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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第二章―引き寄せられるモノ―
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第二章 ―8―

この国の聖なる貴族は神宮家(じんぐうけ)というらしく、当代の緑姫はその本家の長女だと雅人は教えてくれた。神宮の屋敷は城ほどではないにしろ圧倒されるほど広く、私のいる位置からでは全てを見ることができなかった。しかし城と同じように緑で纏められた外装は言葉を失うほど美しく、門にあしらわれた風をまとったような姿で描かれた狼の姿もまた麗しかった。この狼がこの国の守り神である蓮風なのだろう。

門の前に立っていた門番に雅人が用件を告げると、二人いたその門番の一人が屋敷の中に入っていった。もうすぐ緑姫に対面するのかと思うと緊張して体が震えてくる。

中に入ってきた門番は、一人の男の人を連れてきた。屈強そうなその男の人は、にこりと笑って口を開く。


「お待ちしておりました。お話は燈樺殿から手紙で伺っております。遠路はるばるようこそこの国へいらっしゃいました。

私は当家の護衛役兼教育係の役目を賜っている神宮 (かおる)と申します。この度は皆様方の滞在中の案内役を勤めさせて戴きます。よろしくお願いいたします」


護衛役なのに案内役についてもいいのか、と思ったが、緑姫の護衛役は何人もいるということを常和が教えてくれた。その中の一人が抜けた位では何も問題にならないのだろう。

私達は馨に案内され、屋敷の中を歩いていく。外観よりも中は複雑で、案内役がいなければ迷ってしまいそうだとすら思う。やがて辿り着いた部屋の前で、馨が扉をたたいた。


「碧様、清宝からの使者様方をお連れしました」

「有難う。入ってもらって頂戴」


部屋の中から澄んだ女性の声が聞こえる。声だけでも上品さ、それでいて清楚な印象を感じさせるその声は、しかしとても弱々しく響いた。

馨が扉を掛けると、広い部屋の奥にあるベッドのようなものに座っている、髪の色が深緑の女性がいた。そういえば、聖なる貴族はそれぞれすぐわかるような身体的特徴をもっていると志輝が言っていた。神宮の場合はそれが髪の色なのだろう。服自体は簡素なものだったが、全身から優雅さが伺える人だ。ただ声と同じように疲れているような表情と姿で、見ていて痛々しさを感じさせる。


「遠いところからようこそいらっしゃいました。私が当代の緑姫であり神宮の長女、神宮 (みどり)です。本来ならばしかるべき場でお迎えすべきなのでしょうが、体調が優れぬためこのような形となってしまったことをお詫びいたします」


そういって浮かべた笑顔さえ、無理をしているのがよく分かるほど辛そうだった。


「お体が優れない時にこうして私共にお会いして戴けたことを感謝します」


雅人がそういって頭を下げ、自分の名を告げ、常和と私を紹介する。碧は私をみて驚いた顔をした。


「彼女が異世界から来たというあの? ……お会いできて光栄ですわ」


にこりと微笑まれたので私も礼をした。


「用件は手紙で伺っております。私のせいで本当にご迷惑をおかけ致しました。結界が薄くなった原因は、私の体調不良によるものです」

「大分前からお体が優れないのですか?」


雅人が尋ねると、碧は頷く。


「ですが病気等ではなく……これはこの国の内部騒動に起因するものなのです。私の弟、(すい)のことはご存知でしょうか」

「ええ。神宮家の次期当主である方ですね」

「そうです。そして私の代役でもあります。私が結界を張るために自らの生命力を削らなければならないというのはどの能力者にも共通の事なのでご存知でしょうが……神宮家では、代々の緑姫が少しの間休憩するために、代わりに生命力を削る人間が必ず一人いるのです。当代ではそれが翠――この国では、緑姫を守る者として護人(もりびと)と呼ばれています」


辛そうな表情で語る碧の言葉は、私にとっては衝撃的だった。

凛との会話で、能力を使いすぎることは命に関わるということは知っていたが、それが生命力を削るからだとは思っていなかった。

能力を使えば使うほど、生命力を削るということ。にも関わらず、結界はいつも張り続けていなければならないとすれば、その負担は計り知れないだろう。

護人という存在は、その負担を少しでも軽減するためにいるのだろう。それが彼女の弟、翠なのだという。


「もし護人が生命力を削ることが出来なくなれば緑姫様は休憩することが出来ない。少しずつ結界は薄まっていくのは当然の事です」


馨の発言に、碧は悲しそうな顔を浮かべた。

その発言はつまり、翠が今、何らかの事情で肩代わりを出来ない状況にあるということを意味する。


「ようするに、翠様に何かあったのですね?」

雅人がそう尋ねると、碧は躊躇するように何度か口を開こうとしては閉じるという動作を繰り返し、やがてためらいがちに私達に言った。


「翠は今……妖障(ようしょう)で、寝込んでいるのです」

「……それは、本当ですか?」


神宮家の長男であり次期当主、神宮 翠は妖障をうけている。その事実は少なからず、常和と雅人に衝撃を与えたようだった。碧に言葉を返した雅人の声は、酷く固いものだった。妖障、というものがわからなかった私に、常和は、妖が残す、人の体に害を与えるもののことだと教えてくれて、私も衝撃を受ける。

どういうことなのかと尋ねる雅人に、碧は泣き出してしまった。碧が泣きながら、自分の責任だ、と言い続けるのに、言葉が何も出てこなかった。


「翠様は、随分前に正体不明の妖に襲われたのです」


言葉が出ない碧に代わり、馨がそう、口を挿む。


「また、どうしてそんな事態に? 聖なる貴族……護人であるならば尚更、危険な場所にはいかないでしょう」

「国民の声を抑えるためです」


忌々しそうに告げる馨の言葉は更に続けられる。


「この国に、妖に対しての危機感がないのは、すでにご存じでしょう。勿論それは問題なのですが、今までは何も支障がなかったのもまた、事実です。しかし、支障が起こるような事態が、起きてしまった」

「一体、何が?」

「……それは、直接翠様にお会いになってからのほうがいいでしょう。少し事態が複雑なのです。まずは、現状を確かめていただくのが宜しいかと思います」


馨は溜息をついて、とにかく、と言う。


「妖障は、元の妖を倒さなければ消えることはないですが、この国には今その力はありません。……あったとしても、頼ることはできません。今の王に神宮家の弱みを握られれば、その先の事態は想像に難くない。ですから正式に貴国に協力を申し出たいと思っていたところなのです。この国にはもうこの問題に立ち向かえるだけの力がない。実は丁度先程、貴国の日向陛下に書状を戴いたのですが」


馨は一枚の書状を雅人に差し出した。それを見た雅人と常和の顔に驚きの色が浮かんだ。


「燈樺様の手腕はこの国でも有名ですが、結界が薄くなっただけで何故、翠様の身に起きた事態に予想がつくのでしょうね……。ですが、お二人のご判断には感謝致します」


私も書状をみた所、それには先程説明された翠の身に起こっている事態について書かれていた。しかしそれは、そのような事態が起こっている可能性を心配している、という言葉でまとめられており、それが事実だった場合、もしく妖が関係する事態だった場合は派遣した妖浄士を討伐の任に就けると書かれていた。

書状には志輝の名が書かれていて燈樺の名はどこにも書いていなかったが、馨は燈樺の名を出した。よくわからないが、この予想は燈樺がしたのだろう、と思う。

かくして私達-といっても私以外だが-は、翠の妖を退治するという任務につくことになった。碧は何度も、弟をお願いしますと繰り返していた。

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