第三章 ー12ー
「貴方は、自分の立場の自覚がなさすぎる」
女性に声を掛けようとした私を睨み付ける和真は、動けなくなった私の腕を握ってそう言うと、夕月に視線を移す。そして、私から和真に視線を移した夕月に対して、聞きたいことはありますが、と続けた。
「帰りましょう。ここにいては騒ぎが大きくなるだけです」
和真は煉華と常和に声を掛けると、頷いた彼らと共に私と夕月の周りに立つ。そして、先程から握ったままの私の腕を、有無を言わせない強さで引いて、煉華を先頭に表通りから逸れた道へと足を踏み入れた。後ろを振り返ったが、女性の姿はやはり見えない。しかし、私を引き留めようとする声が響いていた。海斗は私達に背を向けたまま、その女性を止めようとしている。
「和真さん、海斗さんが」
「彼なら大丈夫です。こういうことは慣れているでしょうから」
「そんな、でも」
「先程城下の人々が貴方に向けていた視線に気が付かなかったんですか?」
和真の言葉に、もう一度後ろを振り返る。先程まで気に留めていなかった城下の人々の視線が私に突き刺さっている。思わず息を呑むと、前方から聞こえてきたため息に身体が震えた。本当に気が付いていなかったんですね、という和真の言葉には呆れが含まれているように思えた。
無言で歩き続けると、そのうち道が開けた。見覚えのある道に、城下に来るときに通った道だということを思い出す。しかし来たときよりも格段に人が少ない。先程の騒ぎに吸い寄せられているのだろうか。
前方では、常和が煉華に、よくこんな道を知っていたなと声を掛けている。彼女はそれを曖昧に誤魔化していた。人通りが少なくなってなお、和真の手は私の腕から外されない。それがようやく外されたのは、屋敷の門を抜けた時だった。腕から手を離した和真は私に向き直ると、視線を合わせて頭を下げる。
「乱暴にしてしまって申し訳ありません」
「え、あの、全然、問題ないです! むしろごめんなさい迷惑かけて」
考えてみれば涼優に来る時から既に和真には迷惑を掛け通しだ。礼儀作法だって彼がいうようには結局出来ていない上最近は気にも留めていなかったし、妖の調査だって、本当は煉華や常和が二人とも一緒の方がやりやすい筈なのに私の護衛につかせてしまっている。それも、私が清宝や蓮葉でした無茶が原因だ。
自覚が足りない。確かにその通りなのだろう。こんなようでは、迷惑だと思われてしまっても仕方ないのかもしれない。しかし、謝った私に対する和真の反応は予想外にきょとんとしていた。
「迷惑? そんなことは思っていませんよ。先程言った通り自覚が足りないとは思っていますが」
「え、でも、私のこと避けてましたよね? 私、邪魔なのかなって」
「避けている? いえ、私はただ、共にいると緊張する私よりは少しでも気心の知れた常和達といた方が良いだろうと思っていただけですが。ここにくるまで随分窮屈な思いをさせていたようだったので」
邪魔だと思ったことはないですよ、と更に続けられれば、私は自分のしていた勘違いに言葉を失くすしかない。和真は小さく笑みを浮かべて、誤解を与えてしまっていたようですね、と言った。
「どうも私はいつも言葉が足りないようで誤解を受けることが多いんです。雅人にもよく指摘されるんですが、不快な思いをさせてしまったようで申し訳ありません」
「そんな、私こそ勝手に勘違いして」
考えてみれば和真がそう考えるのは当たり前の話で、彼にしてみればそれが普通の距離感だったのだろう。私が早とちりして嫌われているんじゃないかと思い込んだだけのことだ。恥ずかしさに顔が赤くなる。
「いえ、私の態度が良くなかったのでしょう。最初があれでしたからね、確かに、誤解を与えてもおかしくない。今後は気をつけます。そうですね……手始めに、思う事があったら言ってください。なるべく改善するようにするので」
夕月様も、と和真は今まで黙っていた夕月に視線を向けた。夕月は俯かせて顔を上げて微笑む。
「では、その敬語と敬称、俺と夕澄に対してはなしということで」
夕月はそう和真に告げた後に私に視線を向けた。私はそれに笑顔を浮かべて頷く。和真は少し唖然としていたが、少し考えるような仕草をした後、公の場以外でならと呟いた。
夕月は誰かから敬語を使われて戸惑うような性質の人間ではないから、彼は私のことを思ってくれたのだろう。それに、自覚がないと言われたばかりでこんなことを考えるのも変だが、敬称も敬語も、蒼龍姫という立場を思い知らされるようで嫌だった。そう考えれば、自覚したくないという思いもある。
