第一章 ―6―
常和と喧嘩をしてから、私は彼と話すことに躊躇を覚えるようになってしまった。彼は時折こちらに話しかけようとしているが、気付かないフリをしていると常和は諦めてどこかにいってしまう。多少の罪悪感を覚えたが、話せば何を言ってしまうのかわからなかったし、何を言われるのかもわからなくて怖かった。
煉華とも、彼女の口から私を否定する言葉が出るかもしれないと、一線をおいてしまうようになった。心配して声を掛けに来てくれている、とわかっていたが、それでも話せない。
そもそも、あんなに人が沢山いる場所であんなことを言わなければよかったのだから、常和の言葉の是非はどうでもよくて、自分が悪いのだ。今まで同じようなことは何度もあったし、そういう反応を返されるということは何度も経験してきた。あの場所であんなことを言わなければ、今のこの状況はなかった。それを私はわかっていたはずだ。それでも偽って話すことができなかっただけのことなのだ。だから、こんな態度を取ってしまうのも怒鳴ってしまったのも私の我侭だ。
常和と煉華がいなければ、他に話す人がいない私は当然一人になる。この世界にきてから散々聞いてきた悪口や、嫌悪の視線が、最初よりずっと鋭く刺さるような気持ちがした。
「夕澄、城下に美味しい甘味処があるんだ。よかったら一緒に行かない?」
ある日、今まで外で声を掛けるだけだった煉華は、行き成り私の部屋の襖を開けるとにっこり笑ってそう言った。
今までにない強硬手段と、有無を言わさないような煉華の雰囲気に渋々頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「良かった。常和、良いって」
「……ああ、わかった」
煉華の言葉の後に聞こえた声に体が強張る。扉の影になっていて気付かなかったが確かにそこに常和が立っていた。だからといって今更、嫌と言える訳もない。
常和と目が合う。あの時の鋭い眼差しはなかった。ただ元気がなさそうで、気が進まない、というようにも見えた。彼も嫌がっているのは明白だったけど、どうしようもない。
結局そのまま煉華に連れられて、重い空気の中、城下に行くための道を歩くことになる。
この世界に来て二度目に通る道はやはり長く、無言で歩き続ける、というのは結構辛かった。常和も煉華も何も話さずにいて、かといってずっと避け続けていた自分から話しかけるということが出来るはずもなく、もくもくと歩くしかなかった。そうしているうちに、こうなるのはわかっていたはずなのに、煉華はどうして私と常和を一緒に城下に誘ったのだろうか、と思い始めた。
問いかけることなどできるはずもなくそのまま城下に辿り着き、煉華の言っていた甘味処に入る。お店の人に案内されて、席について、注文した品が届いて食べ終わるまでずっと私は無言だった。
時折、こんなに甘味が食べられるのは清宝だけなんだよ、とか、それがこの国が一番材料が取れるからだとか、そういうことを煉華がいっていたが、頷くことしかできない。
「あ、私ちょっと兄さんに頼まれたことがあるからちょっと抜けるね。二人はここで待ってて、すぐ帰ってくるから」
食べ終わって食後のサービスだといって出てきたお茶を飲んでいると、煉華はすぐにお茶を飲み干してしまってからそう言って、引き止める間もなく、常和の方に一度視線を向けたあと店員さんに何か話してから何処かにいってしまった。
正直この空気に放置されるのは嫌だ。常和と仲違いしているのは知っているはずなのに、と煉華を恨めしく思っても空気は変わらない。
何か話すべきだろうか、いっそ謝るべきなのだろうか。
でも、自分が悪かったとわかっていても、自分の中で納得しきれていないこともあるから迷ってしまってただ時間だけが過ぎていく。
そうした二人の間に流れる無言の時間が途切れる切っ掛けを作ったのは、常和のほうだった。
「悪かった」
ぽつんと落とされたその言葉を理解するのに数秒を費やす。
空気の悪さにずっとお茶を見つめていた視線をばっと上げると、常和は罰の悪そうな顔をしていた。
「ずっと謝ろうと思ってた。親を大切にしなきゃいけないって意見は間違ってるとは思わないけど、それぞれ事情があるっていうのも確かだ。お前の家の事情を俺は知らないのに、頭に血が上って、頭ごなしに酷いことを言った」
想像していなかった展開に上手く言葉が出せずにいると、常和が情けないよな、と呟く。
「煉華にこういう機会を用意してもらわなかったらずっと言えなかったと思う。本当は、お前があの場から立ち去る時にはもう後悔してたんだ。本当にごめん」
「……いいんだよ、私も考えなしだったから。ごめんなさい」
不思議と、もやもやとしていた気持ちがすっと抜けて謝罪の言葉が出る。
「人が沢山いる所であんなことを言って、気分が悪くなる人がいたっておかしくなかったし。私が親に向ける感情は変わることはないけど、場所を選ばなかったのは私が悪い。だからいいよ。……また、一緒に話したりしてくれる?」
「ああ。改めて、よろしくな」
笑うと、常和も笑い返してくれた。
予想以上にあっさりと解決してしまったけれど、常和から切っ掛けを作ってくれなければずっとぎくしゃくとしていたままだったのかも知れない。私は自分から謝ることをずっと迷っていたのに、常和は自分が悪いと思ってずっと謝ろうとしてくれていた。意地をはっていたことが馬鹿らしくさえ思えて、同時に、素直に謝れる常和を凄いとも思った。
それに今まで頭ごなしに否定されることしかなかった私にとって常和の対応は意外でもあった。こうやって謝ってもらえることなんて今までなかったのだ。だからこそ、私からも素直に謝罪の言葉が出たのかもしれない。
「仲直りできたみたいだね」
ふいに横からそんな声が聞こえる。
「煉華。燈樺様の用事は終わったのか?」
「ばっちりだよ。……うん、二人とも随分顔付きが良くなったね」
煉華は私と常和の顔を交互に見るとにっこりと笑った。
「煉華、ごめん。八つ当たりして……」
「いいよ、気にしてないから。……仲直りしたんだったら、この後は少し城下を見て回ろうか。この前は全然見れなかったしね」
同意して、三人で笑い会った。
お店の人が仲直り記念だといって、団子を用意してくれた。お礼を言って三人で食べて、暫くお店で談笑をしていた。久しぶりの三人での会話はそれまでの空気が考えられないほど楽しかったが、城下を見て回ることを考えると時間には余裕があったほうがいいと言って、会計をするために煉華がお店の人を呼ぶ。
その時ふいに、ざわざわとした空気が店の外から響いてきた。
その不穏な空気に、お店の人も他の客も、何があったのかとざわざわし始める。
そして、一人の男の人が慌てながら店の中に入ってくると同時に叫んだ。




