表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第三章-宵闇の水面-
69/74

第三章 ー21ー

「ふざけるんじゃないわよ!」


 清水本家の裏門から敷地に入ろうとした時のことだった。

 癇癪を起こしたような声が私の耳を貫く。言葉がはっきりと聞き取れたのは一瞬だったが、ただ感情のままに何かをぶつけているような声がそれに続いて延々と聞こえてくる。その声の持ち主まで距離はあるようで、一番初め以外は遠くから微かに聞こえてくる程度のものでしかなかったが、それのせいで余計に先程一番初めに聞いた声の声量がどれほどのものだったのかが際立っていた。

 裏門の前には見張りはどこにもいなかった。それどころか、こういうことに慣れている常和が先頭になり警戒しながら慎重に敷地に入ったが、声が未だに聞こえてくる以外は不気味なほど静かで人一人いない。


「今この家にいる人間は全て大広間に集められているようだぞ」


急に背後から聞こえてきた声慌てて振り向けば、そこには先程牢で別れたばかりの泉滝が悠然と立っていた。


「泉滝様……?」

「おや、久しいな。そうか、海斗が向かわせたのはお前だったのか」


 泉滝の名を呟いて唖然と立ちすくむ男性に、先程私達が見送ったばかりのこの国の守り神は、口元に人差し指を当て、静かにするように告げる。


「もしかして、あの鍵は貴方が?」


 そう問いかける男性に泉滝は首を振る。


「鍵をあの子に渡したのは別の人間だ。しかしその話は後だ、今は、他にすることがあるだろう?」


 そう言って、泉滝は女性の叫び声がまだ響いてきている方角を指し示した。

 彼は緩く笑い、敵のいない道を案内してやろうといって、私達を先導した。大広間へと近づいていくにしたがって次第に声は大きくなっていき、会話も徐々に聞き取れるような音量になる。


「先程から何を仰っているのかよくわかりませんな」

「言ったじゃない、婚約を破断にするだけだって」

「おや、汐音様が婚約を破断になさりたかったとは初耳ですね。陛下、この女は蒼龍姫様とその血縁者に危害を加えようとしただけでなく、陛下との婚約を破断にしたかったそうですよ」

「違うわ、全部けしかけたのは貴方じゃない、そうすればまだ兄様と一緒にいられるって」

「ですから、そんな事実はないと申し上げている。それとも証拠があるとでも? こちらは貴女に指示を受けてやったと証言している者も多数いるのですが?」

「そんな、私じゃない」


 宰相と会話している汐音の声は、段々と声量を落としていく。それに伴って段々と涙声になり、最後には全く聞こえなくなってしまった。


「この不始末、どう責任を取るおつもりなのでしょうね、海斗様?」


 宰相がそう海斗に告げる。海斗の声は聞こえなかった。

 宰相達に見つからないギリギリまで近くに来た私達は、その傍の部屋に隠れ、息をひそめて様子を伺っていた。現在は身を隠すことが出来る泉滝が中の様子を伺いに大広間に行っている。

 私達が確認しなければならないのは、まず煉華と和真が無事がどうかと、現在ここにいるのかどうか。そもそも私達が最初に捕まらなければならなかったのは、煉華と和真のことが大きかった。彼らがどのような状況にあるのかわからない以上は、常和も迂闊に手出しを出来なかったのだ。あの時、宰相は罪人の仲間として処刑すると言ったが、『何の理由もなく』宰相に手を出したという理由だけがあれば、それが後付けの嘘だったとしてもあの場では証人がいないため、それが十分処刑理由になってしまう。しかし今ならば、夕月の予想が正しければ王と宰相に繋がりはなく、王がこの場にいる以上、宰相が嘘を吐くことは出来ないため煉華達の身の安全は確保できる。

 今の状況で宰相が常和や煉華達を裁くためには、『蒼龍姫に危害を加えようとした』、あるいは『守れなかった』という条件が必要になってくる。そもそも清宝の妖浄士である常和達に危害を加えること自体、清宝に喧嘩を売っているようなものなのだ。だから処罰するためにはそれなりに理由が必要になる。恐らく、煉華達はそれで海斗達と共に処罰されようとしており、そのためにこの場に連れてこられているだろう、というのが夕月の考えだった。

 泉滝を待っている間も、私達は大広間の声に耳を澄ませていた。困惑したような王と、宰相の会話が聞こえていた。 


「宰相、汐音殿がやったという証拠は本当にあるのか?」

「私の指示で蒼龍姫様方をこの娘の屋敷に救出に向かわせております。ただ、どうも大人しくさせるために薬を飲まされているという情報が入ってきておりまして。どうも睡眠薬のようなのですが、医術の心得がある清水家ならば手に入れることも容易でしょう」


