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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第二章―引き寄せられるモノ―
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第二章 -22-

溢れ出してしまった涙が止まり開口一番、常和は私を先程の優しい声色とは違う厳しい言葉で窘めた。一歩間違えれば死んでいたかもしれない、そう言われ、それは先程の出来事で実感しているだけに何も言えなかった。それに結果的に彼等に迷惑をかけてしまったことにはかわりはない。


「ごめんなさい……」


そういうと、常和は一度溜息をついたけれどすぐに苦笑して私の頭を撫でた。

反省しているのならいい、その声色は先程と同じように優しかった。



「で、どういう訳で戦闘中の結界の外に入ったんだ?」


いつのまにか傍に来ていた雅人も、厳しい声色でもなく私にそう尋ねてくる。


「お姉ちゃんのせいじゃない、僕が悪いんだ……」


蛇魅がいなくなったからだろう、男の子が駆け寄ってきて私を庇う。その気持ちが嬉しい。

訳を聞くのは男の子のほうにしたようで、雅人は事情を聞くと男の子を叱って、それでも、兄として頑張ったことを褒めもした。危ないことだから二度としないようにすることを何度も言い聞かせてから。

そのうち母親と、小さい女の子を抱えた男の人、恐らく父親だろうが、がやってきて、私達に散々謝ってから男の子を連れて行った。

後は親の仕事、そう雅人が呟く。


「お前、今回は運よく何もなかったがあんまり危ない行動はするなよ? 俺達が身動きが取れないときなら助けてもやれないんだからな」

「はい。ごめんなさい……」


私の頭を軽く小突いて雅人が苦笑しながらそういった。


「まぁそれでも、よく頑張ったな。お前がいなかったらあいつも無事ではいられなかっただろうさ。お前が命を救ったんだ」


ぐりぐりと、常和とは違って少し乱暴に雅人が私の頭を撫でまわす。

その乱暴さの中の優しさに、もういちど私ははい、といって笑った。


蛇魅の影響は思っていた以上に強くこの国に根付いたようだった。

足を挫いてしまったために常和に背負われて戻ったところ、碧や翠に国民が群がっているのを見たときには焦ったが、謝罪の言葉が次々に聞こえてきて安心した。どうやら、結界がどういうものなのか、妖という存在がどういうものなのか少しわかったらしい。

居心地が悪そうにそこから離れている人間もいたが、それはこれからこの国がどうにかすることを期待するしかない。


「夕澄様!」


碧が私のことをみつけて名前を呼ばれ、それに微笑む。彼女は私に駆け寄ってきて抱きついた。驚いて声を上げてしまったが、安堵の言葉を浮かべる彼女に私は何の言葉も出てこなかった。

申し訳なさそうに立っている馨を見る。あの時は衝動で動いてしまったが、考えてみれば彼にも申し訳ないことをしたと思う。

碧や翠を守るのが最優先だとはいえ、彼は私を守るという役目もおっていた。

謝らなければいけないか、そう考えて謝罪の言葉の頭2文字まで口にしかけたところで馨が無言で首を振った。どうやら謝るのはまずいようだ。


「夕澄、捻挫の手当をしたらすぐに、することがある。わかるな?」


雅人にそう、声を掛けられた。勿論、ちゃんとわかっている。

これから私は、翠を、本当の意味で助けなければならないのだ。


「手当の後だなんて、悠長なこといっていられません。すぐに、出来ます」

「……では、屋敷に戻りましょう。直に部屋を手配いたします」


私の言葉に、馨はそういって、傍にいた他の護衛役の人に何か言葉を掛けた後、よろしくお願いしますといって私に頭を下げた。

知られていたのか、とそこで悟る。碧も、私に頭を下げていた。

蒼龍姫のことは、やはり怖かった。それでも、つい先ほど死ぬような思いをしたからだろうか、今ならば何でもできるようなそんな気がしていた。手当をして間を開けたらまた怖くなるような気がした。

屋敷に帰ってすぐに、部屋は用意された。部屋の中央に翠が横たえられて、私も、その横に下ろされる。そして、何も変わらなくても貴方を責めることはないと、当主に声を掛けられた。同じことを、碧や馨が私に言う。それが逆に、彼等の必死さを物語っているようだった。


