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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第一章―暗闇に輝く瞳―
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第一章 ―5― 

数日、何事もなく過ごした。

この数日で、煉華とも常和とも随分仲良くなった。でも二人と毎日を一緒に過ごせる訳でもない。二人と一緒にいられない時には、教えてもらった図書室で本を読んだりして時間を潰した。字は日本と全く一緒だったから随分助かった。

その日私は暇を持て余したので、二人が訓練している様子を見ようと思って訓練場に向かった。二人共指導に当たっていたが、私が来たことに気付いて声を掛けてくれる。見学したいことを伝えると、すんなりと許してくれた。

二人はやっぱり妖浄士して働いている人達なんだと思う。オーラなんてよくわからないけれど、他の兵士と比べると、雰囲気というものが随分違うと感じた。

凄いなと思いつつ、自分の世界では見ることがない光景を暫く眺める。


「あの、夕澄様ですよね」


声を掛けられて振り返ると、自分より少し年下くらいの少年が経っていた。

私と目が会うとその少年は微笑む。


「俺、怪我をして暫く訓練できないんです。何か得るものはあるかと思って見学には来ているんですけど……よろしければ少し話し相手になって頂いてもいいですか」

「それはかまわないけど……」

「よかった! 俺、朔耶(さくや)っていいます」


朔耶は私が座っていた木の椅子の隣に腰掛ける。


「夕澄様はこことは違う世界から来たと聞きましたけど」

「うん。信じてもらえるかどうかはわからないし、自分でもこれは夢なんじゃないかってまだ思うけどね」

「信じますよ。夕澄様はどこかこの世界の人とは雰囲気が違うし」


朔耶は訓練中の兵士達の方を見ながら微笑んだ。

しかしすぐに表情を曇らせる。


「違う世界から来たっていうことは、家族とは離れ離れっていうことですよね。知り合いもこっちにはいないでしょうし、寂しくないですか」


心配そうにそう尋ねてくる朔耶に苦笑を返す。

自分の世界の家族や知り合いのことを思い出す。夕月のこと以外、この世界に来てから考えもしなかった。


「知り合いがいないっていうのは、確かに寂しいね。仲のいい友達だっていたし」

「やっぱりそうですよね」

「……でも、家族は双子の弟以外どうでもいいかな」


そう口にすると朔耶が目を見開いた。予想道理の反応だったから驚くことはない。


「何故ですか? 家族なんでしょう?」

「うちは、ちょっと特殊な家なんだ。正直親に対していい思い出がないの。育ててくれたことには感謝してるけど、それだけ。だから寂しいとか思わない」


朔耶がどう反応を返したらいいのか困っているのがわかったが、事実なのだからどうしようもない。摂りあえず話題を変えようと思って口を開いた、その直後だった。

お前、という声が聞こえた。聞き覚えのある声だったけれど、随分抑えられて、それなのに重圧的な低い声だった。

朔耶と話していて見ていなかった、訓練の広場の方に視線を向けると、顔を顰めた常和が立っていた。怒っているのは、声からも、雰囲気からもよく分かる。


「親にそんなことをよく言えるな」


常和は鋭い声でそう言う。朔耶が隣で息を呑むのがわかった。

常和が怒っている理由は告げられた言葉のまま、先ほどの会話を聞いていたようだということがわかる。

怒られる内容の話をしていた、ということには自覚があった。


「自分を育ててくれた親に、どうでもいいと言えるんだなお前」

「……言えるよ。だから何?」

「そこまで育ててもらっておいて、その台詞がよく出てくるな」

「育ててもらったことには感謝してる、っていったけど」

「どうでもいいと言える時点で、そんな感謝は言葉だけだろうが」


言葉に詰まった。実際、常和のいうことは正しいと思ったからだ。

そうして私が黙ったのに対して、常和がため息をつく。


「親に対しての暴言、それに言い訳。……正直、もう少しまともな奴かと思ってた」


呆れたように、見下したように、常和はそう口にする。

一瞬、目の前が真っ暗になったような気がした。溶岩みたいに熱くてどろどろとしたものが、心の中に溢れてくるような心地がする。

休憩は終わりだ、という常和の声がしたのと同時に、それは爆発した。


「何が、」

「夕澄様?」


朔耶が心配そうに声を掛けてくるが、返事をしている余裕がなかった。

私の声に反応して、常和が振り返る。

相手にするのも面倒くさい、という視線を感じる。でもそんなことにかまっていられない。


「何がわかるっていうの」

「親を蔑ろにする奴の言い分なんて、わかりたくもない」

「私の家の事情も、私の家で起こった事も! 何も知らないくせに良くそんなこといえるね。常和の親がどれだけ崇高な人間だったか知らないけど、少なくとも私の親は常和の親とは違う。常和は尊敬できるような、感謝できるような親でよかったね。でもあの人達は、常和の親とは違う!」


一気に吐き出した言葉に常和は一瞬唖然としたが、すぐに元の険しい顔になる。


「そんなもの、お前が気付いてないだけじゃないのか」

「あの人達の世界には、あの人達しかいない。自分達に不都合なら、子供なんてどうでもいい人達なの。そんな人達に感謝しろっていうの?」

「随分な暴言だな。そう、言われたことがあると?」

「言われなくても分かる。あの人達がしてきたこと全部見れたなら、常和だって、感謝しろなんていえない。尊敬しろなんていえない」


ぎゅ、と拳を握り締めて俯く。元の世界のことがぐるぐると頭の中をまわる。体が震える。

元の世界での目線を思い出す、周りの人間がしていた話も思い出す。それでどれだけ辛い思いをしてきたのかも。


「それぞれの事情なんてお構いなしに、一般論を語る人間は嫌い。人にはそれぞれ違った環境があるよ。それが一般論から離れるからって、それを馬鹿にする権限が、誰にあるの」


唇を噛み締めても、溢れてくるものを抑えることができなかった。かっこ悪い、これだから女は、なんていわれたくない。でも抑えられない。抑えることが出来ない。やがて頬を伝って流れ落ちたものが土の地面では目立つ跡を、ひとつ、ふたつ、作る。

常和がおい、と焦ったように言うが、もう、限界だった。


「そんな権限、誰にあるっていうの……!」


溢れ出した感情を抑えることが出来ず、逃げだとわかりながらも、私はその場を立ち去ることを選択した。夕澄様、と朔耶が呼ぶ声と、夕澄!という煉華の焦った声がしたけれど、常和の声はしなかった。そのまま暫く廊下を走り抜け部屋に辿り着くと、私は布団に突っ伏して声を殺して泣いた。

暫く外から心配するような煉華の声が聞こえても返事することは出来なかった。煉華は何も悪くないのに、返事をすれば暴言を吐いてしまいそうだと思ったから。

常和のいうことは別に間違っていない。たとえ自分の家の事情には当てはまらなくても。でもその事情を理解してくれる人がいないことは十分過ぎるほどわかっていた。煉華にも常和と同じように責められるような気がしたから、何も言えなかった。

勝手だとわかっていても、もうこれ以上責められるのは辛かった。

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