第一章 ―22―
「朔耶を許せと、そういうのか?」
驚いたようにそう言う志輝に、私はしっかりと頭を下げたまま顔を上げなかった。
城に帰ってきてからは、私は凛と別れて、常和と煉華と共に謁見の間に向かった。凛は朔耶の同僚が謹慎中の朔耶のもとに連れて行った。これで朔耶も、安心してくれるだろうか。謁見の間につくと、志輝は無事でよかったと、本当に安堵したように笑ってくれた。そして常和と煉華の労を労った後で、朔耶の処分はまだ行われていない、と私に話してくれた。
やはり処分は免れないのだと、ずっと感じていた不安が的中したことに私は絶望した。私の立場が賓客だと志輝がいった以上は何かお咎めがあるのかもしれないとは思っていた。
それでも、出来ることなら、彼には何の咎も負って欲しくなかった。
「私のような立場のものが、差し出がましい願いだとは思います。ですが、私には朔耶君の行動をどうしても責めることは出来ないんです」
「あれだけ危険な目にあったのにか」
「彼は妹のために行動しただけです。家族の無事を願うのは当然のことです。本当は恨むのも当たり前のことなのかも知れませんが、私はまだ生きていますから」
志輝が唸る。無理なことを言っていることはわかっていた。本当は許されないことなのだろうとも思った。でも言わずにはいられなかった。
「夕澄様、彼は妖浄士として、本来あってはならないことをしたのです」
何も言わない志輝に、燈樺がそう私に告げる。
「候補とはいえ、妖浄士が妖に手を貸すということがまかり通ってしまえば、誰も助けられなくなる。これは、直接の被害者である夕澄様が許すか許さないかとはまた別のこと。何のお咎めもなしというのは許されません」
燈樺は淡々と言葉を紡ぐ。私はそれに何も言い返すことが出来なかった。燈樺の言うことは確かに正しい。私に関係なく、彼の行動はこの世界では問題なのだろう。
私は何も出来ないのか、そう思った時、志輝が燈樺をなだめるように口を出した。
「まぁ、確かに彼のしたことは許されることじゃない。だがそもそも、結界が不安定だったのにもかかわらず、こちらが城下を守れなかったということが問題だと思わないか?」
「陛下、ですが」
「お前の言うこともわかる。さすがに、何のお咎めもなしという訳にはいかないだろう。だが、我々も責任を取らなければならないとも思う。そうだろう? 燈樺」
夕澄、と私の名前を志輝が呼んで、顔を上げるように言われた。
「では、こうしよう。被害者の夕澄が許すと言っているのと、我々の責任とを加味して、一ヶ月の謹慎と、降格処分とする。また一から妖浄士を目指してもらうことになるが、普通なら妖浄士になる資格を永久に剥奪するところだ。妖浄士になるための心得をまた一から学んでもらう。燈樺もそれなら問題ないだろう?」
「少々甘いような気がしなくもないですが、陛下がそうおっしゃるのであれば」
「志輝様、燈樺様、有難う御座います!」
私はもう一度深く、頭を下げた。
志輝はその後直に朔耶の元に処分の内容を知らせる使いを出した。
そして、私や煉華、常和の口から報告を聞きたいと言われ、全て話し終えた時には随分暗くなっていて、体を休めなさいと言われ部屋に戻る。
部屋には凛が来ていて私にお礼を言った。どうやら私が朔耶の処分について口出ししたのを聞いたようで、もういいよ、というほど彼女は何度も頭を下げた。
「兄もとても感謝していました。謹慎が解けた後、改めてお詫びにむかうといっていましたが、本当に申し訳ないことをした、と伝えてくれといわれました。それに本来はきっかけになってしまった私も処分されておかしくないのです。本当にいくらお礼を言ってもたりません。私、必ず女官になって、兄に恩情をかけてくださった陛下と宰相様、夕澄様のお役に立って見せます!」
「うん、凛ちゃんならきっと優秀な女官になれるよ。私応援するからね」
私に対してのお礼なんて本当はどうでもよかったが、それが凛の気持ちなのだとすれば、断るのも違うような気がした。
凛が城下に帰ると言って部屋を後にしてから、私は一人、部屋で色々と考えていた。
そもそも私は、この世界について知らないことが多すぎる。居候の身分とはいえ、いつ帰ることが出来るかわからない以上は、私はこの世界について最低限の知識位は知っていたほうがいいかもしれない。
勘違いだと心の中で一刀両断したはずの化け猫の言葉もまだ心の中でくすぶり続けている。
「蒼龍姫、かぁ」
ぽつり、と呟く。
私はそんな存在ではないが、その存在がどういうものなのかわからない以上、また同じような事態が起こらないとは限らないのではないか。もしかしたら、私がこの世界で異質だからこそ、化け猫はそんな勘違いをしたのかもしれない。
やはり私は何も知らないのだ。
「蒼龍姫、か」
もう一度呟いた言葉は、部屋の暗闇に吸い込まれて消えた。