「大丈夫……」


自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

心臓が、煩い。しかし、ここで引くわけにはいかない。ただでさえ憔悴している翠に、怖がっているところを見せるわけにもいかない。

大丈夫。絶対に。そう、何度も心の中で繰り返す。隣に立っている常和をちらりと見ると視線があった。

彼は、口の動きで私に大丈夫だといった。常和とは逆の位置にたっている雅人も見る。彼も微笑んだ。

蒼龍姫という、特別な存在……そう呼ばれることが、私は怖かった。それでも、私がそうじゃなければ翠は救えない。複雑な心境だった。

だけど今、この瞬間には、信じなければいけない。私の存在が、特別だということを。


「翠様、失礼します」


一度、深く息をついてから、翠が動揺しないよう、少しずつ手を近づける。ほんの一瞬の時間の筈なのに、随分長い時間に感じられる。

そうして取った翠の手は酷く冷たかった。苦しそうな声も聞こえる。早く、何とかしてあげたいけれど、この先どうすればいいのかわからない。


「気持ちを、込めればいいのですよ」


そっと、碧の手が私の手に重ねられる。


「夕澄様。能力に一番大事なのは、気持ちなのです。大丈夫、きっと、貴方なら出来ます」


碧はそう言って私に微笑んだ。私の手を包む彼女の手はとても暖かく、安心する。緊張も何もかも、すっと消えていくようなそんな心地がした。

目を閉じる。握りしめる手に、翠が痛くないだろうと思う位少し、力を入れた。

絶対、治せる。そう信じた。そう念じた。


「……これは、凄い」


馨の呟きが耳に入った時には、既に碧の手は離されていた。おそるおそる目を開けると、随分と楽に横たわる翠の姿があった。どうやら、成功したらしい。そっと手を放す。沈黙が暫く場を包んでいた。


「……これは」

「確定、ですね」


雅人と常和がそう呟いた声も、静寂の中に消えていく。

私はどういう反応をしていいのかわからず、手を堅く握り締めた。

この、体が芯から冷えていくような感覚は、一体なんだ。


「夕澄、大丈夫か?」


常和が、私の握り締めた手を優しく取った。なぜか私は泣きそうだった。翠を助けられたのだから、それで良い筈だった。

まさか、あんなに優しい光が、と呟く当主の声が聞こえる。私はいったい、何をしたというのだろうか。


「雅人さん、ちょっと、出ます」

「ああ。……ゆっくりしてこい。俺は取りあえず部屋に戻るから」

「わかりました。……夕澄、行くぞ」


常和にもう一度背負われる。

あれだけ力をこめて手を握り締めていたはずなのに、全身に力が入らなかった。そのまま常和は外へと足を向けた。

二人とも黙り込んでいた。その空気が何故か怖かったし、何か言って欲しかった。常和がどこにいこうとしているのかもわからなかった。

連れてこられたのは庭のような広い場所だった。にもかかわらず人目はなく、それでも、木々や花々が居心地のいいように植えられた場所。


「馨さんに、ここのことを聞いていたんだ。先に。人はそうそう通らない場所だそうだ」


常和は、ぐる、と周りを見てから、私の目をじっと覗き込む。


「夕澄。……泣いてもいいんだぞ」


彼はそういって、どこか悲しそうに笑う。私は訳がわからなかったけど、彼は、また私を引っ張って、椅子として置かれているベンチのような石に私を座らせて隣に座り、私を抱きこんだ。彼の胸に頭を押し付けられて、彼の顔が見えなくなる。


「ごめんな。お前に頼るしかないくらい、俺たちは無力だ。お前に辛い思いをさせない方法を探すことが出来なくてごめん。でも、お前は何も、変わらない。……お前は、お前だ。そうだろ」


抱き込まれたまま、頭を撫でられる。その感触が優しすぎて、あれだけ泣きたくても何故か流れてこなかった涙が彼の服を濡らし、私は、彼の背に腕を回して、力をこめた。


「大丈夫だ。大丈夫。……よく頑張ったな」


唇を引き結んで声を出さないように勤めたけれど、堪えきれない声がどうしても漏れてしまう。涙は時間とともに量が増えていく。情けない気がした。

自分で決めたことだった。翠を助けられたことも、いいことだ。だから、後悔なんてしない。したくない。それでも、怖かった。怖かったんだ。

私という存在が、私という手を離れてどこかに行ってしまったような、そんな気がして。


常和は、私が泣き止んで落ち着くまで、私を抱く腕の力を緩めることも、頭を撫でることもやめなかった。もう一言も何も言わずに、ただ、そうしていた。

どうしてそんなに優しくしてくれるんだろう。私は彼にとって、異世界から来た迷子という存在であって、そんなに優しくしてもらえるような人間じゃない筈なのに。

それでも、彼の優しさが体の隋まで染み渡っていくような、そんな気がした。


「(どうしよう。……私、)」


いつか後悔するとわかっているような気持ちが、胸のなかで鼓動を打って産声をあげるのを聞いたような気がした。それでも私はそれを、どうすることも出来なかった。


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