第二章 ―7―
「王は忙しい方ですので、謁見には時間がかかりますが」
城の入口で、門番をしていた男にそう言われると、ならば先に神宮家に挨拶に、と雅人がいうが、門番は顔を顰めてそれを止めた。
そして、取り次ぐまでの間他の部屋で待っているように告げ、謁見の手配をしてくるといい城の中へ入って行ってしまう。
門番はもう一人立っていたが、彼はこちらに棘棘しい視線を向けてくるばかりで口を開こうともしない。居心地が悪いなと感じた。
少し後に門番が帰ってきて部屋の用意が出来たことを伝えられ、私達はその部屋に案内される。しかしどうみても、外交を結んでいる国のそれなりの立場にある人間を待機させる部屋とは思えなかった。それは、雅人や常和が変だと口を揃えていっていたことからも明らかだった。
私はあまりこの世界の価値観に慣れている訳ではないため、部屋の豪華さなんて基準はあまりわからないが、少なくとも、清宝で見た客室とは雲泥の差のように思えた。
清宝は、煉華に案内された時に自分の部屋がどの程度のものなのか気になり尋ねたことがあり、その時に他の部屋をいくつか見せてもらった。
それらには普段使われないような部屋もいくつかあったが、いつ客が来てもいいようにと掃除はきちんとされていたし、揃えられた家具もそれなりのものだとわかるものだった。
ちなみに私の部屋は、その空いていた一室の中でも上等な部屋だったことを私はその時に知り、大分恐縮したものだ。賓客と言っていたとはいえ、只の迷子にするような扱いではないだろう。だから、清宝と比べるのは少し酷かもしれない。
しかし、ここのレベルは最早、そういうものではない気がする。
掃除も行き届いていないようで、蜘蛛の巣等はないものの綺麗とは言い難い様子だったし、何より、置かれている家具はぼろぼろな上に貧相で、畳も完全に日焼けしていてささくれだってしまっている。
とてもじゃないが、客人を通す部屋とは思えない。小さい国とは聞いていたが、ここは城だった筈なのにだ。
国全体が貧乏という可能性もなくはないが、ここにくるまでの道のりは、清宝ほど豪華ではなくてもきちんと掃除されていたし、それなりの造りだっただけに、やはりこれは嫌がらせかなにかではと勘ぐってしまう。
こちらは一応客ではないのか。しかも、外交相手に対しての、この態度。
「問題あり、って感じ」
「以前はこうじゃなかったんだけどな」
不満が思わず口に出てしまい、それに雅人が苦笑して答えてくれる。
「本当に用があるのは神宮家とはいえ、正式な手続きは踏んでいるんだけどな」
「そもそも、門番のあの対応も不可解です」
「それにここまでくる時の官吏の反応もおかしかった。やけに敵意の視線が混ざっていたしな。結界にはいる前の妖の大群のことも気になる」
私の言葉を皮切りに、二人が先程の妖の大群について色々と話し初めてしまい、私は口を挟めなくなってしまった。
とにかく、二人でさえおかしいと思うのだから、この国の対応がおかしいのは間違いないと思う。
「お茶をお持ち致しました」
暫くそういう話をしていた所に、外から声がかかり襖が開く。
そこには恐らく同い年位の若い青年がいて、丁寧に礼をしてから部屋に入ってくる。
「大変長くお待たせして申し訳ありません。清宝の妖浄士の方々にこの部屋、というのも本来はありえないことだと重々承知しております」
お茶を私達に渡した後そのまま帰ると思ったが、青年は、襖の所まで戻っていき畳に頭をこすり付けて謝ってきた。それに驚いた雅人達は、慌てて頭を上げるように彼に言う。
襖は閉じられていたし、謝られたとはいえ、彼の声は小さかった。常和がそれを指摘して、外に知られると不味いことなのかと彼に尋ねれば、彼は拳をきつく握りしめながら肯定した。
「ご存知かとは思いますが、この国では妖浄士の立場はとても低いのです。ですが、ここ数年はそれに輪をかけて状況が悪いのです。私共は武器すら持たせてもらえない体たらくで、恐らくそれが飛び火しているのだと思われます」
「貴方は妖浄士なのか。……しかし、武器を持たせてもらえない、とは?」
常和は彼の言葉に眉をしかめて問う。
