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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第三章-宵闇の水面-
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第三章 ―10―

 城下に行く当日の朝食の時間、夕月が私に会うことを海斗に止められていたという事実を何故黙っていたのかと彼に訊いてみることにした。彼は苦笑いをして頷いて、悪かったと言う。


「本当は、今の騒ぎが解決してお前と一緒に清宝に行くまでは大人しくしてろって指示だったんだ」

「海斗さんは、蒼龍に縁のある私と夕月が一緒にいるのが良くないって言っていたけど、正直……私にはわからないよ。私はまだしも、夕月には関係のないことでしょう?」


 ちらりと海斗に目を向ける。彼はいつも通り私と夕月から離れた所で、煉華や常和、和真とともに話をしている。声の大きさに気を使っていれば聞こえない筈だと思った。


「お前が思っているほど、多分単純じゃないんだよ、きっと」

「夕月までそういうこというの?」

「蒼龍について、俺もお前もそれ程詳しい事は知らないだろう。多分、俺にそこまで意識が向けられるということは、それなりに理由があるんだよ」


 だからしばらくは大人しくしておけ、と夕月は言った。が、やはり納得は出来ない。わからないというならば、しっかりと教えてくれればいいだけじゃないのか。ましてや、自分のことで何か隠し事をされているのは気持ちが悪い。

 夕月は食事をいつも通り上品に、ゆっくりと口に運んでいる。私はため息を吐いて、今は海斗に従うしかないこの状況を恨めしく思った。その時、目の前にいる夕月の動作にふと違和感を覚えて、もう一度彼に目を向ける。


「ねえ。……もしかして食欲ないんじゃないの」

「……どうして? 別にそんなことはないけど」


 夕月は微笑んで返しているが、動作がゆっくり過ぎるような気がした。それだけのことなのだが、ふとそう思ったのだ。しかし彼がなんでもないと言う以上突っ込んで聞くことも出来ない。


「なんでもないなら、いい。でも、隠し事は、もうやめて。次、何か私に隠したら……怒るよ、本気で」

「なんだよ、海斗さんのこと黙ってたの、そんなに気にしてたのか」

「そういうことをいってるんじゃないよ。夕月に何かあったら、私……」


 瞳を閉じる。そうすれば今でも、あの時の光景が瞼の裏にこびり付いて離れない。私の罪、その象徴が。奥歯を噛み締めて目を開けると、ため息をつく夕月の姿が目に入った。


「お前はいい加減気にし過ぎ。お前の責任なんて欠片もないんだって何度いったらわかるかな。俺はもう大丈夫だって」

「夕月の大丈夫は信用しないことにしてるの。そもそもこっちに来たときだって、私を庇ったくせに」


 夕月がどうしてそれほど、私を守ろうとするのかがわからなかった。彼にとって私にそれだけの価値があるのだろうか、といつも自問自答している。彼は私を恨んだっていいくらいなのだ。でもそれを言ったら彼は怒るだろう。今だって、呆れさせてしまっているのに。

 

「夕月はもう少し、自分を大事にするべきだと思う。今ならそれができるでしょう」

「……そう、単純なことでもない、かな」


夕月は目を伏せてそう言った。


「というか、お前だってそうだろう? 常和さんや煉華さんに聞いた限りじゃ、随分無茶をしたらしいじゃないか。そのお人よしを利用されないとも限らないんだからな」


 伏せていた目を上げて責めるような視線を向けてくる彼に言葉が詰まり目を逸らす。思い当たることが沢山ありすぎる。でも私が言いたかったのはそういうことではなかった。私をこれ以上守ってほしくなかった、ただ、それだけなのだ。

 二人とも無言になって食事を再開する。先程食事が進んでいないと思った夕月の卓は随分量が減ってきていて安心する。具合が悪いのかもしれないというのは、私の気のせいだったのだろう。


「そういえば今日は城下に行くんだって? 海斗さんから聞いたけど」

「うん。ていうか夕月も一緒に行くんだよ、それも聞いたでしょ?」


 再び口を開いた夕月に私がそう答えるが、彼は悩む素振りを見せる。


「海斗さんが行くっていってるから……それしかないだろうな」

「嫌なの?」

「嫌というか。人込みはあまり好きじゃないから」


 そういえば、夕月がいつもそう言っていたことを思いだす。考えてみれば夕月の意思を確認していなかったことに今更気が付いた。


「ごめん、先に夕月に聞くべきだったよね。私ちょっと浮かれすぎてたみたい……」

「いや、それはいいんだけど。昨日は俺が夕食の時間にいなかったから、タイミングなかっただろ」

「そう? というか、そうだよ、どうしたの昨日?」


 こちらにきてから一度も食事時に姿を見せなかったことがなかったのに、昨日夕月は夕食を一緒に食べなかった。体調でも崩したのではないかと心配していたのだ。それもあり、先程食事が進んでいないのではと思ったのだ。しかし夕月は何ともいえない笑みを浮かべて、小さい声で言葉を続ける。


