表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第三章-宵闇の水面-
59/74

第三章 ―11―

 涼優は、清宝とはまた違った形で活気のある国だというのが、城下に下りての印象だった。

 清宝が朗らかな明るさだとすれば、この国は皆気前が良く、兎に角元気がいい。街中を威勢のいい声が飛び交っているし、大人も子どもも、一秒でも惜しいというように走り回っては、すれ違う人皆と気持ちのいい挨拶を交わしている。隠し事など通用しないようで、私達が清宝から来たということがあっという間に広まると皆、色々なものをお土産としてくれる。工芸品もあったし、生ものもあった。あまりの量の多さに途中からは好意を断らざるを得なくなり申し訳なくなってしまうほどだった。

 王宮は人妖で随分騒がしい事態になっていると聞いているのに、城下はこんなに賑やかで陰りが見えない。妖の話が上がらないこともなかったが、皆、そんなことは今さらだとなんでもない事のように笑うのだ。沖合が元々結界の領域ではないのだし、漁師は皆ある程度妖に対抗する術を知っているから大丈夫だと、一人の婦人は笑って言っていた。

 そうは言っても、やはりいつも通りとまではいかないらしい。暫くの間蓮葉の問題もあって結界の作用に問題があったためか、一般人が妖に襲われたという噂もちらほら耳に入ってくる。そのため海辺は対抗手段を持たない人間は立ち入り禁止になっているらしい。くれぐれもはぐれないようにと常和から忠告を受けた。

 驚いたのは、海斗が城下の人々に思いのほか慕われているらしいということだ。私達に声を掛けてくる理由は多分、見慣れない人間がいるというよりも、海斗がいるからなのだろう。にこやかに海斗に声を掛ける彼らを見ていると、蓮葉で見た光景とどうしても比べてしまう。聖なる貴族というものはここまで国によって扱いが変わるものなのか。


 「そういえば、宰相が城下に下りてきていたよ」


 ある男性が海斗にそう告げたのは、そうした世間話の一環だった。


「珍しい、宰相直々に? 視察か何かか?」

「さあねぇ。しかし、どうも件の妖のことが関係しているらしいんだよ。浜に入っていくのをうちのの知り合いがみたって話で」

「なんだって?……そうか」


 海斗は男性に礼を言うと何かを思案し始めた。そして、私達に一言断って、浜に行くと言ってその場から離れる。一人で行くのは危ないと常和がそれについていった。多分和真さんもいると思うけど、煉華がその背を見送りながら呟く。今日、和真は城下には一緒に来ていない。早めにカタをつけたいから一人で人妖について調べると言っていた。

 最近和真とはあまり話をしていないような気がする。そもそも、涼優に来るまでの間は関わっていた和真は、この国についてからあまり会話をしなくなってしまった。常和や煉華、そして夕月と共にいる時間が長いせいもあるのだろうが、彼は私と共にいることを避けているような気がする。何故なのかまでは、わからなかった。やはり嫌われてしまっているのだろうか。

 海斗がいなくなってしまったため案内役がいなくなり、私達は適当に街を歩き回ることになった。


「宰相、で思い出したけど。そういえば夕澄、朝兄さんのことべた褒めしてたよね」


歩きながら、煉華が笑みを浮かべながら私にそう話しかけてくる。あの距離なのだから聞こえていてもおかしくはないのだが、こちらの会話は耳に入っていないと思っていたせいで、聞かれていたという事実に赤面する。


「それに、うちの国のこと褒めてくれたのも嬉しかったな。私、あの国大好きだから。帰ったら今度こそ城下でゆっくりしようね。勿論、夕月君も。美味しい甘味がうちの自慢なんだよ」

「ああ……そっちも聞かれてましたか」

「勿論。帰ったら清宝の良いところも沢山知ってもらわないといけないんだから。うちの兄さんも甘味が好きでね、本人は気楽に城下に下りられないから、私が良く買っていってあげてるの。おかげで城下の甘味に詳しくなったよ」


 化け猫騒ぎの少し前、朔耶が清宝は甘味が美味しいと言っていたことを思い出す。清宝でしか殆ど製造されないからか、清宝の甘味は特に美味しいというようなことを話していた。そういえば、色々と見て回ったが涼優の城下にはあまり甘い物はおいていない。日持ちのするような小さなものばかりだった。清宝で食べていたような羊羹が恋しくなる。清宝に帰ったら、沢山食べようと決めた。

 暫くして、海斗が私達に合流する。常和がいないことに首を傾げたが、事情が変わったと彼は苦笑した。どうも妖のことで進展があったらしく、やはり浜に来ていた和真とともに調べものをすることにしたらしい。それを聞いて多少気落ちしたが、彼らの役割なのだから仕方ない。


「悪いけど、今日はこの辺にしよう。少し調べたいことが出来た。煉華様、二人を屋敷に送って頂けますか? 今日の護衛は貴方ですよね。夕月、俺が帰るまでは二人と離れないように」