妖浄士は妖と戦うのが仕事なのだから、武器がなければ意味がないだろうと思う。だからこの国の妖浄士の立場は本当に低いのだ、ということをその言葉からなんとなく読み取れた。
「訓練は、木刀などの訓練用のもので行っていますが、あくまでも形式上のものでしかありません。実践なんてとんでもない、最早妖浄士と名乗ることさえおこがましいほどです」
「実践がないということは、外の妖の大群はその結果か?」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。この国は今ある危機に陥っているのです。恐らくはその影響かと」
どういう危機なのか雅人が尋ねるが、青年は自分の口からは言えない、と話さなかった。そして、詳しくは神宮家の方々に、とぼそぼそとした声で言う。その声はそれまで以上に聞き取り辛く、何故そこだけと疑問に思うが、私が入っていいような話ではないように感じられて何も言えなかった。
「しかし、清宝の妖浄士は私共とは違い、国の重鎮。ならばこのような扱いは不当だと糾弾されるのが当然です」
「抗議は入るだろうが……俺達はここではなるべく穏便に過ごしたいと思っている。あまり騒ぎは起こしたくないから、そのつもりでいてくれ」
雅人は青年にそういって笑いかけると、恐縮です、といって青年はもう一度頭を下げる。彼が部屋を後にすると、私達は暫く無言だった。
彼の話から、この場所であまり話すのは得策じゃないと雅人が言ったからだ。
どうやらこの国は、清宝とは随分違うらしい。
清宝では、今でこそ少しずつ収まってきていても、私が異端だったから矛先を向けられた。しかし基本的にこういう対立はなかったように思う。もしかしたら深いところであったのかもしれないが、表向きは良好に見えていたのだ。しかし、この国は。
私はかなり嫌な感じだと、ふつふつとした感情が湧いてくるのを感じる。
謁見が許されたということを伝えに王の使いがくるまで、私はずっと、そんな感情を抑えながら無言を通した。
「清宝の妖浄士が、この国に何の用だというのかな?」
謁見の間で王の目前に私達が座って開口一番、随分と下品な笑い方をしながら、蓮葉の王はそう言った。
「我等が王から事前に知らせが入っているかとは思いますが、近頃、結界の様子がおかしいのです。暫く待っても改善が見られないため異常事態だと判断し、我等が派遣された次第です」
気持ち悪い王の笑い方や、あからさまにこちらを見下したような態度に、雅人は坦々とそう返す。結界、ふん、そうか。と顔を歪め、不機嫌そうに言う王に、私は、嫌悪感が外側に出ないようにするのに精一杯だった。
「……その娘は、例の迷い人か?」
「ええ。彼女は我が国の賓客で、今回は聖なる貴族の勉強のために我等に同伴しています」
「何の役にも立たない小娘のために、随分な労力を割くのだな、清宝の王は」
明らかに馬鹿にされている言葉に、私は拳を握りしめる。
しかし、腹は立つが事実だ。私が勉強をしたところで清宝の人間に役に立つことはない。だから何か意図があるのではと言っていたのだ。それを考えると、私が腹を立てるのはおかしいのか、そんな思考が回り始めた。
「彼女の勉学を助ける事には意味があります。無駄なことではありません」
「しかし、妖が人に化けたのではと随分噂になっているようであるが? 所謂、危険分子にもかかわらず、生かしておく必要も、」
「その言葉、我が王と、賓客への侮辱と取らせていただくが、よろしいか」
王が、びくりと体を震わせたのがわかった。雅人の言葉は相変わらず坦々と発せられていたが。
「彼女が妖だというのならば結界を越えることは出来ない筈ですが」
「あ、ああ。そうであるな……」
王はそれっきり対した言葉も発せず、急に縮こまったようになり、無難な会話で謁見は終わった。
「戯言だ、気にするな」
謁見の間を後にした後にそう常和に言われたが、私は同じような言葉を、清宝で噂という形で聞いている。そう思われても仕方ない、ということはわかっていた。明らかに不審人物なのだ。それに私だって常和達に最初に会ったときに、不審人物なのだから殺されるのでは、と考えたのだ。
「夕澄、戯言、だ。いいな」
常和にもう一度繰り返され、私は力なく頷いた。




