表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第三章-宵闇の水面-
68/74

第三章 ー20ー

―夕澄視点―


 九重 陸火と名乗る人物が立ち去ってしまった後、私は暫くの間その場に立って、彼が去って行った方向を見つめていた。


「夕澄様、ヨウさんはなんて言っていたんです?」


 男性に尋ねられて、私は言葉に迷う。男性は私が陸火に言われたことを知らない。陸火が何故敢えて私だけに事実と名前を告げたのかがわからず、私は男性に陸火のことを言ってもいいのか判断がつかなかった。

 燃えるような夕日色をした燈樺の瞳や、鮮やかな紅色をした煉華の瞳とは違ったが、たとえ限りなく黒に近くても、陸火の瞳の色は間違いなく赤だった。男性は私より陸火に遠い位置にいたから、瞳の色までははっきりと見ていないかもしれない。

 そもそも男性はまだ陸火を宰相の部下だと思っているだろうから、やはり無暗に話すのは良くないような気がした。恐らく、私には言えて、男性には言えない事情があるのだろう。


「もう少し警戒心を持った方が良いって、それだけです。危うく捕まるところでしたしね」


 そう言って誤魔化すと、男性は訝し気な顔を見せたがそれ以上追及しては来なかった。彼は夕月達がもう着いているはずだといって、正規の道の出口に行こうと私を促す。私は黙ってそれに従った。

 陸火のことは、後で煉華にでも聞いてみればいい。陸火は燈樺と煉華をよろしくと言っていたから、恐らく海斗が煉華に以前言っていた“もう一人の兄”というのは陸火のことのような気がした。そうでなくとも、同じ九重家の人間なのだ。煉華に陸火のことを聞いて見れば、陸火の素性は多少はっきりする筈だ。それ位は許されるだろう。そう考えていると、ふと“もう一人の兄”の話題が出たときに曇った煉華の表情を思い出す。本当は煉華に聞くことすらも許されないことなのではないか。


「しかし、こちらの道のこともばれていたとは……これではもう、取り返しが」


 私がどうしたらよいのか迷っている横で、男性がそう呟く。そして、いつ敵が来るか分からないからと私を急かした。確かに、もう陸火もいないし、緊急用の道がばれていたことを考えると急いだ方がいいのは分かり切っている。早く常和達と合流しなければいけない。男性が焦る気持ちもわかるし、私もこれ以上怖い思いはしたくなかった。

 暫く道なりに歩いていくと、大きな部屋に出た。男性によればそれは能力者に宛がわれている筈の部屋らしい。現在の当主である海斗は本家に住んでいるし、この家に住んでいる汐音は別の部屋を使っているためこの部屋は使われていないと彼は私に話した。そして、来た道を眺めては額を覆い、何かぶつぶつと呟き続けている。かろうじて聞き取れる言葉もあったが、殆どが声量が小さく聞き取ることが出来なかった。しかし海斗や汐音の名前が何度か聞こえたため、彼にとって今回のことが相当堪えているのは分かる。

 

「夕澄様は、ご兄弟は夕月様だけなのですか」


 顔を上げた男性が私にそう問いかける。私がそれに頷いてどうしてか尋ねると、彼は力無く笑った。


「二人きりの姉弟なら、普通は、あなた方のようにお互いを大事に思うものなのでしょうか」

「それは……人によると思いますよ? 仲が悪い兄弟も沢山いますし」


 私と夕月が普通の枠に収まるのかどうかはわからないが、少なくとも、仲が悪いとは思わない。でも、仲が悪い兄弟もまた普通にいることも知っているし、仲が良いことが普通な訳ではないだろう。

 男性は、そうですよね、と天井を見上げた。


「兄妹といえど、離れれば離れるだけ心の距離も開くのは自明の理、なのか」


 男性は天井を見上げたまま、かろうじて聞こえるくらいの声でそう呟く。

 汐音が何故海斗を裏切るような真似をしたのかはわからない。その答えは彼女自身しか知らない。男性はそれを、心の距離が原因だと思っているのだろうが、私は何故か、それは違う気がした。

 しかし、それが何故なのか言葉に出来ずにいると、常和と夕月の姿が視界に入る。彼らの周りには倒れた人間が複数いて、彼らもまた出口で襲われたことが分かった。


「夕月、常和!」


声を上げて彼らを呼ぶと、倒れた人間達を見ていた二人がこちらに顔を向ける。そして私達を見て、駆け寄ってきた。


「二人とも、無事だったか。敵に遭遇しなかったか?」


 常和にそう訊かれ、私は陸火のことを話してもよいのか迷い口ごもる。しかし、男性が私が答える前に助けてくれた人間がいたことを話してしまい、常和が眉間に皺を寄せる。そして彼からも、もう少し人を疑うことを覚えろと言われてしまった。宰相の部下と名乗る人間が緊急用の道に潜んでいたことからしてすでに怪しいだろう、罠だったんじゃないのか、と疑う彼に、確かにそういう危険性もあったことに今更気付く。

