第二章 ―6―
移動時間は辛かったものの、特に問題が起こることもなく国境を越え、首都の近くまで私達は来た。あの女性が話していた噂は、首都に近づくほど頻繁に耳に入るようになって、余程の事態かもしれないと雅人は言っていた。
そしてそれは想像よりも酷い事態だった。
「あれは……随分と集まっているな」
常和に言われた通り途中で窓を閉めた私には外の状況がわからず低い雅人の声に困惑した。慌てる馬車の主の声が聞こえ、異常事態が起きていることだけは理解する。
「しょうがない、強行突破するしかないな。道を塞ぐ妖は俺とお前で何とかなるだろう」
「そうですね……夕澄!」
外から常和の声が聞こえ返事をすると、随分焦った様子で常和が言葉を続ける。
「噂通り妖が結界の境界に大量発生しているから馬車を急がせる。少し……いや大分揺れるかもしれないが耐えられるか」
「うん、私は大丈夫」
どれくらい揺れるのかは想像も出来なかったが、とりあえず揺れに備えて準備をする。
直後、凄い勢いで馬車が揺れ始めて私は慌てた。
――予想以上に馬車の揺れが激しい。
でもこれも少し耐えればいいと、せめて体をぶつけないようにしながら揺れが収まるのを待った。
ようやく収まった頃には私は疲れきっていたが、妖の群れを抜けたのだろうと思いつつも状況がわからず外に確認することも出来なかった。暫くして、酷い目にあった、という御者の声が聞こえた。常和と雅人にこれでもかというくらい丁寧に礼を言っているようだ。もう大丈夫なのだ、とほっと胸を撫で下ろす。
そのうち、常和から大丈夫か?と尋ねられ、私はかすれた声で大丈夫だと返した。
「ここが蓮葉の首都――翠柳か」
馬車を降りるとすぐに城下町が見えて、思わず私はそう呟いた。
清宝よりは小さいようだったが、それでも城下というのにふさわしい規模はあり、人が沢山歩いていて活気があるように見える。
大きな山に囲まれているためか緑も多く、空気も綺麗だと感じられた。
隊商の女性から話を聞いてから、常和や雅人に事前に聞いていた情報によると、蓮葉はあまり国としての規模はなく、人口の殆どが首都である翠柳に集中しているらしい。国土も小さいから尚更だと言われた。他の国も、妖は怖いからやはり首都に人口は集中するのだが、清宝のように妖浄士の派遣、常駐制度がないこの国は、本当に国の人間の9割はこの首都で生活している。
確かに国としては小さいのかもしれない。この場所にいる人は、本当に清宝の城下くらいしかいなかった。
「蓮葉のお城はあれ?」
城下の向こう側にあるお城の存在感は清宝の城とさほど変わりないが、清宝の城が赤を基調に作られていたのに対して、蓮葉の城は緑色で作られていた。さらに、清宝の城は高い場所にあったのに対して、蓮葉は城下と同じ高さに作られている。見た目にそれほど違いはなかったが、この国の城のほうがこじんまりしているように感じられた。人口と比例しているのだろうか。
しかしそれよりもやはり、綺麗な緑色が圧巻だった。光を浴びた青葉のような色は、光を浴びて神々しくそこに立っている。
「赤もいいけど、緑も凄く豪華だなぁ」
「この世界の城は、全て守り神の色に合わせて作ってあるんだ。清宝は火の神灼朱だから赤、この国は大地の神、蓮風を守り神として祀っているから植物の色の緑、という風にな」
呟いた言葉に常和が返してくる。なるほどと思いつつ、清宝の謁見の間の襖絵を思い出す。
灼朱は鳥のような姿をしていたが、この国の神様は一体どんな姿をしているのか興味がわいてきた。
「俺達が用事があるのは城じゃなくて神宮の屋敷だから用があるのはあの奥だな。だが、取り敢えず蓮葉王に挨拶が先か」
雅人に言われて、私達はまず城に向かうことになった。
城まで行く道で、何故か刺さるような視線を感じて落ち着かなかった。清宝は実は蓮葉と仲が悪いんじゃないかとすら思ってしまうほど剣呑な雰囲気だった。
こっそり常和に尋ねると、そんな筈はないがと返された。
両国の外交は概ね良好だったはずであり、そうでもなければ気軽に尋ねてはこれないと常和はいう。
それならば、余所者に対して排他的なのかと聞いてみれば、それも否定される。
「少なくとも、前に来たときはこんなに酷くはなかったな」
雅人も、仲が悪い、排他的だという私の考えを否定してそう言った。その上で、やはり何かあったのかもしれないなと顔を顰める。
どうやら、随分とこの状況は異常事態のようだった。




