らず地に臥したこの国の妖浄士達を眺め、そして最後に何かを確かめるように海斗に目を向ける。海斗がひとつ頷くと、王はそれまで困惑の色を浮かべていた表情を一瞬で引き締め、未だ海斗を睨みつけたままの厳しい目を向けた。


「どうやら私は酷い勘違いをしていたようだ」


直視することも苦痛だというように顔を顰めてすぐに逸らした王は、妖浄士達をもう一度眺めひとつため息をつく。


「いつの間にここまで腐っていたのだろうな、我が国は」


王は宰相に何か弁明はあるかと聞くが、宰相は一言もそれに答えずただ瞼を下ろす。それを見てから、王はもう一度ため息をついて、また広間全体を見回す。そして最後に和真に向かって申し訳なさそうに口を開いた。


「和真殿、すまないがもう暫くの間その者を捕まえておいて欲しい。情けないことに今この場には私が頼りにできる者が誰もいないようだ。もうすぐ海斗の私兵がここにくる筈だから、そうなれば海斗の権限で話が進むだろう」


未だに身動きひとつしない涼優の妖浄士達は宰相側の人間であって王についているわけではないというのは、この一連の騒動を見ていれば想像はつく。和真は頷きながらも複雑そうな表情を浮かべるが、海斗が王の言葉に首を振る。


「この件は貴方が引導を渡すべきだ」

「しかし海斗」

「王よ。今この時こそ先代の時代に幕を引く時なんだ。貴方も、そして俺も。この国もまた、変わらなければならない。それはかの国とは違った形でなければならない。それには貴方の存在が必要なんだ。いい加減覚悟を決めろ」


 海斗は厳しい言葉を王にかけると、王は息を呑んで、何か迷うように何度も口を開いては閉じることを繰り返した後、ただ静かに一度頷いて、それ以降は顔を俯かせることもため息をつくこともしなかった。

 程なくして駆けつけた海斗の兵達に、海斗は宰相とこの場の涼優の妖浄士達全員、また騙されていたとはいえ共犯には違いない汐音を城に連行するように命じた。汐音はまるで魂が抜けたかのように抵抗すらせず、海斗や汐に目を向けることもなく連行されていく。汐はその後ろ姿に彼女の名前を力なく呟いたが、振り返ることもなく彼女は姿を消した。宰相や妖浄士達も連行され、王もまたその一行と共に部屋を後にしたが、部屋を出る直前に彼は後で汐音と話をする時間を作ろうと海斗に提案し、海斗は頷くことでその提案を受け入れた。宰相が連行されたことで、今まで彼を捕らえていた和真もようやく手が空き、私達の方に歩いてきて申し訳なさそうに頭を下げる。


「夕澄様、夕月様、常和がついていたとはいえ危険に晒してしまい申し訳ありません。この責任は帰国後必ず取らせていただきます」

「え⁉︎ 責任とかそんなのいいですよ。色々説明はして欲しいですけど。私、未だに状況がよくわからなくて」

「いや、当然、納得がいくまで説明はさせていただきますがーー」

「俺も夕澄も無事だし、それでいいじゃないですか。それに敬語、戻ってますよ。ここには俺達以外誰もいませんが」


 私の後ろから夕月がそう和真に告げると、和真は困惑したように何度か瞬きをしてから、そうだったな、と口調を元に戻して頷いた。それに私と夕月が頷いたところで、海斗が私達の間に入る。


「俺も夕澄と夕月には謝らなければならないが、それより二人はそろそろ休んだ方がいい。俺としたことが患者に今日一日無理をさせすぎてしまった。詳細は明日だ、明日」


 そうして私と夕月は二人とも海斗によって部屋に追い立てられ、その後、明日まで一切の外出を禁じられた。食事も部屋に運ばれるという徹底ぶりで、おまけに胃に優しい病人仕様。折角もう大丈夫だというお墨付きをもらったというのに、病み上がりに騒動になったことで海斗の過保護が復活してしまったと煉華にこぼすと、彼女はおかしそうに笑い、自分の膳にはついてきていた果物をこっそり分けてくれる。内緒ね、と彼女が微笑むのに笑い返すという穏やかなやりとりに、私はようやく慌ただしかった一日の終わりを実感して息をつくことが出来たのだった。

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