第三章 ー16ー
「良かった! ご無事でしたね」
駆け寄ってきた藍色の着物姿の男性は、乱れた息を整える事もせずにそう言って笑った。彼は自分は清水の分家の者だと名乗ると、鉄で出来た鍵を取り出して錠に差し込む。鈍い音を立てて錠が開くと、彼は助けが遅れたことを謝罪して、牢の扉を開けた。
「やはりこちらでしたか。海斗様の言葉は正しかったですね」
「海斗様は無事なんですか!?」
私は思わず声を上げていた。男性は勿論と微笑み、この後は少し大変ですがね、と苦笑しながら、2本の刀を常和に渡す。常和は礼を言ってそれを受け取った。どうやら没収されたはずの常和のものらしく、よく取り戻せたなと言いながら、常和はそれを一度抜いて刀身をじっくりと見てから鞘に戻し帯刀する。男性は常和の言葉にそれがですね、と首を傾げた。
「それは、宰相の部下が持ってきたものなんです」
「宰相の部下?」
「ええ。妖浄士を名乗っていましたよ。この国の妖浄士は皆宰相についたと思っていたのですが、そういうわけでもなかったようですね。丁度そこで会ったんですよ。顔は良く見ていませんけど」
男性の言葉を聞いて今度は常和が首を傾げた。そこで会ったのなら、その宰相の部下は何故姿を見せないのかと夕月が男性に尋ねると、会っても警戒されるだけだろうと言って去っていったという答えが返ってくる。
「正直なところ、私も警戒していたんですが。周りに他に人もいませんでしたし敵意もなかったもので。それに、私にあっけなく刀を渡しましたからね。私は武術の心得はあまりないのですが、それでも普通武器になるものを相手に渡しはしないでしょうから、大丈夫なのではないかと」
「まあ、刀に異常もないようだから心配はないんだろうが」
常和は不思議そうにしながらも、それ以上のことは言わなかった。夕月は何か考え込んでいるようだったが何も言わず、暫くしてから、それより早く脱出しなければと私達を急かした。
廊下はやはり暗く、男性が持ってきた灯りと、壁際におかれた少ない燭台だけが私達の行く道を照らしてくれる。道中、海斗のことがどうしても気になっていた私は、歩きながら男性にそれを聞いてみる。
「少し厄介なことになりそうですけど、何も問題ないですよ。海斗様は黙ってやられているような方ではありませんからね」
男性はそう言って、誇らしげに笑った。城下は随分な騒ぎになったようだった。何故、助けてやらなかったのかという声も上がったし、蒼龍姫である私をさっさと行かせてしまったという批判もあった。しかし一方で、海斗を庇う人間もいたらしい。それは、海斗が普段、患者を救うために尽力しているのを知っている者達だった。直接的にでも、間接的にであっても、殆どが海斗によって助けられた者達だった。
「海斗様は、本当は誰よりも、自分の力を使って治したいと思っている。ですが清水の能力者は、本当に危険な時以外には能力を使うことを許されていません」
「皆、能力に依存するからですか?」
散々、ここに至るまで言い聞かされてきたことだ。だから、それが原因なのだろうと、確信に近い形で聞く。しかし男性はゆっくり首を振って、険しい顔をした。
「それも勿論理由としてはありますが。一番大きな理由は、代償が大きすぎるからです」
代償、と思わず呟くと、夕月が隣で副作用のことですかと聞いた。男性はそれに頷いた。
副作用。私も能力を使ったことで暫く悩まされたし、緑姫である碧も随分辛そうだった。それを思い出していると、男性は、貴方がお会いした緑姫様は、と私を見て言った。
「能力者の中では副作用がないほうですね。生命力を削るだけで済んでいる。それに言い方が悪いですが、護人という身代わりもいる」
「え、副作用って皆にあるものじゃないんですか?」
「ええ。彼女は本来徐々に身体が衰弱していくだけです。しかし、彼女以外の能力者はそうではない。彼女以外の能力者は皆、能力の使用には必ず代償が伴うんです。貴方の発熱もそうですよ」
そういえば碧は怠そうにはしていたが、発熱したとかそういうことはないようだった。私はてっきり副作用は皆にあるものだと思い込んでいたが、そうではないのだ。