和真は笑顔を浮かべた私に微笑んだが、急に視線を鋭くして、門の外に向け、私達に中に入るよう促す。
「夕澄。それから夕月。取り敢えず歩きながら話そう。ここではあまり安心できない」
和真は私達の背後に回り、先を促す。取りあえず私と煉華に与えられた部屋に向かうことにして歩き出すことにした。そしてその道中に、和真は私に何故能力を使ってはいないと言ったのかを話してくれた。曰く、能力者というものは、この世界では非常に立場が危ういものなのだと。
人間の欲望というものはキリがない。ただでさえ人々は妖という驚異に晒されていて、皆明るく過ごしながらも心のどこかでは怯えながら暮らしている。そこに、人ならざる能力をもつ人間が放り込まれれば、それはもう、格好の餌も同然なのだ。
人は、自分の持たない能力を持つ人間にもその理由があることや、万能ではないことを理解しない。自分達が持たない能力を持つ者がいれば、その力は当然万人に奉仕されるべきものだと考えるようになる。その結果が、先程海斗に対して女性が向けていた言葉として現れるようになる。そうすれば、自然と能力者の立場はどんどん危ういものになってしまう。どれだけ疲弊しても能力を行使させられ続け、やがては。
そしてその呪いは、一代で終わるものではない。聖なる貴族に能力者が生まれ続ける限り続くのだ。
そこまで聞いて、私は蓮葉で碧が街の人々にどのような目に合わされていたのかを思い出した。雅人や常和が『荒療治』だといって城下での討伐を決定した経緯もそこにあったのだった。
さらに、聖なる貴族がそうである以上、蒼龍姫も同じように、家系で繋がるものだと考えるものは当然いるだろう。そうなれば、私がどのような立場に立たされるのかは火を見るよりも明らかだった。
私は自分が何をしようとしていたのかを漸く理解した。そしてそれが、私だけではなく夕月をも巻き込みかねないものだということも。
「だから緊急時以外に能力は使わないように。私達の国でさえ、そのような恐れがないとは限らない」
和真は常和と煉華にも、私に能力を使わせないようにと言い含めた。二人とも顔を白くしてそれに頷いている。それから和真は夕月にも、そういうわけだから君も気を付けるようにと告げ、夕月が頷くのをみてから満足気に笑った。
部屋に着いたときには、日が暮れ始めていた。置いてきてしまった海斗は大丈夫だろうか。あんな風に糾弾されたら、私だったら耐えられない。そう煉華に告げると、海斗さんは平気だよ、と笑ってくれた。それで落ち込むような人なら、王族と聖なる貴族が対等関係にあるこの国で、この家の当主としてはいられないのだと彼女は言う。
「それにしても夕月、死にかけていたっていうのは事実なのか?」
全員畳に座って話し込む態勢がとれると、常和が夕月にそう問いかける。夕月はそれに頷いて、実は、と話し始めた。
「俺は詳細を覚えていないんです。落ちた衝撃で頭を打ったみたいで目が覚めたのはここにきてから2日後のことでしたから。ただ、出血量が酷かったみたいで」
「なんというか、大変だったんだな……。でも、頭を打っての出血なら傷自体はそんなに酷くないんじゃないか? 頭は傷が浅くても出血は多くなるからな。少なくとも、海斗さんが能力を行使できないほどとは思えないんだが」
「それは、まあ。噂に尾ひれがついたんだろうな。死にかけていたという事実だけが広がったんだろう。それにしても、海斗様があんなに夕月を気にしていたのはそういうわけだったのか。ずっと気になっていたんだ」
常和の疑問に和真が答え、更に言葉を続けた。夕月は、そういうことですと返事をしてから、あの人は患者には過保護なので、と微笑んだ。和真が夕月に話したかったことはそれだけらしく、私に警告もできたことで話は終わりになる。しかし、先程妖のことが進展した件で煉華は和真から話を聞きたいらしく、今日私達の護衛につくのを常和に交代することになった。この間海斗に注意されたばかりだったが、今日の所は夕月も私達と一緒にいるようにと和真に言われる。
そうして和真と煉華が部屋を後にした後、廊下に、足音が響いた。
海斗が帰ってきたのだろうか、と襖を開けようとしたが、夕月にそれを止められる。常和も部屋の外を警戒しているようだった。暫くして、私達の部屋の前で足音が止まる。そして、声が、響いた。
「蒼龍姫様。お迎えに上がりました」
声と共に開かれた襖。その向こうに見えた、城に行った時に見たあの冷たい表情。
そこに立っていたのはあの宰相だった。




