第二章 -23-
「(陛下と燈樺様の狙い通りだな……)」
口には出さず、そんなことを考える。
蓮葉に来るとき、俺にしか知らされない形で受けた密命。夕澄を蓮葉に連れてくる理由が、結果的にこれで果たされたことになるだろう。夕澄が蒼龍姫かどうか証明するためという、そのためだけに彼女をここに連れてきたのだ。
それが証明できる事態だと知っていたことも、確率の低いことのためにわざわざこんなことをしたことも、相変わらず、陛下も、あの宰相代理もすることが半端ないな、と今更思う。
罪悪感は覚えるが、ここで躊躇っていては、妖浄士という仕事は務まらない。最も、もしあの時夕澄が拒否すれば、無理強いしていたかどうかはわからない。蒼龍姫といえども、あの子は一般人なのだ。それを考えると、辛い思いを強いてしまったとは思う。しかし、恐怖を隠すことが出来ずにいても、やるといった夕澄の力強い瞳には、正直内心衝撃すら覚えていた。あの強さは、一体どこからくるのか。
「雅人様、夕澄様方に、医務室の手配をしておくとお伝え頂けますか」
馨の言葉に肯定の返事をする。彼は、翠を自室に運ぶため、直に部屋を後にした。碧も当主も、礼を告げた後にすぐに行ってしまう。俺は、常和達が帰って来るまでは、ここにいることにした。待つ間に、少し考え事をする。
「(蒼龍姫、か。実在したのか)」
半信半疑だった。むしろ、9割方信じていなかった。
これで、彼女が望んでも望まなくても、彼女はこの世界の事情に巻き込まれてしまうということになった。今にも泣きだしそうな顔で座り込む彼女の顔をみて、一瞬、取り返しのつかないことをしてしまったと、後悔してしまった。常和が彼女を泣かせるために事前に馨に聞いていた場所に彼女を連れて行ったが、一体彼女は今どんな気持ちでいるのだろうか。ちゃんと泣けているだろうか。それをどうこういう権利は、俺にはないのだが。
常和といえば、あいつはもしかすると、彼女を自分の過去に重ねているのかもしれない、と思う。それなりに長く一緒にいたとはいえ、あんなに世話を焼く人間だったという記憶がない。それに、いくら仲が良くなったとはいえ、まだ彼女がこの世界に来てから日は浅い。にもかかわらず、蛇魅に殺されかけた彼女を助けた時の常和の表情は、本当に鬼気迫るものだった。友達として向けるには、不自然なようなそれ。仮説はおそらく当たっているだろうと思う。そしてそれは……この上なく、残酷なことのように思えた。
「あいつにとっても、いい結果になってくれればいいんだが……」
夕澄は、もしかすると蒼龍姫だとかいうものは関係なく常和に必要な人間かもしれない。
あいつが妖浄士候補として城にきてから誰もが心配していたことが、もしかしたら解決するかもしれない。もし本当にそうなってくれれば、と願わずにはいられなかった。
「それにしても、血縁は関係なかったのか……?」
聖なる貴族の能力者の殆どは直系の者にしか現れないというのは、割と一般的な事実だ。現に、碧もそうである。殆どというよりはむしろ、直系にしか現れていない。
だから、夕澄の体が淡く光り始めた時は衝撃だった。
彼女は集中していて気付かなかったようだが、あの瞬間、その場にいる全員が驚愕の声を上げた。夕澄の手を握っている碧でさえ、酷く驚いているようだった。
光が消えた時、翠の体に有った妖障の痕跡は跡形もなく消え去っていた。だからまず間違いなく、俺は蒼龍姫の癒しの能力を目の前でみたことになる。
しかし、彼女はこの世界の人間ではない。
蒼龍の伝承も、能力が一族に受け継がれるといっているというのに、迷い人である筈の彼女が蒼龍姫の能力を持っている、なんていうのは随分とおかしな話だと思う。だからこそ彼女も自分が蒼龍姫なんだとは露程も思っていなかったのだろう。
「まぁ、俺が考えても仕方がないことだけどな」
どうせ、あの頭の良い宰相代理がその辺のことは考え、調べるのだ。一介の妖浄士に過ぎない俺がグダグダ何か考えていても、答えなど出る筈がない、と思考を放棄する。
そうして溜息をついた所で、部屋の襖が開いた。常和達が帰ってきたのか、と思い目を向けるが、そこに立っていたのは先程部屋を後にした馨だった。どうしたのかと思って声を掛ける。
「常和達ならまだ帰ってきていないが」
「いえ、そのことではなく……少し、お話しておきたいことがあります」
やけに神妙な顔付きだった。何か問題でもあったのかと思い、続きを促す。
そうして馨が口にした話は、十分俺を驚かせた。
「それは、事実なのか?」
「正確かどうかは……わかりません。只そういう話を隊商の者達がしていたのは確かです。恐らく、既に清宝にも入っている話かと思います」
「そう、か……。朗報、と言っていいのかどうか、迷うところだな」
馨は、その話を俺にした後、直に行ってしまった。俺は、天井を見上げて溜息をつく。
常和達は、まだ帰って来る様子はなかった。