「能力は生命力を媒体として力を使っていると言われているのですが、副作用というのは、その力が人体に高負荷を与えることによって身体に何らかの負担がかかっている状態を指します。とはいえこの負荷というのは、一般的なものとは多少違うんですよ。何せ神の力が要因ですからね。海斗様の場合は――」
男性は、一度深く、深く息を吐いた。
「海斗様の場合は、治した傷や病気に比例して酷い貧血状態で身体を動かすことができなくなります。夕月様の時もそうだったでしょう」
男性に目を向けられた夕月は、少しの間沈黙していたが、そうですね、と返事をして男性を見返していた。そして、私は街で噂になるくらいには海斗が城下に降りなかった理由を理解する。海斗は夕月を助けた副作用で動けなかったのだ。だからあの城下の騒ぎの時、夕月は随分動揺していたのだ。
あの女性の夫を助けられなかったことじゃない。いや、もしかしたらそれもあるのかもしれないが、海斗が、自分のために動けなくなっていたことを思い出して気に病んでいたのだろう。
「代償が大きすぎるため、能力を使い過ぎては命に関わります。そのため、清水家は能力をあまり使わなくて済むように使用を禁止し、そのことであまり支障が出ないように代わりに医療を発達させることにしたんです。能力者を守るために。それでも、海斗様はそれを憂いて自らこの国一番の医術を身につけ、研究もし、医療の発展に重きをおいた。自分の能力を使わなくても人々を助けられるように。……その成果として、多くの人が助かった」
その成果を認めている人間も多いのだと、男性は嬉しそうに微笑んだ。今回、海斗に文句を言った人々から海斗を庇ったのは、そうやって海斗が助けてきた人達なのだと。そして、自分達の当主が彼であることを誇りに思っている人間も多いのだと言った。
清水の者は医術を嗜んでいるものが多く、自分もその一人だという。そして、件の女性の夫を最初に治療したうちの一人もまた、自分だといって眉間に皺を寄せた。
「私達の能力が足りなかったばかりに、海斗様に苦労をさせることになってしまったことは悔しい限りです。しかし、どうもこの件に関しては違和感しかなく」
「どういうことですか?」
眉間に皺を寄せたまま不思議そうに首を傾げる彼に、そう問いかけたのは夕月だった。
「少なくとも怪我自体は私達の治療である程度良くなったはずです。経過もきちんと見ていました。傷は塞がり、妖障など欠片も感じさせない程、回復していたはずです。ですが、海斗様の指示で彼を見に行ってみると何故か傷が広がっていました。妖障の方は問題はなかったんですが」
治療のために女性の家を訪れた男性は、その状態を見て驚いた。話を聞いてみようにも会話も出来ない状態で、取り敢えず治療を優先することにしたものの、患者を看病していた女性が、妖障で傷が広がったのだ、そんなことをしてもどうにもならないと泣き喚いて手も付けられない状態で治療に時間がかかった。一通りの処置が終わった後、すぐに追い出されて蒼龍姫を連れてこいと言われた彼らは、私達の様子を確かめるために先に邸に戻っていた海斗に報告するために清水家の屋敷に戻ることにした。そしてそこで、私達が行方不明となったことで呆然自失状態の海斗に出くわすことになった。
宰相が何かしたのだろうと辺りを付けたはいいものの手がかりは何もない。一緒にいたはずの妖浄士――煉華や和真、そして勿論常和の姿もどこにもない。と思えば、城から彼らを捕えているという一報が届いた丁度その時に、男性は海斗と顔を合わせたのだ。しかし、捕えられたのは煉華と和真だけ。常和と、肝心の私や夕月の情報は何もなかった。
海斗は私達と離れてしまったことを随分後悔していたようだ。すぐに、男性たちにも私達を探すように命じ、自分は城に行って煉華たちを取り戻そうとしたのを家中のものに止められた。そんなことをすれば海斗の身も危なかっただろうからそれは正解だと常和が言ったところで、ふいに、何か考え込んでいた夕月が顔を上げる。
「――城に、捕えられたと伝えられたのは煉華さんと和真さんだけ、なんですね?」
夕月の言葉に頷いた男性をみて、夕月が口角をあげた。
「やはりそうですか。あの宰相、どうやらこの国の王と繋がっているわけではないようですね」