 夕月は海斗に無言で視線を向けた後、そのまま頷いた。煉華は何が起こったのか知りたいようだったが、後で知らせると海斗に制されて諦めたようだ。私はと言えば、海斗に絶対に部屋から出ないように追加で言い含められる。同じことを海斗は煉華にも告げていた。私を絶対に部屋から出さないようにと。

 急に物々しくなってしまって困惑するが、海斗に背中を押され、何かを尋ねることも出来なかった。仕方なく歩き出そうとしたその時、人影が、私達の道を遮った。


「蒼龍姫様」


 人影は女性だった。私よりも少し年上だろうか。子どもを抱えながら、地面に跪いて私の目を見る。

 街中が急に騒めく。あちこちで、私のものであっても私の名ではないものを呼ぶ声が上がる。そういえば、先程まで私をその名前で呼ぶ人間がいなかったことを、自分の冷静な部分が思い出す。

 嫌な予感がしていた。海斗が私と女性の間に入って女性を見下ろしている。背中に隠された私は、海斗の表情を伺うことが出来ない。

 騒ぎを聞きつけたのか、浜にいた筈の和真と常和が駆けてくるのが視界に入る。


「蒼龍姫様、どうか、貴方の力を貸してください!」

「一体何事だ? 彼女は蒼龍姫などではないぞ」


海斗が彼女に嘘を告げる。夕月が私の手を引き、彼女と距離を取らせようとした。私達の所に到着した和真達がその間に入って更に彼女が遠くなる。でも耳には彼女の声が鮮明に届き続ける。


「嘘です、だって、宰相様が彼女がそうだと教えてくれました!」


 彼女の言葉に海斗が舌打ちをする。宰相という言葉に私の身体が震えた。あの、宰相。妙に冷たい雰囲気をしていた彼が、何故彼女に私のことを告げたのか。


「夕澄、聞くな」


 夕月が私の耳を塞ごうとした。それを、私は首を振って、彼から距離を取ることで拒否する。夕月の焦った顔が目に入る。もう一度私の名を呼ばれるが、私ももう一度首を降ってそれに答える。

 海斗と女性の会話は段々ヒートアップしていた。正確には、女性の声だけが段々音量を増している。私の力を使うとか、使わないとか、本人を除け者にして。そしてとうとう、その女性の声が直接私に向いた。


「ねぇ、貴方が蒼龍姫なんでしょう!? お願い、私の夫を助けて!」

「駄目だといっているだろう! 能力は安売りするものじゃないんだ、彼女にそんなことはさせられない!」

「どうして! そもそも海斗様が彼の傷さえ治してくれていたら、こんなことにはならなかったじゃないですか!」


その女性の声に、夕月の肩が一瞬震えた。


「そうよ!そこの男の子の傷を治したせいでしょう!? だからうちの人の所に来れなかったのよ!」

「彼は関係ない、それに、うちの治療師を何人か行かせた筈だ、それで十分な傷だった筈だろう!」

「じゃあなんで彼は今になっても妖障で苦しんでいるんですか!?」


私は、夕月の名前を呼ぶ。彼の顔色が少し悪くなっているのが分かった。私に向けていた視線を女性に向けている。私は、彼の手を取って、もう一度名前を呼ぶ。彼は、視線をこちらに向けようとして、


「死にかけていた人間を救う羽目になったから、海斗様が能力を使えなかったのよ!」


その声に、今度こそはっきりと彼の身体が固まった。でも私が死にかけていたという言葉に彼の手を強く握りしめてしまったせいで、身体から直ぐに力が抜ける。もう一度彼の名前を呼ぶ。夕月は、しっかりとした目線を私に向けていた。


「ここの、能力者って海斗様だったんだね。そっか。夕月のこと、助けてくれたんだ。でもね、夕月のせいじゃないよ」

「……お前のせい、とでもいうつもりか」

「それは、そうだよね。私を庇ったからだもん。でも、夕月はそれを認めてはくれないよね」


 だから、半分ずつ。そう言って彼の手を離す。夕月が私を睨み付けている。彼のこんな表情を見るのは珍しいことだ。

 本当は、彼が私を庇ってくれたことに、夕月への責任を感じこそすれ女性への責任は感じない。海斗が能力者ならば、死にかけていた筈の夕月が助かったという事は相当彼に負担がかかったはずだ。能力者の能力が、決して無限でも、代償がないわけでもないことを私は知っている。だから、能力を無償で提供しろという彼女にむしろ腹が立っている。それでも一方で、私は彼女に罪悪感を覚えている。それは、海斗が夕月を助けてくれて良かったと、思っているから。結局、同様の人間でしかないということだ。

 だから、私は私を庇っている海斗達に向かって、大声を上げようと、した。


「夕澄様。駄目です」


それを、和真に睨まれることで止められるまでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=972115331&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