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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第三章-宵闇の水面-
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第三章 ―2― 

 「夕澄様、体調に変化があればすぐに言ってくださいね」


 馬車の窓から聞こえてきた声に目を向ければ、人のよさそうな凛々しい顔の男性がこちらを覗き込んでいる。それに頷き返せば、微笑んですぐに元の場所に戻っていった。外から、彼が常和と何か話している声が聞こえてくる。内容までは聞き取れないが、真面目な話をしているようだった。

 藤堂和真という名の彼は、良くも悪くも、私がこの世界にきてから清宝で出会った人の中では珍しい人だ。雅人と肩を並べる程度の実力と地位を持っているにも関わらず、驕るような態度も見せず誰に対しても誠実で、何処からどう見てもいい人。出発前に彼が部下と話しているのを偶然目にしたが、傍目からでも良く慕われているのがわかったし、女性達の間で噂になっているのも聞いた。私が蒼龍姫だということがわかっていても、必要以上に媚びたり、逆に胡散臭いというような目で見ることもない。

 それでも、友達のように接してくれている常和や煉華、兄がいたらこんな感じなのだろうかと感じさせる雅人とは違って厳しい人だ。現に涼優までの道中、私は何度も、彼に礼儀作法の指導を受けた。それも、厳しすぎるくらい厳しく、一挙一動を指摘されるため気が休まる暇がない。唯一の例外はこうして馬車の中で煉華と二人でいる時くらいだが、それだって、時折先程のように窓から話しかけられるためにあまり気も抜けない。常和や煉華は見かねて厳しすぎるのではと言ってくれるが、高貴な身分にはそれ相応の礼節が求められる。ましてや聖なる貴族との間で失礼があってはいけないと彼は譲らなかった。その言い分は最もだとは思うが、自分が高貴な身分になったという自覚があまりない私にとっては酷く窮屈だ。


「和真さんって雅人さんとは正反対って感じだよね」


 思わず煉華にそう零せば、煉華は苦笑してそれに同意してくれた。悪い人ではないのだし、私のことを思っていってくれているのもわかっている。それに、合格点は厳しくても必要以上に厳しい言葉を使われたりもしていない。指摘する言葉は優しいし、何度も同じことを指摘されているのに呆れたような態度も見せない。慣れていないのだから出来ないのは当たり前だし、行くまでにそこそこ形になればそれでいいのだといってくれている。それに私は感謝しなければいけないのだろう。それでも、元の世界で求められていたものよりはるかに高いレベルで叩きこまれる作法は私にはレベルが高く、慣れないことへの窮屈さだけはどうしようもない。あまり不満も口に出せずにいる私のために、こうして煉華は少しの愚痴に付き合ってくれる。


「でも、雅人さんと和真さん、すごく仲がいいんだよ」

「あ、それ雅人さんから少し聞いたよ。確か幼馴染なんだよね」


 同じ城下町出身で本当に小さい頃からの付き合いだったらしい。妖浄士に志願したのも同時で、今でも頻繁に共に飲みに行くのだと雅人が言っていた。悪い奴じゃないから安心しろとも言われている。ただ、あいつは馬鹿がつくほど真面目で頑固で融通が利かないから頑張れと言っていた雅人の言葉を思い出し、思わず苦笑してしまった。それでも雅人は、それが故に信用できる奴だとも言っていた。そのこともあってか、和真と接していて嫌な気持ちになることはあまりない。それに礼儀作法のこと以外は基本的に優しい。雅人と和真が正反対に見えても中がいいのは、根本的な人の良さは似ているからなのかもしれない。そんな風に分かり合える幼馴染という存在を私は知らないから、少し羨ましかった。それを素直に口に出せば、煉華も頷く。彼女は目を細めて窓の外を眺めた。


「あんな風にずっと……私が羨やんでいた頃のまま、変わらない関係でいることを肯定できる人だったら、どんなに」


 聞き取ることが漸く出来るくらい微かな声でそう呟いて目を閉じた煉華は、どこか泣き出しそうに見えた。煉華のこんな表情をみたのは初めてだ。彼女の横顔を眺めているだけでその悲しみが伝わってくるような気がして、私は何も言えず窓の外を見る。

 潮の香りは段々と強くなってきている。山の間から僅かに見えていた海の面積が、随分と広くなっていた。辺りはそろそろ薄暗くなってきているが、涼優まではまだ遠いのだろうか。今日中にはつけるだろうと昨夜の宿泊地を出る時に和真は言っていたが、日が暮れる前に到着できるのだろうかとぼんやり考えながら海を眺める。その時、視界の片隅に人影を捉えたような気がして私は思わず窓枠に手を掛け身を乗り出しかけた。慌てて自分の方に引き寄せてそれを止めた煉華が私を叱る。それに縮こまって謝りながらも、私はもう一度、窓の外に目を向ける。見渡す限りの海。


「夕澄?」


 目を吊り上げて私を叱っていた煉華の声に、訝し気な色が混ざる。今見た光景を煉華に告げると、彼女は少しの間考えるような仕草をしてから、窓の外に向かって声を上げる。少しでも急いで涼優に向かうようにという煉華に、馬車に並走して窓から理由を尋ねた常和に、煉華は私が人影をみたことを告げる。それを聞いた常和が目を細め、急いで前方にいる和真の元に向かっていった。


