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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第二章―引き寄せられるモノ―
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第二章 ―10―

神宮家には、魂送りと呼ばれる鎮魂祭のようなものを城下で執り行うという重要な役割があるのだ、と翠はいった。

この国の守り神が、死んだ魂が妖になってしまわないように魂を黄泉へ送ると伝えられていることが発祥であり、魂送りを執り行うのは、その守り神の力を継ぐとされるこの国の象徴である緑姫、つまり今は碧である。簡易的な祭壇のようなものが作られそこで緑姫が祈りを捧げるというシンプルな儀式らしい。

しかし、緑姫は結界を張るという一番大事な役割があるため、この魂送りはあまり行われることはなかったらしい。

しかし、“ある事件”が置き、魂送りが急遽行われることになった。


「ある事件というのは?」

「それは、どうせ後で話を聞くことになるだろう。今は取り敢えず続きを聞いてくれ」


その言葉に私が頷くと、翠は話を続ける。

とにかく、“ある事件”によって魂送りが行われた。が、その時に事件が起こった。

儀式の最中、ある女がいきなり喚きだし、碧に向かって石を投げつけてきた。

結界の外で妖に娘を食われた、というようなことを喚きながら、何度も何度も。

そもそも、結界というのが一部分しか張られていない理由を私は凛から聞いていたし、この国にきて緑姫が生命力を削って結界を張っていると知った以上、限られた場所にしか結界を張れないことは仕方がないことなのだと思う。

しかしその女は碧にいったのだ。

『それしか生きている価値がないのだから、全ての場所に結界を張ればいい。役立たず。娘が死んだのはお前のせいだ』と。

あまりの言葉に私は唖然としたが、翠は話を続ける。


「そもそもこの国の人間は、結界の有難みなど何もわかっていない。ずっと疑問だったんだ。この屋敷の人間でさえ姉上が結界を張ることを当たり前だという人間がいるし、城下の人間がその女と同じようなことをいって姉上を貶しているのを俺は何度も聞いていたから、それでも姉上が結界を張る意味がわからなくて。俺は護人だから姉上程ではなくても生命力を削ることがあるし、そのときは姉上の儀式のために護人としての役割を担っていた時だったから、体調も普段より思わしくなくていらいらしていて、つい、言っちゃったんだ。その女に」


『お前みたいに救ってやる価値のない人間に、 どうして姉上が命を削る必要があるのか』。

思わず翠が口にしてしまったその言葉は、その場にいた城下の人々の顰蹙を大いに買ったらしい。

その場は一瞬にして翠や碧への暴言などで騒がしくなり、石だけではなく沢山のものが祭壇や翠達に向かって投げつけられた。碧も翠も怪我を負ったし、護衛についていた人々も怪我をした。


「色んな人が怪我をしたし、神宮家の立場も悪くなった。考えなしだったとは思うよ。姉上にも後で叱られたんだ。あの女の人は子供を失って、姉上の他にどこにも悲しみをぶつける場所がなかったからしょうがないんだって。でもそれまでのこともあったし、どうしても許せなくて……。でもそれで俺は色んな人から顰蹙を買った。城下の人もそうだし、痛い目を浴びることになった神宮家の人間にも。今じゃ、この家の人間にさえ、俺なんかいなければよかったのにっていわれるんだ」


いくらなんでもあんまりだ、と私は翠の言葉を聞いて絶望した。

翠だって、姉を思っての言動だったのだ。それなのに、いなければよかったのに、だなんて。


「俺、いなければよかったのにって、思う? やっぱり間違っていたのかな」


翠の問いかけに私は首を振る。


「確かに、問題を起こさないためには言わなければよかった言葉かも知れないけど、私でも、多分同じことを言うと思います」


翠は驚いて私を見た。

それに私は微笑む。


「私、双子の弟がいるんです。弟に向かってそんな暴言吐かれたら、私だって我慢なんかできない。許せないです」


翠は何も言わなかった。だから、私は迷いながらも言葉を続ける。


「でも私は……自分の保身のために弟を見捨てたも同然だし、本当はこんなこと言うのはとてもおこがましいことなのかも知れないけれど。あの時の自分を殺してやりたい位憎んでいる私は……尚更、弟が大事だから。だから絶対許す事なんてしない」

