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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第三章-宵闇の水面-
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第三章 ー13ー

「能力者というのはどうしてこうも傲慢なんでしょうね」


 部屋に立ち入ることなく廊下から私を見下ろしている宰相は、そう言って口角を上げた。

 屋敷の中は静かで音1つが存在感を持って響く。常和が刀に手を掛ける音も耳に届いていたが、私は宰相から目を離すことが出来なかった。宰相が笑ったのは一瞬で、後は無表情のまま。彼の後ろには二人の人間が刀を構えて立っていて、その刃先は私と夕月に向けられている。例えその切っ先が今届かない距離にあったとしても、身体の震えが止まらない。


「自分が力を使わなければ死ぬような人間を放置することが出来る」


 先程貴方が見捨てた女性の夫のように、と続けられた言葉に、私は息を呑んだ。


「この世界で存在が許されるのは精々緑姫様くらいでしょうな。しかしそれも、本来は私達人間の手によって管理されるものであるべきだ。知っていますか、蒼龍姫様。この世界で毎日何人の人間が死んでいくのか……。何人の人間が、能力者を恨みながら命の終焉を向かえるのか」

「……能力者も人間です」


私の言葉に、宰相はわざとらしくため息をついて私を睨み付けた。


「違いますよ。彼らは人ならざる力を持つ化け物にすぎない。当然、その一族も」


 勿論貴方も、と彼は私を睨み付けたまま笑う。そして視線を夕月に向けると、貴方もでしょうなと告げる。関係のない夕月にまで話が及んだことに腹が立った。ただでさえ、能力者を蔑む彼の言葉が悔しくて仕方ないというのに。しかし言葉が出てこなかった。化け物、という言葉が、確実に胸を抉っていた。

 碧は化け物ではない。海斗だってそうだ。海斗の能力は知らないが、城下での女性の発言から、治療に関わるものであることくらいは予想がつく。そのどちらも、誇っていいはずのものだ。

 なのに、自分のことになるとわからない。蒼龍姫であることが分かってから、ずっと自分が得体のしれないものになってしまったような気がしていた。態度を変える人々や、この国の城下の人々の反応。自分は異端なのではないかと、いつも思い知らされているような気がしていた。


「撤回して頂きましょうか」


常和が刀に手を掛けたまま、宰相を睨み付けていう。


「夕澄も夕月も、化け物などではありません。勿論、他の能力者も同様に。彼らも人間だから限界があり、助けられる者に限りがあるだけのこと。第一、彼らがいなければ苦しんで死ぬ人間が増えるだけの話だ。それを化け物呼ばわりなど、とても人間ができることとは思えませんね」

「おや。それを貴方の口から聞くとは思いませんでしたな。貴方は結界の守りからもれた村の唯一の生き残りでしょうに」


宰相の言葉に思わず小さく声を上げてしまって、常和の視線が一瞬こっちに向いた。しかし、その視線をすぐに宰相に向ける。宰相は鼻を鳴らすと、


「そもそも清宝は能力者を一族が匿っている国ですからな。我々の苦悩などおわかりいただけないでしょう。対等などと、笑わせてくれる。実質は、双絆(そうはん)のようにいつ国を乗っ取られてもおかしくない。真に残念ながら、この国でのあの小僧の地位はそれだけ確立されてしまっている。とはいえ、あの小僧の地位も今日までだ」


怪しい笑みを浮かべた宰相に、常和がどういう意味だと問いかける。しかし宰相は何も答えなかった。その代わりに刀を構えていた二人が廊下から部屋に入ってくる。常和が刀を抜いて私と夕月の前に立とうとしたが、宰相はそれを制止した。


「もし貴方がこちらの人間に傷一つでもつければ、……貴方のお仲間二人は罪人の仲間として処刑させていただく」

「……なんだと?」

「勿論、何もしなければ彼らには何もしません。あの九重の娘も、一族のものとはいえ能力者ではない。命まで取りはしませんよ。今は彼らには少し眠ってもらっているだけです。蓮葉を見ている筈なのに、屋敷の者だからと油断する貴方方が悪いのですよ。それに、まさかこの二人だけで私達がここに来ているとはよもや考えてはいないでしょうね」