「ただの噂であってくれればと思ったけど」


声色が変わった煉華に、私は涼優が出してきた『ある提案』のことを思い出していた。






 涼優に立つ前日、私と常和、煉華、和真は、燈樺の話を聞くために志輝のところに集められていた。


「どうも涼優には今、不穏な噂が流れているようです」


 燈樺が詳細を話し始めると、その場にいた、志輝と燈樺以外の全員の表情が凍り付く。

 不穏な噂、それは、涼優で”海面に立つ人のような何か”を見たという漁師が何人もいるというものだった。当然人が海面に立てるはずもなく、涼優の民達の間で、人妖が現れたのではという噂が一気に広まってしまった。涼優の妖浄士達は蓮葉のように全く戦えないというわけではないのだが、人妖となると流石に荷が重いと思ったらしく、清宝の妖浄士に討伐を依頼できないのかという人間が何人も現れたらしい。更に厄介なことに、夕月が清水家で保護されていることを涼優の妖浄士達が知ってしまった。

 蓮葉で私が蒼龍姫だと確定したことは、時期的にも、そのころはまだ知られていなかった。しかし、私が蒼龍姫かもしれないという噂は既に知られてしまっていた。そのために涼優の妖浄士達は、夕月を狙って人妖が現れたのではと言い始めてしまった。


「なんで夕月を狙うんですか? 人質?」


 私のせいなのかと思わず口を挟んだ私に、志輝が人質ではないと答える。

 取引材料としてちょうどいいから、清宝にいう事を聞かせる保険として使ってやろうぐらいの認識だろうと彼は言う。蒼龍のことはお伽噺くらいにしか思っていない人間が多いし、実際に化け猫の被害にあった清宝とそうでない涼優では、認識の仕方も大分違う。蓮葉での一件が広まればまた印象も変わるだろうが、そうでもないのに蒼龍姫の話を信じていたとは思い辛いらしい。

 それに本当に蒼龍のことを信じているのだとすれば、むしろ夕月は手元に残しておきたい筈だと燈樺が志輝の話に補足を入れた。夕月がいれば、涼優にとって都合が良い事が沢山ある。そのことからも、彼らが蒼龍のことを信じている訳ではないことがわかるというのだ。

 

「まぁ、大事な兄弟が取引材料にされている事実は気分が良いものではないとは思うが、……その分、彼らから夕月君に危害が加えられることはないだろうから、その点は安心していい。もしも夕月君に害をなそうものなら、清宝は動かないどころか敵になるということを彼らもわかっている」


 志輝はそう私に笑いかけた。

 確かに、夕月に危害が加えられる可能性は低いのだろう。身体的には。だが取引材料として使われていることを彼が知っていたら、何も思わないでいられるのだろうか。彼がこのことを知らないなんて思えない。恐らく彼は既に知っている。知っていて、そして今何を思っているのだろうか。


 「でも、夕月君を保護しているのは海斗様なんですよね? なら、患者である夕月君を妖浄士の一言で簡単に放り出すとは思えないのですが」


煉華が首を傾げた。海斗というのは清水家の当主のことだと横に座る常和が教えてくれる。医師としての誇りを何よりも大事にしている人物で、こと自分の患者のことになるとたとえ王家でも喧嘩を売るような人物なのだという。故に怪我をしている夕月を途中で清宝に預けるというなど有り得る筈がないらしい。


「うん、彼は彼で、どうも妖浄士たちとは別に思うところがあるようだ。まあ夕月君も夕澄のことを心配しているようだし、家族がいるのに引き離しているのは体にも良くないだろう」

「そういえば、夕月様の体調は実際のところどうなのですか。命に別状はないとのことでしたが」


和真が志輝に問いかけると、志輝が口ごもる。

私はその様子に、実は深刻な怪我でもしているのかもしれないと不安になる。志輝は私を見てそれを悟ったのか、焦ったように違うんだと否定した。怪我が深刻な訳ではないという。ただ大事はないとはいえ怪我をしていたことは事実で、実際に夕月と海斗にあって様子を見ないことには何とも言い辛いのだと続ける。


「まあどちらにしろ人妖の噂をどうにかしないことには帰っては来られないだろうから、その間に夕澄も少し海斗殿に診てもらうといい。信頼できる医師のところで少し身体を休めてきなさい」


志輝の言葉に私は頷く。体調は相変わらずあまり良くならない。蒼龍姫としての力を使った反動が抜けきっていないのだろうと清宝の医師に言われている。本当はこの状態で私を涼優に連れていくことを常和や煉華は反対していたらしい。しかし、医師は涼優の海斗のほうがしっかり診れるだろうということでむしろ私を連れていくのが良いと言ってくれたようだ。



 ともあれそういう経緯で私達は涼優へと向かうことになったのだった。

 人妖がただの噂であれば、夕月や私の体調次第ですぐに清宝に帰ることが出来る。しかし人妖の噂が事実ならば、どの程度時間が必要なのか予測がつかないと和真は言っていた。

 人妖なんて滅多に現れるものではないし、仮に人妖だとすれば既に犠牲者が出ていてもおかしくない。しかしそのような話はなく、それゆえに、化け猫の件で人妖に過敏になっているための勘違いである可能性が高いのではと和真は言っていた。しかし私は先程みた人影がただの勘違いであるとは思えなかった。

 夕月のことも心配だが、人妖なんて未知数なものと戦うことになる三人のことも心配だ。邪魅と対峙した時の恐怖を思い出す。あれよりも、強い妖だったなら――そして万が一にでも彼らに何かあったならと考えただけで身体が震えた。誰にも傷ついてほしくない。できればただの噂であってほしかった。

 不安を抱えたまま、馬車はいつのまにか結界を越え、涼優の街中に入っていった。 




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