第三章 ー19ー
― 常和視点 ―
「随分と夕澄に信用されているんですね」
気配を消して、見えていた灯りが歩いてくるのを待ちその敵を全員伸した後、後ろを着いて来ていた夕月にそう言われて、俺は振り返って首を傾げた。
「俺が離れたところにいくことになっても平気そうにしているあいつは久しぶりに見ましたよ。ましてこっちは通常よりも危ない道ですからね。自分が言い出したこととはいえ、少し想定外でした」
夕月は俺の傍に歩いてきて、もう少し説得に骨が折れると思っていたと笑っている。俺は敵が持っていた灯りがまだ使えるかどうか確認しながら、その言葉にどう返せばいいのか迷っていた。
夕澄が夕月に執着しているのは、今までの彼女の態度を見て入ればわかる。だから、彼が俺についてくると行った時、夕澄はそれに抗議するだろうと思ったのは事実だ。しかし、彼女はそうしなかった。確かに夕月の言う通り俺は彼女に信用してもらっているのだろう。これから彼の護衛をする身といては助かるのだが、何故だろう、夕月の護衛をすることを夕澄と話していた時に彼女に言った“夕月は話しやすい”という印象とは裏腹に、先程夕澄達と離れてからずっと、夕月に対して違和感があった。
「お前は、夕澄とあの男を一緒に行かせて良かったのか」
「それは、あの男性が戦えないからということですか? それとも、怪しいという意味ですか?」
夕月はそういって首を傾げている。俺は、手元のまだ使えそうな灯りに火を点けながら、そのどちらもと答えた。俺は接したことはないまでもあの男を前に見たことがあるから警戒することはないが、夕月は違うだろう。戦えないという点では俺も不安はあるが、少なくともこちらへ共にくるよりは安全だ。
「戦えないということに関してはまあ不安はありますけど、俺達がこちらに来ていますからそう危険はないでしょう。逃走経路なんて万人が知るものではない筈です。怪しいということに関しては……まあ確かに、名乗りませんでしたからね。でも名前は知りませんけど、俺はあの人を知っていますから」
その返答に、俺は彼が夕澄がこちらの世界に来てから過ごしていた時間をこの国で過ごしていたことを
思い出す。それならば彼に会ったことがあってもおかしくない。それでは海斗の妹のことは知らなかったのかというと、彼は、首を振る。
「あの男性は俺の治療の場にいたので知っているだけです。海斗さんが動けないでいる間は彼も俺の治療をしてくれていましたからね。海斗さんの妹とは関わることがなかったので」
「そうか、治療……か。お前、余程危なかったんだな」
清水の能力者が能力を使うことを許されるというのは、それだけ、彼の命に危険があったということで。異世界の人間だからということもあるかもしれないが、普通は余程のことがなければありえないことだった。夕月は俺の言葉に曖昧に笑うと先を急ぎましょうといって歩き出し、俺は慌ててその横に並ぶ。夕澄達と別れる直前に道を聞いたのは夕月だけだ。必然的に、俺は彼に頼らざるを得ない。情報を共有してもらうことも考えたが、夕月は頑なに俺に教えようとはしない。試しにもう一度訪ねてみたが、役割がないと落ち着かないんですよ、と夕月は首を振る。
「俺が夕澄達と一緒に行かなかったのは、実は理由がありまして」
道案内は口実だと夕月は言った。
それはそうだろうと俺も思っていた。彼は俺についてくる理由を保険だと言ったが、あの場は夕澄をそう言って納得させたかっただけなのだろう。夕月は、夕澄のいない所で俺と話してみたかったと言って俺を見る。
「夕澄は、この世界で上手くやって行けそうですか」
そう俺に問う夕月の瞳は真剣そのもので、俺は一瞬黙り込むしかなかった。その問いの意図もよくわからず困惑する。そんな俺に夕月は再び前を向き、話を続けた。
「あいつがあんなに楽しそうなの、俺は見たことがなかったから。もし可能なら、ずっとこの世界にいられればいいと思っているんです」
「夕澄は、ここにいれば蒼龍姫という立場に縛られることになるんだぞ」
「それでも、能力者が皆不幸というわけではないでしょう。それとも常和さんは夕澄はここにいないほうがいいと思っているんですか?」