「俺が勝手に夕澄の所に行っていたのを怒られて、今日は部屋から出るなって言われて。夕食は部屋で。見張りまでつけられてて身動きが取れなくてさ。そこまでするか、普通……」


 小さくため息をついて、夕月は常和たちと談笑している海斗に目を向けた。

 海斗ならするだろうなと私は夕月の不満そうな表情を眺めながら思う。一日で済んだだけまだましなのだろう。今日は城下に行くことになっているから短い期間で済んだのだろうか。私も夕月にゆっくり話がしたいなんて無理を言ったら同じような目に会うかもしれない。言動に気を付けなければいけないだろう。

 清宝にいつ帰ることが出来るのかはわからないし、夕月といられる時間が少ないことは不満だ。でもここにいる間は海斗の言う事を聞いておいたほうが良いだろう。夕月程私は誤魔化すのが上手くないから、会おうとしてもすぐばれてしまうだろうし。だから、ここで話せないのならその分、清宝に帰ったら沢山の時間を彼と過ごせばいいのだ。そんなことを夕月に話したら、彼は清宝はどんな国なのかと聞いてきた。


「実際、私もあんまり知らないんだよね……。基本お城にしかいないし、化け猫騒ぎで城下はそれ程見られなかったし、最初はどんな国か気にしてる余裕もなかったし、落ち着いたら蓮葉に行ったり、ここに来たりで。変だよね、もう何ヶ月も経ってるのにね。皆良くしてくれてるから、困りはしなかったけど。考えてみればこの世界のこともまだよくわからないしなぁ」


 蓮葉に行ったのは元々勉強のためだったはずだが、あの騒ぎで有耶無耶になってしまったような気がしている。妖のことにしろ、聖なる貴族や能力者のことにしろ、まだわからないことが多すぎる。そう夕月に伝えれば、彼は笑って首を振り、印象の話だよ、と言い換えた。


「ああ、そっか。うん、凄く優しい感じがするかな。安心できるっていうのかな。城下の人達も明るくてみんな良く笑ってたよ。蓮葉はみんな怯えてる感じだったけど……。志輝様も燈樺様も良い人だし、そういう人が治めてる国なんだってのが良くわかるっていうか。お城では嫌なこともあったけど、それは私が怪しいやつだったからだし」

「志輝様っていうのは清宝の国王陛下のことだよな。燈樺様っていうのは?」

「燈樺様は煉華のお兄さん。宰相代理なの。忙しい人でね、あんまり会えないんだけど綺麗な人だよ。外見も、雰囲気も。全然険がないの。それほど話したことがあるわけではないんだけどね」


 そう、厳しいことを言われもしたが、燈樺は本質が優しい人なのだろうと思う。彼から嫌な雰囲気を感じた事がないのだ。だから、良い人なんだと信じる事が出来る。

 夕月はお前が言うならそうなんだろうなと笑う。私は、苦笑いしながらもそれに頷いた。その後で、そういえば、この国の宰相さんは怖そうな人だったね、と続けると夕月が顔をしかめた。慌てて、嫌な雰囲気がしてるわけではなかったんだけどと続けるが、夕月は箸を止めてじっと私を見つめ続ける。どこか居たたまれなくて目を逸らそうとすると、夕月が何か言おうとしているのが目に入った。しかしその言葉は私に届く前に海斗に遮られた。


「そろそろ食べ終わらないと城下にいられる時間が減るぞ。食べきれないなら無理をすることもないが」

「すみません。ちょっと量が多いみたいで。先程甘味を頂いたのでそのせいですかね」


夕月が箸を置いてそう海斗に返す。海斗は朝食前にかと夕月を見たが、早く目が覚めてしまったのでと夕月が返すと、ため息をついた他には何も言わなかった。その視線が私に向いたため、私は箸を急がせる。幸いそれほど残っていなかったのですぐに食べ切ってしまった。海斗はそれを見届けた後、夕月の肩に手を乗せて、身体の調子を確認しておきたいから支度が終わったら部屋に来るようにと言ってから常和たちの方に戻っていった。


「甘いもの食べたせいで食事遅かったの? もう、心配したのに」

「悪かったよ、もちそうになかったんだって」


 それならそうと先程尋ねた時に言ってくれればよかったのにと思うが、あまり言い争っていると時間がなくなってしまうから、ため息を吐いて軽く睨んで終わらせた。夕月はそれでも何とか箸を口元に運ぼうとしている。無理して食べなくても、と止めても彼は首を振って完食してしまった。折角作ってもらったものを残す訳にはいかないからと彼は言うが、無理して食べて具合が悪くなっては元も子もないと思う。

 その後、夕月はすぐに海斗の所へと行ってしまった。そして、私は彼と海斗を、常和達と共に屋敷の前での待つことにした。夕月の身体の調子を見るのに時間がかかったのか2人ともなかなか来なかったが、無事に待ち合わせることが出来て、私達はいよいよ城下へと足を向けることになった。

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