「見捨てた? 弟を? ……本当に?」

「結果的に、です。でもそんなの関係ない、そこにあるのは結果だけなんだから」


翠は何も言わなかった。私は、何も言えなかった。

軽蔑されることすら覚悟していたが、翠の瞳にはそんな色はなかった。


「今そう口にするからには、自分の行動を後悔して、弟を大切に思っているからだろう?」


私はやはり何もいえなかったが、翠はそんな私をみて微笑んだ。


「気付かない人間もいる。見捨てたとしても何も思わないで自己保身に走る人間も。貴方は凄い人だ。自分が間違っていたということを認めることが出来るんだから。俺は……俺は、それがとても難しいのに。自分の行動で姉上に怪我をさせてしまったのに。それに俺が肩代わりできなくなれば姉上も結界を張らなくなるだろうと思ってたのに、姉上を苦しませるばかりで。姉上も俺のことを嫌いになるかもしれない」

「碧様はとても、翠様のことを心配しておられましたよ。翠様のその行動が碧様を思ってのことだって、あの方は理解しておられます。だから、嫌いになんてなりませんよ」


微笑んでみせると、翠は落ち着いていた涙をもう一度溢れさせた。

私は翠様、ともう一度名前を呼ぶ。


「私達に貴方を助けさせてください。暴言を吐く人達のために、貴方や碧様が苦しまなければいけない理由なんてないんです。私は碧様も貴方も助けたい」


翠は泣きながら、少しだけ沈黙した後、少しだけ時間をくれ、と口にした。

それに頷いて私は部屋を後にする。最初は勢いに任せての言葉だったものの、こうして翠に話を聞けた以上、間違ってはいなかったのだと思う。ただ、部屋の外に出て雅人と常和に視線を向けられたとき、身体が少し震えてしまった。


「えっと、勝手をしました。すみません」


びくびくしながら口にした言葉に、しかし雅人も常和も私を責めるようなことは言わず、ただ微笑んで私を見た。そして用意されているという部屋に向かう途中で、雅人は私によくやったといって、私の頭を撫でた。怒られると思っていたからその行動は意外だった。

当然のことながら、私と、雅人と常和は性別が違うために、隣同士であるものの部屋は別だった。二人に就寝の挨拶をして部屋に入ろうとした時、常和が私を引き止めた。


「……お前の弟はきっと無事だ。この世界にいるなら絶対、俺が見つけてみせるから」


だからあまり思いつめるなよ、と続けられた言葉に、翠との会話が聞こえていたことを私は悟る。確かに扉の外に出たところで薄い襖一枚ぐらいのものなのだから外に聞こえていてもおかしくはなかった。私の言葉を聞いていて心配してくれたのだろうと思い、私は頷いた。それに微笑んだ常和は自分の部屋に向かっていった。

常和は私と夕月の間にある事情を知らないが、心配してくれるその気持ちは嬉しい。

生きていれば。相手が生きてさえいてくれれば、たとえ取り返しのつかない過去であろうと挽回の機会は与えられる。私はあの時の私を許せないけれど、それでもだからこそ、もう二度と同じ間違いをしないと固く自分に誓っている。

夕月は絶対に生きていてくれるはず。そう信じて、私は眠りについた。


その翌日に、私達は神宮家の当主という男の人に呼び出された。

その場には碧と翠の父親である当主、そして苦しそうにしながらも座っている翠がいた。事情は全て翠に聞いたと述べた当主は、私達に息子を助けてくれと頭を下げ、翠もまた、深く頭をさげた。

原因の妖は、ただ見ただけでは、雅人にも常和にもわからなかった。ただ、当主はひとつ心当たりがあるのだという。

当主は私達にその心当たりについて話してくれた。


「実は、翠が妖に襲われる少し前に、王家と神宮家しか知らない祠が壊されるという事件が起こった。その祠は、ある妖を封印するための物だったのだが……凶悪な妖だと伝えられていたその妖によって、数々の村が襲われ、全滅した。しかしこの国には対抗する手段など残されていない…………」


当主は悔しそうに顔を顰め、唇を噛み締めて、話を続ける。


「とにかく、妖の大量発生等を防ぐために我々は直に魂送りを執り行うことになった。しかし、妨害されてしまった」


そこから当主が話した経緯は大体昨日翠に聞いたものと同じだった。

子どもが死んだ母親が碧に石を投げ、翠がそれに腹を立てて言い返してしまい、騒ぎが大きくなって儀式を中断せざるを得なくなった。

城下では批判が膨らんで収集がつかなくなり、近隣の村の全滅も、緑姫が全て企んでいたのではないかという声すら上がるようになった。

姉への暴言に腹を立てていた翠は、その噂を耳にし、何としても姉の無実を証明してやると決意し、壊されたという祠に向かったのだという。


「そこで、妖に襲われたのですね」


雅人の言葉に翠はこくりと頷いた。

次いで、姿を見たかと尋ねる雅人に、翠は少し躊躇した後、口を開く。


「蛇……のようなものに、噛みつかれました」


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