第二章 ―2―
「そっか、何か大変なことになったね」
「本当だよ! なんでそんな重要な役を私がすることになるの!?」
煉華が苦笑いして言った言葉に、私はあまりのことに抑えられずに思い切り不満を言う。
謁見室を後にしてすぐ、私は謁見室に連れてきてくれた煉華に顔色が悪いのを心配された。どうしよう、とその言葉をつい口にしてしまい、煉華はどうせ時間があるから話を聞いてくれるといってくれ、今、私の部屋にいる。
志輝の言い分はこうだった。
実は化け猫の事件のあと、何も知識がないということに不安を覚えた私は煉華や常和にそのことを話していたのだが、それを彼女達が燈樺に報告したらしく――彼女達はいい案がないか聞いただけらしいので非はないが、とにかく、その報告を聞いた燈樺が私を使者に推薦したのだという。曰く、世界のことを知るためには直接体感するのが近道だと。
「わかるけどさ! ぶっとびすぎたと思うんだよね!」
「兄さんがそんなことを言うなんて本当に珍しいな。多分何か思うところがあるんだと思うけど……。でも確かに聖なる貴族にいきなり対面ってのはね。でも、他にも誰かいくんでしょう? 私がついていければいいんだけど……」
「常和が一緒だって。後遠征に出てた人が帰ってくるらしくて、その人も。確か、雅人さんっていったかな……」
「雅人さん? それ本当?」
煉華はその名前を聞いた途端嬉しそうに笑って、帰って来るんだ、などといっている。
「えっと、親しい人なの?」
「うん。妖浄士だから交流があるのはある程度当たり前ではあるんだけど、雅人さんとは結構良く話すし、良くしてくれているの。面倒見のいい人でね、皆から慕われてるし。雅人さんは今この城で働いている妖浄士の中でも一、二を争うほど優秀な人なんだよ。でも雅人さんがってことは事態がよっぽど深刻になってる可能性があるってことでもあるから、夕澄、気をつけてね。常和にもよくいっておくから」
「そんなに凄い人なの? ……本当に、なんで私なのかな。そんな人が行くなら私以外にしたほうが絶対良いと思うんだ」
正直使者をちゃんと出来る自信は皆無だった。落ち込む私に煉華が苦笑いをする。
「緑姫様はとても穏やかでお優しい方だから、そんなに気負わなくても大丈夫だよ。夕澄はそんなに失礼な態度をとらないし」
「志輝様にあれだけ意見したのに? 朔耶君のことを頼んだのは後悔してないけど、普通ならなんて無礼な奴だっていわれてもおかしくないと思う」
「夕澄はさ、それをちゃんと理解してるでしょう? だから大丈夫」
にっこりと私を安心させるように煉華が笑うので、取り敢えずとうんと言って頷いたもののその声は自分でもわかる程弱々しかった。
「夕澄、いるか。入ってもいいか?」
扉の外から常和の声が聞こえたので返事をすると、彼は襖を開けて私の部屋に入り、私達の近くに座る。
「煉華はもう聞いたのか? 蓮葉のことは」
煉華が頷くのを確認して、常和は私を見る。
「俺も今聞いてきたところなんだ。大丈夫そうか?」
「正直凄く不安だけど、断れる雰囲気でもないし……」
「まあ、俺も雅人さんもいるし滅多なことにならないようにはするさ。それに夕澄が能力者に対面するのなら、緑姫様が一番いいだろう。あの方は争いごとを好まないし、唯一の女性だしな」
常和の言葉に、煉華が先程穏やかでお優しい方と緑姫を表現したこともあり、よほど温厚な人なのだろうと少し安心する。
「まあ元々、そんなにキツい性格の能力者って聞かないけどね。緑姫様はその中でも特にお優しくて穏やかな方だから、心配はないでしょう」
煉華がそう言って微笑むと、常和もそれに頷いた。
「私も一緒に行くのはいいとしても、移動手段や荷物はどうするの?」
「夕澄の荷物は女官が用意すると思うが。移動手段は当然馬だな」
疑問に思ったことを口にすると、常和がそう返す。
蓮葉は徒歩で行くには遠い距離だからと彼は続けるが、馬という単語に私は尚更不安にさせられた。思わずため息をついてしまった私の肩をぽんぽんと煉華が叩いて笑い、口を開いた。
「心配しなくても、蓮葉までの道には馬車が出てるから、夕澄はそれに乗ることになるよ」
「私は?」
「結界の外を通ることになるから、常和と雅人さんは自分の馬で馬車を護衛して行くことになるね。妖浄士が民間の馬車の護衛に付くのは珍しいんだけど」
「そうなんだ。……でも、民間の馬車に妖浄士がつかないなら普段はどうしてるの?」
「妖浄士のほかにも、気を引き出せる人はいるの。妖浄士はよりその気を引き出せるように訓練してるだけなんだよ。」
要するに戦闘のスペシャリストとでもいったところなのだろうか。
とにかく、その妖浄士以外に気を引き出せる人が馬車の護衛等で生計を立てていることもあるらしいので普段は心配ないのだという。
「妖は常和と雅人さんがなんとかするとは思うけど、人だって、危害を加えてくることはあるんだから、本当に気をつけてね、夕澄。なるべく二人から離れないようにね」
心配そうに私を見る煉華に頷く。常和も煉華の言葉を聞いて私の方を見て頷いたので、煉華の言う通り、あちらではなるべく二人の側を離れないようにしようと決めた。
雅人という人が帰還したというのを聞いたのは、それから2日後のことだった。