その問いに、俺は首を振る。そして、彼女がそれを望むなら、いくらでもここにいればいいと思っていること、そして煉華達もまたそれは同じだろうと言った。その答えに満足したのか、夕月は笑みを浮かべる。
夕澄の世界は俺達の世界よりもずっと平和な筈なのに、彼は何故そこまで夕澄をこの世界にいさせたいのだろうか。それに、夕澄は夕月と離れようとは思わないだろうから、夕澄がこの世界に留まるということは夕月もまたそうなるということだ。清宝がどういう国なのか、彼はまだ知らないのに。それを告げると夕月は、俺のことはいいんですと言った。その返答にも、やはり違和感があった。
夕澄と一緒に彼といる時には感じることのない違和感の正体を、今すぐに掴まなければいけないのではないかという焦燥感に駆られる。
「あいつは俺に縛られるべきじゃない。もっと自由に生きていい」
夕月はそう小さく呟く。その声は何かを決意しているような意志を感じさせられた。焦燥感は増すばかりで、それなのに答えが見えてこない。
「そういえば清宝での俺はどういう立ち位置を期待されているんですか」
「立ち位置?」
「夕澄の弟としてなのか。“蒼龍のもう一人の子孫”としてなのか」
夕月が立ち止まって俺を見る。俺は、どう答えるのが正解なのかわからなかった。ただ、知っているのかと彼に告げる。すると彼はまた笑って、貴方はやはり知っていましたね、と返してきた。
「詳しい事は、蒼龍のことがこの国に噂で流れてきてから調べて知りました。だから確認しておきたかったんです。蒼龍のもう一人の子孫として期待されても俺は応えられないから」
「……理由を聞いても?」
「そのうちきっと分かります、とだけ。別に隠すつもりはないんです。ただ、夕澄には知られたくないので、可能性は少しでも減らしておきたくて。ガッカリしましたか、期待外れで」
「期待外れなんてことは、ない。少なくとも俺は、お前になにかの役割を期待しようとは思っていないし」
意外そうにこちらをみる夕月の顔をじっと見つめる。疑われているのだろうか。しかし、今言ったことは間違いなく本心だった。
「国や世界の意向はわからない。俺達にはそういう話は入ってこないからな。でも俺は、役割とかじゃなくてお前自身とちゃんと向き合いたいと思っているよ。護衛対象としてでもなく、できれば友人として」
夕月は顔を逸らし、暫く黙っていた。それから、だから夕澄は、という微かな呟きが届き、彼はまた俺に向き合う。
「俺のことを友人だと思ってくれるのなら、お願いがあります」
「ああ、なんだ?」
「これから先、何があっても必ず夕澄を守ってください」
それは、勿論当然のことだったから俺は頷いた。彼はその返答に柔らかい笑みを浮かべて、絶対ですよと言う。そして、彼はまた歩き出した。俺もまた歩き出して、彼に話しかける。
「友人と認めてくれるなら、その敬語どうにかならないか」
「別に敬語でも友人は友人だと思いますけど。……でも、そうだな。じゃあ敬語はなしで」
夕月の返答にそれでいいと返す。本当はずっと気になっていたことが解決できて良かった、と俺は笑みを浮かべた。しかし、先程から感じていた違和感は相変わらず消えない。
そのうち出口が見えてきた。思ったよりも早く到着したことに驚きながら、俺は夕月に声を掛けようと彼を見る。すると彼も俺を見ていた。
「常和、と呼んでもいいんだよな」
「ああ、かまわないが」
敬語の取れた夕月に、自分で言っておいて若干変な感じがするなと思いながら、俺は頷く。
「じゃあ、常和。夕澄達と合流したらすぐに海斗さんの所に行くから。けど、恐らくそこにはもう、宰相達がいると思う。本来ならさっきの奴らが俺達をそこに連れていくことになってたはずだろうし」
「それは、そうだろうな。敵陣に乗り込むことになるわけか」
「うん。だからなるべく俺達から離れないでいて欲しいんだ。それから、さっきの約束。絶対忘れないで欲しい――仮に、俺に何かあったとしても」
俺は、言葉を失くした。しかし夕月は言いたい事を言った後は黙々と歩き続けるだけで、それ以上俺に対して何も言ってはくれなかった。出口の扉はもうすぐそこにあった。




