第二章 -21-
――間に合ってよかった。
蛇魅の尾を切り落とした瞬間浮かんだのはそんな言葉だった。
悲鳴を上げて暴れだした蛇魅の首を、直に雅人が切り落とす。
……終わった。
蛇魅が現れて確信したのは、当初予定した戦いよりは難航するだろうということだった。
その巨大さが想像以上だったこともあるが、まず、この国の妖浄士が使い物にならないことが確定したからだ。邪気に気圧されて身動きが取れなくなっているものが多数いた。
夕澄達を馨がつれていくのを見ている余裕はなかった。すぐに戦いに入らなければ犠牲が多くなるだろう。雅人が妖浄士を怒鳴り付ける声が響く。
「人妖じゃないだけまし、というもんでもなさそうだな」
雅人は夕澄に、人妖よりはいいだろうと、そのようなことをいったが、これは確かにあっているだろうが、必ずしもそうと言い切れるものではない。夕澄を安心させるためにこの言葉を選んだということはわかっていた。
そもそも、人妖と対峙することなどそうそうない。本来はほぼ皆無といっていいほどの確立だ。普通の妖よりも力が強く知能がある、その事実だけがわかっているにすぎない。
さらに、人妖は力こそあるものの、人並みの知能がある分だけ戦いやすいという場合もある。ある程度は行動等が予想の範疇に収まってくれる場合が多いからだという。これはいままで妖浄士達が書き記してきた記録に残っていることだから確証といえるほどのものはないが、この前化け猫と対峙した時に俺も同じようなことを思った。
化け猫は浅知恵の馬鹿だったが、だからこそ戦いやすかったのだ。
逆に理性のないような妖は、予想外の行動をすることの方が多い。
大体は行動の仕方がある程度分かっている。これは、今まで戦ってきた妖浄士達が残してきた記録や、訓練の賜物である。これがなければ妖浄士の生存率はガンと下がるだろう。
そしてこの蛇魅はそういう記録が残っていない、いわば俺達にとっても未知の生物だった。
ただでさえ戦い辛い状況だというのに、おまけに使い物にならない人間がこの場に多数いて、守りながら戦わなければいけない。本音を言ってしまえば戦いに集中したいが、そういう訳にもいかない。
「常和」
「わかってますよ、なんとかします!」
横から諌めるように雅人が声をかけてくる。溜息をつきそうになったのがバレたらしい。
こんな時でも雅人は流石だ。動きがぎこちない妖浄士達にしっかり支持を出して動かしている。時期、清宝の妖浄士の頂点と言われる地位を期待されているだけはある。
俺はこういう経験は殆どない。いつだって煉華のような以前から共に戦っていてお互いの呼吸が分かっているか、雅人のように指導が上手い人間についていたことが多かった。
俺の経験がないことは雅人もわかっている。だからこそ、事前の打ち合わせで雅人のほうが支持を出す側、俺が妖浄士の守りを担当することは決まっていた。その役割さえも真っ当できないようでは清宝の妖浄士の名が廃る。
――しっかりみておけよ。俺もそう上手いほうじゃないだろうが、お前の経験にはつながるだろうさ。
そういっていた雅人の言葉は謙遜にしか聞こえない。だが、雅人の指示は妖浄士達を守りながらもしっかり耳でとらえていた。俺だって、いつまでもこのままではいられないのだから。
一応訓練事態はこなしていたのだろう、守りながらも戦っていくうち、ぎこちないながらも妖浄士達は戦闘と言える動きを初めていた。蛇魅の動きは幸い巨大なだけで本物の蛇に近い。こちらが身震いするような予想外の行動はあまりとらなかった。
気を刀身に込めて蛇魅の身体に叩きつけると、蛇魅が雄叫びを上げる。
蛇魅の体には少しずつ傷が増えて行っている。もう少しだ、そんなことを妖浄士の誰かが声を上げて叫んだ。
しかし。
「何をやってるの!?」
そんな声が、耳の端を捉えた。
「(……夕澄!?)」
蛇魅に集中していた視線をある程度の間合いをとって声の方向にずらせば、あの時祠の詳細を教えに来た少年が大量の荷物を抱えて立っていた。その周りに散乱した荷物を夕澄が拾っている。
「(あいつら、何をやってるんだ!?)」
結界に近い場所とはいえ、この状況でこの場に入り込むのは無謀だった。荷物を抱えて二人が走りだすが、結界までは少し距離がある。
「雅人さん!」
「行って来い、ここは俺がなんとかする!」
名を呼んだだけで理解してくれたようだった。俺は急いで走り出す。すぐに二人を安全な場所に連れて行かなければいけない。そう思った直後だった。
ドゴォォォォン……と大きな音が立つ。視線を蛇魅に戻せば、蛇魅の近くにあった民家が何棟か薙ぎ倒されてあとかたもなくなり、その衝撃で転倒した妖浄士が多くいた。
俺も体制を崩しかけたがなんとか転倒はせずに済み、夕澄達に視線を戻す。
彼女も今の衝撃で転倒したようだった。
立ち上がろうとするような動作をするがすぐに座り込む。-足を捻ったのだと一瞬で悟った。
それでも何とか立ち上がって少年の手を取ろうとしているが、少年が一人でも走れる!と声を上げているのが聞こえた。すぐに少年が結界の中に走り出す。
夕澄もそれに続くが、捻った足が邪魔をしているようで速度はあがらない。
――早く、彼女のもとにいかなければ。
蛇魅が弱ってきているとはいえ、状況はまだ安全とは言えない。
彼女を抱え上げてでも、はやくここから連れ出さなければ危ない。距離がもどかしかった。
「常和!」「後ろ……!」
夕澄のところまでもう少しという時。
雅人が俺の名を呼ぶ声と少年の声が同時に聞こえた。
振り返ると蛇魅の尾がそこにあり、それは明確に夕澄を狙っていた。夕澄も尾を見上げて、覚悟したように目を閉じる。
『お兄ちゃん……逃げて』
――幻聴が聞こえた。幻覚が見えた。
諦めたように微笑む少女の姿が目の前に見え、頭が真っ白になった。
だから、そこからの行動はほぼ無意識だった。
気が付くと夕澄の前に立ち、剣を振りあげて蛇魅の尾を切り落としていた。
「……させるかよ!」
口にだした言葉さえ意識して出た訳ではなく。
そして、間に合ってよかった、という安堵が胸に広がる。
雅人が首を落とした蛇魅は少しの時間を要したものの跡形もなく消え、そこでようやく正気に返る。
「夕澄!」
あわてて振り返ると、放心したように座り込む夕澄の姿がそこにあった。
彼女の瞳が俺を見つけて潤み始める。
駆け寄って抱きしめると、彼女はまた、声を押し殺して泣いた。怖かったのだろう。当たり前だ。ある程度の訓練をしてきた妖浄士ですら固まっていたのに、本来一般人の彼女が怖くないはずはなかった。
「もう、大丈夫だからな」
言いたいことはあった。どうしてこんな危ないことをしたのか。大体の予想はついていたが、言わなくていいようなことではない。
それでも、今は泣いている彼女を安心させるほうが先決だと思った。
だからしばらくの間は、彼女の肩を抱いたまま、背中を撫で続けていた。