 宰相のその言葉と共に、刀を持つ二人の後ろから更にぞろぞろと人が現れる。常和は舌打ちした後、刀納めて、それでも私達の前からは引かずに宰相を睨み付けていた。夕月が彼の袖を引き名前を呼ぶことで気を引いて振り向かせる。夕月の声を久しぶりに聞いたような気がした。彼は、怯えたような様子も見せず平然と常和を見ている。常和は困惑した目を夕月に向けたが、夕月は緩く首を振った。


「ここは、取り敢えず相手に従いましょう。それが一番、誰も危害を加えられる心配がないでしょうから」

「夕月」

「俺も夕澄も大丈夫ですよ。手荒なことはされない筈です。この人は俺達を飼い殺しにしたいだけだ。そうでしょう?」


 夕月は宰相をじっと見つめる。それに鼻を鳴らして宰相が渋々といったように頷いた。常和は夕月と宰相を交互に見た後、ようやく体から力を抜く。夕月はそれに頷いてから宰相の前に立つ。


「連れていかれるのは俺と夕澄だけですか」

「そのつもりだ。追いかけられては面倒だ、眠っていてはもらうがね」


 夕月の問いに、宰相が答える。私達が抵抗しないことを知って刀を収めた最初の二人が、何か液体のようなものを取り出す。睡眠薬か何かだろうか。煉華や和真もそれを飲まされたのだろうか。液体は常和の目の前に差し出されたが、彼は首を振ってそれを受け取ることを拒否した。


「二人を連れていくと言うなら俺も行く。危害を加えないよう見張らせてもらう」

「……まあ、いいだろう。ただし、その刀は預からせてもらおう」


 常和は帯刀していた刀を鞘ごと抜いて、手を差し出した二人に差し出す。いいんですかと夕月が常和に声を掛けているが、常和はお前たちを守るのが俺の仕事だと返していた。私達はその後縄で縛られ目隠しをされて歩かされる。歩かされている間、私はずっと考え事をしていた。

 煉華も和真も、勿論心配だ。しかしそれよりも、明確に宰相に敵意を持たれている海斗のほうが余程心配だった。城下で別れた後から顔を見ていない。宰相が言っていたあの小僧といっていたのは恐らく海斗の事だろう。それに彼は能力者だ。宰相は随分能力者に敵意を持っているようだった。

 それから、常和のことだ。結界からもれた村の唯一の生き残り、つまり彼の家族は。だとしたら、私が常和と親のことで喧嘩した時に彼があんなにも激昂したのはそのためなのだろう。私はあの時、また何の事情も知らない人間に一般論を押し付けられたとしか思っていなかった。相手にも事情があるのだと考えることもしなかった。家族を奪われた常和に、あの時の私はどのように映っていたのだろうか。考えると背筋が凍るようだった。あの喧嘩で、私は常和を許したと思っていた。でも実際に許されたのは私の方だったかもしれない。

 歩き出してから随分経った後、私達の目隠しと縄がようやく外された時に目の前に広がったのは牢屋だった。私達はそこに全員一緒に詰め込まれる。石造りのそこには何もなく、私達を連れてきた人達がもつ蝋燭と、廊下にぽつんと設置された燭台以外には明かりもなく、暗闇に目が慣れるまでに少し時間がかかる。

 宰相は既に傍にはいなかった。あれだけぞろぞろいた筈の人間も、3、4人程の人数に減っていた。その中の一人が牢屋の扉に鍵をかけようとして、思い出したように顔を上げた。


「宰相からの伝言です。あの女の夫は死んだ、と」

「え……?」


 鍵をかけ終わった人間を含めて、彼らはその場を後にする。

 宰相からの伝言に呆然とした私の声は、誰に反応されることもなく静かな空間に吸い込まれた。




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