 陸火に感じた親近感は恐らく彼が九重の人間だったからだろう。男性は何故信用したのだろうと思い彼に目を向けると、刀を渡された時から警戒心がなかったことを告げられた。常和がそれに唸り声を上げる。返されたのは彼の刀だったからだろう。

 しかし確かに考えてみれば妙な話で、何故陸火は緊急用の通路まで知っていたのだろう。宰相の部下でないのなら尚更おかしい。一体、陸火は何者なのだろうか。


「何か気になることがあるのか?」


 夕月に声を掛けられて、私は頷いた。そして夕月なら話しても大丈夫だろうと思いこっそり彼に陸火のことを告げると、彼もまた首を傾げる。そして常和を呼んで陸火のことを話すと、常和が目を見開き私を見た。そして口元に手を当てて何か考えるように数秒沈黙したあと、今度は私の目を真っ直ぐに見て、口を開いた。


「それは本当の話か、夕澄」


 頷くと、そうかと言って常和はまた何か考え始めた。それを見ながら、私は夕月に何故常和に伝えたのかと聞いてみる。彼は首を傾げると、問題はないだろうと返してくる。


「どうしてもばれたらまずいならお前にいうこともないからな。言いふらされる危険もある」

「じゃあなんで私だけに色々伝えたの?」

「詳しいことまではわからないけど、九重家の人間ということをそこで男性にばらすわけにはいかなかったんじゃないのか? どちらにしても宰相の方にばれている以上、もうあまり意味のない通路ではあるけど、その人がどうやって緊急用通路のことを知ったのかはわからないが一応は清宝の人間だろう、どこで情報を得たのか問い詰められたら面倒そうだ。ただそれも多分、その場をしのげればよかったんだろうけど」

「そうだな。陸火様なら、緊急通路のことは海斗様に直接聞いた可能性が高いだろうから、少しでも引き留められたくなかったんだろう」


 何か考え込んでいた常和が私達の会話に入ってくる。陸火のことを知っているのかと尋ねると、彼は苦笑して、当たり前だ、と返してきた。


「彼は、九重本家の嫡男で次期当主、燈樺様や煉華の兄上殿だ。そして、俺達妖浄士を取りまとめる妖浄士長も務めていた、とても優秀な人だ」

「ちょっと待ってください、彼が九重 陸火様? それは本当ですか」


 唖然としながら聞いているだけだった男性がそこでようやく口を開く。


「確か陸火様は四年前から行方不明だった筈では」

「そう。あの戦争が終わって一年程してから、彼は姿を消していたんだ。だから皆、何かあったのではと思っていたのに」


 常和は眉間に皺を寄せて何故今更、と言った後に、煉華が怒り出すな、と苦笑いした。


「煉華さんの兄、ということは随分若い方なのでは? それで妖浄士長ですか」


 夕月が常和に尋ねると、常和は頷いて、本当に凄い人なんだと言って笑う。そして、陸火の年齢は二十七だと教えてくれた。燈樺が二十歳だから、歳はそれなりに離れてはいるが、夕月の言う通りまだ若い方だろう。しかし、常和は彼が妖浄士長になったのはそれなりの訳があるとも言う。

 長く続いていた戦争が終わった時、清宝の先王は、人との争いを知らないものに後を任せたいと譲位し、志輝が即位した。それに伴って、その時に清宝にいた妖浄士達も、先王に倣いその職を降りることになった。万が一のことを考え現在も地方に赴任している者も多いが、中央に残ったものは陸火以外他にはいないという。結果自動的に当時一番優秀だった陸火が妖浄士長を務めることになった。

 しかし、その陸火も暫くして何も言わずに姿を消した。現在、妖浄士長は仮に雅人が務めてはいるが本来は空位状態だという。雅人が、必ず陸火が帰ってくるからと言っているらしい。


「まあそれよりも今は海斗様のことだ。一刻もはやく彼のところにいこう。案内を頼めるか」


 常和が男性にそう尋ねると、男性は頷いて、こちらですと言って歩き始める。私と夕月が中央に、常和が最後について、海斗がいる本家までの道を行く。向かうのは敵陣の中央だからと夕月が私に告げた。


「危険だけど、海斗さんを助けるためにはそれしかないと思う。問題は和真さんと煉華さんだけど、こっちも多分大丈夫だ。それをさっき常和と話していたんだけど、王と宰相に繋がりがなく、和真さんと煉華さんが捕まっているのは城。海斗さんを糾弾するのが目的ならこの国の王もそこにいる可能性が高い。だから多分、二人もそこに一緒にきている可能性が高いと思う」

「城じゃなくて? 普通連行するんじゃないの?」

「海斗様は清水の当主ですから。この国では王と対等、城に連行して裁くことは出来ないんですよ」


 男性から補足が入り、私は納得した。この世界の聖なる貴族は国王と同等かそれ以上なのだ、そういうこともあるのだろう。

 そうして、私達は海斗の所へと向かうことになった。

 その先で何を知ることになるのか、この時私は予想もしていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=972115331&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