 宰相のその言葉は、私達がそれを飲まされる危機にあったことを表していた。常和が先程敵と対峙した時に、彼らが瓶に詰められた液体を持っているのを発見していたのだ。それは、宰相が私達を捕まえに来たときに常和が飲まされかけたものと同じものだろうと思われた。

 泉滝が戻ってきて、煉華と和真は確かに大広間にいたということを私達に告げる。縄で縛られた状態だが外傷はないらしい。後は、私達が大広間に行って、海斗の無実を証明すればいい。

 すぐにでも海斗を助けたかったが、丁度王と汐音が話し出したタイミングで、男性によってそれを止められる。一番焦っていた筈の男性は、今は黙って目を閉じて、王の話に耳を傾けていた。


「汐音殿……私は何故、貴女が私との婚約を破談にしようとしたのか、それが知りたい。私の何が気に入らなかったのだ?」

「陛下が気に入らなかったわけではありません。私はただ、海斗兄様が私を厄介払いしたいのだと思ったのです。もう私が、いらないのだと。後宮に入れば今度こそ本当に、兄様と滅多に会うことが出来なくなります。私はただ、兄様とまだ一緒にいたかっただけなのです」

「……そうか。では何故、それを海斗殿に直接言わず、蒼龍姫様に手を出してしまったんだ」

「彼女が蒼龍姫なんて知りませんでした。そんな情報は私には入ってきませんから。ただ兄様のお客様というだけで普通の姉弟だと思っていたし、婚約の破談に繋がると聞いて、少し困らせるくらいなら構わないかと思っただけです。敢えて言うのなら、姉弟で仲良くしているのが気に入らなかった、ずるいと思った、普通の姉弟でいられることが。私はもう利用されるだけしか価値がないのに」


 汐音、と名前を呼ぶ海斗の声が聞こえる。それと同時に、汐音様、と男性が隣でつぶやく。

 心の距離が離れた訳ではないと思っていた私の予想は、結果として間違っていなかった。しかし、二人がどこかすれ違っているということだけは確かなような気がする。海斗が誰かを汐音の言うように扱うとは思えなかった。

 同時に、自分と夕月が嫉妬されているという事実が複雑で仕方がなかった。男性から言われた時もそうだったが、私達は普通の姉弟に見えている、そのことが私には痛くて仕方ないのだ。そんなことを言って貰う資格は私にはない。しかし、今はそう見えているのだということが私を安心させもする。


「陛下、この女を斬り捨てましょう」


 宰相の声が響き、刀が抜かれる音がする。汐音の短い悲鳴が上がり、海斗の焦ったような声がした。

 それと同時に、男性が急に立ち上がり部屋を飛び出す。止める間もなく行ってしまって、私は慌てて追いかけようとした。しかし今度は泉滝によって、それを止められる。彼は行かせてやれ、と告げた後、私達は落ち着いてゆっくり大広間に向かうようにと言い、自分は先に行ってしまう。夕月と常和も私を引き留めて、焦る私を落ち着かせようとした。

 その間にも、大広間での会話が絶えず聞こえてくる。


「宰相、何とかならないのだろうが。仮にも妻として迎えようとした彼女を処罰するのは忍びない」

「そういう訳にはまいりません、陛下。この世界の至宝ともいえる蒼龍姫様とそのご兄弟に危害をなした時点でその罪は重い。命をもってですら償えない程に。このまま放置すれば他国との軋轢にもなりましょうぞ。しかし今ここで処罰を行えば、我々は蒼龍姫を守るという大義名分を得ることができるでしょう。そうすれば我が国は安泰です。清宝には蒼龍姫を守り切れなかった責任を取って貰わねばなりませんしね」

「しかし……やはり、私は」

「陛下、ご決断を。蒼龍姫様方が到着されるまでに処刑を決行しなければ、安全な場所から来たという彼女達に血を見せることになる可能性があります。睡眠薬がどの程度の強さかわからないのですから」


 王は処刑を戸惑っているようだった。しかしやがて、仕方ないのかという言葉と共に、斬り捨てよという声が響く。私達が到着するまで待って欲しい、と海斗が止めに入る声が響くが、宰相によってそれは遮られた。宰相は、清水家当主である海斗もまた、責任を取らせて斬り捨てるべきであると王に告げていた。王がそれに対して、それはできないと戸惑いの声を挙げるが、汐音の時と同じように説得されかけていた。しかし王がそれに同意する前に襖が開かれる音が響き渡る。そしてそれよりも大きく、男性の声が響いた。


「お待ちください、陛下!」

(うしお)!?」

「汐兄様!?」


男性の声とほぼ同時に聞こえたのは、驚きの声を上げる海斗と、男性を兄と呼ぶ汐音の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=972115331&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