第二章 -11-
妖が普通に闊歩しているようなこの世界でも、遥か昔に姿を消した妖は存在するらしい。それは動物と同じような弱肉強食の中でのことであったり、環境の変化の中で淘汰されていったり、あまり他の生物と変わらないような理由もあれば、もう一つの理由もある。
そのもう一つの理由――当主が言っていた封印が存在する場所に、雅人と常和、そして私は、案内役の馨を連れて向かうことになった。
「封印できるんだね、妖って」
道中、当主から聞いた言葉を思い出して私はそう二人に言った。
当主が心当たりがあるといい、翠が目にしただろう妖は蛇魅という名前でそれこそ遥か昔に姿を消した妖らしく、ある伝承として残されている以外、誰も知らないのだという。雅人も常和もそんな妖は聞いたことがないといっていた。
「本来は不可能な筈なんだがな」
私の言葉に答えたのは雅人だった。
その答えに、でも当主は封印された妖といっていたのにと疑問を感じたが、私がそれを口にする前に雅人が続ける。
「だが封印されたというのが本当に遥か昔だったら、例外がある可能性もある」
「それ、もしかして蒼龍の一族のことですか?」
雅人の言葉に答えたのは私ではなく常和だった。
蒼龍という聞き覚えのある単語に、私は驚いた。
「それこそ伝承上の存在だから、実在したかどうかすら疑問だがな。俺はそういう知識はあまりないから、上手く説明できないが……そういう話は聞いたことがあるだけで」
「俺もあまり詳しくは知りませんが、確か聖なる一族と同じように蒼龍の血を継ぐ一族だといわれていましたね。煉華がたまに話していたので、少し位ならわかります」
「ああ、煉は宰相代理殿に色々教えてもらったことがあると話していたな、そういえば」
全く話についていけない私は、蒼龍について気になりながらも話に入っていくことができずに只二人の話を聞いていた。その中で雅人が煉華のことを、『れん』と呼んだことに驚く。煉華は本当に尊敬しているんだなと私がわかるくらい楽しそうに雅人のことを話していたから、憧れの人位の距離感だとてっきり思い込んでしまっていたのだが、実は二人は案外近い距離感で、仲がいいのかも知れない。
「夕澄は、蒼龍については知っていたんだったか?」
ふいに常和に声をかけられて、私少し驚いてしまったが、首を横に振った。それにそうかと答えて、この国に伝わる神様のことを、常和は話してくれた。
「蒼龍っていうのは、この世界の頂点に立つといわれている、蒼い鱗を纏った龍神のことだ」
蒼龍が頂点に立ち、その眷属として、灼朱や蓮風のように4つの国が各々で奉っている4匹の神様、即ち四聖神がいるのだという。
四聖神の力も凄まじいものだが蒼龍の力はそれを圧倒する程強く、守り神としてこの世界を見守っているらしい。
それならばなぜ蒼龍を奉るのではなく四聖神を奉るのかと尋ねると、常和は苦笑した。
「今、この世界に蒼龍が存在しないからだ」
目を見開いた私に常和は教えてくれた。
正確には、蒼龍はその伝承こそ残っているもののある時から全くその力を感じられなくなったのだという。
そもそも蒼龍が存在するのであれば、悪い妖が自由に闊歩することもないのだという。それだけ本来の蒼龍の力は人知を超えるものなのだ。
それなのに何故、その力を感じられなくなったのか。その原因は知られておらず、ただ蒼龍が存在したというその伝承だけが世界に残っているという。
だから本当に実在したのかすらわかっていないらしい。
とにかく、頼るものがなくなってしまった人々は眷属である四聖神に縋り、その後今の形に落ち着いた。それが今この世界に伝えられている伝承なのだと常和は言った。
そして、蒼龍の一族はその伝承のひとつとして語られていると雅人がいう。
「詳細はあまりわからないが、ただ、他の聖なる貴族とは違い二つの家系があったことと、そのそれぞれの家の能力者二人が力を合わせればどんな妖でも相手にならないらしい」
「それなら、わざわざ封印なんてしなくてもいいような気がするんですけど……」
疑問を口にすると、雅人はそうなんだがな、と苦笑した。
「何か理由があるのかも知れないが、退治せず、妖を封印することもあったらしい」
随分曖昧だなと思ったものの、元々伝承とはそういうものだ。確実な情報が提示されるようなものなどそうない。少なくとも、私が知っている限りは。
「まあ封印されていた祠があるという以上は、たとえ蒼龍の話が真実じゃなくてもなにかしらのことが昔にあったんだろう」
私達が向かっているのは、妖が封印されている―正確にはいた―祠があるという場所だ。台風などの自然災害ではなく、明らかに人為的だとわかるような形で破壊されていたそれは、理由も犯人も見つかってはいないし、実際にそこに妖がいたのかどうかすらわからないという。
「封印されていたって位だから、相当強い妖なんですかね」
私のその言葉に答えたのは馨だった。
「蛇魅は……条件次第で強くなる妖なんです」
「条件次第で、とは」
雅人が尋ねると、少し躊躇してから馨は答えた。
「人の悪い感情が蔓延している時です」




